ぽっちゃり少年と旅するご近所の神様

とっぷパン

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一章 ”カリム村での旅支度” の段

10話~今夜の御宿と新たな命名

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「ふぅあ~~ぁ……やっと開放してくれたね。カリムさん、僕らのお宿は結局どうなったんです?」

「はい、宿の手配が住んだドルゲ閣下が村長宅にお戻りになりまして、僕に言伝を仰せ付かっています。広場の通りから二本外れた道に面している宿なのですが、聖地を前にして様々な人が集まるカリル村において中々にサービスが良い所となっているそうです」

 あれから更に一時間。今度は僕ら側による講義が始まり、現在のお時間は既に夜十時を回っている。説明を三人によって代わる代わる聞かせ、その度にロロットさん達の表情が消えていくのが申し訳ないと同時に楽しかった。最後息も絶え絶えと言わんばかりの強制終了。雲龍帝さんの姿形が変わった話をした所でマルグさんが余りの事態に気絶なされた。
 余りにも綺麗に意識を失ったもんだから、孫のテッサちゃんがマルグさんがお逝になられてしまわれたと勘違いして大騒ぎだったよ……。幸い心臓やその他の臓器にも以上は見られず、思考のし過ぎによる発熱、所謂知恵熱程度の症状で済んだ様でなによりだね。

「ふむ……。しかしあれですね、主様。ヒューマニアンは存外精神が強くは無いようで……。私自身、龍の身からの変化に戸惑いはしましたが、気絶する様な混乱よりも歓喜の色が勝っておりました。当の本人がそれなのに、赤の他人であるあ奴らの反応が私には些か解せませんな! ははははっ!」

 ま、これも良くある見解の相違ってやつだね。
 龍帝を抱っこした雲龍帝さんが笑みを零す中、後ろを歩くジェミニさんからは苦笑が零れ出ている。五大龍帝に数えられる彼女にしてみれば己と同等な存在は同じ龍帝とこの世界の神様くらいだろうし、下にこそ諂う者が居れど、上に諂う必要が今日まで皆無だったらしいのだから仕様が無い側面が強い。
 だけどだ、そんな事はしたから見ている者達からしたら全く分からない事でありまして……。さらに宗教的な組織からしてみれば、信仰している存在がある日突然変化したりしたら卒倒しても不思議じゃないよね? つまりは、どっちもどっちって事なんだ。

「ですが雲龍帝様。やはり脆弱なヒューマニアンの身からすれば、龍帝様が敗北しそうになって瀕死の状態。さらには何処から来たとも知れぬ奏慈殿によって命を救われるだけに在らず、龍帝としての姿から私共と同じ姿に変化したとなれば致し方が無い事ですよ。別にどちらが悪いとかと言う話でもないのですが、こればかりは如何ともし難い問題ではありますね……」

「そういう物か……ふむ。ヒューマニアンとは気難しいのう」

 からからと笑う彼女に皆が苦笑をプレゼント。僕の腕の中で静かな寝息を立てる九ちゃんも笑い声で耳をピクピクと震えさせ、筍みたいな形の良い眉を寄せている。九ちゃんの穏やかな寝顔を見れば苦笑で固まった表情筋も蒸し立ての饅頭の如くほっこりホコホコ。年齢的には無垢とは言いがたく成熟した彼女、だけどもこうしているとその差を全く感じさないから不思議だ。

「……むぅ~……これ一本では足りぬ。もっひょ焼肉を持っへ参れ~……むにゃ」

 月明かりに照らされている路地を寝ている人を起こさない様にゆっくりと歩く。魔法の道具で作られている街灯の明かりが揺らめき、酒場で騒いでいる人達や屋台で飲み食いしている人達の熱に浮かされている様だ。
 邪気に塗れていると聞いていたこの世界。しかして、人はどの世界でも逞しく生きていけるものと改めて思う。主と仰ぐ存在に一喜一憂するのも人であれば、こうして夜中まで馬鹿騒ぎをするのもまた人、か……。むふふ、なんだか深い事を言った気がするね。

