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前章 不当な婚約破棄

11 別になんとも思っていませんけど。

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「どうかこの私のパートナーになっていただけませんか、麗しのアリア様」
「えっと……ご、ごめんなさい」

 私は申し訳なさそうに頭を下げて、その男の申し出を断る。
 酷く肩を落としながらすごすごと引き返して行く彼を見て、私は溜め息しか出なかった。

 これで今日何人目だろう。
 でも、これは私がモテているわけじゃない。都合の良いそれなりの女が空いていると思われたからだ。

「お願いします、レイラさん!」
「ごめんなさい、私すでに先約があるの」

 Eクラスの隅でまたひとり撃沈している生徒がいる。
 そう、あちこちで男子生徒たちが女子に声を掛けまくっているにはわけがある。
 それはもうすぐ訪れる秋の学院祭があるからだ。
 この魔法学院には年に数回、生徒会が陣頭指揮を取る大きな催し物があるのだが、秋は一番の目玉でもある学院祭が待ち受けている。
 この学院祭は午前の部、午後の部にそれぞれ一度ずつ学院敷地内にあるダンスホールにて行われる舞踏会がある。
 その舞踏会で組まれているダンスプログラムは午前の部も午後の部も数曲の組み合わせから成っているのだが、中でも男女ペアのワルツが最も注目度が高い。

 ここでステップを華麗に決め見事なダンスを踊れると学院の成績に大きく反映するのだが、そんな事よりもここでの目的は意中の相手と踊る事だ。この学院内では男子生徒にとって、それがある種のステータスのひとつでもあった。
 仮に意中の相手と踊れなくとも、パートナーさえいればそれなりに面目は立つ。というより、貴族令息たるもの立たせなければならない。
 今後大人になり、様々な社交パーティに出席する事になるであろう貴族たる者たちが女性をリードできないのはそれだけで白い目で見られるからだ。
 なので学院祭が近づくこの時期になると毎年恒例行事のように男子生徒が片っ端の女子に近づくのだが。

「レイラ凄いね! さっきので8人目じゃない?」
「凄いってマリア……こんなの全然嬉しいわけないじゃない」
「えー、だって私なんて今回たったの3人だし」

 実はこれ、お誘いを受ける女子たちもその人数を隠しステータスにしていたりもする。無論、すでに恋人がいるという事が公けになっている者には声を掛けないというのがマナーにはなっている。
 だがしかし、この学院の女子はそのほとんどが恋人をわざと作らないか、作っていても内密にしている。
 それはこの日の為に皆、自分磨きをしているからであった。
 この学院祭のダンスプログラムまでに何人の、どんな家柄の男子から誘われるか、そしてまた当日にどう踊ったかが令嬢たちのステータスなのである。

 それを無視してまで恋人を作り、宣言するのは色々と不利なのだ。というのも、令嬢たちは16歳になる時、王宮で開かれる社交界デビュタントに出て、そこで爵位の高い貴族令息の嫡男に見初められる事が最も大事であり、学院のダンスプログラムはその余興とも言えたからだ。
 それを気にせずに恋人宣言している者はその相手のほとんどが侯爵家以上の爵位を持ち、かつ領地や資産の豊富な嫡男である場合がほとんどである。(ごく稀に本当に地位や名誉を気にせず交際する相思相愛なカップルもいるが、家門に煩く言われて大概は上手くいかない)
 とにかくこの魔法学院の秋の学院祭は男子、女子共に大変なお祭り騒ぎなのである。

「8人って凄いじゃないレイラ。嬉しくないの?」

 私が尋ねると、

「ぜーんぜん。だって声掛けてきたの、ほっとんどが平民出か良くて男爵家の令息なんだもん。私、絶対伯爵家以上の王子様としか踊る気ないし」
「そ、そうなんだ」

 そういえばレイラって昔からこんな感じだったわね。

「うっわー、相変わらずレイラ厳しいねー。私は最終的には男爵家の人なら十分だけど、まだ当日までに数は稼ぎたいよね」
「3はちょっとね。せめてダブル二桁はいかないと」

 レイラとマリアもご多聞に漏れず、この学院の隠しステータスを非常に気にしている。

「ねえ、アリアさんは?」
「さ、さあ……私、数なんて数えてなかったし」

 私は正直今はそんな事どうでも良かった。
 アリア・テイラーとしてモテようがなんの意味もない。
 というよりアメリアの頃からあまりこの文化が好きではなかった。なんというか、男子を弄んでいるような感覚に罪悪感を覚えるからだ。なので、私は基本的になるべく男子に近づかれないように避け回っていた。

「ねえねえ、向こうのエリートクラス行きましょう」
「そうね、やっぱり向こうの方が質が良いものね」
「やっぱりクロノス様あたりに声掛けていただきたいものねッ」

 そんな女子たちの声が廊下の外から聞こえてきた。
 エリートクラス……それはつまりクロノス様がいるAクラスの事だ。
 この魔法学院は、AからHクラスまでの8クラスがある。BからHクラスまでは特に差があるわけではないのだが、Aクラスだけは特別魔法の成績が優秀な者だけが入れられる特待クラスとなっている。
 クロノス様は当然のAクラスで、それだけでも皆の憧れの的なわけだ。

