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10 交錯する未来図

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 夜。

 王都ニルヴィアは漆黒の宵闇に包まれているが、王宮からは眩いほどの明かりがあちこちから漏れ出していた。

 そして王宮の入り口付近には、すでに多くの貴族令息や令嬢が華やかな衣装とシックなスーツでドレスコードを忠実に守っている人々が大勢集まり賑わっている。

 ルビイが見上げると相変わらず立派で豪勢な王宮が、彼女にとってはまるで悪魔の城のように重苦しい雰囲気を感じさせ待ち受けていた。

 そんな風に思い、ルビイはごくん、と喉を鳴らす。

「大丈夫だ、ルビイ。私がいる」

「は、はい」

 緊張を察してか、シルヴァがルビイにそう囁く。

 かくいうシルヴァも様々な意味で心はざわついていた。

 今日は一大イベント。

 それはルビイを取り巻く全ての人間たちにとっての。

「さあ行こう、ルビイ」

「はい、シルヴァ様ッ!」

 シルヴァはルビイの手を取り、王宮入り口へと足を進めたのだった。



        ●○●○●



「始まりますわね」

 王宮の二階。

 私室の窓越しから王宮の大庭園に集まる人たちを見て、カタリナが呟く。

「……カタリナ様。そろそろ舞踏会が開催されます。お支度を」

「ええ、わかっていますわ」

 侍女に言われ、カタリナは会場へ赴く支度を整える。

「言われた通り、可能な限りの宝石を用意させました。こちらでいかがでしょうか?」

 侍女は宝石ケースを開きカタリナに見せると、

「……とりあえずそれでいいですわ」

 多少の不満はあったが、渋々頷く。

 まだ未成年のカタリナは踊らない。

 しかし今日の主役はほぼ自分だとカタリナは思っている。

「魔石師の力、ね……」

 カタリナは一人憂慮に思う。

 今日は大きなターニングポイント。

 この急遽開かれた舞踏会には様々な思惑が交錯している。

 諸外国から呼ばれる貴族たちは単なるカムフラージュに過ぎない事をカタリナはわかっている。

 だからこそ、今日が大きな断罪の日である事も。

「……行きますわよ」



        ●○●○●



「兄上の姿が見当たらんな」

 舞踏会、会場である王宮のグランドホール大広間

 その隣室にある貴賓室にて、ガウェインと同じくブラウンでサラサラの髪をしているが、ガウェインとは違い三白眼で一見すると強面の男がそう呟く。

「ガウェイン殿下の事でございましょうか? ブロン様」

 お付きの侍女が尋ねると、

「うむ。先程ホールを見てきたが、見当たらなかった」

 そう目元を細め、そう答えるのはブロン第三王子殿下であった。

「先程応接間の先の廊下で見かけました。おそらく化粧室に向かわれたのではないでしょうか」

「ふむ、小便か」

「殿下、はしたのうございます」

「……時にマリィ」

「はい」

「貴様は相変わらず美しい」

「ありがとうございます」

「だが、その伸びた鼻毛は些か気になる。切れ」

「……殿下。淑女に対しそういう事はもう少し別の言葉で、それとなく遠回しに知らせるものです」

「む? 何故だ?」

「ストレート過ぎるからです。私でなければ傷付きます」

「面倒な。私はそういう配慮は苦手だ」

「はあ……全く」

 ブロン専属のお付きであるマリィは呆れながら溜め息を吐く。

 とは言いつつも侍女のマリィは三人の王子の中でブロン殿下を一番信頼し、信用していた。

 それはこんな性格だからでもあるが、何よりも、

「おい、マリィ」

「はい、ブロン様」

「すまん。ストレートに言い過ぎた」

「いえいえ」

 侍女という下の立場の者の発言でも、それが正しいと思ったら素直に言う事を聞くからであった。

 王宮内でもブロン第三王子殿下の評判は高い。

 彼の人柄に惹かれ、彼を次期国王に推す声も多々ある。

 だが。

「今夜の舞踏会、荒れますね」

「であろうな」

「私は次期国王はブロン殿下が相応しいと存じ上げます」

「……私はそんなものにはまるで興味がない」

 彼は地位と名誉に微塵も興味を抱いていない。

 むしろ息苦しいとさえ感じているぐらいだ。

 だから。

「だから、そういうものは相応しき者がなるべきだ」

 そう、本気で思っている。



        ●○●○●



「……」

 薄い桃色をした髪色に特徴的な蒼い薔薇のコサージュを頭に飾った、成熟してはいるものの若々しさも十分に残しているその成人女性は、憂うような瞳で会場の片隅にいた。

 すでに舞踏会が行われるグランドホールは多くの貴族たちが入場し始めている。

 彼女はあまり人混みの中に混ざりたくなかったので、適当なカクテルをひとつだけ貰い、会場の隅で目立たぬように人々を観察していた。

「……凄いわ」

 彼女の凄い、とはこの舞踏会やそれに訪れた人々に対してではない。

 とある大切な人物に対して、純粋にそう思ったがゆえに、つい口にしたのである。

「今日がその日なのね。私たちが長く待ち侘びていた……」

 彼女はこの日を待ち侘びていた。

 長く、長く。

 たった一人で。

 だから、今日は彼女の記念日。

 彼女の、そして、彼女たちの。



「頑張りなさい、カタリナ」




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