モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy

文字の大きさ
上 下
7 / 8

彼への気持ち

しおりを挟む


「……これは、一体、どういう……」
「えっと、説明しますから、とりあえず服を着ますね……」
「……! そうだな、すまない」

 アルヴィンは慌てた様子で、顔を横にそらし、片手で目を覆った。申し訳ない。急いで服に体を通す。
 俺はざっと自分の体を確認した。首輪がついたままだったので外そうとするが、外れない。でも怪我は完治しているし、アルヴィンのもとで良い食事を与えられていた影響か、肌も綺麗な気もする。

 こんなに長く変幻していたのは初めてだった。当然だが、この姿が一番しっくりくる。

 振り返ると、アルヴィンはじっと俺を見ていた。目線が交差する。アルヴィンは距離を詰め、俺の頬に手を当てた。その手は僅かに震えていた。

「本物の、ローランドか?」
「……はい」
「君が無事で、本当に良かった……」

 アルヴィンはぐっと瞳を閉じ、かみしめるように言った。

「ローランド。俺の見間違いでなければ、シトリン……猫のような、額に魔石がある魔物が、君に変化したように見えた」

 俺の首についたままの、シトリンの首輪に目線を配り、彼は言った。これはきっと魔道具なんだろう。自分では外せないし、対象のサイズに合わせて首輪の大きさも勝手に変わるらしい。

「シトリンに付けていた首輪は発信機の機能も付いていて、迷子になってもどこにいるか分かるんだ。シトリンがいなくなって追いかけてきたら……」

 なるほど。そんな便利機能が付いているとは思わなかった。だからアルヴィンはここに来たのか。
 もう言い逃れなど不可能だ。俺は覚悟を決める。

「見間違いではありません。シトリンは俺です。俺は変幻の魔法を使えるのです」
「……」
「魔力がなくて人間に戻れませんでした。ポーションを貰えたことで、ようやく」
「そう、だったのか……」

 アルヴィンの瞳が揺れる。
 数日間だったけど、クラッセン侯爵家で過ごした日々は幸せだった。本当は、もっとこの人の傍にいたいと思ってた。でも、彼が俺を探して悲しむ姿はもう見たくなかった。

「クラッセン様。助けてくださって、ありがとうございました。あの日、あなたに見つけていただかなければ、俺はきっと無事ではなかったはずです」

 俺は深々と頭を下げた。

 本当はもっと、もっとこの人に伝えたいことがあるけれど。
 気にかけてくださって、探してくださって、ずっと見守ってくださって……愛してくださって、ありがとうございます。

 でも俺はシトリンじゃなくてローランド・グラフトンだから。落ちこぼれの魔術師だから。俺は貧乏貴族の四男で、この人は侯爵家の令息だから。
 俺はアルヴィンの顔をまっすぐ見つめる。

「シトリンの間に見聞きしたことは決して口外いたしません。誓約書を書いてもいい」
「何を言っているんだ。ローランド」
「心より感謝しています。今後のことは、団長を通じて……」

 そこで、俺は突然バランスを崩した。アルヴィンが俺の手を引き寄せたからだ。

「ローランド、聞け。君がシトリンだったのなら、俺の気持ちは伝わっているはずだ。その上で、そのような戯言を言うのか」
「クラッセン様……!」
「シトリンが君だと、なぜ気付かなかったのだろう。色合いも、眼差しも、身に纏う空気も、変わらないのに」

 アルヴィンは俺の髪を撫でた。それは俺がシトリンの時と同じ優しい撫で方で、なぜだか俺は泣きたくなった。

「俺のことが気持ち悪いか?」
「い、いいえ!」

 彼に嫌悪感を抱いたことは一度もない。確かに俺を好きだとか、愛していると聞いてすごく驚いたけど。戸惑ったけど。でも気持ち悪いとは思わなかった。
 俺の答えに、アルヴィンは嬉しそうに破顔した。

「君を愛している」
「……っ」

 この人はなんでそんなことを臆面もなく言えるのだろう。俺はたまらず彼から目を背けた。

「ローランド。前に一度、意図せず君と同僚の会話を聞いてしまったことがある」
「え。いつ、ですか」
「一年度ほど前だな」

 たまたまアルヴィンが魔術師団へ仕事で来た帰り、聞こえてしまったのだという。

「君たちは俺のことを話していた。君の同僚は俺のことを気に入らないと言い、君に同意を求めた」

 そんなこともあったかもしれない。
 アルヴィンは目立つ。容姿端麗で、騎士として優秀な上に、どこからどう見ても完璧な貴公子だ。でも、そんな彼を気に入らないという奴もいる。そもそも魔術師は才能の世界だから、騎士を脳筋だと若干見下す傾向もあるし。
 確か、アルヴィンを家の力で成り上がった顔だけの騎士だとか、団長が親戚だから加点があるんだとか、僻み丸出しの話題を振られたような。
 俺はどう答えただろう。あまり覚えていない。

