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一章 ”アルバス王国と騒乱” の段
13話~驚天動地? い~え、意味不明です (国王)
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「お、お前はっ――むぐぅ!?」
「これこれ。朝から大声を出すでないぞ、小僧」
アルバス王国国王、ラドルフ・G・アルバスは混乱と恐怖と少しばかりの懐かしさに襲われていた。
先日、愛する息子が生還を果たしほっと胸を撫で下ろしたのもつかの間、息子の口から齎された悲痛な報に在りし日の記憶と出会いに大きな影が差した。
自身が即位する前日、先王に連れられ訪れた神話の世界。その住人である五大龍帝が一角の雲龍帝が国を守護しているとされた国史ではあるが、そんな物は御伽噺の話題であって例え王族であっても存在を信じている者などは少ない。
「久方ぶりに顔を見に来てやったのだ、目と目を合わせ少しばかりの話をしようではないか……な?」
しかしどうだろう。現実に存在する雲龍帝を目にした時、彼は有無を言わさぬ存在感とヒューマニアンと比べるには余りに膨大な魔力を前に魂の真まで震えた。
鋭き龍眼は矮小な存在を何処までも見透かし、かつヒューマニアン間のいざこざ等児戯にもならない認めてもらえない力を持つ。迸る魔力は天を衝き世界そのものを守護する為にこそあると、そう感じさせる程だった。
彼も即位する前は王太子としての教示を保ちつつも、それなりにやんちゃな毎日を過してきた。やれ御忍びで城下町を食べ歩いただの、他国の貴族同士の喧嘩を両成敗して件の理由であった王都内における商売権限を漁夫の利で掻っ攫って行っただのと列挙に暇が無い。
そんな若き日の何者にでも挑戦する気概をを与えてくれる万勇感を軽く超越し、国王と言う立場を外せば一人のヒューマニアンとして他と何ら遜色も無い自身を自覚させた雲龍帝。
だが、かつて一度だけ拝謁した五大創造神にも等しき存在が王国内部に潜んだ瘴気の化け物によって文字通り雲の上の龍に相成った、そうしてしまったのだ。故に、この一報を耳にした国王の心象は驚天動地の一言。国を守護するという御伽噺の存在が世を去り、丸裸になった王国の行く末を一心に考えながら眠れぬ夜を過し。尻の痛みがぶり返し、現代日本で明けの明星が輝く時間になり漸く眠りに就いたのだった。
「――ふふ。しかし、あの鼻垂らしの小僧がいつの間にか大層な髭なんぞ蓄えよって……時が及ぼす変化がここまで違うとはな。私とした事が、些か驚いているぞ……!」
すると如何だろう? 目を閉じる前まで考え事をしていた所為か、何やら自身が寝ている寝具の傍で物音がするのに気付いた国王。暗殺者が襲ってきたのかと意を決して目を見開けば、枕もとの傍に立つのは先日帰還した息子が連れ後ろに控えていたうら若き女性が笑みを浮かべて立っているではないか。
しかもだ。如何いう事かかつて一度だけ見た雲龍帝と同じ目を、もっと言えば全く同種の雰囲気を持った女性が偲び笑いをして楽しそうにしているのだ。
最早驚天動地を通り越して意味不明である。
「――おっと、私とした事が口を塞いでいては話は出来ないか。これはうっかりだな、許せ」
「……~ぷはっ!!」
鼻から口まで全ての呼吸口を塞がれて顔が真っ赤になった所での開放。酸素を求めて肺と口を全力で動員、結果国王としては滅多に見られない喘ぎ苦しむ姿を披露する事になった。女性を前にしては少々どころか大分情けない姿だが、それもこれも目の前の人物が雲龍帝その者とは知らない国王にとっては地味に恥辱となったらしい。
「はぁっ……はぁ、はぁ……お前は何者だ?」
