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後章 断罪、真相解明編

32話 大団円

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 ――全てを思い出した私だからこそ、今のこの現状を、この世界を色んな意味で驚かずにはいられなかった。
 まず私が知っているあの世界は、やはりもう存在していない。
 私が過去へと飛び、イリーシャの悲劇を食い止めた事によって全てが改変されてしまったからである。
 そして新しく生まれたこの世界では、クロノス様たちエヴァンズ家は王家から切り離される事なく、公爵家としての地位を保持したままミドルネームの『グラン』を受け継いでいる。お父上のカイロス様は以前と変わらずこの世界でも陛下の良き相談役として宰相の座についていたままだった。

 そして私といえば変わらずリセット家の子女として産まれているのだが、マルクスとナタリーは以前の世界とは別人のように私をとても愛して育ててくれていたようだ。
 そのマルクスとナタリーもまた、上部だけの愛情でなく、心から互いを大切に思い合い相思相愛な理想的夫婦となっており、その為、私にはも出来ていた。
 それがイリーシャだ。
 イリーシャ・フィル・リセットは私のひとつ歳下の妹として、マルクスとナタリーの間の二番目の子として生を受けた。
 彼女の名をイリーシャ、としたのはリセット家の言い伝えのせいだ。
 曾祖父と曾祖母は早くに亡くなってしまったが、彼らは死が二人を分つまで生涯仲睦まじい夫婦だったとか。その曾祖父は、何の理由があるかは明かさずにとにかく今後のリセット家に姉妹が誕生した場合、その妹には必ず『イリーシャ』と名付けよと伝えたのだそうだ。

「キミがいた世界のイリーシャもこの世界のイリーシャも、どちらも姉上に恵まれていたのだな」

 クロノス様は窓際のカーテンを少し開け、外の日差しを室内に入れながら遠い目をした。

「ヴァレンシュタイン様の計らい、でしょうか」

 私は天蓋付きのベッドの上で上半身だけ起こし、クロノス様に尋ねた。

「そうであろうな。だからこそ、こんな奇跡が許されている」
「ええ。私とクロノス様だけが……」
「うむ。全てを観測し、覚えている事が許された」

 クロノス様はを知っていた。
 正確には、別世界の記憶をこの世界で引き継いだ、というのが正しい。
 この世界のクロノス様と私は何年も前から魔法学院で知り合い、互いに恋をしていた。だが、一年前、私が事故でこんな状態になってしまってから、彼は必死に私を目覚めさせる方法を日々勉強し、調べ続けてくれた。
 そしてとある日。
 私が今日、こうして目覚めるおよそ一週間ほど前。
 クロノス様はの為にリセットの屋敷に訪れていた。
 その時、クロノス様はリセット家の地下金庫で偶然、衝撃的な物を発見する。それは古ぼけた日記だった。
 他者の日記を覗き見するなど本来の彼ならば絶対にしない行為ではあったが、何故だかクロノス様はその時、その日記に呼ばれているような気がしたのだとか。
 そしてその日記を開いた瞬間。
 とてつもない魔力量がクロノス様の中へと流れ込んだ。
 それによって、私の前の世界の記憶、悲劇、そして巻き戻しの力を使った私のやり直しを知る事となった。
 同時にその時、クロノス様に前の世界の記憶が宿ったのだそうだ。
 更にその後、クロノス様の中には不思議な声が宿ったそうで、その声からこう言われたそうだ。

『アメリア・フィル・リセットを救えるのは、高い魔力量を持つ我が血筋の王家ゆかりの者であり、かつ彼女の事をよく知るクロノス・グラン・エヴァンズ、お前だけだ。お前には我と我が最愛の妻イリーシャ二人分の、この人生全てを詰め込んだ魔力を授けた。必ずその力でアメリアを幸せにしろ』

 と。
 それからその声の主は続けてクロノス様にこう言った。

『アメリアはじきに目覚める。その時、彼女は全ての記憶を消し去られているだろう。世のことわりに反しないようにと、な。だが、私はその神のルールを覆させてもらう事に決めた。私の為に、彼女の人生を奪ってしまった責任を取らせてもらいたかったからだ。その為に私と妻は自らの寿命が縮む事すら甘んじて受け、この願いをその日記へと託したのだ』

 クロノス様は声の主に、あなたは誰なのか、と尋ねた。
 そして彼はこう言った。

『どうせ最後の力だ。消え去る前に貴様には全てを伝えておく。私はヴァレンシュタイン・フィル・リセット。かつて、アメリアに救われた王族の端くれだ。だが、もう私は王族である名は消した。私はリセット家の婿養子となり、我が愛するリセット家の『フィル・リセット』を名乗らせてもらっている』

