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一章 ”アルバス王国と騒乱” の段

8話~国王との謁見

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「王太子フォルカ、只今帰還致しました……!」

「よくぞ戻った、フォルカ王子!」

 久方ぶりに面を見た国王の顔は青年の時に一度見ただけだったが、いやに懐かしく私の心を綻ばせてくれる。龍帝であった私を前にして心と身体を震わせて即位の意を伝えた小僧が、今では一丁前に髭なんぞを蓄えよって……鼻垂れ小僧が大きくなったものだ。

 芝居と称して私も姉上も共に臣下として膝を折り、一応はドルゲとジェミニの後ろで控えている。その鼻先では膝を折り控える王子と対面する国王が再開を喜び合っているな。国王の顔を見て見れば目の下には隈があり、やや魔力にも張りが落ちている様に思える。当然と言えば当然だが、私の所へ来る途中で多くの臣下を失い己が命さえどうなるのかも分からない旅路。親としても国王としても気が気ではなかったろうに、こうやって対面している際には僅か程も気付かせぬように努めて居る。
 側近と思わしき者どもにはさすがに隠し通せまいが、それ以外の貴族とやらには国王の心労は露ほども伝わって居らぬ。為政者としては大した玉に育ち、また愛される王になったものだが……さてさて。

「――して、王子よ。此度、不躾としか申し上げようもない彼の方への……五大龍帝が雲のみかど、雲龍帝様への謁見は叶ったのか?」

 喜びの再開もつかの間として国王の口から飛び出したは私の事だった。事の次第を把握した王国の重鎮と思わしき貴族達はある者は仰天し、またあるものは私と言う存在を胡散臭げに見て王子の言葉を疑い、またある者は卒倒しかけて従者の者に支えられているな。
 私との出会いは大凡不躾以外何物でもない約定の違え、しかも邪気を連れ出でた最悪の形となった訳だ。……少々意地が悪いが王子はどう説明を重ねるか見ものだな。

「……雲龍帝様に置かれましては此度の無作法不躾な謁見を正に大空に浮かぶ雲の如き心持ちを以って我らの無礼をお許し下さいました」

 王子の言葉にホッとした様子で一心地付く国王。最早進退窮まった敗戦の将が如く悲壮感が、王子の言葉によって見る間に援軍を得て窮地を脱した将の如き雰囲気に変わり様。一国の王としては余り褒められた態度ではないが、事龍帝が絡む事柄とあっては国王の態度は正しいな。

 我ら五大龍帝と称される龍や竜達は基本ヒューマニアンに限らず他の脆弱な種族に対しては無関心である。根本的に生者としての格が違う我等では、お互いに係り合う機会が少ないのこれまでの常。大きな力を持つ我らが唯一種族の贔屓をする訳も無く、また彼らも強大過ぎる力は自己を滅びへと誘う事を過去の歴史から学んでいる。それはヒューマニアンだけにあらず。ありとあらゆる種族の欲望が我らを狙い、また悉く夜空に浮かぶ星屑の如くに散って逝った……。
 そう言った事を経ても一応の交流を持っていた龍帝となると、先代としては私ぐらいのものだろうさ。当時はヒューマニアンによる龍帝の喪失と言う惨劇もありながら私はあえてこの地へと降り立ち、監視も含めてこ奴らを見守って来た。土龍帝は元々地の底で寝て居る様な奴で交流も眷属以外は辛うじて――……そう、ドワフの者としかなかった。炎竜帝と水竜帝の番いは戦禍で死に絶え脈は無し、眷属も主のブレスで焼かれ塵と相果てた。残る光龍帝はそもそも住処が天にある居城で、そこに近寄る生者は居なかったからな。実質私一帝のみが交流の窓口を担ってきた様なものだ。

 そんな歴史があるだけに、私の怒りを受ける事がどれ程種族として拙い事態かも国王と言う立場に成ったあの時に私から説明をした程である。それを今でも忘るる事無く今日まで王を務めて来たのであろう様子、誠に正しき判断と心がけだったと言う話だな。

「――しかし」

「しかし?」

「既に雲龍帝様に置かれましてはその御命幾ばくも無いとの事で、時既に遅く……。更には何たる不運か、我らの中に瘴気の化け物が潜み同行しており。雲龍帝様との共闘によっても全滅しかねない状況下で、我らを庇いながらの戦闘で傷付き戦闘後に身罷られた次第です……!」

 王子の口から飛び出した言葉によって伝わる衝撃は如何程の物か、それを今見ている訳だが……やはり酷いな。
 言葉の余波が齎したのは深い深い沈黙と言う名の絶望か、将又邪気共にとっては歓喜の瞬間ときか。私が身罷ると言う事実はヒューマニアンにとっての絶望――いや、生きとし生けるか弱き者共への終末の序曲。窓口である龍帝が死したとあれば他の龍帝への助力を求める手を無くしたも同然、龍帝は基本生者に対して大きく関心を持つ者は少ないからな。世界の安定が大幅に崩れるとなれば話は別だが、命とは自然や獣・人だけではない。星その物が命でありその集合体が宇宙となり世界となる。”偶々”我々がこの星を住処にしているだけで、神々は神界にて居を構えている。
 神々は気に入った生者に対しては加護を授け力となるが……、邪気が相手となれば神々ですら滅せられてしまう可能性が出てくる故に下手に手出しする事も叶わん。かく言う私達破壊を担う龍帝ですらそうなのだから、創造神達では尚更だろう。