呼吸に必死な震える口から零れでたは当然の疑問。話しぶりから自身を害する為にやってきた可能性が低いと判断した国王は、まず懐かしさの原因を突き止めようと言葉を投げかけてみたのである。
「ふむ、魔力の扱いに秀でていた小僧ならばとっくに気づいている物と思っていたのだがな……些か買いかぶりだったか」
「何を……?」
国王の質問に小さな呆れを含ませた女性は、腕組みのポーズで暫し黙考した後再び笑みを浮かべた。
戸惑い顔で女性を見上げる彼の顔に腰を曲げてぐっと美しい端麗な顔を近づけ、息を呑む美しさを前に思わず生唾を飲み込む国王が頭を反らせるのを楽しみつつ目と目をピタリと合わせる。瞬間、瞬きも許さぬ威圧に全身を包まれた彼は、目の前の女性が一度瞬きをした下から現れた瞳に龍眼を見て吃驚仰天。
「ふふふ、ここまでしたら寝ぼけ眼の小僧でも分かっただろう? そうだ、私だよ」
容姿端麗な女性の龍眼は並大抵の龍族では在り得ないほどの美しさと、膨大な魔力を秘めた神秘の輝きを放っていた。瞳に内包するは小さな銀河にも匹敵する星々の煌き、その中を大らかで爽やかな風が何処までも吹き流れる。星の揺り籠であるガス状の雲がゆっくりと流れるように漂う様は、正に雲龍の如き美しさ。
「ま、まさか貴女様は――――ははっ!」
女性の正体に気付いた国王は驚きと嬉しさに顔を染めながら急いで平伏する。若干平伏する場所を間違えて寝具の上で付している所に彼の混乱振りを窺えるが、その目元には薄っすらと涙さえ滲んでいる事から筆舌にし難い程嬉しいのであろう。
そんな彼の姿を満足そうに見下ろす女性こと元・雲龍帝である志乃は、瞳の中から龍眼を消して普段の深い透き通った常盤色の眼に戻す。
此処で龍眼という物について軽く触れておこう。
龍眼とは、読んで字の如く五大龍帝を始め龍族、もしくは竜族が各々持つ個人の特徴が出る眼の事である。龍帝は龍族や竜族の祖でもあり、破壊を司る役割を世界から担っている存在。それは眷属である龍や竜も同じく、その印とて龍眼を持つとされている。頂点である五大龍帝の持つ龍眼が最も美しく力を内包し、次いで眷属達である其々の種族である長達に選ばれる者が――と続いていく。
流石に龍人種までとなると龍眼を持つ者は居なくなるが、極稀に発現する者が現れ、発現した者は一例の漏れも無く龍人種最強の戦士として崇められる対象となるのだ。
その力は凄まじく。例え龍人一人であっても中位の龍種百名を相手にしても引けは取らない、その可能性を秘めた物が龍眼である。
「さて、先も言ったが話をする為に私は来た。当然、小僧が最大の疑問であろうこの姿についても話してやる心積もりだ」
「ははっ! 態々の御身自ら御出座、真にありがたく感じております……」
伏したままでそう答える国王に何やら不満げな息を吐いた志乃。おもむろに周囲を見回した後、備え付けの椅子を発見した彼女は風の霊力を用いて小さなつむじ風を起こして椅子を引き寄せた。
「言ったであろう? ”目と目を合わせて話をする” ――とな。寝具の上になぞ伏しとらんで面を上げるがいい」
どっかりと腰掛けた志乃がそう言うと一瞬の間を置いて面を上げた国王は、そのまま寝具の縁へと自らも腰掛改めて視線を合わせるのであった。やっと目を合わせてくれた事に満足げな息を吐き出した彼女は、にゅっと伸びた綺麗なおみ足を組み替えて図らずも国王の心臓をどきりとさせた。無論、天然である。
「して、雲龍帝様。この度の仔細をぜひお聞かせ願いたい。先日の我が息子からの報告を聞いておりましたら肝心な所まで辿り着くのにとても長く、ここ数年腰を痛めている身としては耐えられず全ては聞きおおせませんでした……面目次第もありません」
早速事実関係の説明を願い出た国王。しかし、いざ対面してみるとやはり違和感を覚えてしまい段々と言葉が尻すぼみになってしまう。かつての畏怖する存在が如何見てもヒューマニアンの美女にしか見えず、志乃が龍眼を見せねばあのまま彼は無礼打ちと称して枕元にある短剣で斬りかかっていただろう。
