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祈りは続いていく

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 オーレリアは毒杯を賜ることになった。
 彼女は粛々とその決定を受け入れ、取り乱すこともなかったという。
 しっかり彼女を監督すると言ってオーレリアを牢から出した公爵についても処分が下された。公爵領の殆どを国へ返還することになり、爵位を次世代に受け継ぐことは禁じられた。つまりアセルマン公爵家は彼の代で取り潰しである。
 捕らえた連邦国の人間については、わが国の基準に則って処罰を与えることとなった。連邦国にはその旨を通達し、これから国同士の落としどころを探っていくこととなる。


 スザンヌは、謝罪が目的だと聞いていたとはいえ、オーレリアを助けたことをお咎めなしとすることはできなかった。彼女は伯爵令嬢の身分をとかれることになった。

「それにしてもスザンヌ様、ヴィクトリア様の専属メイドになられるなんて本当に羨ましいですわ!」
「殿下との婚姻後も、王宮について行かれるのでしょう?」
「私も雇っていただきたいです……」

 学園を退学することとなり、最後の挨拶にきたスザンヌに、コレットたちが羨望の眼差しを向けた。スザンヌはその視線をまんざらでもない様子で受けとめている。
 ヴィクトリアは彼女をベルトラン侯爵家のメイドとして雇うことにしたのだ。彼女に話を持ち掛けると、「是非やりたいです」とすぐに返答があった。家族は最初、難色を示していたが、いざ働き始めるとスザンヌの働きぶりはとても真面目だったため、今では彼女を歓迎している。
 バルテ伯爵家からは真摯な謝罪と共に、感謝の言葉をもらった。特にナディアはとても落ち込んでいたので、ヴィクトリアは彼女にこれからも変わらずに付き合ってほしいと頼んだ。
 そんな家族の姿を見たことも、スザンヌにとっては大きなことだったのだろう。

「もしお嬢様方がヴィクトリア様の元に訪ねていらっしゃれば、このわたくしが歓待いたしますわよ!」

 スザンヌが胸を張って言う。そんな彼女を友人たちはどこか温かい目で見ていた。

 ベルトラン侯爵家に来てからスザンヌのつっけんどんな態度はなくなり、むしろヴィクトリアを慕う言動が多くなった。ヴィクトリアはその変化に驚きながらも、嬉しく思っている。

 ミシェルたちは前々からヴィクトリアの侍女になりたいと言うことがあったが、三人にはそれぞれに婚約者がいて、卒業後は夫人としての生活が始まることが決まっている。彼女たちの婚約者は皆嫡男であるし、とてもヴィクトリアの侍女になることはできないだろう。

「あ、でもヴィクトリア様。ローラン様は割と本気でヴィクトリア様の侍女を狙っているようでしたよ」

 ミシェルが思い出したように言った。

「クリステル様が?」
「えぇ。この前真剣に侍女になる方法について聞かれましたもの」

(そういえばクリステル様は、本当にどうされるのかしら……)

 クリステルの話になり、ヴィクトリアは彼女について思い返す。

 クリステルは今後の道が全く決まっていない。
 王家は基本的に彼女に何かを強制することはなく、クリステルの意思を尊重するそうだ。もちろん精霊術を国のために使ってもらいたいという意向はあるが。

 彼女は今、多くの選択肢の前に立っている。
 なぜなら、シリルとラウル、そしてルシアンまでもが彼女に求婚しているからだ。



「皆素敵な人ですよ? でも、そんな風に見たことなかったです。それに、いきなり結婚なんて言われても、私まだ一七歳ですし」

 困ったように彼女は目線を伏せた。
 今日はクリステルをヴィクトリアの部屋に招待した。以前アンバーと突然彼女の部屋にお邪魔したお返しだ。

「そう? わたくしは一五でエリオット様と婚約したわ」
「はぁ、尊い。それはお二人が運命の相手だからですよ。あ、殿下との最近のお話聞かせてくださいっ!」

 いつもこうしてクリステルはすぐにヴィクトリアの話に変えようとするが、今日は「だめよ」とそれを断った。

「今日はクリステル様の話をするの。それで、あなたは一番誰が好ましいと思っているの?」
「一番は、ヴィクトリア様です! 僭越ながら推さして貰ってます!!」
「だからね……」
「だって本当にそうなんですもん……あっ、待って。もしルシアン殿下の妃になれば、毎日推しカプを合法的に間近で見れる……? それ激アツなのでは……?」
「ふふっ。そんな理由で王太子妃になるの?」

 思わず声を出すと、クリステルは「うーん」と声を出した。

「でも、ルシアン殿下は私を好きとかじゃないと思うんですよ、多分。私が精霊術師だから声をかけてくださっていると思うんで。シリル様は、ずっとヴィクトリア様ばっかりだったじゃないですか。だから、私にその、そういう感情を持ってくださったのはびっくりだし。ラウル様は……正直、好意を持ってくださっているのは分かってました」
「ラウル様は分かりやすかったわね」
「はい……。でも私、人の恋愛とか、物語の恋愛は大好きなんですけど、自分がってなると良く分からないですよね。ずーっとヴィクトリア様とエリオット殿下のことばっかり考えて生きてきたので。だからこんな自分が誰かと結婚しても、お相手に失礼かなと思っちゃうんです」