「その言葉は真……なのだな? 雲龍帝様が、五大龍帝であられるあの方が……我らの失態で……何という事だ!」

 最早国を治める者としての体裁も何処へやらと玉座の肘掛に右拳を叩き付け、左手で頭を抱え失意の底に沈む国王。実は王子の言葉は少し事実に差異があるのだが、やはりこの場にも邪気の気配が漂って居るから軽々しく発言する訳にも行かない。久方ぶりに見る国王に際しては少々不憫だが、今一時に辛抱として耐えてくれ。

「……際の御言葉として、父上には雲龍帝様より言伝が御座いますれば。後ほど私室へと伺い申させて頂きます。現状では何処に化け物共が潜んでおるか分かりません故……」

「――――……そうか……相分った」

 項垂れる国王が了解を示し、そこで再び沈黙が室内を支配する。王子の両隣りに揃って傅く貴族や大臣達はそれでも尚邪気の討伐を図るべく思案を巡らせているか。うん、健気なものだ。

「――っ! 国王陛下、一つ気になる点が御座いますので王太子殿下へ御質疑させて頂いても宜しいでしょうか?」

「うむ、発議を許す」

 一頻り考えを巡らせた果てに一人の貴族がはっとした様に言葉を発した。ある意味で最も重要な、事の質としては核心に迫る大事に頭が七割方つるっとしている者が気付いたのである。

「ありがとう御座います……。では殿下、私の気になった点を早速お聞きしたいと思います。殿下は雲龍帝様が戦闘後に身罷られたと仰いましたが、如何にしてその困難を乗り越えなさいましたのですかな? 先程殿下は雲龍帝様の死期が近く、その上での化け物共との戦闘が行われたと……。此処に集まりし御歴々の方は勿論、一般国民まで化け物の強さは承知していると考えます次第。その上で――」

「如何にして化け物を倒した、か。最もな質問であるな、レチムダリア公爵」

 ふ、レチムダリア公爵と申す者が質問に他の者共も頷き王子の話に興味を抱いたな。
 極難を切り抜けたと言う事は即ち対抗する手立て、もしくは切っ掛けでも掴んだ事になろうからな。邪気に対しては何処に隠れようと逃げようと無意味、その探知圏内に居ればヒューマニアンでは成す術無く刈り取られるは必定。なれば後は戦うより他無し、死中に活路を求めるしか道は無いのだ。

 まあ、私達では隠れようも無いから戦う他も無いがな……逃げる等龍帝としては在り得ん!

「うむ、実は我らも一時は全滅も覚悟した瞬間がある。魔法も魔法石もドルゲの剣戟も効かぬ相手に、雲龍帝様の白色ブレスでさえ意味を持たずに死を感じた時。……そこに思わぬ助太刀を受けたのだ!」

 おお! 熱くなってきたぞ~!! いよいよ、我が主様の御登場か!

「ふくよかで優し気な少年と無邪気でありながらも大いなる力を宿す幼き婦女子による起死回生の一手を……!」




◆――――



 ――あれよあれよとニ時間半、熱弁を振るう王子であったがそろそろお開きせんと皆が少々辛くなってきた様子。国王も途中何度も座り直し、座りっぱなしによる血流の遮断から起きる苦痛を何とかやり過ごしている始末だ。
 しかも、恐ろしい事にまだドルゲを救出する所まですら辿り着けておらん……。

「そこで遂には拳一つで以って彼の少年は巨大な瘴気の化け物を打ち破った!! その雄姿こそ正に御伽噺にて世界を救う者の如く、不思議な力を持ち降り立った救世主だったのです!」

 おおう、ようやっと主様達が登場から数分の所まで来よったか。存外こ奴も大分盛っているが、私自身語るとなれば恐らく同じ結果になろう事は分かりきっているから悪戯に責められんな……ううむ。

「彼は雲龍帝様と数言交わした後、このドルゲを救う為に駆けつけてくれた。ドルゲは私達が化け物共と集団戦にならない様一人囮役として耐え、結果瀕死を所まで追い詰められてしまったのだが。彼は不思議な力を以ってドルゲを瀬戸際で命を繋ぎ止め、再び戦闘へと戻ったのである。それから彼は――――」

 ぬう、まだ続くのか!? と、言わんばかりの聴衆が見えて居らんのか。将又あえて計算で話しているのかは定かではないが、尻の痛さに耐えかねた国王が尚も饒舌に語る王子に向けて震える手を翳し待ったをかけた。
 それでも止まらない王子であったが、国王が脂汗を垂れ流して顔を真っ赤にしているを見たジェミニが、振り付けで大げさに振るわれる王子の服袖を摘まんで合図を送る。気を逸らされた王子は何事かと顔を上げて見回せば、己が父親である国王が限界に達した尻をさすりながら玉座から崩れ落ちる所であった。

「ち、父上!? 申し訳ありません、つい話が長く……!」

「……報告は手短に正確さを持てと、ひ、日頃から教えていた筈だぞ――おふぁ」

「父上ー!!」

「「陛下ー!!」」

 まるで忌野際の言葉を残す者の如く、それだけ呟いた国王は王子の腕の中で気を失った。王子の叫びが室内に響く中、私と姉上は立ち上がりジェミニを伴って退室する。後の話は国王が気が付き、ゆっくりと余人の入らぬ場で積もる話の続きとなるだろう。その際は精々からかってやるとするか……ふふ。

「さてさて、話題反らしと掴みは上々よな……次の幕が上がりそうじゃ」

「で、御座いますか。私は次の幕とやらの前に国王との話が楽しみですね」

 さ~て、邪気がどう動くのか。これからが正念場と言った所だな。
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