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一章 ”カリム村での旅支度” の段

12話~買い物は女子の嗜みじゃ!

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 さて、お次は妾の出番じゃな!

 飯を食べ終わってそこそこに、妾達は朝早うから忙しなく人が動き回る大通りに足を運んだ。やはり人の織り成す営みは獣達とも又違って美しく輝きおるものでの、妾も日本に居る時は毎朝の日課として”商店街”に通って居ったものじゃ。主に稲荷寿司用の油揚げを買いにじゃがの。

「して、ジェミニよ。お主、普段は王都に居ると言う話じゃったが、この様な村に出展しておる店なぞ本当に知っておるのか?」

「ええ。確かに九ちゃん様の仰る通り、私は王都勤めの身です。が、しかし! やはり私も一端の乙女ですので、一般国民よりは服飾品に詳しくなければフォルカ様の近衛なぞになれません。遠征で遠出する際には現地での調達は必須、よって王国内部にある女性向け店舗は一通り頭に入れてあります」

 此処数日の間に出会うてからと言うものの、外見こそしっかりとした女子を装っておるこ奴のポンコツぷりを見てきた訳じゃ。そんな女子が少~しばかり妾よか膨らんでおる胸に手を置いて”どうだ!”と言わんばかりの笑みを浮かべている。
 その面を見ていると妾のぷりてぃお顔に付いている”こめかみさん”がピキッときよるのう……。まあ、よいわ。今日は楽しき買い物日和じゃ、多少のピキッはお空の雲に乗せて流して進ぜよう。

 こめかみを解して空を仰ぎ見れば、そこは妾達の世界よりも澄んだ空気が作り出す綺麗な青と雲の白が織り成す鮮やかな対比が美しく。青が七分で白が三分の黄金比で彩られた世界が、妾が心の清涼剤となって心静かに落ち着かせていく。このまま縁側で奏の字のお腹に乗って日向ぼっことしゃれ込みたい気持ちが擡げるも、乙女の心がアッパーカットをかまして気分を再び高揚させる。
 この様な気分が否が応にも高まる日に、何をつまらぬ事で時間を浪費して堪るかと言うものじゃな!

「ほれ、志乃よ! 此度の主役はお主じゃ、そこな女子の知識と経験を使い倒して立派な淑女にならねばのう。さすれば、奏の字のお主に対する評価も自ずと上がり、結果として周りの評判も自然と上がる事に成るぞ」

「はい、姉上! 逆に言えば私達がみすぼらしい格好をしていては、主様のお株も下がると言う事ですね?」

「そうじゃ。過剰な化粧や着付けは要らんが、最低限の嗜みは必要じゃての。人の身と成ったお主の初仕事は、奏の字が食べ物を前にした時の様に飯に喰らい付く為に跳び上がる程の見事な支度をする。これがお題ぞ!」

 妾からのお題に眼を一際輝かせてやる気の変速機を全開まで上げる志乃。龍帝を胸に抱きながら龍らしい熱気の伴った霊力を以って漲る力を現す姿に懐かしいモノを感じつつ、妾は判定役として付いて回る奏の字の背中をよじ登って定位置に付く。

 思い起こせば十年ほど前に、天の字から同じ事を言われたものじゃ……。ひなびた商店街を天の字に連れられてあちら此方と歩き観て回り、朝日が傾き夕餉の刻になって沈むまで今生の景色を確かめては昔を思い出し感傷に触れ。気づけば最後は天の字の胸で一頻り泣いて居ったのう……。
 まさか此度は妾がその役に付くとは露程も考えておらんかったが、こうして見ると昔は志乃が妾自身の姿であったのだろうな~。何とも例え難く微笑ましいもので、当時の天の字が何故終始笑みを絶やさなかったのか今になって分かるわ……ふふ。

「じゃあ、ジェミニさん。膳は急げで行きましょうか」

「クルル~アッ!」

 奏の字と龍帝の音頭で妾達は大通りをぞろぞろと連れ立って歩き出す。朝方で人通りが多いとは言え、さすがに服屋はこんな早くには開いておらんだろうから装飾品でも漁っておこうかの? 妾も立派な女子じゃ、異世界の珍しい一品でも探すとしようかの!