「――奏慈殿、宿に着きましたよ」

 そうこうしている間に何時の間にやら僕らの足は今夜のお宿へ。カリムさんに促されて見上げた宿の佇まいは木造の洋式二階建て。広間から見えた村長の家よりは大分小さいものの、外観は整っていて汚れも殆ど無い。白い塗料で塗られた柱と白木に濃い茶色の腐食剤を塗った板の組み合わせが中々綺麗だね。

「宿は奏慈殿の名前で取っておいたそうですので、受付の者に確認を取って頂ければ直ぐに鍵を貰えると思います」

「私共はフォルカ様の所へ戻りますが、明日の朝にはまたお迎えに上がりますので。今夜はごゆっくりとお休み下さいませ。それでは、失礼いたします」

 礼を述べてジェミニさん達を見送った後に早速宿屋へと入る。時間が大分遅くなってしまった事から少し心配だったけれど、幸い受付の人はまだ起きていてくれたらしく。蝋燭の炎に照らされて妙齢の女性がお一人受け付けに座っていた。

「こんばんは、ようこそ雲の龍亭へ。お泊りですか?」

「すみません。宿の予約をした奏慈と言います。部屋の手配はなっておいででしょうか?」

「奏慈様ですか……はい、ドルゲ様より予約を承っております。此方の鍵を持って二階の右端四番目へとお進み下さい。後ほどお湯を手配いたしますので、受付までお取に来て頂いてお部屋で身体をお拭きなって下さいませ」

 女性から鍵を受け取った僕らは、一先ず九ちゃんと龍帝さんをベッドに寝かしつけるべく部屋に向かう。踏みしめる度にキシキシと鳴る階段を上がると、魔法の照明器具に照らされて古めかしい絵画と綺麗な一輪挿しが眼に入ってきた。絵画は古代の英雄でも描いた物なのか、剣と盾を持った青年が天に向かって拳を突き上げている場面を映している。さらに、光り輝く勇姿の背には仲間であろう三人の若者が同じく拳を突き上げていた。

「さてと……右端の四番目って言ってたよね? ――雲龍帝さん?」

「――は、はい、主様。鍵についている部屋番号からして、恐らくはあの部屋ではないでしょうか」

 足を止めて一心に絵画を見つめる雲龍帝さん。僕の声も聞き逃すほど真剣に絵画を見つめる様は、何処か物悲しげで憂いが目元に滲み出ている様だ。はっとした様子で僕に返事をする彼女は、何事も無かったかの様に部屋番号と部屋を確認してくれた。
 さすがは先代龍帝。夜目もばっちり利く様で、薄暗い廊下の明かりでも容易に確認が可能らしい。ちなみに僕は平常時では常人と変わりない視力だ。きちんと図ったのが中学校の春だからしばらく計測してないけど、両眼共に二,〇だった記憶がある。霊力を用いれば三十,〇位まで引き上げる事は可能なんだけど……いやね、実生活で滅多矢鱈に視力が良いってのも考え物なんだよ……うん。
 あれはテレビで見かける女性アナウンサーが田舎の取材に来たときだった。偶々修行をしていた場に出くわした彼女の顔を霊力全開で見てしまった。化粧の下に隠されたあれやこれやが一気に見えた瞬間、僕は思わず吐き気を覚えてトイレへと駆け込んだんだ……。
 それ以来、僕は視力を限界まで強化する事はしなくなったと、まあそう言う訳さ。

「ふむふむ、確かにここだね」

 さて、余談はここまでにしてさっさとお部屋に入りましょうかね。
 かちゃりと鍵を開けていざお部屋に突入。部屋の中はこれまた魔法の照明器具で照らされ、一見簡素ながらもしっかりとした寝具が二つに小さな丸テーブルと椅子が二組。特にベッドサイズがダブルロングはありがたいね。僕と九ちゃんが二人で寝ても余裕を持って寝返りを打つことが出来るのは嬉しい。これはドルゲさんが奮発してくれたお陰かな? ありがたや~。

「結構広くて助かるね~。どっちに寝るか希望はあるかい、雲龍帝さん」

「いいえ。特と希望は御座いませんが……主様、出来ればその先の約束を。わ、私の新しい名を、頂戴したく存じます……!」

「あ~、それもそうだね」

 潤んだ瞳と赤らむ頬。もじもじと擦り合わされる膝に片肘を手で押さえる事で強調されたふくよかな胸元が、仄かな橙色の明かりに照らされて何とも例え難きエロティシズムを醸し出している。外見は二十代位の女性な彼女から、十代の乙女を連想させる仕草で夜中に言われると色々と刺激が強すぎるね。十代の男子高校生の底力が今解き放たれようとしている――いやいや、放たないよ?

