上 下
9 / 10

9 何故泣く

しおりを挟む
 ワルツが終わると同時にカティアはさりげなくアーヴィングへと目配せをした。

 元々、リエラとルイスを互いに嫉妬させる作戦だ。この合図の意思疎通は両者間にて問題なく伝達され、ワルツが終わると、

「リエラ。ちょっと外へ涼みに行こうか」

 と、アーヴィングはリエラをさりげなく連れ出す事に成功。

 これは元々予定していたカティアたちのプランでもあり、リエラとアーヴィングのワルツをルイスに見せつけた後、今度はイチャつくルイスとカティアを見せつけ、互いに嫉妬させあう作戦なのだ。

 つまり、目配せを受けたアーヴィングはカティアたちがイチャつく予定をする場所を知っている。

「アーヴィング様。今日はワルツのお相手、ありがとうございました」

 舞踏会場の外はすでに夜の闇に包まれている。

 宮殿の外燈のほのかな明かりのもとで、相変わらず落ち着いた表情でリエラは言った。

「あ、ああ。その、いきなり誘ってしまって悪いなリエラ。おかげで楽しくワルツを踊れたよ」

「いいえ。私にはパートナーがおりませんもの。アーヴィング様が私をお誘いくださったおかげで私も恥をかかずに済みましたわ」

「なあリエラ。もうそういうのやめようぜ。俺たちの間でそういう変な畏まり方は、なんだかつまらねえよ」

「そうは参りませんわアーヴィング様。私はただの男爵令嬢。おまけに女らしさの欠片もないブスです。そのようなゴミクズ女相手に公爵の御子息様がお相手をつとめ、共にワルツを踊っていただけたのですから、感謝してもしきれません」

 ――いや、これ駄目だわ。

 アーヴィングはそう思った。

 もしこれが普段のリエラなら、「アーヴィング。あなたは少しステップが早いわ。もっと女性のテンポに合わせなさい」と、軽く窘められるくらいのはずなのに。

 こんなにおかしくなってしまった。

「リエラ……そんなにルイス兄様にふられた事が気に入らないならハッキリ言ったらどうだ? ルイス兄様は馬鹿だからハッキリ言わないと伝わらないぞ?」

「何を仰いますアーヴィング様。ルイス様と私はいつも互いの言いたい事をすぐに理解しあえております。ゆえに今回のルイス様のご提案はごもっとも。私を女として見れないと素直に伝えてくださったのは、我慢してまであんたみたいなブス女とは結婚したくないですとストレートに仰ってくれたのです。ああ、とてもありがたいお言葉ですわ。おかげで私もルイス様を苦しめなくて済むと思うとホッと致しました。こんなブスと結婚させられたらたまったものではないでしょうから」

 ニコっと笑うリエラの笑顔がとてつもなく怖いとアーヴィングは思った。

 もうこうなれば言葉で何を言っても無駄だと判断し、アーヴィングはさりげなく、行動を起こす事にする。

「あ、あー。あれはなんだー?」

 アーヴィングはやや棒読みで木々の隙間の向こう側を指差す。

 リエラがその方向を見て、

「あれは……ルイス様とカティア?」

 と呟く。

「わあー。兄様たちこんなところにいたのか。何してるんだろうかー?」

「ルイス様……」

「もう少しそっと近づけば声が聞こえるかもしれないなー。よしリエラ、もう少しだけ近づいてみようぜー」

「……」

 リエラは無言で表情を変えずに、けれどもアーヴィングの言う通りに木々の陰に隠れながらルイスたちの近くへと忍び寄った。



        ●○●○●



「つまりだな、鍛え上げられた精神と肉体は、清らかなる心を作る基礎となるわけだ。清らかな心から生み出される魔力は更に研ぎ澄まされ、引いては強力な魔法を生み出すきっかけとなる。ここまでは学院小等部でも習う基本中の基本だ。ゆえに俺は鍛錬を怠る事なく常に自己を磨き続けてだな――」

