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オーレリアの正体

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 自分の部屋に戻ったヴィクトリアは、今しがた自分の身に起きたことを整理した。
 フォーレ辺境伯領へ行き、エリオットを助けたいと祈った。女神様とスピカに会って、加護を貰った。そして、エリオットを治して、また自室に戻ってきた。

 出来事一つ一つが重大過ぎて、とても現実とは思えない。

「夢じゃないわよね……」
「うん。やっとヴィクトリアに加護あげられた」

 ヴィクトリアの膝でくつろぐ猫が嬉しそうに言う。ずっとヴィクトリアに加護を与えたかったけれど、機会がなかったらしい。

「あなたのことはスピカと呼んだ方がいいの? アンバーでも良い?」
「どっちでもいい。アンバーもすきだから」

 呼び名にこだわりはないようだが、それでも思いのほかアンバーという名を気に入ってくれているようだ。うっかり人がいる場でスピカと呼んでしまいそうなので、加護を使うとき以外はアンバーと呼ぶことにした。
 ふと、同じ精霊術師であるクリステルに思いをはせる。エリオットのテントから出ることができず、クリステルには会えなかったが、彼女は大丈夫だろうか。きっとまたひどく恐ろしい思いをしたはずだ。アンバーを撫でながらヴィクトリアがクリステルを案じていると、にゃあ、とアンバーが鳴いた。

「あの子はだいじょうぶ」

 なぜかアンバーがそう言ってくれるだけで、心が落ち着いてくる。ヴィクトリアはアンバーの毛に顔をうずめた。

 ふと、自分の手の甲に浮かぶ美しい紋章に触れる。
 これがある限り、ヴィクトリアが精霊の加護を受けたことは隠すことは不可能だ。といっても、ヴィクトリアにとって加護は隠すことでもない。精霊を慕う者として、王子妃になる者として、歓迎すべきものだ。
 そろそろ家族も起きてくる時間だろう。まず家族に報告し、今後について考えていくことにした。



 ヴィクトリアの紋章を見て、家族は仰天した後、涙を流さんばかりに喜んだ。

「ヴィッキー、お前ほど純粋に精霊を慕う者は見たことがない。加護をいただけて良かったな」
「あなたの心映えは精霊様のお墨付きということだわ。腹立たしい噂など一蹴できるわね」

 両親はヴィクトリアの紋章を飽きることなく見つめている。隣のジョシュアは考えるように口元に手を置いた。

「ヴィッキー。今日は学園を休め。王宮へ報告も必要だし、一緒にルシアン様のところへ行こう」
「わかりました」

 兄の言葉にヴィクトリアは頷いた。
 王宮に行くために相応しいドレスを変える。アンバーは羽虫の姿でついて行くという。時によって姿を変え、ずっとヴィクトリアの傍にいてくれるらしい。アンバーがいるだけで嬉しく心強い。
 そうしてヴィクトリアは兄と共に馬車に乗り込んだのだった。



 王太子の執務室にエリオットやオーレリアがいない状態で入るのは初めてだ。
 そんなことを思いながらジョシュアと共に扉を開ける。ルシアンは文官たちと共に執務をおこなっていた。ルシアンがこちらに気付き、他の側近や文官たちに一旦下がるように指示を出した。

 執務室内に三人だけになると、ルシアンはヴィクトリアに近付き、「失礼」と言って左手をとった。

「なんと。本当だ。まぎれもなく君は精霊の加護を受けたようだね。ヴィクトリア嬢、おめでとう。……しかしクリステル嬢の紋章とは形が違うんだな」
「ありがとうございます。精霊によって紋章の形が違うようです」
「へぇ……」

 興味深そうにルシアンはヴィクトリアの手を取ったままずっと紋章を見ているので、次第にジョシュアは不機嫌になる。

「いくら何でも長すぎますよ、ルシアン様」
「あぁ、それはすまなかった」

 ルシアンはばつが悪そうにヴィクトリアの手を放した。そのまま椅子に座り、ふう、と息をついた。

「しかし、精霊術師が増えたこと自体は喜ばしいのだが、少し厄介なことになるかもしれないな」
「そうかもしれませんね」

 少し物憂げに二人が言うので、ヴィクトリアは首をかしげる。

「なぜでしょうか?」
「君はベルトラン侯爵家のご令嬢である上に精霊術師ってことになる。ヴィクトリア嬢、君を王太子妃に望む声が出るかもしれない……いや、間違いなく出るだろう」

 ルシアンの言葉に、ヴィクトリアは絶句してしまう。
 そう言われてみれば、確かにそういう意見は出るかもしれない。
 王太子妃は名誉な立場だが、ヴィクトリアとしては何としても避けたいことだ。自分が慕うのはエリオットだけ。彼以外の妻にはなりたくない。

「わたくしはエリオット様の婚約者ですわ。それに殿下にはオーレリア様が……」
「……オーレリアは……、これから、俺の婚約者ではなくなるだろう」
「は……」

 ルシアンは眉を下げて言った。彼の言う言葉の意味をヴィクトリアはよく理解できずにいると、ジョシュアが声を出した。

「ヴィクトリア。オーレリア嬢がこれまでやってきたことを、今調べている。ルシアン様と共に」

 兄とルシアンは、オーレリアの裏の顔を調べているという。それも王家の暗部を使い、徹底的に。

「君に謝罪するよ、ヴィクトリア嬢。これまで苦しめてすまなかった」

 ルシアンが頭を下げたので、ヴィクトリアは慌ててしまう。

「おやめください、殿下」
「君だけではない。オーレリアは幼い頃からずっと、気に入らない人間を陥れてきたようだ。自分を世話する使用人、友人であったはずのご令嬢、親戚まで。俺は彼女の本質をちゃんと理解していなかった。むしろオーレリアの思う通りに彼女にとって都合のいい行動を取ったこともあった」

