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一章 ”アルバス王国と騒乱” の段

14話~朝餉の後の会談

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「姉上、唯今帰参致しました」

「ん? おう、思ったよりも早かったの。これより朝餉の時間じゃぞ~」

 陣中見舞いならぬ脅かし――でもなく、兎も角”挨拶”を済ませてきたと言う志乃が部屋に帰って来よった。何やらほくほくとした笑みで鼻歌を歌う様は童の如く、じゃが容姿だけは立派な女子なこ奴がやると中々に愛くるしいのう……。

 早朝の出来事が御互いに実りある物だった事が判明した訳じゃが、これは大分温度差があるのう~と思いつつ柱に備え付けられている魔宝石の時計に目をやる。ぜんまい仕掛けと魔法を合わせた合作が時を刻み込む音が妙に眠気を誘う中、手元に置いた伝記を記す本を机の上に戻す。
 事退屈しのぎも兼ねて国の成り立ちや民間伝承の類を調べてみたのじゃが、やはり何処の世界でも人が織りなす歴史にそう差異はない様じゃの。成り立ちも戦乱で始まり、何時の世も戦乱によって幾つもの国が立ち、そして消えていくのを繰り返してきた様じゃ。

 その中には、国が消える要因として邪気の存在も多々あったようじゃのう……哀れな。

「これ志乃よ、もう直ぐ朝餉の時間じゃと申しておろう。そんな所ではしゃいでおらんで、女子として最低限の身支度ぐらいしっかりせい。……寝癖で後ろ髪が跳ねまくって居るぞ」

「なんと!?」

 慌てて備え付けの姿鏡を見やり、ヤマアラシの毛の如く跳ねまくっておる後ろ髪を櫛で梳かす志乃。これで国王の下へと忍び込んだのじゃから、もはや目も当てられぬほどに女子力の低さを露呈してきた訳じゃな……これは少しばかり荒療治が必要かの。

 櫛と言っても外見は保々”屁ぶらし”――じゃなかった、”ヘアブラシ”じゃの。故郷で民草に流通してある物とは多少ブラシの数に差異があるが、形状自体は全くと言っても良い位に同じじゃ。
 流石に材料は一般品とは比べる事叶わんが、微量の魔力を帯びておる事から考えても魔物の毛でも使われておるのかも知れん。

「――どれ、志乃よ。髪の梳かし方を教えてしんぜんる故に、櫛を妾に貸してみせい」

 いい加減見るにも耐えん現状にため息を一つ吐いて涙目の志乃から櫛を受け取る。

 妾が以前過していた千年前の京の都では、女子共が毎朝丁寧に髪を梳かしてから垂髪にしておったものじゃ。それは公家であっても民草であっても変わらず、女子供は都に居ると言う事から皆小奇麗にして居った。
 妾も童共を相手に遊んで居った時分には、よく髪を梳かしてやったものだしのう。実に懐かしきは昔の記憶と言うわけじゃ。

 その様な思い出に浸りつつ、”ドライヤー”の代わりとして霊力の焔を一つ指先から出して暖かな風を髪に吹きかける。幸いにして髪を梳かす際に使う霧吹きが客室に備えてあったので遠慮なく使わせてもらう。
 シャッと霧状の水を拭きかければ、その冷たさに吃驚した志乃の首筋が震える。それと同時に後ろを振り向いた志乃は、妾に少し膨れたほっぺを向けて抗議の意を示してきよった。うむ、首筋が弱点か……初のう。

「いきなり何をするのですか、姉上。せめて一言仰って下さい……」

「これも常識の範疇じゃからして、この程度で吃驚せんよう慣れる他無いの」

 むぅ~っと唸りながら大人しく前に向き直る志乃に、自然と柔らかな笑みが零れるのを感じる。何事も初めはこんなものじゃと、そう懐かしく思い櫛で以って髪を梳かしていく。ゆっくりと櫛を通せばまるで絹糸を撫で付けて居るような、女子らしい艶を含んだ黒髪が濡れて色っぽさを増した物を寝癖による現代芸術から解き放つ。
 妾が小さな童に教える姿は、傍から見れば逆の構図であろう。しかして、つい数日前に人の身を得たこ奴と妾では年季が違うのが現実じゃ。
 可笑しな光景ではあろうが、早よう覚えてくれると妾としても嬉しいのう。かつて天の字が妾へ教えてくれた様に、こ奴もまた誰かへと教えてくれる立場になって欲しいものじゃて。

「あ~、姉上……何とも言えぬ気持ち良さです~」

「まったく、奏の字には見せられん顔じゃの……」

 梳かした髪に暖かな霊力の焔風を吹きかけられて締まりの無い笑みを見せる志乃。これではまだまだ先は長いかのう~。







 客室に運ばれてきた朝餉はものの見事に毒三昧のフルコースじゃった。パンには植物系統の毒、スープには鉱物系統ので汁毒。野菜は保々全てが巧妙に隠されておるが毒葉の見本市、蒸し鳥のバター焼きは毒漬けの汁にでも三日三晩漬け込んで居ったのだろう。匂いを隠し切れん程には臭い……大した労力じゃわ、時給はいくらかの?