「はい」

「剣術もそうだ。迷いのある剣では大事なものを守れぬ。常に心とは迷いなき剣にのみ呼応する。俺の言いたい事がわかるかカティア」

「はい」

「そうか。ならば聞く。剣の心と魔法の心における最も大切とされる六原則とはなんだ。答えよ」

「わかりません」

「なに? カティア、お前はリエラより勉強ができぬのだから、普段から基礎を学ばねばならん。俺がいちから教えてやる。いいか、まずはだな――」

 死んだ目をしながらカティアが白くなっているように見えたのは、おそらくアーヴィングだけである。

(相変わらず馬鹿すぎるぜ兄様のクソ堅物め。こんな所でまでをやる必要はねえだろうが……)

「――というわけだ。よし、立てカティア。まずは筋トレだ」

「はい」

「心を鍛えるには下半身からだ。俺と呼吸を合わせよ。いくぞ、いち! に! いち! に!」

 カティアは死んだ目をしたまま言われるがまま、ルイスとスクワットを始めてしまった。

(何をやっているんだ……あいつら)

 舞踏会に来て筋トレをしているのはおそらくルイス兄様たちだけだろうな、とアーヴィングは思ったが、こんな様子ではリエラに嫉妬させるなんて夢のまた夢だとも思い、更に頭を抱えていた。

(こんなんじゃリエラも……)

 そう思いチラりと隣にいるリエラを見る。

 すると。

「えっ!?」

 アーヴィングは思わず目を見開いて驚愕した。何故なら――。

「……ひっ……ひっく……ぐす……ずず……ふぅ、ふぅ」

 号泣しているのである。

(何故、泣くッ!?)

 氷の令嬢が鼻の頭を赤くして泣いているのだ。

 泣き顔もめちゃくちゃに可愛いと思ったアーヴィングだが、直後にこの涙の意味がわからなすぎて、すぐ尋ねた。

「ど、どうしたんだリエラ?」

「わ、わだぐし……ゔぁ……や、やっばり……ルイズざまが、ずき……ふぇ……」

 なんでそうなるのかさっぱり意味がわからないが、とにかくどうして、アーヴィングとカティアの作戦は大が付くほど成功したのである。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

麗しのラシェール

真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」 わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。 ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる? これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。 ………………………………………………………………………………………… 短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

乙女ゲームの世界だと知っていても

竹本 芳生
恋愛
悪役令嬢に生まれましたがそれが何だと言うのです。

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

くだらない冤罪で投獄されたので呪うことにしました。

音爽(ネソウ)
恋愛
<良くある話ですが凄くバカで下品な話です。> 婚約者と友人に裏切られた、伯爵令嬢。 冤罪で投獄された恨みを晴らしましょう。 「ごめんなさい?私がかけた呪いはとけませんよ」

お姉さまが家を出て行き、婚約者を譲られました

さこの
恋愛
姉は優しく美しい。姉の名前はアリシア私の名前はフェリシア 姉の婚約者は第三王子 お茶会をすると一緒に来てと言われる アリシアは何かとフェリシアと第三王子を二人にしたがる ある日姉が父に言った。 アリシアでもフェリシアでも婚約者がクリスタル伯爵家の娘ならどちらでも良いですよね? バカな事を言うなと怒る父、次の日に姉が家を、出た

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

執着王子の唯一最愛~私を蹴落とそうとするヒロインは王子の異常性を知らない~

犬の下僕
恋愛
公爵令嬢であり第1王子の婚約者でもあるヒロインのジャンヌは学園主催の夜会で突如、婚約者の弟である第二王子に糾弾される。「兄上との婚約を破棄してもらおう」と言われたジャンヌはどうするのか…

強い祝福が原因だった

恋愛
大魔法使いと呼ばれる父と前公爵夫人である母の不貞により生まれた令嬢エイレーネー。 父を憎む義父や義父に同調する使用人達から冷遇されながらも、エイレーネーにしか姿が見えないうさぎのイヴのお陰で孤独にはならずに済んでいた。 大魔法使いを王国に留めておきたい王家の思惑により、王弟を父に持つソレイユ公爵家の公子ラウルと婚約関係にある。しかし、彼が愛情に満ち、優しく笑い合うのは義父の娘ガブリエルで。 愛される未来がないのなら、全てを捨てて実父の許へ行くと決意した。 ※「殿下が好きなのは私だった」と同じ世界観となりますが此方の話を読まなくても大丈夫です。 ※なろうさんにも公開しています。

処理中です...