氷の令嬢と岩の令息 〜女として見れないと言われた令嬢と脳筋令息〜

ごどめ

文字の大きさ
上 下
8 / 10

8 カティアの誘惑

しおりを挟む
 妹の肩を支えたまま元の場所に戻ると、従者にガラスの靴を差し出されたシンデレラが今にもそれに足を入れようとしているところだった。
 
 皆が見守る中、シンデレラがガラスの靴に右足を入れると、少しもつっかえることもなく、ぴたりと入る。
 
「おお……! 貴方こそがシンデレラだったのですね……」
 
 まるでシンデレラのためにあつらえたようにぴたりとはまり、従者が感嘆の声をあげた。
 
「そんな……。まさかシンデレラが……。ありえないわ……」
 
 母上は信じられないといった様子で目を見開いているし、落胆したような一番目の妹、二番目の妹にいたってはギリギリと悔しそうに歯ぎしりをしている。
 
 私にいたっては、ある程度予測出来ていた状況なので驚いてはいない。
 
 私が履いていた靴だが、シンデレラも私と同じく小さな足であるし、それに元々シンデレラの魔法で出した靴だ。ぴたりとはまるのも無理はないだろう。
 
「本当に、君が?」
「ええ、私がシンデレラでございます」
 
 ガラスの靴がぴたりとはまっても、まだ信じられない様子のエリオット様にシンデレラは小さく礼をする。
 
「少し二人で話せるかな?」
 
 そうエリオット様に告げられると、シンデレラはちらりと私を見てから、うやうやしく頷き、にこりと微笑む。
 
「はい、もちろんでございます。兄も一緒でよろしいでしょうか?」
 
 なぜ私も? シンデレラ、お前は一体何を考えているんだ。シンデレラの考えが全く分からなかったが、断るわけにもいかない。
 
 まだ呆然としている母上や妹たち、それからエリオット様の従者をその場に残し、仕方なく三人で客室へと向かうことになった。
 
 *
 
「いきなりで悪いんだけど、本当に君がシンデレラなのか確信が持てないんだ」
 
 三人だけになってからしばらくして、やはり困ったような笑みをお浮かべになられたエリオット様にもシンデレラは動じることなく口を開く。
 
「この姿では無理もございません。お見苦しい姿で失礼いたしました」
 
 二人から少し離れたところで控えていると、シンデレラはスカートから濡れたハンカチを取り出し、おもむろに顔をふきだす。
 
「.......、っ」
 
 シンデレラがすすだらけの顔をふき、白い肌があらわれると、なんとその顔は私と瓜二つ。
 
 なんと……、なんということだ。こんなこと、ありえるはずがない。
 
 思わず声を上げそうになってしまったが、すんでのところで息をこらえ堪える。
 
 エリオット様のご様子を伺うと、たいそう驚いていらしたが、それでもシンデレラしか見えないといったご様子でくぎづけになっていらっしゃった。
 
 エリオット様……。仕方ないことだとは分かっていても、シンデレラをお見つめになるエリオット様に胸がひどく痛む。
 
 ご自身の衣服が汚れることも気にされず、シンデレラのすすだらけの手をしっかりと握ったエリオット様をシンデレラもうっとりと見つめる。
 
 完全に二人の世界といった様子にやはり胸が切り裂かれるような痛みはやまず、ついに見ていられなくなって目を伏せてしまった。
 
 エリオット様は王子様であらせられるだけではなく、見目麗しく、人の心を掴む不思議な魅力溢れるお方。シンデレラは心に決めた人がいると言っていたが、エリオット様を拝見して心が変わったとしても何もおかしくはない。
 
 そもそも私はもとよりシンデレラの代役であったわけだし、シンデレラがエリオット様のおそばにいたいと言うのなら、私は譲るべきだろう。しかし……。
 
 昨晩の娘は私でございます、お慕い申し上げております。本当は、今にもそう叫びたくてたまらない。
 
 たった一晩のわずかな時間ではあったが、私は一瞬で恋に落ちてしまった。
 
 これを人に言えば、浅はかで無知だと言われるだろうが、それでもこれはシンデレラの言っていたような「本物の恋」に間違いないと自分でははっきりと確信している。
 
 しかし、常に騎士として自分を律してきた習性のためか、何一つ口に出すことができないまま、ただその場に控えることしかできなかった。
 
 エリオット様のお顔を拝見すると、砂糖菓子のようにふわふわと甘く幸せがこみ上げてくる。しかし、そのまなざしが他の娘に注がれているかと思うと、身が切り裂かれるかのような痛みを感じる。
 
 こんな気持ちは、今まで知らなかった。
 
 自分の身に恋などということが訪れるなどと思いもしなかったが、それだけに頭からつま先まで全身が支配されてしまうほどの抗えない感情がわき起こる。
 
いっそ知らなかった方が良かったとさえ思ってしまうほどだったが、しかし今さらなかったことになんてできるわけもない。もう私は、確かに「恋」を知ってしまったのだから。
 
「一目見た瞬間から君のことが頭から離れないんだ。どうか、僕の妻となってほしい」
 
 エリオット様のそのお言葉に伏せていた顔をあげてそのお姿を拝見すると、今までよりもいっそう胸が締め付けられ、剣で身体を貫かれたような痛みが走った。
 
 王子様ともあろうお方が片膝をつき、シンデレラの手を取り求婚なさっている。
 
 ああ……、シンデレラがひどくうらやましく妬ましくて仕方ない。
 
 本来であれば、エリオット様に愛される幸せな娘は私であったはずなのに。いや、そもそも私は代役だったのだから、そんなことを思うのは筋違いではあることは十分に分かっている。
 
 シンデレラを恨むのも羨ましく思うことも道理ではないと分かってはいるのだが、そう思わずにはいられない。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

もう私、好きなようにさせていただきますね? 〜とりあえず、元婚約者はコテンパン〜

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「婚約破棄ですね、はいどうぞ」 婚約者から、婚約破棄を言い渡されたので、そういう対応を致しました。 もう面倒だし、食い下がる事も辞めたのですが、まぁ家族が許してくれたから全ては大団円ですね。 ……え? いまさら何ですか? 殿下。 そんな虫のいいお話に、まさか私が「はい分かりました」と頷くとは思っていませんよね? もう私の、使い潰されるだけの生活からは解放されたのです。 だって私はもう貴方の婚約者ではありませんから。 これはそうやって、自らが得た自由の為に戦う令嬢の物語。 ※本作はそれぞれ違うタイプのざまぁをお届けする、『野菜の夏休みざまぁ』作品、4作の内の1作です。    他作品は検索画面で『野菜の夏休みざまぁ』と打つとヒット致します。

悪役令嬢は推し活中〜殿下。貴方には興味がございませんのでご自由に〜

みおな
恋愛
 公爵家令嬢のルーナ・フィオレンサは、輝く銀色の髪に、夜空に浮かぶ月のような金色を帯びた銀の瞳をした美しい少女だ。  当然のことながら王族との婚約が打診されるが、ルーナは首を縦に振らない。  どうやら彼女には、別に想い人がいるようで・・・

【片思いの5年間】婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。

五月ふう
恋愛
「君を愛するつもりも婚約者として扱うつもりもないーー。」 婚約者であるアレックス王子が婚約初日に私にいった言葉だ。 愛されず、婚約者として扱われない。つまり自由ってことですかーー? それって最高じゃないですか。 ずっとそう思っていた私が、王子様に溺愛されるまでの物語。 この作品は 「婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。」のスピンオフ作品となっています。 どちらの作品から読んでも楽しめるようになっています。気になる方は是非上記の作品も手にとってみてください。

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

処理中です...