 ――などと、若干仕入れ仕込んだ者達への労わりさえ感じてしまったが。かと言って、奏の字が到着するまで何も腹に詰め込まぬ状況などありはしない。

「姉上、中々に刺激的な味でしたね」

「有無を言わさんばかりの殺意、誠美味な味付けよな」

 故に”全部”食した。パン屑から葉物、果てはスープの水滴すら残さぬ食べっぷりに、確認と食器を下げに来た侍従の者が多分に面白き顔をしておった位じゃ。あれは正月の”ひょっとこ”か”おかめ”と見間違う驚嘆振りじゃったわ!
 すごすごと後片付けを済ませる侍従の男に澄まし顔でパンの御代わりを頼んだ時など、確実に悲鳴を飲み込んで居ったからのう。からかいついでと言ってはあれじゃが、小ばかにしたしたり顔で鼻を鳴らしてやったわ。

 今朝の変態次官一味から使わされたであろう鼻垂れ小僧を見送った妾達は、食後の毒入り茶を嗜んで舌先に乗る神経毒のぴりぴり具合を楽しんで居る。この程度の毒、妾や志乃にはとんがらしや山葵とそうは変わらぬ旨味の一つよ! ぬははははっ!

「ふ~む、そろそろ奏の字が着いても良い頃合じゃがの……些か手間取って居るのか?」

「そうですね。主様の御足ならばそろそろ着いても良さそうなものですが……あ~」

 これこれ。あまり締まりの無い顔で茶を飲む出ないぞ、全く。

 冬場に暖かい緑茶を飲む仕草で毒茶を飲み干す志乃は兎も角として、言っておる事は尤もな訳じゃ。その気になれば奏の字は素の状態で一刻もせずに現在の位置から――大凡百キロほどの距離を走破する足を持っておる。もちろん背に担いでおる荷がなければその半分じゃし、本当に何も気にしないのであれば大地を蹴り抜き捲り上げ十分もあれば容易に走りぬく。
 あれじゃ、速さは道のり÷時間として考えれば百÷十で分速が十kmで、時速に直せば×六十で……時速六百kmって所かの。逆に秒速に直せば一万m÷六十じゃから――秒速百六十六mじゃな。

 改めて人の数値で考えれば、最新の超電動磁力走行列車と同じ位の速度で走れるわけじゃ……うむ、化け物じゃの。

「担いで居るのは魔力の質から見ても王族に近いか、件の龍帝の巫女とやらか……んん?」

 焼肉の到着がさらに遅れると分かったその時、部屋の外に多数の見知った気配が集まって来よったのを感じた。その内三つはフォルカとジェミニ、それにカリムの物じゃ。
 しかし、フォルカとジェミニは分かるが高々二等兵如き階級で王族と共に来るとは、妾達の専属として配置でもされたかの。ある意味不憫なわっぱよ……。

 して、その内に入らん気配が二つある訳じゃが……質から見て王族である事に間違いなかろう。王太子であるフォルカと良く似通った魔力じゃからして、まだ見ぬ兄弟か母親かと見るのが妥当じゃな。

 三回扉を叩く音の後に返答をして室内へと尋ね人達を招き入れる。先頭を切る形で入室してきたのはカリムの童、次いでフォルカがやや緊張した面持ちで入室し壁際に一歩退いた。
 その王子が一礼をして件の王族であろう人物を招き入れば、シャラランと髪飾りが音を奏で妙齢の女人が静かに扉をくぐって来よったのじゃ。

「失礼致しますわ~」

 春の陽気に誘われ気の抜けた声色で姿を見せた女人。大きな目元に滲み出る優しさを携え、白に金色が乗った淡い金髪に澄んだ緑色の玉飾りに銀のチリカンの如き髪飾りを左前髪に垂らし大人の色香を醸しておる。
 ゆったりとした足取りに白の宮廷ドレススカートが靡き、締まった腰周りと豊かな胸元を金の刺繍を施された真紅の上着で着飾っておる。
 立ち姿や歩く所作を見ても一級の王族教育を身に付けた女子であるのう。