「んーーー……?? アリアさぁん?」

 レイラとマリアが気持ち悪い表情で私の顔を食い入る様に覗き込んできた。

「も・し・か・し・て?」
「お目当ては、そぉゆぅことぉ?」

 なんなのあなたたち。気持ち悪い喋り方して。

「な、何よ……」
「隠さなくてもいいわよ。アリアさん、あなたもクロノス様にお熱、だったり? さっきの声にやたら過敏に反応してたものね?」
「なっ……」
「いやいや、いいのよ! 誰だってクロノス様の容姿を見て、彼の才能を見れば心惹かれるのは当然ですもの。アリアさんがまだこの魔法学院に編入してからひと月足らずとはいえ、彼に惹かれるのは当然当然」

 うんうんとレイラが頷く。

「そうそう。アメリアだってずーっとクロノス様にベタ惚れだったもんね」

 マリアも合わせてくる。

「そんなマリアだってそうだったじゃない」
「わ、私は別に。それに今は……そうでもないし」
「あー、そういえば今マリアって確かウィル様の事が気になってるんだったけ」
「ちょっとレイラ、声大きい!」

 ウィル様って確かクロノス様といつも一緒にいるご友人だったわね。黒髪でボサボサの短髪の、顔は悪くないけど、ちょっとギラついてるところが見え見えで女子からの人気はいまいちな人、だった気がする。
 マリアって変な人が趣味なのね。

「ね、アリアさん。クロノス様の事気になるなら、ちょっとAクラス覗きに行きましょうよ」
「え? レイラ?」
「そうそう。こんなとこにいたって、ロクな男子から声掛けられないしね」
「ちょ、マリア!?」
「つ、ついでにウィル様の事も一応、ちょっと見ておきたいし」

 マリアはその最後のセリフをレイラに聞こえないように小さく呟いている。
 と、そんな流れになって、今日のこのお昼休みは彼女たちに強引に引っ張られるようにAクラスへと連れて行かれてしまうのだった。



        ●○●○●



「うっわ、えぐ」

 と、レイラが俗っぽい言葉で苦々しい表情をした。
 Aクラスの廊下付近にはすでに他クラスの女子たちが所狭しと、まさにナンパされ待ち状態で賑わっていたからだ。

「これが淑女だなんて笑わせるわね……」

 私も思わず苦笑してしまう。
 しかし彼女たちも必死なのだ。貴族令嬢にとってパートナー探しは自分の人生だけでなくその家の『はく』にも深く関与する。より優れた血統を次世代に残す為のある種の闘争本能みたいなものなのだろう。

「あ! ほら見てアリアさん、クロノス様来たわよ」

 レイラが指差した廊下の曲がり角からクロノス様とウィル様の二人が並んで歩いているのが窺えた。

「そ、そうね」
「よーし、ではここで待機しましょう。アリアさんは視線をクロノス様から離さないように! 常に目を見ておくのよ。アリアさん美人だし、目が合えばワンチャンあるかもだからッ」

 レイラ、あなた楽しそうね。

「……ウィル様、相変わらず髪の毛ボサボサ」

 マリアはすっかりウィル様だけを見ている。
 というかこんな事をしても無駄だ。
 何故なら私とクロノス様は学院の中では互いに極力目を合わさず、言葉を交わさないようにと心掛けているからだ。
 だからレイラの言う通り目を合わせても無意味なのだけれど、まぁここは彼女に合わせてクロノス様を見つめておきましょう。

 クロノス様はウィル様と談笑しながら私たちのいるAクラスの前へと向かって廊下を歩いてくる。
 まだ彼は私たちに気づいていない。
 その時。

「クロノス様! もし今回の学院祭のお相手はお決まりになられていないなら、ぜひ私とお願い致します」

 そう言ってクロノス様の前に立ち塞がった女子がひとり現れた。

「うわ、珍しい。女子から行くなんて中々凄いわね、あの子」

 確かに女子から行くのは相当に珍しい。
 そういう場合は大抵、本気の意中の相手なのだ。

「ありがとう、ロゼッタ。でもすまない、私には先約がすでにあるのだ」
「そ、そうだったんですのね……」

 ロゼッタ、と呼ばれた女子はぺこりと頭を下げそそくさとその場を去って行った。
 私はそれをじーっと遠目で見続けていた。

「クロノス様、すでに先約があるんですのね」
「いったい誰なのかしら」

 そんな囁きがあちこちから聞こえる。
 クロノス様、学院祭の相手はすでに決まっていたのね。

 ふうん。

「あ、アリアさん! 別にそんなに気にしない方がいいわよ! クロノス様なんてほら、エルヴィン殿下に見初められる、みたいなレベルでプレミア的なお相手だし」
「そ、そうそう。レイラの言う通りよ。アリアさん、すっごく可愛いし、クロノス様じゃなくても他のハイスペックな人が絶対声掛けてくるから!」

 レイラとマリアが必死に私の前で何か言っている。
 この子たち、何をそんなに必死になっているのかしら。

「別に。私は何も気にしてないわ」
「そ、そんな顔で言われても……」

 そんな顔?

「ア、アリアさん、まるで、その……い、怒り狂ったオーガみたいな顔してるけど、だ、大丈夫?」

 何よそれ、そんな顔してませんけど。
 と、思いつつ、廊下の窓ガラスに目をやった。



 そこには得体の知れない、まるで地獄の帝王を具現化したような恐ろしい存在が、どす黒いオーラを纏いながら映し出されていたのだとか。(レイラ、マリア談)



 
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