当然の如く返り討ちにされること必須ではあるが、事が国を守護する雲龍帝とあらば国ごと消滅の憂き目を見たに違いないとも思える訳で……。
その事実に思い至った今、今更ながらに背筋に冷たいものが走る国王であった。
「うむ、それは当然であろうな。出来ればと私達も考えていたが、まさか天然であそこまで豪奢に引き伸ばした時は王太子には悪いが私も噴出しそうになったぞ……くくっ!」
思い出し笑いで口元をにんまりとする志乃。これはあの場に居た誰もが得心する事なので、親である国王としては逆に苦笑いが零れ出る内容であった。
「で、だ。あの状況を適切に話すとだが……私達は王太子の話にも出たある二人連れの男女に救われたのだ。もっと正しく話せばふくよかな身体の少年と、年端も行かぬ様な少女だな」
流石に一から十まで話すと長くなるので掻い摘んで真実を語る志乃。五大龍帝と二十五名のアルバス王国清栄を集めた兵士が、晩年もよい所の龍帝と大した有効打を持たぬ王国兵士達では滅す事叶わなかった邪気四体を瞬く間に滅して行った事実。
それは国王にとって再び訪れた驚天動地。悲しいかな、外見からは想像もつかない少年少女によって辛くも命を繋いだ雲龍帝達にとって、実はこれからが最も重要な話である事を国王は想像だに出来ていない。
「――こうして私も新たな姿と凄まじき力を備え命を貰い賜った。それに、本来ならば私の死を以って胎動を促す筈の龍結晶が、彼らの御蔭を以って無事に生を受けるに叶ったのだよ……。いやはや、まさか今代で龍帝が増えるなど夢にも思っていなかったからな、正に降って沸いた宝の山よの」
「……何とっ!? まさか、本当にそんな事が……?」
体を襲った震えを抑えるべく指先で頭を抱える国王だったが、此処で抱いた頭が尚震えているの気付く。そう、彼の全身が感情の戦慄きによって震えているのだ。
しかし、それが何に起因しているかまでは整理しきれないのが現状。兎にも角にも吉報と朗報と快報と、凶報と悲報と訃報が深く入り混じった事実を前にしては幾ら一国の王と言えども飲み込むのに時間が掛かるのも仕方が無い。
龍帝が今現在五大龍帝と呼ばれているのには当然過去に起きた醜き憎悪と嫉妬、それにヒューマニアンの底知れぬ欲望がない交ぜになった末に起きた悲惨な出来事である。故に、今代に新たな龍帝が生まれ出でた事は王国にとっても喜ばしき事である。
事がヒューマニアンの先祖が犯した暴挙に起因するので、今だに申し訳なさが前面に立っているのを否めないが吉報である。
朗報と言えば没したと伝えられた雲龍帝――つまりは志乃が生存し、尚且つ更に強大な力を兼ね備えて復活した事は国王としても彼個人としても喜ばしい事この上ない。全盛期以上の力を手にした彼女は、生まれて間もない幼帝を一人前に育てるべく教育期間真っ盛り。
奏慈と共に居れば自身の後継を継ぐに相応しい竜となる事を彼女は確信している。
そして、快報と言えば全ての件の原因である瘴気の化け物――詰まる所の”邪気”を倒す希望が開けたのが大きい所だろう。何せ、浄化をせねば完全に滅すことが叶わない相手である。しかも相性的に魔力は効果が薄く、幾ら龍帝の巫女を持つアルバス王国とは言え正直国を保っているだけで手一杯な節が見え始めているのが現状だ。
それに対する対抗手段が見え始めたのは正に快報であろう。
「しかし、我が軍の兵士にまで既に潜り込んで居たとは……真に面目次第も在りません」
悲報と言うのならば。王国内部、取分け国を守る軍隊である兵士達にまで邪気に侵食されていると言う現状だ。それでも内訳としては辺境地から呼び寄せた兵士が侵食され、王都内における兵士が変異した報告が無いのが救い。
だが、それも時間と共に失われつつある救いではあるが……。
