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序章 ”始まりと旅立ち” の段
10話~世界を飲み込みし邪神
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「まったく……。あ奴め、苦し紛れに他の世界を飲み込んできおった。幸いと言っては何だが、生命と呼べるものが星以外に無い若い世界を取り込んだ事がまだ救いよ。熟した世界をやられたらとなれば被害は甚大だったからのう。……主に奴が、じゃが」
なんてこった。この数十秒の間にひとつの世界が消滅してしまったって言うのか……。あれ? 被害が甚大なのは敵のほうって……どう言う事だ? 世界一つを取り込んで力が増したのなら、被害を被るのは僕らの方じゃないのか。
「奏ちゃん。世界があるって事はね、そこを管理する神々が必ず居るって事なのよ。私達が居るこの世界は全ての世界の始まりだから神々が多数存在しているけれど、大体の世界では一神、または多くても十数位が一般的なの。だから、一つの世界を飲み込んだ彼には他の神々からも追われる事になるのよ」
なんと……! 他の神々にまで迷惑をかけてしまったのか。これはそろそろ穏便に済ませてとっとと攫われた方が良いね。これ以上戦いを続けるとさらに迷惑をかける破目になりそうだ。
そんな事を考えている内に空間の亀裂が限界に達したみたいで、派手な破砕音と共に亀裂が砕け散った。砕けた亀裂の先には世界の境界を示す虹色の空間が広がっており、薄皮を隔てるかの如く無数の世界を示すシャボン玉状の球体が浮かんでいるのが窺えた。
「あ~あ~、こんな所に大きな穴ぽこを拵えよってからに……。後で修復するは誰じゃと思って居るのかのう」
「本当。壊すのは簡単でも直すのは苦労しますからね……。後であちらさんに経費の見積書を送りつけてやろうかしら。空間破壊や若い世界の取り込み、これ以外にも犯した罪は沢山有るみたいだし良い金額になりますね」
事後処理について面倒臭そうに話すあーちゃん。それ対して月姉は徐に着物の袖から算盤を取り出すと、パチパチと音を立てながら代価の計算をし始めた。凡その算段がついたのか、ほっこりとした笑みで算盤を見せてくる月姉に返すのは僕以下全員の苦笑いと若干の呆れ。何処まで行ってもお芝居なのに、それに乗じて相手方に被害請求までなさるとは……実にしっかりしていらっしゃる。
「おいおい、月姉。そんな守銭奴みたい事考えてる状態じゃあないだろうが。どうやら奴さん、こっちの世界に出てくる心積もりらしいぞ」
そんな自身の姉にため息を吐きながら穴が開いた空間を親指で指すスーさん。その言葉に僕達は穴の方見る。目を凝らして穴の奥を見れば、虹色の空間から先程とは比べ物に成らない位巨大な腕がにゅっと伸びてくる所だった。
「あらあら、いつの間にか大きく育っちゃって……。これ相手にするんだったら結界をさらに強くしなきゃ駄目ね。このままだと母屋と神社が吹き飛んじゃう」
「うむん。ついでに母屋の空間自体を押し広げておかねばのう! 出てきた瞬間押し潰されるのは御免なのじゃ」
「それもそうじゃな」
とんとん拍子で対策が決まる中、まず始めに動き出したのは僕の膝に居る九ちゃんだ。暴走した時に出現した尻尾を一本だけ出し、素早く印を結びながら力を練り始めた。
「むむむっ、尻尾一本ではこれが限度なのじゃ」
「え? ……ああ、そっか。月姉の結界が僕らを覆っているから力の解放が中途半端にしか出来ないんだね」
「そうなのじゃ。一応と言うか何と言うか、妾も最上位の神が作り出した結界を破る事は叶わんからの。完全な状態でならまだしも、今は一番力を押さえた状態であるかして……。月の字が咄嗟とはいえ四割も力を振るって作り出したこいつを内から破るには尻尾があと三本以上が必須じゃて」
それでも僕の全力最大上限を易々と上回る力を練りこんだ九ちゃんである。ざっと見積もって尻尾一本分で僕の大体二十倍以上の力。彼女曰く尻尾が増えるたびに力も倍々で増すと言うのだから、今生で九ちゃんの尻尾一本分の力を超す事さえも人の身では無理難題だろうね。
