君の恋人

risashy

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 失恋をして、馬鹿みたいに泣いても、陽はのぼるし腹は減る。部活は休みにならないし、テレビの内容は変わらない。そんな悟りに近いことを考えながら、朝食の目玉焼きを食べ、朝の情報番組のアナウンサーが昨夜で二週間連続の熱帯夜です、と喋っているのをぼーっと見る。

 ぼんやりとパンを手にとった俺の皿の隣に、姉と妹が無言で菓子を机に置いた。個包装のチョコビスケットだ。
 珍しいこともあるものだと思っていると、キッチンの隅でこそこそと話し声がする。

「最近暗すぎでしょ」
「やっと彼女できたっぽかったのにね」
「お兄ちゃん振られたんだよ、きっと」
「シッ、可哀想だから言わないの」

 うるせえ。丸聞こえだよ。
 女姉弟の話は聞こえないふりをして、俺は食パンを口に放り込んだ。


 別れから数日経った。茅野とは否応なしに部活で顔を合わせる。俺は告白前と同じように茅野と接している。休憩時間が被ったら普通に話すし、避けたりもしない。
 相変わらず俺は茅野のことが気になって、つい見てしまうけど、これはもうどうしようもない。俺があいつに惹かれてしまうのは変わらないから。

 夜にメッセージが来ると、茅野かと思ってしまうし、事あるごとに茅野の家で過ごした時間を思い返してしまう。
 でも俺は茅野と友達でいると決めた。だからこそ、他の奴と同じ距離で、同じ反応を返す。お互いが特別な相手だったのはたったの二か月弱。その前に戻すだけ。


 表面上変わらずに話す俺たちに何があったかは誰も気づいていない。京島以外は。

「アレ外したんだ」

 部活帰り、京島と二人で帰っていると、こそこそと俺に耳打ちしてきた。

「何をだよ」
「茅野と色違いのストラップ。付けてただろ」
「ははっ。お前本当によく見てんなぁ」

 別れた日にあのストラップは外して、机の引き出しにしまってある。どうしても捨てることはできなかった。

「お前は急に泣き出すし、茅野は妙によそよそしい。さぁ白状しろ。お前ら何があった」
「……付き合ったけど、別れた」
「千尋――――!!」

 京島は俺に腕を回し、髪をぐちゃぐちゃにした。何するんだ、こいつ。でも抵抗する気もおきず、京島の好きにさせる。

「振られたのか。失恋か」
「まぁな……」
「何でだ、茅野……!! うちの千尋のどこが悪かった」

 なぜか京島がショックを受けているので、おかしくなって俺は笑った。うちの千尋ってなんだ。俺は朝賀家の千尋だ。

「いや、俺から別れようって言った。あいつが無理してたから」
「はぁっ、お前からかよ! 無理って?」
「何だろうな。やっぱ男同士だしな。あいつと俺の好きは違うんだよ。それだけの話。俺が切り出したけど、振られたようなもんだ」
「……そっか。お前は、まだ茅野のこと好きなんだな」
「うん」

 不思議だ。こうして言葉にするだけで、心の整理ができた気がする。
 茅野と付き合って別れたこと。俺とあいつの気持ちが違ったこと。俺はまだ好きなこと。
 付き合ったことさえも誰にも言えなかった。きっと、こうして当たり前みたいに俺の気持ちに気付いて、それを否定しない京島だから言えたのだろう。
 京島はこう見えて言ってはいけないことは言わない奴だ。茅野のことも、人に言いふらすようなことはきっとしない。

「うん。よし千尋! 夏祭り行くぞ」
「あぁ……来週だっけ。まぁ空いてるけど」

 夏休みが終わる直前に開催される夏祭り。できれば茅野と行きたいと思っていた。別れた今となっては、もう行くつもりはなかった。

「藤崎に行こうって言われててさぁ。お前も来い」
「藤崎ィ? 男だけじゃないのかよ」

 なんでも藤崎の塾の友人とうちの高校の男どもで行く予定だという。賑やかな藤崎を思い浮かべて少々げんなりする。気を遣わない相手ではあるが、傷心の今の俺にあいつは疲れそうだ。

「でも千尋は別に、男だけじゃなく女の子もいけるだろ」
「そうだけど、いや、そういう意味じゃなくて」
「千尋。こういうときはバカ騒ぎが一番だぞ!」

 決まりな、と言って京島は去っていった。しばらく茫然としていたが、確かに京島の言うことも一理あるかもしれない、と思い直す。俺は観念してスマホのスケジュールに「夏祭り」と入力した。



 家に帰ってスマホを見ると、藤崎からメッセージがきていた。アプリを開く。

『京島から千尋も夏祭りに来るって聞いたー!実はあんたの顔が好みだって言ってる友達も来るんだけど!』
『そうなんだ。どこの子』
『塾の友達。西高の子。かわいいよ。喋ってあげてねー』

 西高は隣の市にある私立高校だ。
 しかし、なんでお前の友達が俺の顔を知ってるんだ。さてはこいつ、俺の写真を勝手に見せてやがるな。
 次は頼んでもいないのに写真が送られてきた。藤崎と知らない女の子が写っている。その子は確かに可愛いらしい顔をしていた。目が大きくて、髪は肩ぐらい。陸上部にはいないタイプの子だ。文系かな。
 可愛い顔だとは思うけど、それ以上は何とも思わない。茅野と出会ってからは、誰を見てもこうなってしまった。

『王子は来ないのー?』
『来ない』
『へぇ。あんた達ニコイチなのに珍しいー! りょうかい』

 おやすみのスタンプがきたので、俺はスマホをポイっとベッドへ投げた。
 俺と茅野がニコイチだと言われるようになったのはかなり前からだ。きっと秋からはそれもなくなるだろう。

 茅野の特別な友達であることはもう諦めなければならない。


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