「初めまして御二方。わたくしの名はメーヴィス、メーヴィス・G・アルバスと申しますわ。どうぞ、お見知りおき下さいませ」

 スカートの摘み優雅に一礼してみせる女子――もとい、メーヴィス。仕草、所作、名前から判断しても間違い無く王族かの。

 礼をされればこちらも返さねばなるまいと、椅子から立ち上がり正面を向いて礼を返す。妾の行動を見て習う形に志乃が席を立ち、その場で同じ所作でもって華麗に一礼を返してみせた。
 意外に礼節を心得た志乃の仕草に一瞬驚きを覚えるが、学ぶ事に旺盛な時期じゃしのう。覚えの早い事は良き事じゃ。

「……して、フォルカ王太子殿下。このお方は私達わたくしたちの事を知っておいでなのですか?」

 余所行き全開の声色でフォルカに尋ねれば、是との回答を首を縦に振る事で示してきた。やれやれ、父親に話すよりも先に母親が事情を知って居るとは……この世界でも”母は強し”と言う話かの。

 演技の必要性が無くなった事を理解した妾達は元の椅子に座りなおす。ニコニコと笑みを浮かべながら妾に対面する位置に陣取ったメーヴィスとやらに続き、フォルカも同じく志乃の対面に腰掛けた。
 王子達の両脇には些か所在無さ気なカリムとすまし顔のジェミニが立ち、室外に待機して居った女中がすかさずお茶を淹れて用意しおった。先の毒茶とは違い香ばしい茶葉の香りが室内を満たし、漂う湯気に朝餉の不快な思いを載せて飛ばす。

「……では、改めまして御二方。アルバス王国第一王妃、メーヴィス・G・アルバスと申します。この度は私目の息子である王子共々、御二方のお力により窮地を救って頂きまして感謝致しますわ」

 まずは口を湿らせての第一声は感謝の辞。これは”王妃”と言うよりも”母親”としての感謝の言葉じゃろうの……。改めて頭を下げられたのだから気にするなとだけ答えて置く。
 其も、偶々投げ込まれた世界の偶々近くにおった死にそうな奴らを妾達が見つけただけじゃし。全ては偶然の巡り会わせ、成る様になった結果じゃ。

 別に言ってもいいが、話した所で通じるかどうかは分からんしの。壁に耳あり、障子に目ありじゃ。面倒を吹聴されて妾達の行動を阻害されてもかなわん。まあ、当分矢面に立つのは志乃じゃし? 妾達は暫し裏方をやっておけば良かろう……色々と面倒じゃし。

「――そして。志乃様におかれましては、この度も御迷惑をおかけすること言葉として申し上げようも御座いません。私達ヒューマニアンの恥ずる所であります」

「何、気にする事は無い。それもまた私達……いや、私が背負った運命さだめの一つなのだろうさ。龍帝時代もそうだが、昔から苦労すのには慣れている――人一倍な」

 苦笑を込めて話す志乃に、肩をすくめて同意して見せる妾。こればかりは上に立つものとしての正に運命よな、上になればなるほどついて回る気苦労よ。

「うふふふ、確かにそうですわね。私にも覚えが御座いますわ……!」

 王、長、龍帝、神。字面は違えど其々が各々立場で君臨する者であるからして、可笑しな処で共感を生むものじゃの……くくくっ!
 白い綺麗な手で口元を隠し上品に笑うメ―ヴィス王妃。はて、世間話だけで終わるとは思えんが……そろそろ踏み込まんと進まんか。

「して王妃殿。此度は挨拶だけで参った訳ではないじゃろう? 茶番は仕舞いじゃ、外に邪気が集まってきよるからの……要件を聞こうぞ」

「そうですわね……九ちゃん様の言う通りで御座います。実は――――」

 妾の言葉に朗らかな笑みが消えて苦悶の為に眉間に皺を寄せるメ―ヴィス王妃。心に重くのしかかる話題なのか、掌に力を入れてドレスの膝元をぎゅっと握り締めておる。なんぞこれはまた厄介な話が飛び出しそうで思わず天井を仰ぎ見る妾。
 さりとて現実が何処かへと去り行く訳も無し、少しばかりの倦怠感を抱きつつ聞く耳を立てた。

「――第一王太子、私達の長男の様子が怪しいのです」

 ほ~れ、特大の面倒事が来よったわ……。
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