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一章 ”放浪と出会いと危機と” の段

11話~龍帝の願い

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『な、なんじゃ!? 光が……暖かな日の光に包まれて……ああんっ!?』

「ほえっ!? ちょっと、狐さん!?」

 蒼と金色の霊力が込められた指先を狐さんの背中に突き入れた途端、暖かな光に穏やかな気持ちになっていた狐さんが艶めかしい女性の声を上げた。背中を反らせてビクッビクッと身体を震わせる狐さんは、その艶めかしい今にも頭の中からとろけてしまいそうな声を徐々に高めつつ、声の間隔を狭めて気持ちが高ぶっている様だ。
 正直、子供とは言え僕の目には毒でしかない光景が広がっている。恥ずかしい……。

『あ、ああ、……ああ、んっ! うぅ、ああっ!!』

「…………」

『あ、ああ、んうぅぅぅぅぅっ!!』

 余りにも艶めかしい光景に目を手で覆って見猿を決め込む僕。だけども、怖いもの見たさとちょっとした好奇心から指を少~し広げて盗み見る。すると、やがて狐さんを包んでいた光が金色に変化して、狐さん自身にも変化が訪れていた。
 巨大な身体は少しずつ縮んでいき、身体の骨格も獣のそれから人型へと変貌を遂げる。長い手足にスラッとしながらもメリハリのついた女性の身体に、白面と言うのが相応しい程白く透明感を持った肌。その体に付いたこれまた美しい女性の顔には、目尻に赤い化粧が施され小さな鼻と唇、きりっとした眉の下には流し目の似合う切れ長の目が一対。金色のふわふわした長い髪の毛に包まれた頭の上に狐さんの名残か狐耳がにゅっと伸びている。

「……綺麗」

 それでも特筆すべきは、彼女のくびれた腰の下に着いている美しい曲線を描く月の輪郭を思わせる御尻についている九つの尻尾だ。さっきまでの狐さんには大きな尻尾が一本だけだったはず、それが九つにまで増えているし彼女自身の力も桁違いに増幅されている。

「――……これは、この姿は……力が戻って!」

「あの~……」

「そうじゃ! 坊や、お主は一体何を……いや、それよりも体は大丈夫かの?」

「いや、それよりも――」

 その豊満な身体についている二つの双丘を揺らしながら迫る彼女に顔を赤くしてのぼせつつ。必死の思いで僕を心配する彼女に話を聞いてもらおうと一生懸命訴えかける僕。

「いや、先程の術は歴代のどんな陰陽師でも成し得なかった救済の極致。そんな術を坊やが使ったら霊力が枯渇して死んでしまうぞ!!」

「ですから! その心配は無用なので、取り敢えず何か着る物を!?」

「ん? 着る物とな…………ほあっ!? よくよく考えたら、妾は今裸ではないか!?」

「だからそう言っているでしょ!? ああ、僕の服じゃ小さいしどうしたら……? あわわわわわっ」

 双方共に余りの出来事で平静を失い慌てだす。僕は唯々彼女の美しい裸身を見ない様に視線をそらし続け、彼女は彼女で何か着る物は無いかと廃寺の屋根を右往左往……。挙句には朽ちてボロボロになった板を持ち上げて局部を隠してみる始末。
 え? 何で知ってるのかって? そりゃあ、僕も男の子ですから……ねえ?

「ぬあぁぁぁぁーっ! この様な朽ち果てた寺には何もありゃせんわ!!」

「取りあえず、僕の狩衣を腰に巻いて貰って上は手か髪の毛で隠してもらえると……」

「くっ! 急場しのぎじゃが仕方が無い。坊やの申し出を快く受けさせて――今度はなんじゃ!?」

 一秒でも早く隠してもらいたい一心で狩衣を脱いでいた僕の耳に聞こえてきたのは、妥協して僕の服を借りようとした狐さんの驚いた声だった。

「……ほほう、必死の思いで野山を駆け回りやっとのこさ坊の居場所を突き止めたと思えば。この様な所で女子と戯れておるとはどう言う訳じゃ……ん~? 坊よ」

「そ、そそそその声はっ!?」

「……坊やのし、知り合いかの?」

 どうやら僕の霊力を感じ取ったあーちゃんが駆けつけてくれたらしいんだけど……凄く怒っていらっしゃる? あわわわっ! 心当たりがありすぎてどうすればいいか分かんないよ!?

