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第一部

39話 因縁の宿敵

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「第一試練が始まるまで、もう少しかかりそうだ」

 そう言ってシュバルツ様は試練開始までの空き時間に、観客用スペースにいた私たちの元へとやってきてくれた。

 他の選手たちも家族や身内仲間と雑談を交わしている。

「シュバルツ、無理をするなよ」

「そうですよ。いくら最近力をつけたからと言って、死んでしまってはなんの意味もないんですからね」

 シュバルツ様のお父様とお母様、リドル様とマリーナ様も私たちと一緒に会場へと訪れていた。

「安心してください父上、母上。私もそれなりに力をつけたとはいえ死ぬような無茶はしません」

「うむ……お前まで失いたくはない。本当に無茶はするな」

「もちろんです、父上」

「……シュバルツ、良い目をするようになったな。それでは私たちは仕事があるからこれで帰らせてもらうよ。シュバルツの事はリフィルさんに任せるとしよう」

「ええ、そうですわね。リフィルさん、シュバルツの事、よろしくお願いしますね」

「はい、リドル様、マリーナ様」

 私が快くシュバルツ様のご両親の言葉に頷くと、お二人は先にお屋敷へと帰られて行った。

「シュバルツ兄様ー! 頑張ってくださいですッ! ルーラ、めっちゃ応援してるですッ!」

「シュバルツ兄様、今の貴方なら……いや、これは無粋か。ただこの前俺が伝えといた事、あれは気をつけてくれっすよ」

 ルーフェンの言葉にシュバルツ様は頷き、

「わかっているルーフェン殿。やりすぎてしまわないように注意するよ」

 私の家族とシュバルツ様の家族全員が彼の身を案じていた。

「シュバルツ様」

「リフィルさん、来てくれてありがとう。今日はどうか応援していて欲しい」

「はいッ! カッコいい姿、ずっと目に焼き付けておきますわッ!」

 と、私たちがシュバルツ様へ声援を送っていると。

「なんだなんだあ? 妙に臭いと思ったら田舎貴族の娘と、貧乏能無し伯爵の御子息ではないか」

 久々に聞いたけれど、忘れる事のない声。

 不快感しかないその声色の主が人混みの中から、私たちに向かって歩み寄ってきた。

「あら? リフィルさんにシュバルツでしたの。ごきげんよう。なんで貴女たちがこんなところにいるんですの?」

 その不快感の主の隣には、同じく不快感な女性の声。

 そう、久しぶりの再会であるダリアス様とセシリアの姿がそこにはあった。

「ダリアス……それにセシリア、か」

 シュバルツ様は瞳を細めて彼らを睨め付けた。

「シュバルツ、貴様、まさかこの英傑選の参加選手ではあるまいな? 貴様程度の魔力でどうにかなるほど甘くはないのだぞ? んんー?」

「……すまないが、私も選手だ」

「はーっはっはっは! これは面白い冗談だ! 貴様の話はいつもつまらんが、今日のそれだけは面白いぞ!」

「冗談ではない。私は……英傑の称号を取る」

「……冗談もそこまで行くと面白くもなんともない。貴様程度が英傑? はっ! 馬鹿も休み休み言うのだな!」

 ダリアス様とシュバルツ様が互いの目を見合い、一歩も譲らない。

「ふん! シュバルツ! あんたなんて魔物に殺されるのがオチなんですからリタイヤしておきなさいよ!」

 セシリアも調子に乗ってそう言った。

「おい、てめえ。俺の言った忠告、忘れたわけじゃねえよな?」

 それを見かねたルーフェンが前に出て、セシリアへと詰め寄る。

「も、もちろんですわ。だから別に私は何もしていませんわよ……」

 セシリアは怯えるようにダリアス様の後ろに隠れてしまった。

「キミがルーフェンくんか。話には聞いている。誤解しないで欲しい。我々はもう別にリフィルにもシュバルツにも興味なんてない」

 ダリアス様はふんっ、と侮蔑するように私を睨む。

「そうですわ。ダリアス様は単純にその絶大な魔力でこの英傑選を勝ち抜き『英傑』の称号を必ず取るんですもの。貴方たちになんて構っていられませんわ」

 セシリアは隠れながらも負けじとそう言ってきた。

「私は以前からこの英傑選に出ようと思っていた。今の私は国王ですら一目置くほどの魔導師だからな。幸い去年に引き続き今年も開催されたのは僥倖だった。ここで我が力を陛下に見せつけ、ゆくゆくは私がこのエリシオン王国のトップにまで昇り詰める」

「そうですわ。ダリアス様、今は少し調子が悪いですけれど、それでも凄い魔導師なんですからねッ!」

「これ、セシリア。余計な事は言わんでいい」

「あ、はーい」

「ふん。お前たちは私が王になる為の、いわば礎だな。せいぜい無い力を存分に奮って、死なないように頑張るのだな。はーっはっはっはッは!」

 言いたい事を言いつくして満足したのか、ダリアス様とセシリアはその場から去って行ってしまった。

「……ったく、しつけーやつらだぜ。俺があんだけ脅したってのによ」

 ルーフェンが呆れるようにぼやく。

「いいですわ。それでも前みたいに酷い嫌がらせってほどの事はしてきておりませんもの」

「うむ、そうだな。だがもしリフィルさんに何かしたら、次は私ももう容赦しない。例え幼馴染であろうとセシリアには必ず罪を償わせる」

 シュバルツ様の今の言葉には力がある。

 今の彼は口だけなんかじゃないですもの。

 だから私はなんの不安もない。

 この英傑選にも、全く不安がないわけではないけれど、私はきっと彼が素晴らしい成績を残してくれると信じている。


        ●○●○●


 ――それからほどなくして、会場選手全員が王都の外、付近の平原にまで案内され、そしていよいよ英傑選は開始された。

「さあ! ゆけッ! 未来の英傑たちよッ!」

 そこで最後の国王のスピーチの後、第一試練は開かれた。

 制限時間は王都の大正門前に設置された大砂時計の砂が落ち切るまで。

 それまでに戻れなかった者は強制リタイア扱いとされる。

 そして選手は皆、思い思いの場所へと赴き、それぞれ指定された魔物が多く生息しているであろう、近くの森へと消えて行った。

 私たちギャラリーは、それを王都の大正門沿いの外壁から見送るまでしかできない。

 私たちはただ彼の活躍と無事をそこで祈って待つだけだった。

「なぁ、聞いたか? ルヴァイク共和国が妙な動きを見せてるんだってよ」

「妙な動きってなんだよ?」

 不意に私たちの背後にいたギャラリーの数人の会話が耳に届く。

「なんでも、ルヴァイク共和国には強力な召喚師がいて、そいつが大量の魔物を操って今度の南部の戦争でこのエリシオン王国と戦うんだってさ」

「もしかして我らが王は、それを懸念して今年も英傑選を開催したのか?」

「らしいな。嫌だなぁ、大きな戦争なんて……ルヴァイク共和国なんて、恐ろしい噂しか聞かないし」

「でも、元々はエリシオンがルヴァイクに無理やり圧を掛けていったせいだろ。ルヴァイクからすれば必死に抵抗してんだろうな」

「抵抗だけならいいけど、その妙な召喚師とやらが生み出した大量の魔物が王都まで攻め込んでこないとも言い切れないしな……」

 英傑選が早まったのは南部の戦争のせい。



 そんな噂話を聞き、私は一抹の不安を覚えるのだった……。



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