悪役令嬢……じゃない? 私がヒロインなんていわれても!

risashy

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もう一人の兄

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 降り始めた雨は激しさを増し、ざあざあと音をたてて王宮に打ち付けている。やがて雲の奥に隠れた陽はそのまま山の向こうへ沈み始めた。

 ヴィクトリアはルシアンとジョシュアに連れられ王太子の執務室にいた。
 先ほどオーレリアの攻撃を受けた腕は『癒し』を使って治し、王宮の侍女が温かい紅茶を運んでくれた。
 ルシアンがヴィクトリアに飲むように促したので、一口紅茶を口に入れる。そしてじっとルシアンを見返した。

「殿下、先ほどオーレリア様がおっしゃっていたのは」

 ヴィクトリアが尋ねると、ルシアンは一つため息をついた。

「実は、エリオットとクリステル嬢と魔術師シリル・デュランの行方が分かっていないんだ」

 嫌な予感ほど、現実になってしまうのはなぜだろう。

 辺境伯領から王都へ出立し数日が経ったところで、三人は忽然と姿を消したのだという。彼らの不在が発覚し、遠征隊はその場にとどまってエリオットたちの行方を探していた。王都から数人捜索隊として派遣し、入れ替わりで遠征隊は今王都に向け帰還の途につく予定だ、とルシアンが説明した。
 この知らせが王宮に入ったのはつい先日のことだという。

 目の前が真っ暗になりそうだ。しかし、わなわなと震えそうになる両手をぎゅっと握り、しっかりしなさい、とヴィクトリアは自分を叱りつけた。
 エリオットの怪我は回復していたし、シリルだって優れた魔術師だ。何よりもクリステルの傍には常に精霊がいるはずだ。きっと大丈夫。

「……このような形で君に伝えるつもりはなかった。すまない」

 ルシアンはまた頭を下げる。この前からルシアンからは謝罪を受けてばかりだ。

(アンバー……! 何か分からない? 三人は無事なの?)

 叫びだしたくなるような衝動を抑え、精霊へ問いかける。羽虫の姿のアンバーはふわふわとヴィクトリアの肩にとまった。

『だいじょうぶ。みんなげんき。こっちにかえってきてる』

 アンバーがそう言ったので、ひとまずヴィクトリアはホッと息をついた。状況は分からないが、彼らが無事でいてくれているのは確かなようだ。

「精霊が言うには、三人は無事のようです」

 ヴィクトリアがそう告げると、ルシアンとジョシュアは驚愕に目を見開いた。

「そのようなことも分かるのか。精霊の加護とはすごいものだな……」

 弟である王子や精霊術師、貴族の子息が行方不明という重大な事態に、彼はこれまで頭を悩ませ奔走していたのだろう。彼は心から安堵したように笑みを浮かべた。
 しばらく押し黙ったルシアンがじっとヴィクトリアを見ていたので、不思議に思って彼を見返す。

「ヴィクトリア嬢。君に、聞いておかなければならないことがある。未来の王妃になる気はないか」
「は?」

 唐突なルシアンの言葉に、ヴィクトリアは素っ頓狂な声をだした。そして、心臓が嫌な音を立て始める。

「前にも少しこの話はしたが、やはり君を王太子妃にと望む声がでているんだ。俺も正直、今この国で君以上に王太子妃に相応しいご令嬢はいないと思っている」
「……」
「俺は、もし君が俺の婚約者となってくれたら光栄だと思っている。そのときは誰よりも君を尊重し、君に相応しい伴侶であるべく努力することを約束しよう」

 そう語るルシアンの目は真剣だった。隣に立つジョシュアは、目線を下に落とし口を真一文字に結んでいる。

 オーレリアが婚約破棄を言い渡され、しかも罪人として牢中の囚われの身となった今、未来の王太子妃の席は空席となった。
 もしもヴィクトリアがルシアンの婚約者となったと発表されたとしても、悪評がほぼ払しょくされた今、貴族達からの反発は少ないだろう。ベルトラン侯爵家としても、娘が王妃となることはこの上なく名誉なことだ。精霊信仰に篤い国民も、精霊の加護を授かった女性が国母となると知れば喜びに沸くだろう。
 誰もが喜ばしいことだと歓迎する——エリオットとヴィクトリア以外は。

「わたくしには、エリオット様が……」
「エリオットも王族の一員だ。理解してくれるはずだ」

 もうヴィクトリアはエリオットからの愛情を疑ってはいなかった、彼から示されるヴィクトリアへの愛情は誰から見ても明らかなはずだ。ルシアンはエリオットの気持ちを分かっていて、ヴィクトリアへ求婚しているのだ。
 でもそれは彼の立場上、仕方のないことだ。真意は別として、彼は王太子として、国にとって最善の行動を求められるのだから。

 しばし絶句していたヴィクトリアは今後の決意を固めた。

「わたくしは、ルシアン殿下の婚約者にはなれません」

 深々と頭を下げるヴィクトリアを、ルシアンはじっと見つめている。

「貴族として失格だと思われることでしょう。しかし、どうかそれだけはご容赦ください。これからわたくしがどんな立場にあったとしても精霊の加護を国のために使うことはお約束いたします」

 しばらく部屋の中に沈黙が落ちた。

「ヴィクトリア嬢。それは俺が嫌いだという意味ではないんだな」
「……! そのようなことはありませんわ! 幼い頃から臣下として……、恐れ多くも、もう一人のお兄様としてお慕いしております」

 エリオットが嬉しそうにルシアンの話をするたびに、ヴィクトリアも彼に好感を抱くようになった。力強い気質でカリスマ性を持つルシアンのことを尊敬していた。エリオットと共に彼を支えていくことに何の迷いもなかった。
 正直な気持ちを口に出したヴィクトリアに、ルシアンは嬉しそうに笑みを浮かべた。

「……ふふ。兄か。そうか」

 呟くように言うルシアンに、ジョシュアが「ちょっと!」と声を出す。

「殿下。“もう一人の兄”ですよ。分かっていますか。ヴィッキーの兄は俺一人ですから」
「いや、悪くない。俺に妹はいないからな。ずっと妹が欲しいと思っていたが、既にここにいたとは」
「聞いてらっしゃいます?」

 軽い調子でやり取りをする二人を、ヴィクトリアはぽかんと見ていた。ルシアンは優しくヴィクトリアへ目線を返す。

「もちろんヴィクトリア嬢が王太子妃の立場を前向きに捉えてくれていたら、どれだけエリオットから恨まれようとも、そのように進めるつもりだったよ。だが、あくまで君の気持ちが第一だ」
「殿下……」
「精霊に愛された女性の意に沿わないことを推し進めることなどない。だから君の意思を確認したかったんだ」

 国王も王妃も、ヴィクトリアを次の王太子妃にしたいという考えだったという。とはいえ、ヴィクトリアの意思が伴わないのなら、それを強行するつもりもなかったらしい。

「今はエリオット達が無事帰ることだけを祈ろう。ヴィクトリア嬢。君のおかげで彼らが無事だと分かった。本当にありがとう」

 そう言って笑いかけたルシアンは、これまでで一番晴れやかな表情だった。




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