 といってもルシアンには前世の記憶で憧れは持っていたし、彼女曰く“一番タイプ”らしいが、王妃になると考えたら二の足を踏んでしまうらしい。

 今のところ彼女は三人の誰に対しても特別な感情は持っていないようだ。クリステルが自身の恋愛に無頓着で、周囲も彼女の意思を第一にしている以上、進展がないのだろう。

「私の意思を尊重して貰えるなら、最初は、平民に戻して貰おうかとも思ってました。でも危険な目に遭ったことで、それは家族や周りの為にもやめておいたほうがいいなと分かりました。……今は、私が何者になっても、ヴィクトリア様の近くにいられたらいいなと思ってます」

 今、彼女は侍女になれる道を模索し、それが無理なら別の立場で王宮にいられたらいいと思っているという。ヴィクトリアは彼女からの率直な好意に、温かい気持ちになった。

「クリステル様。もしわたくしの侍女になりたいのなら、シリルかラウル様と婚姻するのもひとつよ」
「……!」

 彼らは次男でいずれは家を出る予定だ。彼らの妻という立場なら、侍女になったとして、結婚後も侍女を続けることも不可能ではない。

「ルシアン様の妃になってくださったら嬉しいわ。だって義理の姉妹になれるものね。でも、三人に限定しなくとも、あなたには無限の可能性があるし、どんな道を選んでもわたくしは応援する」

 ヴィクトリアの言葉に、クリステルは少し目を見張った。

「ヴィクトリア様に応援していただけたら、わたし何だってできそうです!」

 その笑顔がとても綺麗で、ヴィクトリアは思わず彼女に見惚れた。

「クリステル様。あなたは以前、本当はわたくしがヒロインだったと言っていたけれど、今もそう思うの?」
「はい。実際、ヴィクトリア様の圧倒的ヒロイン力によって、色々と何とかなりました!」
「……わたくしは、全員が主人公で、同時に“もぶ”だと思う。だってこの世界は物語ではなく現実で、みんながそれぞれ精一杯生きているもの」
「そ、そう、ですよね……」

 クリステルはどこか恥じ入るように、顔を赤くした。

「でも、それを前提にしても……、あなたとわたくし、どちらがヒロインかと言ったら、それはどう考えてもあなたよ、クリステル様。そんなに綺麗で、頑張り屋さんで、沢山の殿方から愛を捧げられているなんて」

 ふふふ、と笑うヴィクトリアを、クリステルはしばらく呆けた顔で見ていた。

「はっ……! ヴィクトリア様、今、笑って……!」

 クリステルはそう言って、瞳を輝かせたのだった。





 エリオットに手を引かれ、ヴィクトリアは聖堂を進む。
 つい先ほど女神の前で婚姻の誓約をし、二人は正式な夫婦となった。

 今日はヴィクトリアとエリオットの結婚式だ。

 二人が聖堂の扉を開けると同時に、ぶわっ、と色とりどりの花が舞い始めた。ヴィクトリアが驚いて青い空に舞う花を見ていると、そこにひらひらと舞う精霊がいた。

『おめでとう、ヴィクトリア』

 くるくるとアンバーが舞うと、空に大きな虹がかかる。周囲からはワッと歓声が上がった。

「アンバー……!」

 想像もしなかった精霊からのお祝いに、ヴィクトリアの目の奥が熱くなる。
 集まった人々が次々に祝福の言葉を口にして、感謝の言葉を返していく。

 クリステルは泣いたり笑ったり忙しい。隣にいるシリルは笑顔で拍手をしている。両親と兄は嬉しそうに微笑んで、ルシアンは二人に揃いのアレキサンドライトのペンダントを贈ってくれた。

 家族も、友人も、精霊も——。会場の中はたくさんの笑顔で溢れていた。
 夢のような光景に、ヴィクトリアの心はこれ以上ないほどの幸福感で満たされていく。
 突然、隣にいるエリオットがヴィクトリアを横抱きにして、花びらが舞うなかで彼女の額にキスを落とした。

「君を大切に思う人がこんなに沢山いて、その人たちがみんな僕たちを祝福しているのが、とても嬉しい」
「はい、エリオット様。わたくしも」

 ヴィクトリアは彼の胸に顔を埋め、今にも涙が溢れそうな顔を隠したのだった。





 近頃、妻は以前に比べて表情豊かになった。それはとても嬉しい。
 今日も夜夫婦の寝室に帰ると、彼女が口元を綻ばせながら手紙を見ている。妻ヴィクトリアの一番の親友、クリステルからの手紙だろう。

「何だか妬けるな」
「え?」
「結局、君にとっての一番はクリステル嬢なのかと思って」

 珍しく拗ねたようにつぶやく夫に、ヴィクトリアはぴたりと寄り添った。

「まぁ。確かにクリステル様は大切なお友達です。でも、わたくしの一番はエリオット様ですわ」

 真っすぐ彼の目を見てヴィクトリアが言う。エリオットは頷いた。

「そうだね。子どもっぽくてごめん」

 エリオットは可愛い妻を両腕で包んだ。腕の中の彼女は菫色の瞳を輝かせ、弾むような声を出した。

「エリオット様。実は、クリステル様がようやく……」

 手紙に書いてあったのだ。ついに心に決めた人ができたと。
 喜ぶヴィクトリアの話をエリオットは笑顔で聞いている。二人はしばらく友人の恋路について語り合う。

 今日も二人は幸せな夜を過ごした。
 そしてずっとずっと、こんな日々が続くことを祈って眠りにつく。

 傍らにいる金色の瞳をした猫が、なーお、と鳴いた。すると、周囲にきらきらと光が舞い上がる。
 その光は二人を守るように、祈りを叶えるように優しく二人を包んでいた。



〈了〉
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