「君は言った。あの人良い人ですよね、と」
「そうでしたっけ……」
「あぁ。けろりとした様子で、全く空気を読まずに。討伐の時に見た斬撃だけで、相当努力してるんだろうなって分かる、それなのに謙虚だから凄いと思うと」

 確かに、そんなことを言ったかもしれない。
 俺は自分が落ちこぼれだからこそ、誰かを貶めることはしないようにしていた。ただでさえ底辺なのに、更に落ちてどうする。これは俺のちっぽけな矜持だ。

「当然、周囲に同調するものだと思っていたから驚いた」
「俺はただ、陰口を言いたくなかっただけで」
「ローランド。君は自分が取るに足らない人間だと思っているのかもしれないが、それは違う。周囲の雰囲気に流されずに自分を保つということは誰にでもできることではない」
「……」
「君がどんな状況でも前を向いて食らいついて行くところを、俺はずっと見ていた」
「全然、気付かなくて、俺……」
「そんなことはいいんだ。あの時、君が俺の外見ではなく、中身や努力を称えてくれたことが、どれだけ嬉しかったか……どうしたら伝わるだろう」

 分かってはいたけど、アルヴィンの気持ちは本物だ。改めて彼の想いの深さを目の当たりにした気持ちになる。

「でも、あなたはクラッセン侯爵家の御令息で、俺は男爵家の四男です。とても釣り合いません」
「随分前に、俺は女性を愛せないと家族に伝えている。話し合いの結果、弟が継子になり、俺は納得の上で騎士団に入った」
「そうだったんですか」
「あぁ。だから、家のことは問題ない。君の気持ちで答えてほしい」

 困った。どうすればいいかさっぱり分からない。
 俺は女の子が好きだ、と思っていた。恋人どころか好きな人もできたことはないけど、そこを疑うことなく生きてきた。

 でもこの感情はなんだ。彼の想いを嬉しいと思うこの気持ちは……。

「俺のことはどう思っている?」

 真剣な顔でアルヴィンが言った。
 俺も恋愛対象としてアルヴィンを見ているのか?
 分からん。全く分からん。

「どう、と言われると難しいですが、好きですよ」

 アルヴィンの目が見開かれた。
 正直な気持ちである。
 彼のペットとして過ごした数日間は幸せで、アルヴィンが嬉しそうに俺を撫でるのが好きだった。彼が悲しむのは嫌だった。

「好き?」
「はい。好きだと思います。元々完璧な人だと尊敬していましたが、シトリンとして過ごしている間、とても幸せでした」
「そ、それはどういう」
「よく分かりません」

 あまりにも彼が俺にまっすぐ誠実に向き合ってくれるので、俺も正直に伝える。

「クラッセン様と同じ気持ちだと断言はできませんけど、あなたを好ましく思ってます」

 これが今の俺にできる最大限の回答である。

 なんというか、もう疲れた。
 朝から色んな感情に振り回された上に、こっそり人間に戻るつもりが速攻バレるし。
 もう何も考えずに寝たい。猫みたいに。

 そう考えたのが伝わったのか、アルヴィンが言った。

「君を送ろう」
「えっ、いや、いいですよ。俺は男ですし、こう見えても一応、一般人よりは強いんで」
「はは。分かってるさ。俺が一緒にいたいだけだ」
「あ、あぁ……なるほど」

 動揺してキョどる俺に、アルヴィンが微笑んだ。
 いや、なるほどってなんだよ。かっこわるいな俺。

 アルヴィンは徒歩で送ってくれるという。
 並んで歩き始めてしばらくすると、彼が遠慮がちに「手をつないでもいいか」と聞いてきた。俺が「どうぞ」と答え、そのまま俺たちは手をつないだ。
 アルヴィンの手は大きく、ゴツゴツと硬く、剣士らしい手だった。

 月夜の下、手をつないで歩く。
 空気は澄んでいて、風が気持ちいい。人気がない道を歩いていると、なんだか二人だけの世界にいるみたいだ。
 だんだんと家に近付いてくる。
 そういえばもう、この人と一緒に寝ないんだよな。自分の家で、一人で寝るんだ。当たりまえだけど。

(なんか、寂しいかも)

