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4 岩の妙案

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 ――それは数日前、王立学院近くの宮殿で行われた学院誕生祭の祝賀パーティの席での事。
 食事も落ち着いた後、宮殿の三階バルコニーにて、アーヴィングは兄のルイスへとこんな事を尋ねた。

「ルイス兄様とリエラは、いったいいつになったらキスぐらいすんだよ」

 アーヴィングは軽いノリで尋ねたのだが、半分本心でもあった。それは兄であるルイスの事を気に掛けたからである。
 どう見てもルイスとリエラは恋人のような振る舞いではない。いつまで経っても幼少期からやってる事が変わらないのだ。仲はとても良いし、いつも「今日はリエラがこれを見て笑ったのだ。だった」と、まるで惚気じみた事を伝えに来るのだが、おそらくそれはただの結果報告みたいなものだ。

 とにかくこのままでは男女の愛も、夫婦の営みもないまま一生を終えるんじゃないかと心配したのである。

 するとルイスはこう答えた。

「何故、キスをする必要がある。唇という部位と部位を触れ合わせる行為に、何か意味があるのか? 魔力や筋力が向上するわけではあるまいに」

 兄、ルイスの世間知らずは割と有名だ。
 ルイスは類い稀なるぐらい才能に満ち溢れた超天才肌で、魔力量、魔法の扱い方、勉学、剣術から体術に至るまで、そのどれもがずば抜けている。
 グランドール家は魔に長けている代わりに本来であるなら剣術、体術は不得手になるのがこの世の基本的な常識なのだが、とにかくルイスは常識の枠に捉われない。数百年に一度と言われるほどの、まさに神童と呼ばれるに相応しい逸材だ。

 しかしその代償なのかわからないが、とにかく人の感情を汲み取る事がとてつもなく苦手だ。
 要は、体力のある頭でっかちだけど恐ろしく酷い重度のコミュ障なのである。

「あのなあ、兄様。そんなんじゃいつかリエラは他の誰かのものになっちまうぞ?」

「何を言っている。リエラはモノではない。人だ。よって、誰かのモノになる事などありえん」

「そうじゃなくて、リエラはあんなに可愛いんだ。彼女の事を好きになる奴だってたくさん出てくる。っていうか、現に学院内じゃかなりの頻度でリエラは告白されてんだぞ。下駄箱にはラブレターもしょっちゅう入ってるしな」

「そうなのか。知らんな」

「なんで婚約者の兄様が知らないんだよ……。とにかく、他の、兄様よりもっといい男が現れて、そいつにリエラを取られたらどうするんだって話だ」

「そんな事にはならんだろう。俺より強い奴など、学院には存在していない」

「どっから出てくるんだよその謎の自信は……。そりゃ兄様は学院一の強さだ。勉強も剣術も魔法も。下手すりゃ世界一かもしれねえ。でも、男と女ってのはそういう事だけじゃねえんだよ。兄様にリエラのエスコートがキチンとできるのか? 貴族たるものワルツのステップをパートナーと息を合わせてやれるのか? その他にも色々あるが、とにかく男と女ってのは簡単な話じゃねえんだ」

「わけがわからん。貴様はさっきから何が言いたいのだ?」

「わけがわからんのは俺だっつーの……」

 この時、アーヴィングはどうすればこの馬鹿な兄にもっと危機感を持ってもらえるのかと考えた。

「……なあルイス兄様」

「なんだ。パーティに飽きたか? ここで筋トレでも始めるか?」

「ちげぇよ黙れ。あのな、実はな、俺、ここだけの話なんだが、リエラの事が本当は好きだったんだ」

「知っている。俺もカティアが好きだ。俺たち四人は昔から仲が良かったからな」

「そうじゃねえ、違うんだよ兄様。本当はな、俺は昔からリエラと結婚したかったんだ。リエラの方が可愛くて、密かに惚れてたんだ。けど、ディアルガお父様とガラムのおやっさんにどやされるからずっと誰にも言い出せなかったんだ」

 ディアルガ、というのは彼らの父、グランドール家当主のディアルガ・グランドール公爵であり、この国筆頭の宮廷魔術師でもある。

「ほう。アーヴィング、それはいつからだ?」

「……結構ガキの頃からだよ。俺はカティアよりリエラが好きだったのさ。まあ、昔は、だぜ。今はちげぇぞ? だからな――」

 だから、俺みたいに思ってる奴がごまんといて、中には激しめのアプローチをしてくる奴もいるかもしれない。わかるだろ? それくらいリエラは男にモテるんだから、兄様だっていつまでもうかうかしてらんねえぞ、と、アーヴィングは言葉を続けたかった。

 のだが。

「そうか、よくわかった」

 ピシャリ、とそう言い切り、

「え? ちょ、おいッ!?」

 ルイスは目の前から消えてしまった。正確には、シュパっという素早い動きでバルコニーから飛び降りって、どこかへと走り去ってしまったのである。

「……うん。ここ三階なんだが、そういう所が普通じゃねえんだよ兄様は」

 筋力操作に魔力操作もずば抜けているルイスには、高所から飛び降り、立ち去るなどお手のもの。
 それよりも、

「ありゃあ、なんか変な勘違いしてやがる気がするぜ……」

 と、アーヴィングは予感していた。

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