 調査が進むにつれ明らかになる彼女の素顔に、ルシアンは驚き、自分を責めていた。

「王太子の婚約者という立場が、よりオーレリアの行動の歯止めをなくしていた。ヴィクトリア嬢。特に君に対してオーレリアは執拗に……」

 彼女は令嬢たちを誘導し、時には裏で工作して、ヴィクトリアに対する評価を下げていた。悪意を持って、ヴィクトリアの悪評を貴族たちに広めていた。

「殿下。わたくしも悪かったのです。近くにいた家族や友人……エリオット様が変わらずにいてくれたから、気にする必要はないと思い、悪評を撤回するための行動を取らなかったのです。今思えば、それは間違いでした。王子妃になる者として、自分の名誉のために戦うべきだったのです」

 幼い頃から誤解され続けていたヴィクトリアは、自分に対する悪意に関して感覚が麻痺していたのかもしれない。近しい人が変わらないのならそれで良いと、自分を納得させてきたのだ。

「俺はつい最近まで、君に誤解を持っていた。しかし全く見当違いだったと分かった。俺は何も見えていなかった。自分の目が節穴だったと、ようやく気が付いた」

 ルシアンの懺悔に対して、ヴィクトリアは何も答えることができなかった。

「だから何度も言っていたでしょう。私の妹は心優しい素直な子だと」
「すまなかったな。身内の欲目だと切り捨てるべきではなかった」

 あっけらかんと言うジョシュアにルシアンは苦笑した。ヴィクトリアはルシアンに向き直る。

「殿下の謝罪は受け入れます。でも、どうかこれまで通り接してくださいませ。それがわたくしの望みです」

 これまでルシアンから敵意のようなものを感じたことがなかった。ヴィクトリアへの誤解があっても、彼はそれを表には出さなかった。ヴィクトリアにとって、それは重要なことだった。ルシアンから悪意を向けられていたら、さすがに辛い思いをしただろう。何よりもエリオットが心からルシアンを慕っていることも知っている。ルシアンとは良い関係でいたいと思っていた。
 ルシアンはただ、有難う、とこぼした。



 ルシアンがオーレリアへの認識を変えた大きなきっかけは、スザンヌだったらしい。

「彼女から、オーレリアに関する告発があってね」
「スザンヌ様から?」

 昔からスザンヌはオーレリアに憧れを抱き、彼女の近くにいた令嬢だった。そんな彼女からの告発だったからこそ、ルシアンはその内容を重く見た。

「南の隣国、連邦国とオーレリアが繋がっている、という内容だ。連邦国は生息する魔物の数がわが国と桁違いに多い。結界の加護を授かった精霊術師は彼らにとって喉から手が出るほど欲しい存在だろう」

 わが王国の南に位置する連邦国とは辺境伯領と国境を接しているが、昔から小競り合いが絶えず、友好的とは言えない関係だ。
 あまりに重大な内容に、ルシアンはまず王家の暗部を使って真偽を調査した。オーレリアの交友関係、彼女の行動、アセルマン公爵家の周辺まで、徹底的に。

「バルテ伯爵令嬢の告発は真実だった。前の遠征で現れた盗賊たちは、オーレリアと繋がっていた連邦国の者が手配した奴らだったことがわかった。友好国でもない隣国と秘密裡につながるような者を未来の王妃にはできない。君や他の者への仕打ち以前の問題だ」

 もうオーレリアをルシアンの婚約者からおろすことはもう決定事項のようだ。証拠を集め、各所に根回しをしてから、彼女に事実を告げるのだろう。

 ルシアンの表情は暗く、声も沈んでいる。長い間、二人は婚約者として関係を築いていた。その時間は彼にとって決して軽いものではなかったはずだ。
 昨日の件も報告すべきだと思い至り、ヴィクトリアは顔を上げた。

「殿下。実は、昨日も遠征先で襲撃があったようです」
「……!」

 ヴィクトリアの言葉に、ルシアンがガタッと椅子から立ち上がる。ジョシュアも驚いたように声を出した。

「昨日!? 一体どういう……」
「夜中、精霊からエリオット様の身が危ないと聞き、精霊の力を借りて辺境伯領に行ってまいりました。わたくしはそこで『癒し』の加護をいただいたのです」

 辺境伯領で起きた昨日の襲撃についての情報を彼らが把握していないのも当然だ。リュカから聞いた襲撃の経緯を話すと、驚愕に彩られていたルシアンの表情が段々険しくなってきた。

「エリオット……! 何と言うことだ。ヴィクトリア嬢。君に心から感謝する」
「エリオット様はもう回復されていますのでご安心ください。ですが、もしかすると、今回の襲撃にもオーレリア様が関わっているかもしれません」
「殿下。もしこの件にオーレリア嬢が関わっていたなら、結果の報告のために関係者がアセルマン公爵家に入るはずです。公爵家に入っている者に探らせましょうか」

 ジョシュアの進言をルシアンが承諾したので、ジョシュアは足早に廊下へ出た。
 残ったルシアンは両手を額に置き、瞳を閉じて押し黙っている。

「なぜだ」

 絞り出すように彼が落とした言葉の答えを、ヴィクトリアは持っていなかった。


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