 と、これまで頑なに語らなかったその全てを語り出したのである。

『いいかクロノス。お前には今、私と妻の膨大な魔力と我が意志が詰められた魔力が宿された。この事はアメリアが目覚めるまで決して他言してはいけない。他者に話して良いのはお前がこの世界で行える事実のみだ。じきに目覚めるアメリアにだけ全てを伝える事を許す。と、言ってもそういう制約のもとに練成された魔法であり、これもまた世の理である為、お前にはどのみちこの制約を破る事は不可能だがな』

 そしてその伝達方法があの口付けだったのである。
 何故ヴァレンシュタイン様が口付けという行為で私の記憶を呼び戻す方法を選んだのかは不明だが、ヴァレンシュタイン様曰く、愛し合う者同士の強い愛情を一番インパクトのある方法で伝えるのが魔法の伝達にはとても重要、らしい。

 そしてヴァレンシュタイン様はその言葉を最後に完全に消滅し、クロノス様は全てを理解したうえで私が目覚めるこの日を待ち侘びていたのだとか。

「それにしてもこんな風になるなんて、思いもよりませんでしたわ」
「ああ、私もだ。まだ以前の世界の記憶が強く残されていて、少々不思議な気分だがな」
「エルヴィン殿下もお父様もお母様も、みんなすっごい嫌な人でしたものね」
「くっくっく、本当にな」
「この世界の自分の記憶も合わさってしまった今の私たちですからわかりますけれど、とても同じ人間とは思えませんわ。特にあのごうつくばりで、我が儘で、自分勝手なエルヴィン殿下があれほどまでに私の心配をしてくださっていたなんて」
「……そうそう、今のアメリアにも知らない事実がひとつあった事を忘れていた」
「え? なんですの?」
「それはだな……」

 クロノス様はニヤけながら、私にそっと耳打ちをした。
 私はその事実に驚き、

「ぇえええええええーーッ!?」

 と、思わず大声をあげてしまったのである。
 すると、

「どうしたんだアメリア!?」
「どうかなされたのですか、アメリアお姉様ッ!?」
「何か恥ずかしい事でもされましたか、アメリアお嬢様?」
「な、なんだとビアンカ!? ぐぬぬぬ、ア、ア、アメリア……まさかクロノスに何かされたのか!?」
「まあまあアメリアったら。そういうのはこんな明るいうちからは駄目ですわよ。淑女たるものもっと貞淑にですね……」

 部屋の外にいたエルヴィン殿下、イリーシャ、侍女のビアンカ、マルクスお父様、ナタリーお母様が次々と大声で怒鳴るように部屋へと流れ込んできた。
 突然の出来事に私とクロノス様は思わず距離を取って、

「ち、ちがう……違います! 私たちは別にやましい事なんて……ッ」
「そ、そうです。別に変な事をしていたわけでは……ちょ、お義父さん、さりげなくサーベルを抜刀するのはやめてください!」
「だ、だだ、誰がおとうさんだッ!? 私はまだ貴様にそんな風に呼ばれる覚えはないぞ! いくら公爵家の令息といえど、順序を弁えず、記憶の無い我が愛する娘に無礼を働いたのなら、我が全身全霊をもって貴様には天誅をだな……」
「はいはい、落ち着きましょうねアナタ。どうどう」
「ふしゅーッ……!」

 マルクスお父様はナタリーお母様になだめられて、ようやくサーベルを納刀してくれた。
 ある意味笑える光景だった。
 あんなにも侮蔑するような目でしか私を見て来なかった父と母が、こんなにも私を愛してくれているなんて。

「それなんだが、皆、聞いてくれ。アメリアは無事、約束通り記憶を取り戻した!」

 クロノス様が声高らかに言った。
 元々、皆には事前にクロノス様の調べ上げた特殊な魔法で私の記憶を蘇らせられるかもしれない、という適当な言い訳をしておいたそうだ。

「ほ、本当かアメリア!?」

 お父様やお母様、他の皆も確かめるように私の顔を覗き込む。

「ええ、クロノス様のおかげですっかり元通りですわ」

 と、私が言うと皆、声をあげて喜んでくれた。
 この世界は涙が出るほど、私に優しすぎる。

「ところでアメリアお嬢様。それではさきほどの悲鳴はいったい? クロノス様に何かされたのではないのですね」

 ビアンカに尋ねられ思い出す。

「違うんですの。私、驚いてしまって……その、イリーシャとエルヴィン殿下がまさか婚約関係だったなんて。それをクロノス様から教えられてつい、大きな声を」

 これには本当に驚かされている。
 以前の世界でイリーシャは本心ではエルヴィン殿下を慕っているというわけではなく、私から奪い取りたい一心の結果で彼との婚約関係になっていた。彼女に殿下を愛する様子は感じられなかった。
 それがこの世界では、彼らは互いに一途に、とても深く愛し合った末に婚約を結んだのだとか。
 クロノス様がリセット家にやってきたとある用事とは、殿下とイリーシャの婚約が決まったので、イリーシャの家財道具の片付けや引越しの手伝いに来ていたのである。