更に訃報と言えば、志乃の助力を得る為に密かに旅立った兵士達二百名の内百七十五名の尊い命が己が使命を果たす為に散っていった事。王太子であるフォルカを始め、近衛侍従ジェミニや将軍ドルゲなどを守る為に、明日へと王国の未来を紡ぐ為にと犠牲になった者達には国王として一人のヒューマニアンとして感謝の念に絶えない。
事件が消息に向かった後は国を挙げて弔いの儀を上げる所であろうか。
「うむ。だが、私や件の少女、それにあの少年であれば幾ら姿を偽装しようとも見つけるのには苦労はせんさ。これは旅の道すがら少年に教授を受けた話だが――”やつらの力は魂から溢れ出ているので幾ら外見上取り繕った所で駄々漏れなんですよね~”――との事だ」
一点の曇りも無い笑みを浮かべてそう言っていたと話し、志乃は苦笑を浮かべた。自身が瀕死にまで追い詰められた相手に対してこうも呆気らかんと言われたとあっては、指物の志乃も苦笑を零すほかなかったのも想像だにし易い。
事実、奏慈や九ちゃんは現在の力を得るに十数年の歳月をかけて仕上げた故にそう断言できるのだ。事情のじの字も知らない者であれば、志乃以上の呆けた姿を晒していただろう。
「…………」
実際、そう話す彼女の前に座っている国王が呆気に取られた顔で放心しているのだから間違いない。最早燃え尽きる一歩手前である。
真っ白に煤ける手前の国王を見て苦笑いを笑みに変え、満足げな息を吐いた彼女は宴もたけなわと言わんばかりに椅子から立ち上がる。このまま話を続けても事実を把握するに時間が掛かると踏んだのだろう、とりあえず重要な案件は伝えたので部屋に帰るようだ。
「ではな、小僧。この度は私達が芝居を打て居る最中、末娘の巫女や王妃の行方など気になることは多々あろうが、小僧も精々上手く敵を化かしてやるが良いて」
志乃の言葉にはっとして顔を上げる国王。だが、数秒前に彼女が居た場所には既に御身は無く、唯ほのかな温もりだけが国王の心に残るばかり。
アルバス王国の朝は更なる混迷を交えつつ迎えたのだった……。
「これこれ。朝から大声を出すでないぞ、小僧」
アルバス王国国王、ラドルフ・G・アルバスは混乱と恐怖と少しばかりの懐かしさに襲われていた。
先日、愛する息子が生還を果たしほっと胸を撫で下ろしたのもつかの間、息子の口から齎された悲痛な報に在りし日の記憶と出会いに大きな影が差した。
自身が即位する前日、先王に連れられ訪れた神話の世界。その住人である五大龍帝が一角の雲龍帝が国を守護しているとされた国史ではあるが、そんな物は御伽噺の話題であって例え王族であっても存在を信じている者などは少ない。
「久方ぶりに顔を見に来てやったのだ、目と目を合わせ少しばかりの話をしようではないか……な?」
しかしどうだろう。現実に存在する雲龍帝を目にした時、彼は有無を言わさぬ存在感とヒューマニアンと比べるには余りに膨大な魔力を前に魂の真まで震えた。
鋭き龍眼は矮小な存在を何処までも見透かし、かつヒューマニアン間のいざこざ等児戯にもならない認めてもらえない力を持つ。迸る魔力は天を衝き世界そのものを守護する為にこそあると、そう感じさせる程だった。
彼も即位する前は王太子としての教示を保ちつつも、それなりにやんちゃな毎日を過してきた。やれ御忍びで城下町を食べ歩いただの、他国の貴族同士の喧嘩を両成敗して件の理由であった王都内における商売権限を漁夫の利で掻っ攫って行っただのと列挙に暇が無い。
そんな若き日の何者にでも挑戦する気概をを与えてくれる万勇感を軽く超越し、国王と言う立場を外せば一人のヒューマニアンとして他と何ら遜色も無い自身を自覚させた雲龍帝。
