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後章 断罪、真相解明編

28 真相の観測者

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 ヴァルこと、ヴァレンシュタインとナターシャの会話はこれまでの事を思い返すかのように、次々と真相を語らいあってくれた事で私はその全てを知る事ができた。

 ――妹を失ったナターシャは、何年もイリーシャを探す方法を模索していた。とある日、非常に強力な魔力を持ちながらも王族の束縛を嫌うひとりの王子が王家と縁を切り、城から出て、王族の地位を捨て、平民として暮らしているという噂を聞く。
 その男の名はヴァルと言い、自身の魔力を活かして様々な厄介ごとを引き受ける仕事をしていた。
 ナターシャはそんな彼のもとへと訪れ、幼き日に生き別れた妹の事を相談した。
 当初、ヴァルにはナターシャの妹を探し出すあてなど全くなかった。
 そんな折、ヴァルが見聞を広げる為に隣国へと赴いた時、偶然出会ったひとりの子女と恋に落ちる。それがイリーシャであった。
 イリーシャは隣国のウォン家という男爵家に無事育てられていた。
 しかしウォン家はイリーシャを拾ってから数年後、彼女の育ての両親は流行り病で若くして亡くなり、それ以降ウォン家は没落し、やがて爵位も剥奪され、イリーシャは天涯孤独の身となってしまっていた。ちなみにイリーシャは今も昔も自分がウォン家の生まれだと信じきっている。
 隣国に滞在中、ヴァルがイリーシャと仲を深めていくうちに彼女がその昔、渓谷から川に落ちた事があるという話を聞く。しかしイリーシャはその頃の記憶が曖昧であり自分が何故川に落ちたのか、誰と共にいたのか、まるで覚えていないと言ったが、ヴァルはその話から考えてイリーシャが実はナターシャの妹なのではないか、という推測をする。

 ひとまずは事実確認の為にとイリーシャには何も言わず、自国に戻った後、彼はナターシャにその話を打ち明けた。
 だが話を聞いたナターシャは、イリーシャが無事に生きていてくれた事を知っても自分と会わせる必要はないと断った。
 何故ならそれはナターシャもまた妹と同じ相手を……ヴァルの事を密かに愛してしまっていたからであった。
 ナターシャはイリーシャとヴァルがそういう関係になったのなら自分が身を引くつもりで妹には会う事なく、彼女の幸せを陰ながら願う事に決める。

 だがしかし、それから間も無くしてヴァルが不治の病に冒されている事が判明する。
 その病はこの時代の医学、魔法学では決して治す事ができない病であり、ヴァルに残された余命は長くてもあと数年というところであった。
 それを知ったヴァルは、このままではひとり残されたイリーシャが悲しみ、絶望してしまうかもしれないと思った。
 ヴァルは心からイリーシャを愛し、またイリーシャもヴァルの事を心底愛していた。しかしヴァルは気づいていた。このイリーシャの自分への愛情の深さ、依存度は、きっといつの日か自分が先にいなくなった後の絶望の日々に耐えきれず、自らも命を投げ捨ててしまうであろう事を。そうでなくとも自分といつまでも共にいればイリーシャに病を移してしまう事も恐れていたのだ。

 ヴァルにはそれらが耐えられなかった。愛するイリーシャには長く幸せに生きていて欲しかった。
 彼はその事をナターシャに相談した。
 そしてヴァルとナターシャが導き出した結論は、多少残酷であろうともイリーシャにヴァルの事を忘れさせる方法だった。
 婚約まで話を進めてしまっていたイリーシャとの関係を白紙に戻す為に、新たな婚約者としてナターシャという女ができた、とイリーシャにわからせるという行為に及んだのである。
 この結論至るまでに後悔や未練はたくさんあった。
 ヴァルは毎日悩み続けたのである。
 そんなある日、ナターシャの家系、リセット家に隠された類い稀なる魔力の秘密を知る。
 それはリセット家が、時間を操る魔力を秘めている家系であるという事。
 長年、ヴァルはとある系統の魔法について調査、研究、実験を重ねていた。それが時空間系魔法である。
 そしてついに判明したのが魔力系統の異種配合による進化的な魔法論であった。