「そう言えばジェミニさん達に聞きそびれちゃったんだよね~。ま、僕らの世界基準で考えた名前でもいいならそれを贈らせてもらうよ。どうする?」

「是非に! 是非にとも主様の世界で名づけられる名を頂戴しとう御座います!」

 ああ、これは端からこの世界で通用する名前じゃ納得されない展開だ。それはそれで一つ問題が解決した事になるが、和でいくか洋でいくか、どちらが雲龍帝さんの好みだろうか?

「それじゃあね。さっき使ったクラウディアみたいな洋式と、僕や九ちゃんみたいな和名とどちらが好みかな? 僕としては――」

「和名で!」

「――おおう、了解いたしました。和名ね……ふ~むむ」

 僕の台詞を遮ってまでの御指名、和名で決めないと後が怖い事になりそうだ。
 しかし、和名か~……ふむ。だったら今浮かんでくるのはこの言葉しかない。幾億萬年の時を超えて世界の安寧の為に尽くしてきた彼女。自身の後継を生み出す為に全てを堪えて来た一途な心音と、それを体現するだけの精神力と力を持つ大いなる雲龍の帝。

「忍……いや、志乃しのかな?」

 由来が耐え忍ぶじゃ女性としてあれだから、ここは”ぶ”を取って”志乃”と名付けさせて貰おう! うん、ぽっちゃりとした身体に似合ったほんわか頭から出て来たにしては中々好い出来栄えだねぇ。ここ数年で一番悩んで、数日も時を掛けた甲斐があると言うものだ。

 そう思って視線を上に上げれば何時の間にやら彼女の姿がベッドに無い。後ろには寝かしつけた九ちゃんが寝息を立ててお休み中、隣のベッドには龍帝さんが鼻提灯を膨らませて夢の中。ともすれば、一体全体雲龍帝さんは何処に?

「しの……? しの、しの――志乃! うふふふふっ! 志乃ですか!」

「おわっ!? 吃驚した……」

 次に視線を動かしたら目の前に彼女の美しい顔が接近していた。切れ長で美しい翡翠色の瞳が星を零したかのように煌き、餅の如く柔らかそうな唇から紡がれる声は喜色満面に彩られている。頬に両手を添えて身体をくねらせる仕草が淫靡な色気がありながらも愛らしい。
 照れと嬉しさを隠す目的で頬に当てられた手は僕の手を掴み――って、掴まれ……?

「ああっ! なんと美しい響き……。艶やかさがありながら尚且つ可憐さも併せ持つ甘美な名……。私の為にこの様な素晴らしい名前を与えて下さり、この志乃、感激の至りに御座いますぅ!」

 あうああ゛あ゛あ゛~!
 二つの柔いチョモランマに包まれた手に走る衝撃と幸福。脳天に突き抜ける至福の感触が熱き血潮を噴火させようと鼻に集中し始める。感涙を流す彼女の顔はそれでも麗しく、無邪気一点で以って僕のお鼻を噴火させようと更なる刺激をムニュンと送り込んでくるから性質が悪いよ~。

「さ、さあ、志乃さん! 明日も早いから今日はこの辺で、ね?」

「はい! この志乃、全身全霊を用いまして改めて主様に御使えする事を誓います! お休みなさいませ、主様」

「ははっ、お、お休みなさい」

 すぱっと手を離して自分の寝所に入る雲龍帝――もとい志乃さん。仄かな熱だけを僕に残し、数秒後には静かな寝息が聞こえてきましたとさ。めでたし、めでたし――じゃないよ。寝る前に身体を拭いておかなきゃ、邪気を洗い流す為には本当は禊が出来れば一番好いんだけれどね。
 受付で教えてくれたお湯を頂戴するべく、僕は静かに部屋を抜け出して一階に向かうのであった。

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