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9 何故泣く
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ワルツが終わると同時にカティアはさりげなくアーヴィングへと目配せをした。
元々、リエラとルイスを互いに嫉妬させる作戦だ。この合図の意思疎通は両者間にて問題なく伝達され、ワルツが終わると、
「リエラ。ちょっと外へ涼みに行こうか」
と、アーヴィングはリエラをさりげなく連れ出す事に成功。
これは元々予定していたカティアたちのプランでもあり、リエラとアーヴィングのワルツをルイスに見せつけた後、今度はイチャつくルイスとカティアを見せつけ、互いに嫉妬させあう作戦なのだ。
つまり、目配せを受けたアーヴィングはカティアたちがイチャつく予定をする場所を知っている。
「アーヴィング様。今日はワルツのお相手、ありがとうございました」
舞踏会場の外はすでに夜の闇に包まれている。
宮殿の外燈のほのかな明かりのもとで、相変わらず落ち着いた表情でリエラは言った。
「あ、ああ。その、いきなり誘ってしまって悪いなリエラ。おかげで楽しくワルツを踊れたよ」
「いいえ。私にはパートナーがおりませんもの。アーヴィング様が私をお誘いくださったおかげで私も恥をかかずに済みましたわ」
「なあリエラ。もうそういうのやめようぜ。俺たちの間でそういう変な畏まり方は、なんだかつまらねえよ」
「そうは参りませんわアーヴィング様。私はただの男爵令嬢。おまけに女らしさの欠片もないブスです。そのようなゴミクズ女相手に公爵の御子息様がお相手をつとめ、共にワルツを踊っていただけたのですから、感謝してもしきれません」
――いや、これ駄目だわ。
アーヴィングはそう思った。
もしこれが普段のリエラなら、「アーヴィング。あなたは少しステップが早いわ。もっと女性のテンポに合わせなさい」と、軽く窘められるくらいのはずなのに。
こんなにおかしくなってしまった。
「リエラ……そんなにルイス兄様にふられた事が気に入らないならハッキリ言ったらどうだ? ルイス兄様は馬鹿だからハッキリ言わないと伝わらないぞ?」
「何を仰いますアーヴィング様。ルイス様と私はいつも互いの言いたい事をすぐに理解しあえております。ゆえに今回のルイス様のご提案はごもっとも。私を女として見れないと素直に伝えてくださったのは、我慢してまであんたみたいなブス女とは結婚したくないですとストレートに仰ってくれたのです。ああ、とてもありがたいお言葉ですわ。おかげで私もルイス様を苦しめなくて済むと思うとホッと致しました。こんなブスと結婚させられたらたまったものではないでしょうから」
ニコっと笑うリエラの笑顔がとてつもなく怖いとアーヴィングは思った。
もうこうなれば言葉で何を言っても無駄だと判断し、アーヴィングはさりげなく、行動を起こす事にする。
「あ、あー。あれはなんだー?」
アーヴィングはやや棒読みで木々の隙間の向こう側を指差す。
リエラがその方向を見て、
「あれは……ルイス様とカティア?」
と呟く。
「わあー。兄様たちこんなところにいたのか。何してるんだろうかー?」
「ルイス様……」
「もう少しそっと近づけば声が聞こえるかもしれないなー。よしリエラ、もう少しだけ近づいてみようぜー」
「……」
リエラは無言で表情を変えずに、けれどもアーヴィングの言う通りに木々の陰に隠れながらルイスたちの近くへと忍び寄った。
●○●○●
「つまりだな、鍛え上げられた精神と肉体は、清らかなる心を作る基礎となるわけだ。清らかな心から生み出される魔力は更に研ぎ澄まされ、引いては強力な魔法を生み出すきっかけとなる。ここまでは学院小等部でも習う基本中の基本だ。ゆえに俺は鍛錬を怠る事なく常に自己を磨き続けてだな――」
