君の恋人

risashy

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 もうすぐ期末テスト。これが終わると夏休みだ。

 夏休みといっても、夏の大会があるから、前半は部活三昧の予定だ。俺は大会に向け、自己ベストを更新するためにより練習に集中するようになった。だから茅野の家に行く頻度は落ちた。
 大会が終わったら休みも増えるし、夏休みは暑すぎて午前練習の日も多い。お盆期間中は休みだ。そうなったらもう少し茅野と遊ぶ時間もとれるだろう。

 ちかごろ、茅野は毎晩電話してくるようになった。基本的に口数が多くない茅野は、電話でもそんな感じだ。最終的に俺が話題を提供することになる。まぁ別に、俺はちょっとでもあいつの声が聞けたら嬉しいんだけど。
 たまに眠そうにしているときもあって、それに気づいたときは「眠いのに電話してくんな」と言ったが、あいつは「だって毎日電話しないと」と謎のこだわりを主張した。

 朝晩の一言メッセージも継続中である。一度遅刻しそうなくせに送ってきたことがあって、「忙しいときはいいからやめろ」と言ったが「頑張りたい」と言ってまだ送ってくる。


「ちひろぉー、おふろ! 空いたからさっさと入りな!!」

 後ろから姉ちゃんの声がした。でかい声だから、電話の向こうの茅野にも聞こえたはずだ。まじでやめてくれよ。俺は少し恥ずかしくなる。

「朝賀の家は賑やかだな」

 俺の家は両親に姉ちゃんと妹。姉ちゃんはこんな感じで声がでかいし、妹はたまに茅野と電話してるときに部屋へ乱入してくる。落ち着いた茅野の家とは大違いだ。

「まぁな。もう風呂入るわ。切るぞ」
「うん」

 じゃあな、と電話を切ろうとしたところで、茅野が呟いた。

「俺はちゃんと朝賀の良い恋人になれてるか」
「ん?」
「ごめん、風呂だよな。おやすみ」
「おぉ……」

 プツンと電話が切れた後も、俺はしばらく考え込んだ。風呂に入り、シャワーに頭を打たれながら、茅野のことを考える。

 良い恋人。良い恋人なぁ。あいつずっと言ってるよな。

 何となく感じていた違和感が、ふわりふわりと浮かび上がり、その彩度を明るくする。
 分かっている。いつでもあいつは真剣で、全力なのだ。俺の恋人として、すべきことをこなそうと。
 俺はシャワーを止め、大きなため息をついた。



 テスト期間中、毎日茅野の部屋で勉強をした。
 俺は成績が良い方だ。苦手科目もなくはないが、このまま続けたら、難関大からの推薦が貰えるだろう程度には。そんなことを漏らすと、茅野は「俺も朝賀と同じ大学に行きたい」と言い出した。

「そんな理由で大学決めんなよ。お前、やりたいこととかないの」
「ない」
「そっかぁ……ま、とりあえずテスト頑張るか」
「うん」

 参考書を広げ、勉強を再開する。茅野だって成績が悪い訳ではない。毎回平均点以上は取っているし、内申も悪くないだろう。今から勉強すれば、同じ大学に行けるかもしれない。
 黙々と集中し、ふと時計を見ると六時になっていた。日が長いこの時期は、この時間でも窓から見える外はまだ明るい。

「俺、そろそろ帰るわ」
「もうそんな時間か」

 俺が鞄に荷物を詰めていると、茅野が俺の袖をくい、と引っ張った。これは近頃の合図だ。キスをしようという、こいつの合図。

 茅野の顔が近付いてきて、唇が触れる。相変わらず柔らかい。その甘い感触が、俺の心を締め付ける。茅野の香りが鼻腔をくすぐり、心を満たしていく。

 音もなく二度、三度重なった。青みがかった瞳が俺を捉えて、また唇が重なる。

 あぁ好きだ。好きだ。お前が好きだ。

「茅野……」

 なんだかたまらなくなって、俺は茅野の髪に手をのばす。茅野の髪は瞳と同じで黒よりもグレーに近い。耳の後ろの柔らかな髪の下に指を潜り込ませ、俺から強く唇を押し付けると、茅野の体がビクっと震えた。その振動が、熱に浮かされた俺の脳みそを瞬時に冷やした。俺は衝動のまま茅野に触れていた手を外し、顔も離す。

「……今日はこれで終わり。帰るわ」

 俺は鞄を持ち、立ち上がる。茅野の顔を見れない。また明日な、と言って俺は茅野の部屋から出た。

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