 ヴァルは王家特有の精神系魔法を得意としている。
 対してナターシャの一族は時間に関する魔法が扱える、のかもしれないと彼女は言った。というのは、ナターシャにしろ、彼女の身内にしろ、リセット家の者が時間に関する魔法を実際に扱えた事などない、というのである。
 何故ナターシャがそんな事を知っているかというと、「我がリセット家には時を操る力が宿っている」と、代々そう伝えられてきたのだそうだ。
 ただしこの事はリセット家一族以外に口外してはならない禁忌として言い伝えられている為、この時代以降の魔法学にも時間に関する魔法については認知されていないのである。
 ヴァルが研究を進めた結果、確かにリセット家には時空間に関与する魔力が秘められている事がわかるが、それを魔法として実行する為には、圧倒的に足りないものがあった。
 それが熟成された膨大な精神系魔力であった。時間を操るには高い精神力、精神操作系魔力を基礎的に備えていなければならないがリセット家はその系統には特化していなかった。
 それを兼ね備えていたのがリスター王家である。

 ヴァルは考えた。高い精神系魔力を持つリスター家の血を引く自分と、時空間系魔力を潜在的に宿しているナターシャとの間に子を宿せば、その子には時間を操る魔法が扱えるようになるのでは、と。
 そしていつの日か、時を大きく操るほどの大魔術師が自分たちの子孫に生まれた時、時を遥か過去へと巻き戻してナターシャとイリーシャの悲劇の始まりであった、生き別れの人生をいちからやり直させてあげたいと考えたのである。
 そしてヴァルはもし仮にそれが叶ったのなら、次は必ずイリーシャにもナターシャにも自分は出会わずに、彼女たちには普通に幸せになってもらいたいと願っていた。
 何故ならこの段階ですでに、ナターシャも短い命で終わる事が約束されてしまっていたからである。

「私の病は唾液、血液から感染する」

 それをナターシャにはすでに告げてあった。
 ヴァルは自分の病が判明した時、まず心から安堵したのはイリーシャとの付き合いにおいて、彼女が成人するまで互いに真摯で清らかな関係でいようと約束し、それを守り続けた事だ。つまり手を握るくらいの事はあっても口付け以上の行為の一切を行わなかったのである。
 反してナターシャとは先程、初めての口付けを交わしてしまった。そして子を宿す行為は必ずこの病をナターシャにも感染させてしまうであろう事をヴァルは理解している。
 ナターシャもそれを理解したうえで、いつか生まれるであろう自分の子孫が、この不幸の連鎖をやり直してくれるかもしれないという一縷いちるの望みに賭けたのだ。
 そして以上の経緯について、イリーシャは何も知らないのである。

「……私はまさに、この為に生まれてきたのね」

 全てを理解し、私はそう呟く。
 ヴァルの病は子供にも遺伝する危険性はもちろんあったが、幸い、その後に生まれたヴァルとナターシャの子はなんの問題もなかった。何故ならその病はヴァルたちが亡くなった数年後に特効薬が見つかり、末期症状でなければその薬で完全に完治するようになっていたからだ。それについては私の祖父や祖母から聞いた事があった。彼らは今も長寿で健在している。

 祖父母については知っているアメリアだが、ヴァルについては何も知らない。何故なら曾祖母のナターシャは早くに亡くなり、曾祖父はそれよりも前に亡くなっているという話ぐらいは知っていたが、曾祖父に関する情報についてリセット家には彼の名前ですら残されておらず、何故か全てが抹消されていたからだ。
 だから私にとってはヴァル、つまりヴァレンシュタインという名は初耳だったのだ。

『……アメリア。お前の代でついに覚醒したのだ。我らの願いの結晶がな。だが、巻き戻しの最大ポイントがここだった。イリーシャが二人の密会の現場を目撃したこの場面。これ以上は私の力ではどうあっても戻れないようだ』

