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前章 不当な婚約破棄

9 アリア・テイラーの長い一日 〜後編〜

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「ねえ、レイラ。こんなに奥深くに進んじゃって大丈夫なの?」
「平気よマリア。前にアメリアと来た時はもっと、渓谷の方まで行った事があるもの」

 ……戻った。
 レイラとマリアが同じセリフを繰り返している。つまり同一地点の巻き戻しポイントに戻って来れたのだ。
 私は思わず背中を触る。
 良かった、何も傷跡などない。わかってはいたが巻き戻し直前に魔獣の爪に裂かれた恐怖を思い返す。
 それにしてもどう言う事なの?
 何故すぐ引き返したのにまたあの魔獣に襲われてしまうの?

「どうしたのアリアさん?」
「うん……凄く顔色が悪いわ」

 レイラとマリアが心配そうに私の顔を覗き込んでいる。

「ちょっと疲れてしまったの……大丈夫よ」

 私は努めて笑って答えるが、最悪なルートに巻き込まれてしまったのだと内心焦燥感に苛まれている。
 これはおそらく私が一番最初、エルヴィン殿下からの婚約破棄をなんとか打開しようと繰り返したあのルートにそっくりだ。
 どうあっても最終的に暴漢に襲われてしまうあのルート。
 今ならわかる。アレは殿下からの婚約破棄を受け入れない場合、延々に繰り返されてしまうのだと。
 ビアンカの紅茶とクロノス様の暴走。あの程度の問題なら少しの変化で修正が効いたが、今回のはそうもいかないらしい。
 つまり、発想の大きな転換が必要なのだ。
 今回の事でそれがよくわかった。

「アリアさん、本当に具合悪そう。ねえ、レイラ、少しここら辺で休まない?」
「そうねマリア。ちょうどそこに倒れた大木があるから、そこに座りましょ」

 私は彼女たちに促されるがまま、そこへ腰を下ろす。
 私はどうすればいいのかを考えあぐねていて、言葉を発しなかったのだが、どうやら彼女たちは私の具合が悪そうだと判断したようだ。
 でもとりあえずそれでいい。
 今はどうやったら魔獣から生還する事ができるのか考えなくてはならないから。

「ねえレイラ。どこまでアメリアを捜しに行くつもりなの? これ以上奥深く行くと本当に危ないわよ?」
「えっとね、この先って猟師たちの縄張りだって話を聞いた事があるの。ほら、あそこに木の看板があるでしょ?」
「確かに何か立て札があるけれど……」

 そう。その先にしばらく進んでいるうちに日が暮れ、そして私は猟師の罠に引っ掛かってしまい外そうと四苦八苦していたら魔獣に遭遇したのが一度目である。
 なのでこの先に行くわけにはいかない。
 逆にこのまま進まず、戻らずというのはどうなのだろう。

「……ここでしばらく休憩しない?」

 私が提案するとレイラもマリアも私を気遣ってその案には快く承諾してくれた。

「こうして三人でいるとさ、アメリアとピクニックに来た日を思い出すよねぇ」

 マリアがにこにこしながら、皆の為にと朝から作って来てくれたお弁当と、水筒からコップに注いだレモンティーを配りながらそう言った。

「うんうん。あの時アメリアは、この山にはきっと未知なる生き物がいるからそれを捕まて公表したらきっと皆から賞賛されるわ、なんて言って張り切っていたわよね」

 この北の山は聖なる魔力で満ち溢れているスポットとしても有名で、魔力が豊富な土地には不可思議な動物や植物が生まれる事も珍しくない。更に、邪なる魔物は生息できないと言われている。だからこそ魔獣なんているはずがないのだが……。

「まぁでも結局何も見つからなくって帰ったよね」
「そうそう。で、アメリアったら次の日も学院の授業が終わったら行くわよなんて張り切っててさ。なんか自前の罠みたいなの作って山に仕掛けるとかって騒いでたわよね」
「小さな鳥籠みたいなヤツよね。でも結局山遊びはアメリアのご両親にバレてこっぴどく怒られてその罠を仕掛けるのは無しになったけどね」

 二人は私との思い出を語り合いながら笑う。
 私は私に期待していない両親と、教師からも認められていない自分のコンプレックスを払拭しようとして、そんな事に熱意を注いでいた。
 全く、馬鹿らしい。
 私の両親はどう見ても駄目なクズ親なのに、それでもいつかは私の事を見てくれる、なんて馬鹿みたいな夢信じて。

「……アメリアって子は、馬鹿なのかしらね」

 私は自分に対して呆れてしまい、思わずそう呟く。

「そうなの、アメリアはちょっと、いや、結構お馬鹿なの!」
「うんうん。学院のテストの成績も良くないしね」

 それは関係ないわよ!