だが、かつて一度だけ拝謁した五大創造神にも等しき存在が王国内部に潜んだ瘴気の化け物によって文字通り雲の上の龍に相成った、そうしてしまったのだ。故に、この一報を耳にした国王の心象は驚天動地の一言。国を守護するという御伽噺の存在が世を去り、丸裸になった王国の行く末を一心に考えながら眠れぬ夜を過し。尻の痛みがぶり返し、現代日本で明けの明星が輝く時間になり漸く眠りに就いたのだった。
「――ふふ。しかし、あの鼻垂らしの小僧がいつの間にか大層な髭なんぞ蓄えよって……時が及ぼす変化がここまで違うとはな。私とした事が、些か驚いているぞ……!」
すると如何だろう? 目を閉じる前まで考え事をしていた所為か、何やら自身が寝ている寝具の傍で物音がするのに気付いた国王。暗殺者が襲ってきたのかと意を決して目を見開けば、枕もとの傍に立つのは先日帰還した息子が連れ後ろに控えていたうら若き女性が笑みを浮かべて立っているではないか。
しかもだ。如何いう事かかつて一度だけ見た雲龍帝と同じ目を、もっと言えば全く同種の雰囲気を持った女性が偲び笑いをして楽しそうにしているのだ。
最早驚天動地を通り越して意味不明である。
「――おっと、私とした事が口を塞いでいては話は出来ないか。これはうっかりだな、許せ」
「……~ぷはっ!!」
鼻から口まで全ての呼吸口を塞がれて顔が真っ赤になった所での開放。酸素を求めて肺と口を全力で動員、結果国王としては滅多に見られない喘ぎ苦しむ姿を披露する事になった。女性を前にしては少々どころか大分情けない姿だが、それもこれも目の前の人物が雲龍帝その者とは知らない国王にとっては地味に恥辱となったらしい。
「はぁっ……はぁ、はぁ……お前は何者だ?」
呼吸に必死な震える口から零れでたは当然の疑問。話しぶりから自身を害する為にやってきた可能性が低いと判断した国王は、まず懐かしさの原因を突き止めようと言葉を投げかけてみたのである。
「ふむ、魔力の扱いに秀でていた小僧ならばとっくに気づいている物と思っていたのだがな……些か買いかぶりだったか」
「何を……?」
国王の質問に小さな呆れを含ませた女性は、腕組みのポーズで暫し黙考した後再び笑みを浮かべた。
戸惑い顔で女性を見上げる彼の顔に腰を曲げてぐっと美しい端麗な顔を近づけ、息を呑む美しさを前に思わず生唾を飲み込む国王が頭を反らせるのを楽しみつつ目と目をピタリと合わせる。瞬間、瞬きも許さぬ威圧に全身を包まれた彼は、目の前の女性が一度瞬きをした下から現れた瞳に龍眼を見て吃驚仰天。
「ふふふ、ここまでしたら寝ぼけ眼の小僧でも分かっただろう? そうだ、私だよ」
容姿端麗な女性の龍眼は並大抵の龍族では在り得ないほどの美しさと、膨大な魔力を秘めた神秘の輝きを放っていた。瞳に内包するは小さな銀河にも匹敵する星々の煌き、その中を大らかで爽やかな風が何処までも吹き流れる。星の揺り籠であるガス状の雲がゆっくりと流れるように漂う様は、正に雲龍の如き美しさ。
「ま、まさか貴女様は――――ははっ!」
女性の正体に気付いた国王は驚きと嬉しさに顔を染めながら急いで平伏する。若干平伏する場所を間違えて寝具の上で付している所に彼の混乱振りを窺えるが、その目元には薄っすらと涙さえ滲んでいる事から筆舌にし難い程嬉しいのであろう。
そんな彼の姿を満足そうに見下ろす女性こと元・雲龍帝である志乃は、瞳の中から龍眼を消して普段の深い透き通った常盤色の眼に戻す。
此処で龍眼という物について軽く触れておこう。
龍眼とは、読んで字の如く五大龍帝を始め龍族、もしくは竜族が各々持つ個人の特徴が出る眼の事である。龍帝は龍族や竜族の祖でもあり、破壊を司る役割を世界から担っている存在。それは眷属である龍や竜も同じく、その印とて龍眼を持つとされている。頂点である五大龍帝の持つ龍眼が最も美しく力を内包し、次いで眷属達である其々の種族である長達に選ばれる者が――と続いていく。