考えに耽る僕をよそに、尻尾と耳を生やした九ちゃんが高めた力を更に練り込んで術を完成させた。可愛らしい掛け声と共に四つの鳥居が出現し、ゆっくりと僕らの周りを廻っていたそれが母屋の四隅に飛び青い焔を灯す。
「ほれぃ! 柱よ伸びよ、時空を支えよ!」
彼女の掛け声に反応した鳥居が見る見るうちに太く大きく変化し、それに合わせて母屋の空間自体も巨大な物に押し広げられていく。あっと言う間に鳥居の柱さえも見えなくなるほど拡張され、辛うじて天井付近で青い焔が揺らめているのが伺えるくらいだ。さすがは九ちゃん、その小さな外見に似合わずとんでもない術を平気で扱える姿に痺れるね。
「ほほ、中々やりおるではないか。では我らも結界を強化し、この世界や数多の世界に対する影響を抑えねばな」
「ええ。じゃあ私が此処の内側を担当するから、姉さんは外側の境界線をお願いするわ。スーちゃんは大地に影響が無い様に結界を張って準備していて頂戴」
「まあ、それしかやる事はねえしな。いい加減面倒臭くなってきたんだが、これも奏慈の為と思って骨を折ってやるとしますか」
それぞれの役割を確認したあーちゃん達は、各々に膨大な神としての力を使い母屋に、世界に、そして地球上に強固な防御結界を張り巡らせていく。
本来ならば、どんなに緊急の事態であっても他の地域に存在する神々の方々に連絡や断りを入れるべきなんだろうけど、この対応の早さからして事前に連絡は行き渡っているみたいだね。世界に結界を張ると言う事は、それに伴って様々な弊害が生じる事でもあるのだ。世界は今僕達が生きている原始世界を大きな幹として、様々な方向に枝を伸ばし根を伸ばし数多の世界が存在している。つまり、どの世界も大本を辿ればこの世界にたどり着くわけで、大本の部分から各世界に繋がる所を封鎖してしまうと最悪世界が消滅してしまう事もありえるのである。それが僕らの所為で起こったと成ったならば、ほぼ全ての世界の神々やそれに値する存在との全面戦争になってしまう恐れが大だ。
正直言って、他の世界の神々が僕らの世界へと侵攻しようとあーちゃん一柱だけで殲滅してしまう可能性が高いのだけれど、争いを忌避できるのならばそれに超した事は無い。一応あーちゃん達御一家を祭る神社の跡取りとして、他世界の神様達の一部ともそれなりの交流をさせて頂いている身の上としては、その知り合いである神様方とは出来れば争いたくはないのが僕の想いである。
「……うむ。これで何が起ころうとも他の世界はおろか、この地球上に塵一つ程の影響も出んじゃろう」
満足げに肯くあーちゃん達。この時点で一仕事終わったかのような空気が醸し出されているが、本題はここからなのが現状だ。すでに砕けた空間の穴からは、齢1千年は過ぎたであろう巨木の幹を思わせる左腕が二の腕まで出現している。穴の大きさからすると腕が出てくるだけで限界なのだけれど、バキバキと更に空間を砕く音を立てながら拡張されている様子だ。
「ねえ、このままいったら空間に開いた穴がビル位の大きさに広がっちゃうんじゃ……」
「確かに。此処まで巨大化しておるとは我もちょっとばかし誤算だったのう……ほんのちょっとじゃが」
指先をまげて輪っかをつくり、彼女が言うほんのちょっとを具体的に示してくれる。だけどもあーちゃん、そのちょっとは親指と人差し指が付くか付かないか位の隙間しか無いじゃないか。それってほぼ予想通りって意味じゃないの?
「な~に、上から叩き潰せば奴さんも小さくなるだろうさ。成らなきゃ少々削って押し込めれば良いだけだしな」
「うむ、スーさんの言う通りじゃ。入れる器の入り口が小さいと言うのならば、それに合わせて入れる物を削ればいい事よの」
少々乱暴な考えではあるけれど、それも一つの合理的な考え方でもあるよね。御料理の配膳だって、料理に合わせて器を選ぶのは基本だけれど、器に合わせて料理や盛り付ける量を選ぶのも重要な考えだと思う――――……って、この例えはちょっと違ったかな?
