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一章 ”カリム村での旅支度” の段

3話~九ちゃん、説教をする

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「ふう、皆無事だったみたい、だね?」

 僕らを囲んで襲おうとしていた邪気を打ちのめし、御魂の回収も済んだので戻って来てみれば……。何やら雲龍帝さんが九ちゃんにお説教をされている光景が視界に入った。雲龍帝さんと一緒に居た龍帝さんとフォルカさん達も無事な様子なのに、何故彼女はお説教されているのだろう。

 そんな事を思いつつ木々の中から出た僕の目に飛び込んで来たのは、彼女達の後方の森が跡形も無く吹き飛んで更地になった姿だった。

「――まったく、すぐ調子に乗るからこうなるんじゃぞ。どんな力も加減を誤ればすべからくそれは暴力、唯々破壊を周囲に撒き散らし己を孤独へと突き落とす諸刃の剣よ。……その様な事が分からぬ年でもあるまいに」

「す、すみませぬ。言い訳のしようも無い程調子に乗ってしまいました……」

 ひたすらに頭を下げる雲龍帝さんに頭上から言葉の雷を落とし続ける九ちゃん。この集団の中では一番の年長者たる所為もあるのだろう。僕らの世界ではそのさらに上の存在がしこたま居るものだから、普段は見せる事の少ない大人の部分が顔を覗かせているのかな?

「あの、九ちゃん様。雲龍帝様も悪気は御座いませんので、私達を助ける為に張り切り過ぎただけで御座いますれば――」

「黙っておれぃ、小童共がっ!! 一事が万事で大切なのじゃ! 私達の為と抜かしたその口で、この森に与えた被害を言えるかっ! 生きておるのは人だけではないっ!!」

 頑として信念を曲げる気が無い九ちゃん。しかし、少し言葉が強くなって血圧も上がっている。このまま行ったら軋轢が生まれてしまうかもしれない……僕の出番か。

「はい、九ちゃんそこまで」

「離せさんか、奏の字! ここでしっかりと教えておかねば誰の為にもならんぞ!」

「分かってるよ。九ちゃんが言いたい事はよく分かるさ。だけど、大人は叱りつけるだけが躾じゃないでしょ?」

 九ちゃんの軽い体をひょいと持ち上げて半ば強引に肩に乗せる。ぽかぽかと頭を小突かれながらも宥め続け、このお説教が原因で発生するであろうフォルカさん達ヒューマニアンとの軋轢を回避するべく、今度は僕の口からお説教の続きを話す。

「さて、皆さん。何故九ちゃんが此処まで怒っているのか分かるかな? ――はい、フォルカさん」

「はあ、その……私達の言葉が足らなかった事も一つでは在りましょうが、正直分かりかねております」

 あらら、隊長さんがこれじゃあ頼りないな……ふむ。じゃあ、次はしょんぼりとしている雲龍帝さんに聞いてみよう。彼女なら九ちゃんが言っている言葉の重さも分かっているだろうからね。

「はい、主様。姉上が言っておられる事は重々承知しておるつもりでした。私もかつては種族の長を務めた身、命の重さは理解していると思って居りましたが……。手にした力の大きさに興奮が抑えられず、奪うべきでない命まで手にかけてしまいました」

 良かった。彼女は九ちゃんの教えの意味をきちんと理解できているみたいだね。なら、後はフォルカさん達に教えるだけだ。ある意味人間ならではの傲慢さが滲む話なだけに、僕の口から話した方が効果的かもしれない――って、おや?

「そう言う事でしたか……。成程、それならば私達の言葉にお怒りなさるのも自明の理ですね」

「うむ、この歳まで生きておいて気付かんとは情けない。小童と言われても仕様の無いていたらくじゃ」

「九ちゃん様。ここまで雲龍帝様に言わせておいてやっと理解できました。何と愚かな言葉で、言い訳のしようもありません」

 なんだ、しっかり分かってるじゃないか。そんな意味も込めて九ちゃんの足をポンポンと叩いて確認してみれば、ふんとそっぽを向きつつ照れ顔で一言今回に限り許すと……。命の儚さを伝えんが為に少々大人げが無かったと感じたんだろう。相も変わらず彼女は可愛らしい。

「そう、命は僕達人だけじゃないし動物だけでもない。植物も森も大地も、その全てに命が宿っているんだ。その大切な命をむやみやたらに奪ってしまったら、それは駄目駄目だよね」