流石に龍人種までとなると龍眼を持つ者は居なくなるが、極稀に発現する者が現れ、発現した者は一例の漏れも無く龍人種最強の戦士として崇められる対象となるのだ。
その力は凄まじく。例え龍人一人であっても中位の龍種百名を相手にしても引けは取らない、その可能性を秘めた物が龍眼である。
「さて、先も言ったが話をする為に私は来た。当然、小僧が最大の疑問であろうこの姿についても話してやる心積もりだ」
「ははっ! 態々の御身自ら御出座、真にありがたく感じております……」
伏したままでそう答える国王に何やら不満げな息を吐いた志乃。おもむろに周囲を見回した後、備え付けの椅子を発見した彼女は風の霊力を用いて小さなつむじ風を起こして椅子を引き寄せた。
「言ったであろう? ”目と目を合わせて話をする” ――とな。寝具の上になぞ伏しとらんで面を上げるがいい」
どっかりと腰掛けた志乃がそう言うと一瞬の間を置いて面を上げた国王は、そのまま寝具の縁へと自らも腰掛改めて視線を合わせるのであった。やっと目を合わせてくれた事に満足げな息を吐き出した彼女は、にゅっと伸びた綺麗なおみ足を組み替えて図らずも国王の心臓をどきりとさせた。無論、天然である。
「して、雲龍帝様。この度の仔細をぜひお聞かせ願いたい。先日の我が息子からの報告を聞いておりましたら肝心な所まで辿り着くのにとても長く、ここ数年腰を痛めている身としては耐えられず全ては聞きおおせませんでした……面目次第もありません」
早速事実関係の説明を願い出た国王。しかし、いざ対面してみるとやはり違和感を覚えてしまい段々と言葉が尻すぼみになってしまう。かつての畏怖する存在が如何見てもヒューマニアンの美女にしか見えず、志乃が龍眼を見せねばあのまま彼は無礼打ちと称して枕元にある短剣で斬りかかっていただろう。
当然の如く返り討ちにされること必須ではあるが、事が国を守護する雲龍帝とあらば国ごと消滅の憂き目を見たに違いないとも思える訳で……。
その事実に思い至った今、今更ながらに背筋に冷たいものが走る国王であった。
「うむ、それは当然であろうな。出来ればと私達も考えていたが、まさか天然であそこまで豪奢に引き伸ばした時は王太子には悪いが私も噴出しそうになったぞ……くくっ!」
思い出し笑いで口元をにんまりとする志乃。これはあの場に居た誰もが得心する事なので、親である国王としては逆に苦笑いが零れ出る内容であった。
「で、だ。あの状況を適切に話すとだが……私達は王太子の話にも出たある二人連れの男女に救われたのだ。もっと正しく話せばふくよかな身体の少年と、年端も行かぬ様な少女だな」
流石に一から十まで話すと長くなるので掻い摘んで真実を語る志乃。五大龍帝と二十五名のアルバス王国清栄を集めた兵士が、晩年もよい所の龍帝と大した有効打を持たぬ王国兵士達では滅す事叶わなかった邪気四体を瞬く間に滅して行った事実。
それは国王にとって再び訪れた驚天動地。悲しいかな、外見からは想像もつかない少年少女によって辛くも命を繋いだ雲龍帝達にとって、実はこれからが最も重要な話である事を国王は想像だに出来ていない。
「――こうして私も新たな姿と凄まじき力を備え命を貰い賜った。それに、本来ならば私の死を以って胎動を促す筈の龍結晶が、彼らの御蔭を以って無事に生を受けるに叶ったのだよ……。いやはや、まさか今代で龍帝が増えるなど夢にも思っていなかったからな、正に降って沸いた宝の山よの」
「……何とっ!? まさか、本当にそんな事が……?」
体を襲った震えを抑えるべく指先で頭を抱える国王だったが、此処で抱いた頭が尚震えているの気付く。そう、彼の全身が感情の戦慄きによって震えているのだ。
しかし、それが何に起因しているかまでは整理しきれないのが現状。兎にも角にも吉報と朗報と快報と、凶報と悲報と訃報が深く入り混じった事実を前にしては幾ら一国の王と言えども飲み込むのに時間が掛かるのも仕方が無い。