「奏の字よ、妾は”あくせさりぃ”とやらを見てみたいぞ! あっちじゃ!」

「分かったよ。皆さんもそれでいいかな?」

 それぞれが諾と頷き、まずは掘り出し物を求めて少々怪しげな雰囲気の漂うおっさんが店主の店に向かう。

 ――ちなみにこの場に居らんフォルカはカリムを伴って一旦村長宅へと引き上げ、出立の準備に取り掛かるとの事だそうじゃ。兵士が動く時と言うか、生き物が動く時は自ずと大量の物資が必要じゃからして、たった二十数人しか生き残らんかった部隊でも揃えて置きたい物品が多々あるのじゃろう。馬も居るしの。

「志乃様。この時間ですとこういった屋台の店が開いておりますが、いま少しお待ちになれば店が開きます。ですが、現地の屋台には極々稀に珍品が並べてある場合があります。素人でも分かる品として外せないのは、やはり魔宝石の装飾されたリングとかネックレス、それにブローチですね」

 ジェミニがおっさんの店に並ぶ幾つかの品々を手に取りながら丁寧に説明している。魔宝石とやらは恐らく一定の魔力を溜め込んだ鉱物の事を指すのじゃな。傍目で視ておっても志乃からすれば殆どが塵芥ちりあくたと変わらぬ程度の魔力しか蓄えぬ三品であろうが、ヒューマニアンの者からすればそれなりに価値を見出せる奴もあるんじゃろうなあ~。

 ジェミニの講釈によれば、王国貴族界隈では己が家に代々伝わる紋章には必ず属性の定まった魔宝石が填め込まれているらしい。家によって武が秀でている者も居れば文に秀でている者もおり、勿論血筋で全てが決まる訳でもないが一種の指標として扱われていると……ま、こう言う訳じゃの。
 国から授けられた魔宝石は大体掌よりも大きい物が御下げ渡しになり、歴代の国王が持つ王家の魔宝石はちょっとした岩位の大きさになる。現在魔宝石の詳細として解かって居るのは、石それ自体の大きさに比例して魔力の蓄積量が上がるらしく。王家の者が持つ魔宝石はそれ一つで貴族の持つ魔宝石を全てかき集めてもまだ足らない程に蓄積できるとの事じゃ。

 備蓄の基準が分からんから、妾にはどの道何とも言えんがのう。

「うむむ、可愛さでいけばこれなんじゃが色が気に食わん。かと言って、妾好みの和が在る筈も無し……ふ~む」

 ごちゃごちゃと装飾がなされたブローチを置いて一輪の菫の如き花を模した髪飾りを手に取ってみる。が、妾の好みの色ではない為に折角の飾りも決め手にはならず。非常に惜しいと重いつつもまた置く。まあ、良いのじゃ。此度の主役は妾ではない、妹分である志乃の為に色々と買い揃える次第だ。なれば妾は志乃の先達として指導をしてやらねばいかんな。

 そう思い立ったが吉。早速視線を向ければあれやこれやと手にとっては悩んでいる様子の志乃が視界に入る。見れば指輪を二つ手にして少々困り顔じゃ。如何やらジェミニの奴は志乃の物色を見守る様子かの?

「苦戦しておるようじゃの、志乃よ」

「あ、姉上。実は私、龍帝であった時から宝石の類等にとんと興味が無かったものですから、出来れば指南を賜りとう御座います。試しにこちらの紫のリングと青のリング、性能を重視するのならば少々無骨なれど青い方を選びますが、姉上ならばどちらを選択なさいますか?」

 ほほう、龍にしては真珍しき事じゃな。妾達の世界では龍族の類は大抵宝玉の十や二十は溜め込んで居るもんじゃし、竜になるとそれの百倍は溜め込んでおる奴が殆ど。昔は欲に塗れた人間が宝を奪いに良く来たもんじゃと、ヴァースキと言う昔シヴァのおっちゃんの腰に巻きついておった日本でいう九頭竜大神の一柱から聴いた覚えがあるわ。

 ちなみに、このヴァースキちゃん。現在のインドの地を創造する際に大地を拡販する為の棒切れ代わり(日本で言う天の沼矛にあたる)に使われたが、余りの苦しさに猛毒をゲロっちまった過去を持つそうじゃ。それをシヴァのおっちゃんが飲み込んだお陰で地上は事無きを得たが、その際に様々な生き物が被害を受けたらしいのう。
 お陰でおっちゃんは首から上が真っ青になるし、嫁殿にはどやされるで大変だったと聞いたぞ。ううっ、被害を終結させるためとは言え自ら進んで毒などは飲みとう無いのう……真っ平御免じゃ!