 皆さんが一様に頷くのを見てほっと一息つくけど、実は話の肝はこれだけじゃないんだな~。命を大事にするって言うのは基本で、ここからが僕らの知識を足した応用編って訳だ。九ちゃんは何も命を奪ってしまった事だけで怒っているのではないんだ。僕らは他の生き物の命を頂いて生かされている訳だから、命の大切さについては無意識でも自ずと理解できるのが生き物である。

「皆さん、九ちゃんが怒ったのにはもう一つ理由があるんだ」

「え、まだ何か理由があるのですか……?」

「そうだよ、カリムさん。今回雲龍帝さんは勢い余って森の一部を更地にしてしまいました。それよって起こる弊害は何も命の営みだけに限った話じゃないんだ。実はね、こんな感じで自然を破壊すると漏れなく邪気の温床になるんだ」

「「「何ですと!?」」」

 僕の放った言葉に驚きの意をもって応える一同。ある意味、人間の活動と自然破壊はセット販売されているようなものだ。人間はその他生物と同じく天然自然の中から生まれた生物だ。世間で語られている進化論とか神話における人類の創造を否定も肯定もしなけど、少なくとも人間は急速に発展し衰退し進化して来た事は事実だ。
 その進化に伴って様々な文化が生まれ同時に発展もしてきた訳だけど、その陰で多くの自然破壊も進行して来たんだ。科学技術と公害被害だとか、紙の生成に木を切り倒しし過ぎてはげ山になっちゃったとか。その歴史は数限りが無い……。

 では、何故それが邪気の温床となってしまうのかと言うと……始めの話に戻るんだ。そう、全てのものには命が宿っていると言う日本人独特の考え方が実は世界の真理に繋がっていたのである。
 つまりは、命が失われる時とは即ち様々な感情が御魂から解き放たれる瞬間でもあるんだ。解き放たれた感情は嬉しいとか安堵した等の正のエネルギーだけじゃない、悔しいとか恨めしいだとかの負の感情も当然存在する訳でして……。それらがすべて混在するのが命であって、負の感情が正の感情を上回ってしまった時、そこにある膨大なエネルギーが反転して負のエネルギーとなり邪気となる。

 とまぁ、こう言う訳なんだ。

「――だから、むやみやたらに自然に対して傲慢な態度を取っていると、必ずその代償は自分たち自身に返ってくって訳さ。分かった?」

 一斉に頷き返されたので理解したと見てもいいかな。でも、僕らの世界の西洋文化は基本的に自然は人間により管理されるものって言う考えが浸透している例もあるし、実際に神様が存在している世界ではちょっと怪しい所もあると見なければいけないよね……神様の考え方にもよるけど。

「成程の。お主の様な専門家から見ればこういった事にも意味を見いだせると言う訳か……勉強になるわい」

「そうですね。私達はそう言った事に視野を向けていなかった事は事実として受け止めねばなりません……」

 副官御二人が神妙な顔つきで頷いている。僕の想像でしかないけども、恐らくは僕らの世界で言う西洋文化的な宗教がこちらの国々でも信仰されているのだろう。俗に言う一神教的な宗教はこういった傾向が強く出る事が多いからね。
 でも、精霊と呼ばれる存在もきっといるだろうから、ちょこっと不思議な話ではある。

「奏慈殿、御教授誠に有り難うございました。御かげで邪気の発生に関する要因の一端が見えた気がします」

「そう? ま、何かの解決に役立つって言うなら、これからも僕や九ちゃんに遠慮なく聞いて下さいね。僕らはある種の宿命として邪気の討伐を使命としている側面がありますから、できる事があれば協力は惜しまないつもりですよ。正し――」

 邪気の被害に関して僕達でできる事は必ずやり遂げる心算である。だけども、此処からが大事な事でもあるのでしっかり聞いて頂きたい。

「――僕らは修行を兼ねて旅をしていますので、戦う術は教える事はしますけど最後は貴方方で国を、そして世界を守って行って下さい」

 大福が二つくっ付いた様な顔をちょっとだけ怖い顔つきに変えて真面目に真っ直ぐ言葉を伝える。普段柔和な顔で通っている僕がする真剣顔は効果覿面、皆さん一様に喉を鳴らして生唾を飲み込み同意して下さった。基本的に世界と言う物は、その世界に生きる者達で存続させてこそだ。他世界の人間である僕らが関与して運命を握るなんてのは、面倒臭さ的にも勘弁願いたい。