「はい」
「剣術もそうだ。迷いのある剣では大事なものを守れぬ。常に心とは迷いなき剣にのみ呼応する。俺の言いたい事がわかるかカティア」
「はい」
「そうか。ならば聞く。剣の心と魔法の心における最も大切とされる六原則とはなんだ。答えよ」
「わかりません」
「なに? カティア、お前はリエラより勉強ができぬのだから、普段から基礎を学ばねばならん。俺がいちから教えてやる。いいか、まずはだな――」
死んだ目をしながらカティアが白くなっているように見えたのは、おそらくアーヴィングだけである。
(相変わらず馬鹿すぎるぜ兄様のクソ堅物め。こんな所でまで岩をやる必要はねえだろうが……)
「――というわけだ。よし、立てカティア。まずは筋トレだ」
「はい」
「心を鍛えるには下半身からだ。俺と呼吸を合わせよ。いくぞ、いち! に! いち! に!」
カティアは死んだ目をしたまま言われるがまま、ルイスとスクワットを始めてしまった。
(何をやっているんだ……あいつら)
舞踏会に来て筋トレをしているのはおそらくルイス兄様たちだけだろうな、とアーヴィングは思ったが、こんな様子ではリエラに嫉妬させるなんて夢のまた夢だとも思い、更に頭を抱えていた。
(こんなんじゃリエラも……)
そう思いチラりと隣にいるリエラを見る。
すると。
「えっ!?」
アーヴィングは思わず目を見開いて驚愕した。何故なら――。
「……ひっ……ひっく……ぐす……ずず……ふぅ、ふぅ」
号泣しているのである。
(何故、泣くッ!?)
氷の令嬢が鼻の頭を赤くして泣いているのだ。
泣き顔もめちゃくちゃに可愛いと思ったアーヴィングだが、直後にこの涙の意味がわからなすぎて、すぐ尋ねた。
「ど、どうしたんだリエラ?」
「わ、わだぐし……ゔぁ……や、やっばり……ルイズざまが、ずき……ふぇ……」
なんでそうなるのかさっぱり意味がわからないが、とにかくどうして、アーヴィングとカティアの作戦は大が付くほど成功したのである。
元々、リエラとルイスを互いに嫉妬させる作戦だ。この合図の意思疎通は両者間にて問題なく伝達され、ワルツが終わると、
「リエラ。ちょっと外へ涼みに行こうか」
と、アーヴィングはリエラをさりげなく連れ出す事に成功。
これは元々予定していたカティアたちのプランでもあり、リエラとアーヴィングのワルツをルイスに見せつけた後、今度はイチャつくルイスとカティアを見せつけ、互いに嫉妬させあう作戦なのだ。
つまり、目配せを受けたアーヴィングはカティアたちがイチャつく予定をする場所を知っている。
「アーヴィング様。今日はワルツのお相手、ありがとうございました」
舞踏会場の外はすでに夜の闇に包まれている。
宮殿の外燈のほのかな明かりのもとで、相変わらず落ち着いた表情でリエラは言った。
「あ、ああ。その、いきなり誘ってしまって悪いなリエラ。おかげで楽しくワルツを踊れたよ」
「いいえ。私にはパートナーがおりませんもの。アーヴィング様が私をお誘いくださったおかげで私も恥をかかずに済みましたわ」
「なあリエラ。もうそういうのやめようぜ。俺たちの間でそういう変な畏まり方は、なんだかつまらねえよ」
「そうは参りませんわアーヴィング様。私はただの男爵令嬢。おまけに女らしさの欠片もないブスです。そのようなゴミクズ女相手に公爵の御子息様がお相手をつとめ、共にワルツを踊っていただけたのですから、感謝してもしきれません」
――いや、これ駄目だわ。
アーヴィングはそう思った。
もしこれが普段のリエラなら、「アーヴィング。あなたは少しステップが早いわ。もっと女性のテンポに合わせなさい」と、軽く窘められるくらいのはずなのに。
こんなにおかしくなってしまった。