「そ、そうか。アメリアは一年も眠っていたのだ。知らぬのも当然だな。では改めて言わせてもらおう。私、エルヴィン・グラン・リスターは、キミの妹君であるイリーシャ・フィル・リセットを我が婚約者として、近い将来正式にリスター王家の妻として迎え入れる予定でいる」
「殿下の仰る通り、私イリーシャは殿下の婚約者とあいなりました。お姉様が昏睡状態であるというのに、私ばかりこんな風になってしまってずっと後ろめたかったのですけれど……」

 イリーシャは視線を少し落としてそう答える。

「何を言ってるのイリーシャ。私にとって、今日一番の吉報だったわ」
「これもひとえに全て、お姉様のおかげです。本当に……ありがとうございますわ」

 イリーシャが再び涙ぐんで私に頭を下げた。
 この世界のイリーシャが私に引け目を感じているのを、今の私は知っている。
 でも、彼女からの感謝は、まるで前の世界のイリーシャから言われているような、そんな不思議な感覚にさせてくれた。
 ナターシャひいお婆様を憎み、その復讐の相手を私に見定め、そして私の死すら望んでいたはずのイリーシャ。
 私もただの人間だ。彼女からの黒い感情に飲まれていた時は、彼女へ仕返ししてやりたいという気持ちがなかったわけではない。
 けれど、100年近く生きた彼女が最後に見せた本当の声を聞いた瞬間、私はイリーシャへと手を差し伸べずにはいられなかった。救い出してあげたかったのだ。
 結果として、この世界はかつてのイリーシャを狂気に染めてしまう事もなく、更にはその子孫となった新しいイリーシャも産まれてくるという奇跡が起き、そしてこのイリーシャは幸せに生きてくれている。

「イリーシャ。殿下と永遠にお幸せにね」
「……はい。ありがとうございます」

 私とイリーシャは目を見て微笑みあった。

「イリーシャ、もしエルヴィン殿下が浮気したらその現場は必ずよーく見て、記憶しておくのよ? いざとなったらあなたの得意な魔法で具現化して、公然の場で断罪してあげなさい」
「なっ!? ちょ、アメリア! な、なんて事を言うのだ。この私が何をどうすればイリーシャ以外の女性と恋仲になると言うのだ!?」

 私の皮肉にエルヴィン殿下は慌てながら、そんな言い訳をしていた。これは前の世界であんな辱めを受けた私の、ほんの少しばかりの仕返しだ。

「うふふ、お姉様ったら。でも私が記憶具現化魔法リアライゼーションが得意な事、ちゃんと覚えてくださっていたのですね」

 そう、この世界でもイリーシャは魔法が得意だ。前の世界のイリーシャと同じように。
 反面、このエルヴィン殿下には記憶具現化魔法リアライゼーションは扱えず、並程度の魔力しか備えていない。
 ちなみにこの世界の私の魔力も並程度で、当然魔法なんて扱えない。

「お姉様もどうか素敵な恋を」
「ええ、大丈夫よイリーシャ。私には素敵な婚約者様がいるもの」
「あら! さすがはお姉様ですわ! もうクロノス様とすでにそんなお約束を?」

 イリーシャの言葉に私がはにかみながら笑うと、

「よぉし、わかったクロノス・グラン・エヴァンズ。そこへなおれ。いくら公爵家の令息といえど、もはや堪忍ならぬ」
「ちょ、ち、違うんです。私とアメリアはちゃんとこれまでも清らかなお付き合いを続けていましてですね……」
「そんな話は聞いた事がないッ! だいたいアメリアが昏睡に陥る前まで、貴様はただの友人であっただろうが!? 貴様というやつはアメリアが眠っている間にまさかアメリアの身体を……?」
「違います違いますお義父さ……あ、いや、マルクス卿! 私は決してそんな事は……」
「私とナタリーはただでさえ可愛いイリーシャを殿下に差し出さねばならんのに、アメリアさえも失ってしまったら、私は……私はぁあああーーッ!」
「ひえ!? サ、サーベルをお納めください、マルクス卿!」

 鬼の形相となったお父様とクロノス様がまた、二人でてんやわんやと始めてしまうのであった。
 私とクロノス様はこの世界だと、まだほんのお友達程度のお付き合いだったのだ。
 それがこんな急展開となってはお父様もお母様も驚くのは当然だ。

 けれど私とクロノス様の関係が前の世界から続いている事は私たちだけの秘密。

「ご安心を。お父様、私はクロノス様をちゃんと愛しておりますわ」

 流石にクロノス様が可哀想なので、私は笑顔でそう言っておいたが、お父様は結局それでも泣いたり怒ったりとずっと忙しかった。反対にお母様は楽しそうにお父様を、いつまでもからかっていたのだった。


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