「と、まあ。難しい話と説教はここまでにして、出発の準備をしましょうか。皆さんが準備してる間に僕と九ちゃんの二人で鎮魂と雨ごいの儀を執り行いますので、雲龍帝さんと龍帝さんはよく見ておいて頂戴な。何れは君達にも参加してもらう心算だからさ」

「おお! 了解しましたぞ、主様!」

「クルァッ!」

 先程まで説教をさせれてしょぼんとしていた目を、夜天に輝く星々の様に煌めかせて復活した雲龍帝さん。喜び勇んで駆け寄ってくる様子からは、龍帝とか大層な存在を微塵も感じさせず。寧ろ、一人暮らしの家庭で飼われている子犬が主人の帰宅に際して駆け寄って来る様に似ている。
 総じて言うと、非常に愛らしいって事だね。

「うむ、それでは各自取り掛かるのじゃ!!」

 ちゃっかりと締めを頂いて行く九ちゃん。掛け声と共に天空に突きだした小さな拳に合わせて、総勢三十名の声が空と森に響き駆け抜けて行った。








 ドカドカと和太鼓が演奏の如く大地を踏みしめ進む巨大な半透明の風呂敷包。誰かが手入れをした様に綺麗な並びで生える木々の間を、午後の木漏れ日を受けながら目的地であるアルバス王国へと邁進している所だ。

「主様! 草花が芽吹く姿は何とも言えず美しいものなのですな~。いや、数億年の時を生きて来た私もこの様にじっくりと命の営みを見て来た事はありませんでした。この世界で新たな発見を出来るとは嬉しいものですね!」

「うん、そうだね。でも……もう十回は同じことを聞いたよ?」

 ここはまだまだカルルの森に位置する場所である。巨大な風呂敷を担ぐのはお昼の騒動後で若干お腹が減ってきている僕。そして、先程から僕の返事も頭に入りきらない位の調子で話しまくっているのが雲龍帝さんだ。

「いや~、私の龍生とは何とも詰まらぬ色の無いものだったとは自覚しておりましたが、主様と出会ってからという物――」

「あのね、それも十一回目だよ……聞いてないや」

 鎮魂と雨乞いの儀を初めて目にした彼女は、それはもう大層興奮なさった様で……。鎮魂の舞を舞った後出番が終わった九ちゃんに齧り付くように質問を浴びせかけた後、雨乞いの儀を終えた僕を捕まえてこのままずっと話し込んでいる。
 九ちゃんは雲龍帝さんの勢いを僕に向けれた事でほっとしたのか、風呂敷結界の上でお昼寝の真っ最中。龍帝さんは雲龍帝さんの勢いに飲まれ気味だったけども、こちらはこちらで中々に興奮していた。咲き誇る草木の花に蝶々達との戯れで満足したのか、今は風呂敷結界の中でジェミニさんの御膝の上でおねむしている。

「――ですから、ここは是非にでも主様と同じ術を学びたいのですよ! 壊す事は簡単ですが、命を巡らせるのは五大龍帝と言えども成せる事ではありません」

「へえ、それはちょっと意外な話かも……」

「命を生み出す事が出来るのは神と呼ばれる存在の中でも、頭に創造が付く神のみなのです」

 成程ね……。でも、それだと僕らの世界の神様達は全員漏れなく創造神に分類されてしまう気が――ま、いいか。きっと原子の世界の神々方と分派している世界の神様方とは色々と違いもあるんだろうし、世界によって神々方の力も比率が違うのかもしれない。哀しいけど、これも神様の現実なのよね……。

「はい、創造神自体は何名か居るようです。ですが、我ら五大龍帝と対を成すがの如く五大創造神が居り、その中でも一番力を持つ創造神は女神だったと記憶しております次第」

「ふぅん、女神様ね。そう来たか……」

 と、言う事はだ。もしかしたり、もしかしなくてもあーちゃんの古い友神って女神様はその五大創造神の一角に名を連ねてる可能性が高いね。しかもだ、日本神話界における最高神《別天津神の方々は除いて》である彼女の知り合いともなれば、それ相応の立場に居る神様である事は確定だし。

 流石は数億年の時を生きる生き字引。この世界の成り立ちを聴きながら僕らは只管に森を進み、夕暮れの時間が近づいて来たその時。僕らの目の前が急に開け、それと同時にカルルの森を抜けた事が分かった。
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