 俺はふとアルヴィンの顔を見上げる。ばっちり目が合った。

「ローランド、こうしていて、嫌な気分ではないか?」
「いえ」

 心なしか俺の手を握る力が強くなる。アルヴィンは立ち止まり、俺の髪や頬を触り始めた。

「嫌だったら、言ってくれ」
「はい」

 正直、ぜんぜん嫌ではない。ドキドキしているだけで。
 じっと俺の反応を確かめつつ、彼は俺の顎に手を当て、顔を近づけてきた。

 これって、まさか、アレでは。接吻というやつでは。
 そんなことを考えている間に、もう俺の唇は塞がれていた。何度か角度を変え、だんだん深くなっていく。
 未知の感覚に、俺はなんだか頭がふわふわとしてきて、ぎゅっとアルヴィンの袖を掴んだ。彼はようやく体を離した。

「すまない……つい」
「つい? あ、いえ。初めての口づけで、驚いてしまっただけで」
「初めてだったのか」

 俺にとっては若干恥ずかしい告白なのに、この男は何だか嬉しそうだ。

「はい。あの、クラッセン様こそ、大丈夫でした? やっぱ違ったな、とかなりません?」
「どういう意味だ?」
「その、やっぱ俺相手では気分が乗らないなー、とか」

 一応確認してみる。口づけまでいくと、それはもう完全に恋愛、それもさっきみたいなのは性愛の一部の表現になる。いざやってみて、なんか違ったな、となった可能性だってあるのだ。
 アルヴィンは俺の髪を一筋とった。

「まさか。逆だよ。もっとしたいと思った」
「……!」

 そんな甘い目で見ないで欲しい。もうどうすればいいか分からんし。

「あ、そ、そういえばクラッセン様。この首輪を外してくれませんか」

 何とか空気を変えたくて俺は軽い調子でシトリンの首輪を指さした。自分では外せないので、アルヴィンに外してもらう他ない。

「気持ちとしてはそのままつけてくれていてもいいが、そうだな。外そう。だが……」
「だが?」
「アルヴィンと呼んでくれないか、ローランド」

 また顔を近づけて、耳元で囁く。バリトンの声が耳朶に響いて、俺はぞくっと震えた。
 なんなのこの人。俺をどうしたいの。なんでいちいちこんなにかっこいいの。

「ア、アルヴィン……これを、外して、ください……」
「分かったよ、可愛い人」

 満足そうにアルヴィンは俺の首輪を外した。もう俺は声も出せない。俺たちは手をつなぎなおして歩き始めたのだった。



しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

祝福という名の厄介なモノがあるんですけど

野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。 愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。 それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。  ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。 イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?! □■ 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです! 完結しました。 応援していただきありがとうございます! □■ 第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m

魔術師の卵は憧れの騎士に告白したい

朏猫(ミカヅキネコ)
BL
魔術学院に通うクーノは小さい頃助けてくれた騎士ザイハムに恋をしている。毎年バレンタインの日にチョコを渡しているものの、ザイハムは「いまだにお礼なんて律儀な子だな」としか思っていない。ザイハムの弟で重度のブラコンでもあるファルスの邪魔を躱しながら、今年は別の想いも胸にチョコを渡そうと考えるクーノだが……。 [名家の騎士×魔術師の卵 / BL]

婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました

ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。 愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。 ***************** 「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。 ※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。 ※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。  評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。 ※小説家になろう様でも公開中です。

婚約破棄された悪役令息は従者に溺愛される

田中
BL
BLゲームの悪役令息であるリアン・ヒスコックに転生してしまった俺は、婚約者である第二王子から断罪されるのを待っていた! なぜなら断罪が領地で療養という軽い処置だから。 婚約破棄をされたリアンは従者のテオと共に領地の屋敷で暮らすことになるが何気ないリアンの一言で、テオがリアンにぐいぐい迫ってきてーー?! 従者×悪役令息

偽りの僕を愛したのは

ぽんた
BL
自分にはもったいないと思えるほどの人と恋人のレイ。 彼はこの国の騎士団長、しかも侯爵家の三男で。 対して自分は親がいない平民。そしてある事情があって彼に隠し事をしていた。 それがバレたら彼のそばには居られなくなってしまう。 隠し事をする自分が卑しくて憎くて仕方ないけれど、彼を愛したからそれを突き通さなければ。 騎士団長✕訳あり平民

Ωだったけどイケメンに愛されて幸せです

空兎
BL
男女以外にα、β、Ωの3つの性がある世界で俺はオメガだった。え、マジで?まあなってしまったものは仕方ないし全力でこの性を楽しむぞ!という感じのポジティブビッチのお話。異世界トリップもします。 ※オメガバースの設定をお借りしてます。

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

[完結]嫁に出される俺、政略結婚ですがなんかイイ感じに収まりそうです。

BBやっこ
BL
実家は商家。 3男坊の実家の手伝いもほどほど、のんべんだらりと暮らしていた。 趣味の料理、読書と交友関係も少ない。独り身を満喫していた。 そのうち、結婚するかもしれないが大した理由もないんだろうなあ。 そんなおれに両親が持ってきた結婚話。というか、政略結婚だろ?!

処理中です...