「リエラ……そんなにルイス兄様にふられた事が気に入らないならハッキリ言ったらどうだ? ルイス兄様は馬鹿だからハッキリ言わないと伝わらないぞ?」
「何を仰いますアーヴィング様。ルイス様と私はいつも互いの言いたい事をすぐに理解しあえております。ゆえに今回のルイス様のご提案はごもっとも。私を女として見れないと素直に伝えてくださったのは、我慢してまであんたみたいなブス女とは結婚したくないですとストレートに仰ってくれたのです。ああ、とてもありがたいお言葉ですわ。おかげで私もルイス様を苦しめなくて済むと思うとホッと致しました。こんなブスと結婚させられたらたまったものではないでしょうから」
ニコっと笑うリエラの笑顔がとてつもなく怖いとアーヴィングは思った。
もうこうなれば言葉で何を言っても無駄だと判断し、アーヴィングはさりげなく、行動を起こす事にする。
「あ、あー。あれはなんだー?」
アーヴィングはやや棒読みで木々の隙間の向こう側を指差す。
リエラがその方向を見て、
「あれは……ルイス様とカティア?」
と呟く。
「わあー。兄様たちこんなところにいたのか。何してるんだろうかー?」
「ルイス様……」
「もう少しそっと近づけば声が聞こえるかもしれないなー。よしリエラ、もう少しだけ近づいてみようぜー」
「……」
リエラは無言で表情を変えずに、けれどもアーヴィングの言う通りに木々の陰に隠れながらルイスたちの近くへと忍び寄った。
●○●○●
「つまりだな、鍛え上げられた精神と肉体は、清らかなる心を作る基礎となるわけだ。清らかな心から生み出される魔力は更に研ぎ澄まされ、引いては強力な魔法を生み出すきっかけとなる。ここまでは学院小等部でも習う基本中の基本だ。ゆえに俺は鍛錬を怠る事なく常に自己を磨き続けてだな――」
「はい」
「剣術もそうだ。迷いのある剣では大事なものを守れぬ。常に心とは迷いなき剣にのみ呼応する。俺の言いたい事がわかるかカティア」
「はい」
「そうか。ならば聞く。剣の心と魔法の心における最も大切とされる六原則とはなんだ。答えよ」
「わかりません」
「なに? カティア、お前はリエラより勉強ができぬのだから、普段から基礎を学ばねばならん。俺がいちから教えてやる。いいか、まずはだな――」
死んだ目をしながらカティアが白くなっているように見えたのは、おそらくアーヴィングだけである。
(相変わらず馬鹿すぎるぜ兄様のクソ堅物め。こんな所でまで岩をやる必要はねえだろうが……)
「――というわけだ。よし、立てカティア。まずは筋トレだ」
「はい」
「心を鍛えるには下半身からだ。俺と呼吸を合わせよ。いくぞ、いち! に! いち! に!」
カティアは死んだ目をしたまま言われるがまま、ルイスとスクワットを始めてしまった。
(何をやっているんだ……あいつら)
舞踏会に来て筋トレをしているのはおそらくルイス兄様たちだけだろうな、とアーヴィングは思ったが、こんな様子ではリエラに嫉妬させるなんて夢のまた夢だとも思い、更に頭を抱えていた。
(こんなんじゃリエラも……)
そう思いチラりと隣にいるリエラを見る。
すると。
「えっ!?」
アーヴィングは思わず目を見開いて驚愕した。何故なら――。
「……ひっ……ひっく……ぐす……ずず……ふぅ、ふぅ」
号泣しているのである。
(何故、泣くッ!?)
氷の令嬢が鼻の頭を赤くして泣いているのだ。
泣き顔もめちゃくちゃに可愛いと思ったアーヴィングだが、直後にこの涙の意味がわからなすぎて、すぐ尋ねた。
「ど、どうしたんだリエラ?」
「わ、わだぐし……ゔぁ……や、やっばり……ルイズざまが、ずき……ふぇ……」
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