君の恋人

risashy

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「なぁ朝賀。陸上部のオフっていつ?」
「さぁー、覚えてない」

 昼休み、隣に座った村井が言った。
 面倒くさそうな匂いを感じ取り適当に濁していると、前に座っていた茅野が不思議そうに俺を見た。

「たしか来週の日曜がオフじゃなかったか」
「……そうだっけ」

 村井がよっしゃ、と声をあげる。

「前の夏祭りのメンバーでボーリング行こうって話をしててさぁ。お前と京島が部活ない日にしようって言ってたんだ。行こうぜ」
「あぁー……」

 くそが。茅野の前で夏祭りの話をするんじゃねぇ。俺は思わず舌打ちをしそうになる。
 村井は夏祭りに来ていた女の子の一人と今も連絡を取り合っているらしい。遊びに行くのなら二人で行けばいいのに、なぜ俺を巻き込む。大方、藤崎か三上辺りが俺を呼べと言っているのだろうけど。
 ふと茅野に目線をやると、じっと俺を見ていた。

「……夏祭り?」
「そうそう。藤崎の友達と行ったの。こいつ、浴衣まで着てばっちり気合い入れてきてたんだぜ。興味なさそうな顔しといてさぁー」
「うるせぇ」

 やめろ。余計なことを言うな。
 夏祭りに浴衣というワードは危険な気がする。茅野には知られたくなかった。何か言いたげな視線を茅野から向けられているのを感じ、もうずいぶん涼しくなったはずなのに、背中に汗がつたう。

「茅野、ジュース買いに行こ……」
「夏祭りで、浴衣を着たのか。朝賀が?」

 茅野が俺の言葉を遮り、村井に問いかける。村井はそうそう、意外だよな、と返した。

「着てた。あ、俺も着たけどな。こいつ、ちゃっかり一番かわいい子と良い感じになっててさ。お前ずっとあの子と喋ってたよな! あ、写真見る?」
「おい村井、やめろや」

 俺が止めても二人はまるっきり無視だ。村井はスマホを取り出し、写真をいくつか茅野に見せた。茅野はじっとスマホの画面を見ている。
 これ以上の抵抗は無駄だ。俺は諦めて黙り込んだ。
 村井が写真を茅野に解説しながら見せていると、田中までやってきた。

「あ、奈央ちゃん。めっちゃ朝賀にグイグイだった子だ」
「可愛いよな。羨ましい。正直すげータイプ」
「……本当に朝賀が浴衣を着てる」

 ドン、ドンと花火の音が村井のスマホから漏れ聞こえている。次は動画を見せているらしい。

「二人で花火を見てる」

 ぽつりとつぶやく茅野の声がやけに大きく響く。

「そうそう、傍から見ても良い雰囲気だったよなぁ。千尋君、とか呼ばれてさぁ」
「朝賀、奈央ちゃんと今どうなってんの」
「チューぐらいした?」

 こいつら言いたい放題だ。茅野の視線が痛い。何とか「別に、なんともなってない」と返事を返したところで、チャイムが鳴った。



 俺が後ろめたく思う必要はない。
 あのとき既に茅野とは別れていたし、祭りに誰と行こうが何の問題ないはずだ。

 邪念を取り払うように練習に打ち込み、部活が終わった。ロッカーで一人、帰り支度をする京島を見かけ、俺は隣に腰かけた。

「京島」
「お疲れ、千尋」
「あのさ。何かオフの日にボーリング行こうって話になってるらしいけど、俺は行かないから」
「なにその話。あ、なんか村井からメッセージきてる。藤崎からも」

 スマホを操作しながら「急だな」とつぶやいた。京島は知らなかったらしい。

「俺は行かないと駄目そうだな。じゃお前は適当に用事あるとか言っといたら?」

 京島は軽い様子で言った。こいつは何だかんだ言って俺の気持ちを優先してくれるので、助かる。
 京島が俺に腕を回し、ぼそりとつぶやいた。

「千尋ぉ。お前、大丈夫か」
「……」
「あんま無理すんなよ。たまにすげー顔してるぞ」
「悪い。気を遣わせて……」

 否定したいところだが、その自覚があるだけにそれもできない。
 後ろでガチャリと音がして、誰かが入ってきた。俺に肩を回したままの京島が「おぉ、茅野。お疲れ」と声を上げた。入ってきたのは茅野らしい。

 俺は扉の方へ振り向く。茅野が表情の抜け落ちたような顔をして俺たちを見ていた。茅野は無言で近付いてくると、俺の肩に回った京島の手を掴んで上にあげた。京島がバランスを崩し、うぉっ、とよろめいた。

「痛って! 何だ、お前。せめて何か言えや!」

 よほど力が強かったのか、京島が涙目で言った。茅野は無表情のままだ。明らかに様子がおかしい。

「茅野、どうした?」
「……朝賀」
「俺に話があんの? でもとりあえず、京島に謝れ」

 茅野は京島に向かい合った。その顔は青ざめている。

「京島……、悪かった」

 捨てられた猫のようになっている茅野を見て、京島は眉間を指で揉んだ。はぁー、とでかいため息をつく。

「ったく、お前らさぁ、もっと、ちゃんと話せよなぁ!」
「……」
「千尋も千尋だ。訳の分からん遠慮して、面倒くせぇ。あー腕が痛い。はぁ、マジでどうしようもねぇな、お前らは!」

 よっぽど苛ついているのか、京島が俺にまで矛先を向け始める。しかし何のことだ。なんで俺が怒られているんだ。俺はぽかんと口を開けた。

「茅野もさぁ、もう全部ぶちまけろよ。そうやって我慢するからややこしいことになってんだろ」

 京島は荷物を掴み、立ち上がった。

「茅野。俺は帰るから、話が終わったらここの鍵しめとけ」
「うん」
「……何か悪かったな、京島。お疲れ。また明日」

 目のすわった京島が振り返り、俺に指さした。

「千尋。絶対に報告しろよ」
「わ、分かった」

 報告。何を。と思ったが、何も言えず、とりあえず頷いた。

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