 私の中の声が少し残念そうに言った。

「そうなのね。そしてようやくわかったわ、あなたがヴァル……ヴァレンシュタインだったのね」
『……』

 声の主はしばし沈黙する。

「隠しているのか、そういう制約なのかわからないけれど言えないのなら別にいいわ。けれど、あなたは私にここに戻ってきて欲しかった。そして悲劇をやり直して欲しかったのよね」
『……』
「でもそうなら、何故その事をもっと早く私に伝えなかったの?」
『……巻き戻しの魔法を使う際に消費されるエネルギーは私の力だが、それを操れるほどの天才的な基礎能力はアメリア、キミにしか今のところ実現できた者はいなかった。あくまで私が知る中ではだが。当初、そのキミともっと会話をしようと試みたのだが、しばらくの間、キミへは声が届かなくなった。それがつい先程、イリーシャがヴァレンシュタインの名を呼んだ事でキミの中に眠る私の潜在意識が再覚醒したのだ』

 彼のその言葉で私はとある事を思い出す。

「イリーシャは何故、あそこで突然ヴァレンシュタインの名をあげたの?」
『ヴァレンシュタインがその後、イリーシャとの婚約破棄を行なう日に彼女へと残した言葉のせいだ』
「なんて言い残したの?」
『……イリーシャ。この人生ではキミと結ばれる事はできない。だが、いつかこの残酷な運命を巻き戻せる者が現れる。きっとその者が、必ずキミを幸せに導くだろう。と』

 そうだったのね。
 だからイリーシャはその時の言葉を思い出して、ヴァレンシュタインの名を……。

「……私には難しい事はわからないけれど、とにかく私はここで何かをやらなくちゃいけないのよね」
『私には何も言えぬ。先程キミが指摘した通り、私にはどうやらキミに伝えられる言葉と、どうあっても伝えられない言葉があるようだ。時空間系魔法に関する制約なのであろうな』

 魔法には必ず制約がある。
 それは破ろうと思ってもできない行為だ。
 その原因なんて、ちっぽけな私なんかにはわかるはずもないが、それこそ万物における世の真理という事なのだろう。

『だがアメリア。キミはこれで全てを理解したはずだ』
「ええ、ヴァレンシュタイン」
『待てアメリア。その名で呼ばないでくれ。私は自分の名を自ら明かす事も、その名で呼ばれる事も危険な状態のようだ。あまりに禁忌に触れすぎると私だけではなくアメリア、キミも世界の異物としてこの世のことわりから外され、存在自体が無かった事にされてしまう危険性すらある』
「……わかったわ。じゃあなんて呼べばいいの? あなたとはこうやって会話ができるのだから名前が必要だわ」
『リセットでいい。それなら制約に響かなさそうだ』
「わかったわリセット。それで、私はどうすればいい?」
『それこそ私には何も言えぬ。私からキミに伝えられるのは、このすでに確定してしまった遠い過去に対しどう干渉するか。もしくは観測をやめて戻るか。その二択だけだ』

 私はへえ、と呟いた。
 やっぱりこの人は望んでいるのね。過去を改変して、彼女たちを幸せに導いてほしい事を。
 そうでなければ私をこんなところに連れてくる必要がない。
 でもそれでいいわ。
 私だってヴァル……いいえ、リセットの力でこんなにも何度もやり直させてもらったんだから。
 彼に借りた力を、彼の為に使ってあげたい。
 この巻き戻しの力は彼の……彼女たちの為にあったのだから。

「……リセット。今はもうイリーシャはいなくなってしまったわね」
『そうだな』

 私が周囲を見渡すと、場面はすでにヴァルとナターシャの語らいが終わり、イリーシャはどこかへ消えてしまった後の様子だった。
 この世界での短い巻き戻しは容易だとリセットは言った。
 だから私は願った。

「リセット。あなたの力をもう一度だけ貸して」
『無論だ』

 すぐに私の目の前には再び赤いボタンが現れた。
 さあ、いま一度巻き戻りましょう。
 そしてイリーシャ、今度こそあなたを救ってみせる。



 そう心に誓い、私は巻き戻しのボタンリセット ボタンを押した。


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