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5話

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 勇者キリアンが魔王討伐の旅に出たという知らせを受けとったのは、それからしばらく経ってからだった。
 ここは勇者を輩出した村になり、村は喜びに沸いた。元々増えていた村の人口はますます増えた。
 新住民への対応に私たちはすっかり追われるようになった。
 私の結婚はとりあえず保留になった。忙しくなったし、両親も「悪いけどしばらく待ってくれるか?」と言ったから。別に結婚願望が強い訳じゃないから、素直にうなずいた。


 たまにあの夜を思い返す。
 あの時、キリアンは私を好きだと言った。

(嘘でしょ。好かれるような態度取ってないわ)

 きっと彼は混乱していたのだ。だってずっと私は彼を傷つけてきた。
 私はキリアンのことは嫌いじゃない。彼が勇者になって強くなるために、必要だと思ったから冷たく接した。

(キリアンが魔王を討伐して、小説の終わりがきて。その後に会う機会があったら……その時は普通に話したいな)

 でもそんな日は来ない。
 キリアンは聖女様と結ばれて、そのまま貴族になって。村のことなんて全部忘れて、王都で幸せに暮らすのだ。
 血の繋がりもなく冷たい姉のことなんて、きっと一時の気の迷いだったと忘れるだろう。



 キリアンが勇者になってから二年が経った。
 勇者の活躍はこんな辺鄙な村でも新聞で確認できる。魔人を討伐したとか、竜を封じたとか、物語のような冒険譚に国中が夢中だ。
 勇者キリアンと聖女様が良い仲らしいという記事もあった。小説と同じように、魔王を討伐したら二人は結ばれるのだろう。

 村で始めた養蜂は上手くいって、目論見通り蜂蜜が沢山でき始めた。そのまま売ったり、お菓子にしたりと、村の女性達と一緒に売り出し方を考えている。蜜蝋もロウソクや化粧品なんかにできるはずだ。商人に相談しつつ、こちらも上手く商品化できるように進めている。
 農家の人も沢山移住してくれているので、ミツバチを貸し出して果物を作って貰っている。甘い果物を食べるべく品種改良するのが今の目標だ。

 温泉も順調だし、いくつか商会の支店も村へ出店し始めた。
 もはやここは村とはいえない規模になってきた。

 キリアンは今頃どうしているだろう。確か小説では三年か四年ぐらいかけて魔王を討伐していた。怪我していないかな。まぁ怪我しても、きっと聖女様が治すんだよね。
 そんな風に考えていたある日、王都から知らせが届いた。

「もう魔王を討伐した……?」
「確かに最近、魔物の数は減っていたもんなぁ。いやぁ凄い」

 早すぎる。驚愕する私をよそに、上機嫌の両親は朗らかに笑っている。

「レイラもドレスを仕立てなければね」
「え、何で?」
「キリアンが王都の祝勝パーティーに私たちを招待してくれているのよ」

 お母さんの言葉に、私はサーっと血の気が引くのが分かった。
 王都の祝勝パーティー。それは、断罪の場だ。

「わ、私……行かない。お父さんたちも忙しいから、やめておかない?」
「何を言っているんだ。絶対駄目だ。家族として行くべきだろう。何より、お前は必ず出席するようにと王命がある」

 そう言って父が出したのは、王都から届いたという書状だった。

——勇者キリアンの姉、レイラは必ず出席するように。

 小説の断罪シーンが脳裏をよぎる。

(何で? やっぱり破滅するしかないの?)

 魔王討伐の旅の間に、彼の心境は変わったのだろうか。やっぱり断罪すべきだと。
 両親が話す声が遠くなる。私はぼんやりと、これからのことを考えていた。

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