 で、じゃ。話が逸れてしもうたが今はこの二つの指輪のどちらが好いかと、そう言う話じゃったの。

「そうじゃの~。所詮妾達の力を底上げできる物となれば必然的に神器の下位がなければ意味を成さぬ。よって、この程度の魔宝石が幾つあっても塵芥よ。塵も積もればなんとやらじゃが、ある程度の効果を望むのであれば全身に填めて玉の様になってしまうからのう」

 店主には悪いが、普通の女子なればまだしも妾達の場合はのう……。一応店主や他の客には聞こえないようにちょっとした印を結んで話しては居るが、どうにも良心をチクリと刺される気がしてならん。

 「まあ、ここは妾としても多少無骨に見えようが丈夫そうな方が都合が良い。ちょっとした運動してしまう度に壊れられては仕様も無いからして、派手に見える物より可憐さと丈夫さを併せ持つ一品が良いのじゃよ」

 妾の意見に一頻り頷いた志乃は指輪を再び手に取りしげしげと見回す。妾の言いたい事を理解したのだろう、指輪を二つとも置いて次の装飾へと眼を移していた。
 女子の飾りはそれ、今の今までに幾億萬と仕立てられて来た。地域も違えばまた素材も製法も異なる物じゃし、その場所で必要とされる物も他の場所では塵同然に捨てられるおる場合もある。正に千差万別、無限の組み合わせが世の女子を悩ませてきよったものじゃてな。お主も人の身を得たからには大いに悩むが良いて、ぬははははっ!

「志乃様、こちらなどは如何でしょうか? 九ちゃん様の仰られた通り、ある程度の丈夫さを添えつつも美しさも中級。一度お試しくださいな」

「ほほう、察するに首元にかける飾りかな? この輪を――うむ、どうだろうか?」

「ふむ、中々良いではないか。黒く流れる髪に負けず煌く緑の魔宝石を簡素でありながらしっかりとした枠に填め込み、下品にならない程度に金で装飾されておる。総合的に評価するのならば……――中の下じゃのう!」

 妾の評価が下った途端に眼鏡がずり落ちるジェミニ。素材となる志乃が人一倍綺麗だから引き立てとして良いものの、普通の女子では余り映えん地味さよ。じゃからあえて志乃の美しさが引き立つ様に選んだのじゃろうが、今一つ惜しいのう……。

 首に掛けた首飾りを外しジェミニに返すと、三度品定めに入る志乃。仏の顔も三度までと、言葉の意味は合うておらんが次は自身の好みで選らんで貰いたい所じゃな。幸いこのおっちゃんの店には様々な種類の貴金属や装飾品が置かれている。目を馴らしつつも、己が好みを見つけてくれると妾も嬉しいものよ。

「うむむむ……! ヒューマニアンの女子らは日々この様な悩みに取り組んで居るのか? 私はもう……頭が噴火してしまいそうだ!?」

「ほんにお主は女子か? 仕様が無い……ここは男の視点からも”あどばいす”を貰うてみようかのう。奏の字や、此処は一つバシッと意見を――って、居らんの? 何処へ行きよった…………あっ!」

 違う意見も参考にと奏の字を呼べば、数刻まで妾の後ろに立って所在無さ下にして居った姿が無い。妾の声に三人して周りを見渡せば、数件先にある食い物屋の前にいつものぽっちゃりした背中が眼に入った。匂いからしてまた焼肉の類の店らしいが、よく見ると龍帝まで肩に乗せて一緒に並んでおるではないか!
 ぐぬぬぬ! 妾でさえ五人前で自制したと言うのにこっそりと……更には肩車は妾の特等席じゃと言うのに~、奏の字ったらもう! 妾はぷんぷんじゃ!

「――はい、金貨一枚です。うわ~、もうお腹の雷様が鳴りっ放しだよ!」

「こりゃっ! 奏の字、妾の分も取っておるのじゃろうな? 買っておらんかったらほっぺつねりの刑じゃぞ~」

「クルアッ!? ク、クア~……」

「何だい、龍帝さん……ぬほっ!? しまった見つかった……」

 龍帝に頭をつつかれてこちらを振り向いた奏の字は吃驚仰天。猛然と駆け寄る妾の前に無意味な腕押しで静止せんと腕を突き出しておる。

「主様! これ等は如何でしょうか? 私が自分で選んでみました!」

「そ、奏慈殿? あれ程お食べになられたのにまだお腹に入るのですか?」

 高々数間ばかりの距離を一気に詰め寄り豪快に跳躍。一息に奏の字の肩へと着地してほっぺをムニムニ~と伸ばす。餅の如き柔かさとプリンの様な滑らかさが何とも言い難き感触と快感を伝えるが我慢。

「は、はなひひぇ~! ひゃんほひんふうふんはっははら~!」

「ほんとじゃな? 嘘をついても妾には丸分かりぞ? 後、龍帝よ。お主も後で同じ刑じゃ」

 そう言うてから妾の目の前に大量の串焼きが入った袋を掲げてみせる奏の字。うむ、買ってあるなら良し! ひえっ! とばかりに鳴く龍帝を尻目に、妾は串焼きを数本取り出して齧り付くのじゃった。
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