「でも、そんなアメリアより馬鹿だったのは私たちだけどね」
「うんうん。いくら親たちに脅されたって言っても、アメリアをあんな風に無視したりして……謝っても謝りきれないわ」
「私たちはそんなお馬鹿なアメリアが大好きだった。だから、絶対また会いたいの」

 レイラ、マリア……。
 ありがとう。やっぱりあなたたちは私の最高の友達だわ。

「だからアリアさん、ごめんね。こんな事に付き合わせちゃってるけど、アメリアをどうしても捜し出したいの」
「大丈夫よ。私もちゃんとあなたたちの気持ちは理解したから」

 私は笑って答えた。
 そんな風に会話しながらお昼を済ませている間、魔獣が現れる事はなかった。しかしこの後、遭遇するのはおそらく回避できない気がする。
 かと言って渓谷の先は流れの早い川があり、逃げ場もなくとても危険だ。
 先に進んでも駄目。早めに下山しようとしても駄目。
 押しても引いても駄目なら……。

 ……そうか、この手がある。
 さっきの会話を思い返し、おかげでようやく私に妙案が浮かんだ。

「レイラ、マリア。ちょっと付いてきて!」
「「え? アリアさん!?」

 私は強引に彼女たちを引き連れて奥に進む事にした。
 目指すその場所は猟師の縄張り。
 そして私は周囲を良く見返して、思い出す。
 ……見つけた!

「レイラ、マリア、よく聞いて。これから私たちは魔獣に襲われるわ」
「「え、ええ!?」」
「けど安心して。その魔獣から確実に逃げる方法がある。それは――」



        ●○●○●



 お昼時に下山しようとすると魔獣に遭遇する。ただ山奥に行き過ぎても日暮れ時に遭遇する。
 魔獣と遭遇する事はおそらく回避できない。

「ま、魔獣!」
「ほ、本当にアリアさんの言う通り魔獣が……」

 レイラとマリアが震えている。
 私たちは猟師の縄張りに入ったところで待機していると、日暮れより少し早い時間に案の定魔獣は現れた。

「レイラ、マリア、あっちへ逃げて!」
「「う、うん!」」

 二人は言われた通りの方向へ走り出す。
 そして魔獣が二人を意識するよりも先に、私は魔獣に石を投げつけた。

「グァァオオオオオッ!」

 獰猛な魔獣がすぐに私を敵と認識し、こちらに向かって突進してくる。
 私はそれを微動だにせず、じっと見据えたまま身構えた。

「そう、それでいいわ」

 そして――。

「グァオァ!?」

 私がスッと、少しだけ後ろに身を引くと同時に魔獣の両脚が猟師の罠に捕らえられる。

 計算通りッ!
 奥に進んでも戻っても駄目。 
 だったら、遭遇しても確実に逃げ切れる状況を作れば良い。
 私は罠の場所を知っていたのだから!

「さあ、今のうちに山をおりるわよ、レイラ、マリアッ!」



        ●○●○●

 

 こうして無事下山できた私たちはすぐに王国騎士様たちに北の山の魔獣について報告した。
 騎士様たちは事態を重く見て早急に討伐隊を派遣すると言い、私たちの……いえ、私の長い一日は終わった。
 とは言え、今回の巻き戻しは立ったの二回。エルヴィン殿下に婚約破棄された時の巻き戻しよりは遥かに簡単だった、かな。

 レイラとマリアはアメリアがもしかしたら魔獣に襲われて食べられちゃったかもなんて嘆いていたが、私は根拠もなく大丈夫よ、とだけ励ました。

 彼女たちには私の素性を明かしても良いのかもしれないけれど、それは全てが終わってから。
 エルヴィン殿下とイリーシャの企みを暴いたその時には、必ずまたあなたたちと一緒にこの学院で……。



 私はそう胸に誓って、その日は就寝したのだった。




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