「うん……我らが慈母神。天に坐す太陽の女神さま、天照大御神さまです……!」

「なんと! この御方が天津神の頂点にあられる日の神、天照大御神様じゃと!? ……妾はこれからどうなるんじゃろうの」

「大丈夫、素直に謝って事情を説明すればあーちゃんなら分かってくれる……はず」

 あーちゃんはきちんと事情を説明して話をすれば分かってくれる。これまでも僕が粗相をした時は叱ってくれたけど、理由のない叱り方は一切しなかった。
 何故か今夜は異様に高ぶっていらっしゃるみたいだけど、抒情酌量を求める事に全力を尽くそう。

 それからしばらく間狐さんと二人してあーちゃんの説得を試みた後、拳骨を一発づつ頂戴して幕引きとなった。その夜の月を見ながら食べた御握りの味は、ほんのりと塩味が混じってとても美味しかった――











「ああ、僕の記憶の錠前がぁぁ……」

「うむん! あれ実に素晴らしき初体験じゃったの! 身も心も溶けて奏の字と一つになる様な多好感、今思い出しても身体が熱くなりよるの~」

「やめて、これ以上はどうか……お願いします」

 あの時の状況を思い出したのか、九ちゃんは両手で自身の身体を抱きしめながらクネクネしだす。頬もほんのり赤く染まっている事からしても、僕の推測は当たっていると見ていい。こっちはあの時の羞恥心とあーちゃんの説教を思い出して羞恥の泥沼に沈んでしまいそうだと言うのに……。

『取り込んでいる所申し訳ないが、そろそろ私の話をだな――――あの……うぅ』

 後ろで所在無さげに言葉を漏らす龍さん。あんまり僕らだけで話をするものだから、そろそろ疎外感から涙声になりつつある。

「ああ、すみませんでした……。ところで、龍さん。改めて貴方に問いたい、今生でやり残した事はありませんか? 聞けば貴方は生まれた時からこの世界の安定の為尽くされてきたとか。絶大な力を持ちながら不自由な制約を受けざるを得ない龍帝と言う立場、心中お察し申し上げます。ならば、こうして後継である龍結晶を無事に守る事が出来た今、貴方は全ての重荷を解き放つ事が出来る……」

『……お主、一体何を言いたいのだ。私は死にゆく身、この世に未練などは……』

「目は口程に物を言う……僕の国で昔の人が読んだ言葉です」

『――……ふふ、そうか。私は今、そんな目をしていたか……』

 龍さんの自嘲気味な言葉に対して笑顔でうんと頷き返す。龍さんの大きな瞳の奥に輝く生への強い渇望、自由への熱望。それらが全て混ぜ合わさって強い光を放ち、僅かながら魂の輝きも明るさを増す。
 生きたい! 自由に空を翔け回りたい! 自然と戯れて生きとし生ける物達と色んな話をしたい……!
そんな強い思いが心を動かし、今まさに朽ち果てようとする己の身体さえも突き動かして一途な瞳を僕に向ける。

『……ああ、――きたい……生きたい、生きたいっ! 世界の平安を守る事だけに費やしてきたこの生、何もせずに朽ち果てるなど……私は、もっと生ぎていだいっ!!』

 魂からの叫び。孤独を背負った一匹の龍が、初めて口にしたであろう心の底から望んでやまぬ小さな小さな願い。感情が高ぶり悔し涙さえ流して傷付いた身体を動かすその願い聴いたからには、御近所に聞こえた涙もろさで通ってるぽっちゃり少年が一肌脱がなきゃってもんだよね!

「その願い、この凪風 奏慈が承った! じゃあ早速準備に取り掛かりますね」

 五大龍帝が一龍と言う雲の上の存在が零した叫びに涙するヒューマニアンの方々をしり目に、張り切って術の下準備に取り掛かる。金髪のお兄さんや御付きの侍女風美人さん、恰幅の良い御爺さんは固唾を呑んで見守っている。その他の人達も疑問と疑念、それに少しばかりの期待を込めて僕のする事を黙って見守るつもりの様だ。
 このままではどうやっても死を待つばかり、ならば一縷の望み掛けて龍さんが生存する事に懸けてみようと言った所だろう。

「そうじゃ、雲龍帝とやら。これだけは聞いておかなければならんかった事が一つある。……お主、性別はなんじゃ?」

『し、種別としては女龍になりますが……それが一体?』

「おうおう、そうか。女龍か……むふふ。奏の字よ、これは面白いものが見れそうじゃな? ぬふふふふ」

「――それだけは聞きたくなかった!」

 最後の最後に余計な情報を教えて下さった九ちゃん。……その情報だけは僕の心の平穏の為に耳にしたくなかった。

「こうなりゃ、潔く腹をくくれ奏慈! よし、始めるよっ……!」

 魂を激しく活性化させ、精霊力第三段階・魂魄式精霊力が秘技。霊力丹誠、魂魄天生の術を練り上げる。

「……天照あめてらし、くに照らしつつひなたなす。日光ひひかる神のすべら太神おほかみ

 あーちゃんこと天照大御神様との感応をせんが為、天照大御神印と結印法をとり精神を穏やかに、しかし激しく燃る日輪如く高ぶらせる。
 指先に集まった霊力の蒼く金色に輝る力を更に磨き上げ、精神を集中させ平穏な湖面に落ちる一滴の清水の如く霊力の質を極限にまで研ぎ澄ます。

「天に坐す、我らが日の神。その日輪の輝きを以って、哀しき運命に足掻く龍に今安らぎと活力を与えたもれ! ――秘技、霊力丹誠・魂魄天生!!」

 太陽の女神、天照大御神の力をこの身に宿し。最強の女神が名の元、哀しき龍の背に希望の光を突き入れた。



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