「なんにせよ、これ以上時間をかけるのも勿体無いわね。とりあえず、これ以上空間に開いた穴が広がらない様にこっちから引っ張り出してあげましょう。私が同時並行で圧縮する術を掛けるから、皆はこのしめ縄を彼の腕に巻きつけて綱引きしましょう!」
そう言って月姉が袖口から取り出したのは握りやすい太さのしめ縄だった。それを受け取ったスーさんは、穴を更に拡張しようとしている巨大な腕の手首部分にガッチリと巻き付けだした。それでも尚空間を突き破って出て来ようと暴れる奴の腕をしめ縄で完全に固定して、その縄の束を抱えたままスーさんは戻ってきた。
「ほれ、こいつなら月姉の結界が張ってあっても掴めるはずだ。しっかりと握り締めて、いっちょ春の大綱引き大会としゃれ込むか!」
スーさんてば、なんて無邪気な顔をするんだろうね。まるで、子供の運動会に参加するお父さんみたいな感じでテンションが変に上がってきてるよ。やっぱり昔に遊びでやった事はいくつ歳を重ねても楽しい物なんだろう。万を越える年月を生きているスーさんを見てるとつくづくそう思うよ。
「おいこら、我弟よ」
「どうしたんだよ、姉貴」
ここで最後尾に居るあーちゃんが張り切って綱を握り締めているスーさんに疑問を投げかけた。声を掛けられた本人はキョトンとした顔で振り向き、身体全体で早く綱引きをやろうと訴えかけているのだが……。
「何の因果で我が最後尾を務めねばならんのじゃ。ここは主か坊のどちらかが後ろでどっしりと構えるのが男というものじゃろう?」
「……はぁ? 何言うかと思えば、そんな小っさい事か」
「何が小さい事なものか。ある意味、我の女神としての尊厳に大いに関わってくる問題なんじゃがのう……!」
ああ、うん。確かにあーちゃんの言う事はもっともな事ではあるけれども、少なくともこの場では彼女の言葉に全面的に肯定する者は居ないのが悲しい現実である。なぜならば――――
「そりゃあ、姉貴が一番力を持ってるんだから自明の理で当然の結果じゃないか」
「うぬぬぬっ!! それには納得がゆかぬぞ、大いに得心いかぬ事態じゃ!!」
「――って言われてもだな」
こういう事である。女神でありながら八百万の神々の頂点に立つという神々の世界でも珍しい存在のあーちゃんは、当然の如く誕生した当時から強い力を持っていた。それが天ノ岩戸隠れの伝説にある通り、あの事件後さらに力を増したあーちゃんはどの神々よりも突出した力を宿していたのである。それは親神であるナギさんとナミさんをも含めてであるのだから、大変な力の増加が彼女に起きた事が伺えるんだ。その現象はあーちゃんが岩戸の中で特訓しただとかではなく、心の持ちようで神としての潜在的な力を解放させたと言うのだから大したものだよね。
「――だ・か・ら、俺は一番前で思いっ切り楽しみたいんだよ! 真正面から敵と対峙する、これぞ男の浪漫ってもんだろう?」
「この馬鹿弟が! 坊を結界で防御している今、お主しか男が居ないのだから適役なのは一人しか居ないだろうに。それを子供みたいな言い訳を展開しよって」
「フッ! 男は何時までも子供心を持っている生き物なんだよ。それは神と人間であっても同じ、そういう事なんだ!」
何だか二人ともどんぐりの背比べになってきてるけど、あちらさんは更に穴を広げて今肩の辺りまで出てきているんですけど~……。
「……ねえ、九ちゃん。僕らは先にしめ縄を握って備えておこうか」
「そうじゃの~。どちらも同じ塩梅で阿呆な事言っとるし、妾達はこちらに備えておくのが正解よの」
こしょこしょと二人に聞こえない様に声を小さくしながら二人でしめ縄を握る。細すぎる事も無く太すぎる事も無い、僕の手にいやに馴染む縄の感触を確かめながら強く握りしめて準備は完了だ。喧嘩してる二人も間も無く恐怖の笑みをひっさげた月姉によって大人しくなるだろうし、ここからが正に正念場と言った所。結界の中で休息をとる事で回復した力を再度フルパワーで放出し、運命を決める大綱引き大会の始まりだ!
