君の恋人

risashy

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 数日間のテストが終わると、すぐに終業式だ。夏休みを前に、教室の中は浮足立っている。
 休み中にあそこに行こう、俺はここに行きたい、と、口々に夏の予定について盛り上がっている。

「夏祭りがこの日だろ」
「花火何発だろうな」
「女の子呼ぼうぜ、浴衣見たいー」

 友人たちは地域の夏祭りの話に盛り上がっている。小学校のグラウンドに出店が並び、特設ステージなんかも作られる。最後は花火が上がって、フィナーレ。この辺りでは一大イベントだ。

 できれば今年は茅野と行きたい。隣に座る茅野を見ると、自分を見る俺に気付いて大きな目を緩ませた。お前、本当に綺麗だな。花火に照らされたお前は、もっと綺麗だろうな。

 近ごろ、茅野に触りたいという気持ちがどんどん大きくなって、困っている。
 俺は健康な高校生男子なのだ。好きな奴と二人だけで過ごす時間がこれだけ増えると、そうなっても仕方がないと思う。

 でも茅野はちょっと髪に指を入れただけで震えてしまう奴だ。しょっちゅうねだってくるキスだって、ただ触れ合って安心を得ているだけ。あれはキスだけど、キスじゃない。茅野は多分、そういう方面の欲が薄いのだろう。まぁ今だって京島や藤崎から距離感バグだと言われるぐらいなので、普通の距離感ではないのかもしれないけど。


 部活終わり、いつもと同じように二人で帰る。
 終業式が終わり、明日から夏休みだ。鞄の中は学校に置きっぱなしだった教科書類でいっぱい。それに加え部活の着替えと、でかい水筒。二人して大荷物だ。
 茅野の今日の関心事は、俺たちの夏休みの過ごし方らしい。

「夏だからプールとか、海行きたい」
「おー、いいなぁ。お前泳げんのかよ」
「泳げるよ。昔スイミング行ってたから四泳法はマスターしてる。朝賀は?」
「俺もー」

 スイミングは習い事のテッパンだよな、とか、スイミング終わりのアイスがやたらと美味かったとか、そんな話をして笑い合う。

「夏祭りも行きたいなぁ」

 友人が話していたときから思っていたことを俺が言うと、茅野はそうだな、と返してきた。俺はどこかふわふわとした気持ちになる。

「二人で出店を回って、食べて。花火を見たい」

 毎年行っている夏祭りだけど、茅野と一緒ならきっと全然違ったものになるだろう。

「でも恋人同士で祭りに行くときは浴衣を着るものらしいな。俺、浴衣持ってない」

 どうしよう、と茅野は眉を寄せて俺を見る。でた。茅野の「恋人ならば」といういつものこだわりだ。

「浴衣買った方がいいかな。祭りなのにいつも通りの服っていうのも……」

 ぶつぶつと、茅野が悩んでいる。
 いつものことなのに。なぜだか俺は無性に苛立った。数秒前まで一緒に過ごす夏を前に浮足立っていたはずだったのに。

 ——浴衣なんてどうでもいいだろうが。

 俺は荷物を持つ手を強く握った。

「俺は服装なんて何でもいいけど。お前と一緒なら」
「……」
「茅野と一緒に過ごせたら、それだけでいい」

 茅野と二人で夏の夜、喧騒の中を歩いて、何か買ったりして。隣で花火を見たい。そういう時間が過ごしたいだけ。

 茅野は黙り込んだ。いたたまれなくなった俺が、なんだよ、と言うと、戸惑ったように「ちょっと驚いて」と一言つぶやいた。気まずそうに、瞳を伏せている。
 それきり、茅野は何も言わなかった。だから勢いで投げてしまった俺の言葉は、拾われることもなくただその辺に転がっていってしまった。

 別れ道の信号に着いた。茅野は当たり前のように、何も言わずにそのまま進もうとした。こうして流れで茅野の家に行くのが定番だからだ。俺が立ち止まると、茅野は来ないのか、と聞いた。

「あー。今日は荷物多いし帰る」
「そうか」

 俺が茅野の誘いを断っても、いつも茅野はあっさりと受け入れる。残念そうな顔もしない。

 なぁ、本当に付き合ってるんだよな、俺たち。

 たまにそんなことを言いそうになる。そしたらきっと茅野は、なんでそう思うんだ、俺はお前の良い恋人になりたい、もっと頑張る、なんて言うんだろう。



 風呂から上がって、部屋で動画を見ていると、スマホが震え始めた。茅野だ。毎日の夜の電話だ。
 画面をタップして「おう」と出ると、「俺だけど」と声が聞こえる。一言、二言交わして、いつものように沈黙になった。しばらく二人して黙り込む。こうなると、俺が話題を出すのがいつもの流れだ。

 でも今日はだめだった。心の奥底から広がる苦い気持ちを、もう無視できなかった。

「……お前さぁ、電話なのに、黙んなよ」
「んー、だって、毎日学校で話してるからな」

 話したいこともないのに、電話する。それはいかにも、恋人がやりそうなことだ。恋しい相手の声をいつでも聞きたいし、他愛もない話を共有したい。恋人なら自然な欲求だ。
 でもお前が俺に電話をかけるのは、俺と話したいからじゃないよな。

「お前、何で毎日電話してくんの」
「……? 恋人だから」
「ネットに書いてあった?」
「うん」

 予想通りの答えに、いっそ笑いたくなる。

 なぁ茅野。そうやって世の中に転がる幸せな恋人同士がする行動だけをなぞっても、なんの意味もない。彼らが用事もないのに毎日電話をするのは、そんな理由じゃないんだよ。

 お前にはきっと、分からないだろうけど。

「無理すんなよ」

 急に虚しさがこみ上げてきて、俺はそう言わずにはいられなかった。

「えっ」
「電話、毎日しなくていい」
「……なんで、」
「話したいときにかけたらいい。俺もそうするから」

 電話ってそういうもんだろ、と俺は努めて普段通りの口調で言った。しばらく黙っていた茅野は確かにそうだな、そうする、と答えると、あっさりと電話を切った。

 プツ、と電波が途切れた後、何の音もしなくなったスマホを手に、俺はなぜだか泣きたくなった。
 茅野は俺が言った言葉に怒ることも反論することもなかった。これできっと、あいつの中の「恋人がやるべきことリスト」からは「毎日の電話」の項目が削除されただろう。

 茅野はいつも何事にも努力を惜しまず全力投球。俺の良い恋人になるというミッションのため、情報収集を重ね、目指す形に沿うように、努力を続けている。

 きっともう電話はこない。あいつが電話をかけてくることはない。家にいて、ふと俺と話したくなる時なんて、あいつにはないのだから。
 俺と違って、無性に俺の声が聞きたくなることなんて、茅野にはない。

 そして予想通り、その翌日から、毎日あった夜の着信はなくなった。


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