龍帝が今現在五大龍帝と呼ばれているのには当然過去に起きた醜き憎悪と嫉妬、それにヒューマニアンの底知れぬ欲望がない交ぜになった末に起きた悲惨な出来事である。故に、今代に新たな龍帝が生まれ出でた事は王国にとっても喜ばしき事である。
事がヒューマニアンの先祖が犯した暴挙に起因するので、今だに申し訳なさが前面に立っているのを否めないが吉報である。
朗報と言えば没したと伝えられた雲龍帝――つまりは志乃が生存し、尚且つ更に強大な力を兼ね備えて復活した事は国王としても彼個人としても喜ばしい事この上ない。全盛期以上の力を手にした彼女は、生まれて間もない幼帝を一人前に育てるべく教育期間真っ盛り。
奏慈と共に居れば自身の後継を継ぐに相応しい竜となる事を彼女は確信している。
そして、快報と言えば全ての件の原因である瘴気の化け物――詰まる所の”邪気”を倒す希望が開けたのが大きい所だろう。何せ、浄化をせねば完全に滅すことが叶わない相手である。しかも相性的に魔力は効果が薄く、幾ら龍帝の巫女を持つアルバス王国とは言え正直国を保っているだけで手一杯な節が見え始めているのが現状だ。
それに対する対抗手段が見え始めたのは正に快報であろう。
「しかし、我が軍の兵士にまで既に潜り込んで居たとは……真に面目次第も在りません」
悲報と言うのならば。王国内部、取分け国を守る軍隊である兵士達にまで邪気に侵食されていると言う現状だ。それでも内訳としては辺境地から呼び寄せた兵士が侵食され、王都内における兵士が変異した報告が無いのが救い。
だが、それも時間と共に失われつつある救いではあるが……。
更に訃報と言えば、志乃の助力を得る為に密かに旅立った兵士達二百名の内百七十五名の尊い命が己が使命を果たす為に散っていった事。王太子であるフォルカを始め、近衛侍従ジェミニや将軍ドルゲなどを守る為に、明日へと王国の未来を紡ぐ為にと犠牲になった者達には国王として一人のヒューマニアンとして感謝の念に絶えない。
事件が消息に向かった後は国を挙げて弔いの儀を上げる所であろうか。
「うむ。だが、私や件の少女、それにあの少年であれば幾ら姿を偽装しようとも見つけるのには苦労はせんさ。これは旅の道すがら少年に教授を受けた話だが――”やつらの力は魂から溢れ出ているので幾ら外見上取り繕った所で駄々漏れなんですよね~”――との事だ」
一点の曇りも無い笑みを浮かべてそう言っていたと話し、志乃は苦笑を浮かべた。自身が瀕死にまで追い詰められた相手に対してこうも呆気らかんと言われたとあっては、指物の志乃も苦笑を零すほかなかったのも想像だにし易い。
事実、奏慈や九ちゃんは現在の力を得るに十数年の歳月をかけて仕上げた故にそう断言できるのだ。事情のじの字も知らない者であれば、志乃以上の呆けた姿を晒していただろう。
「…………」
実際、そう話す彼女の前に座っている国王が呆気に取られた顔で放心しているのだから間違いない。最早燃え尽きる一歩手前である。
真っ白に煤ける手前の国王を見て苦笑いを笑みに変え、満足げな息を吐いた彼女は宴もたけなわと言わんばかりに椅子から立ち上がる。このまま話を続けても事実を把握するに時間が掛かると踏んだのだろう、とりあえず重要な案件は伝えたので部屋に帰るようだ。
「ではな、小僧。この度は私達が芝居を打て居る最中、末娘の巫女や王妃の行方など気になることは多々あろうが、小僧も精々上手く敵を化かしてやるが良いて」
志乃の言葉にはっとして顔を上げる国王。だが、数秒前に彼女が居た場所には既に御身は無く、唯ほのかな温もりだけが国王の心に残るばかり。
アルバス王国の朝は更なる混迷を交えつつ迎えたのだった……。
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