なんてこった。この数十秒の間にひとつの世界が消滅してしまったって言うのか……。あれ? 被害が甚大なのは敵のほうって……どう言う事だ? 世界一つを取り込んで力が増したのなら、被害を被るのは僕らの方じゃないのか。
「奏ちゃん。世界があるって事はね、そこを管理する神々が必ず居るって事なのよ。私達が居るこの世界は全ての世界の始まりだから神々が多数存在しているけれど、大体の世界では一神、または多くても十数位が一般的なの。だから、一つの世界を飲み込んだ彼には他の神々からも追われる事になるのよ」
なんと……! 他の神々にまで迷惑をかけてしまったのか。これはそろそろ穏便に済ませてとっとと攫われた方が良いね。これ以上戦いを続けるとさらに迷惑をかける破目になりそうだ。
そんな事を考えている内に空間の亀裂が限界に達したみたいで、派手な破砕音と共に亀裂が砕け散った。砕けた亀裂の先には世界の境界を示す虹色の空間が広がっており、薄皮を隔てるかの如く無数の世界を示すシャボン玉状の球体が浮かんでいるのが窺えた。
「あ~あ~、こんな所に大きな穴ぽこを拵えよってからに……。後で修復するは誰じゃと思って居るのかのう」
「本当。壊すのは簡単でも直すのは苦労しますからね……。後であちらさんに経費の見積書を送りつけてやろうかしら。空間破壊や若い世界の取り込み、これ以外にも犯した罪は沢山有るみたいだし良い金額になりますね」
事後処理について面倒臭そうに話すあーちゃん。それ対して月姉は徐に着物の袖から算盤を取り出すと、パチパチと音を立てながら代価の計算をし始めた。凡その算段がついたのか、ほっこりとした笑みで算盤を見せてくる月姉に返すのは僕以下全員の苦笑いと若干の呆れ。何処まで行ってもお芝居なのに、それに乗じて相手方に被害請求までなさるとは……実にしっかりしていらっしゃる。
「おいおい、月姉。そんな守銭奴みたい事考えてる状態じゃあないだろうが。どうやら奴さん、こっちの世界に出てくる心積もりらしいぞ」
そんな自身の姉にため息を吐きながら穴が開いた空間を親指で指すスーさん。その言葉に僕達は穴の方見る。目を凝らして穴の奥を見れば、虹色の空間から先程とは比べ物に成らない位巨大な腕がにゅっと伸びてくる所だった。
「あらあら、いつの間にか大きく育っちゃって……。これ相手にするんだったら結界をさらに強くしなきゃ駄目ね。このままだと母屋と神社が吹き飛んじゃう」
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「それもそうじゃな」
とんとん拍子で対策が決まる中、まず始めに動き出したのは僕の膝に居る九ちゃんだ。暴走した時に出現した尻尾を一本だけ出し、素早く印を結びながら力を練り始めた。
「むむむっ、尻尾一本ではこれが限度なのじゃ」
「え? ……ああ、そっか。月姉の結界が僕らを覆っているから力の解放が中途半端にしか出来ないんだね」
「そうなのじゃ。一応と言うか何と言うか、妾も最上位の神が作り出した結界を破る事は叶わんからの。完全な状態でならまだしも、今は一番力を押さえた状態であるかして……。月の字が咄嗟とはいえ四割も力を振るって作り出したこいつを内から破るには尻尾があと三本以上が必須じゃて」
それでも僕の全力最大上限を易々と上回る力を練りこんだ九ちゃんである。ざっと見積もって尻尾一本分で僕の大体二十倍以上の力。彼女曰く尻尾が増えるたびに力も倍々で増すと言うのだから、今生で九ちゃんの尻尾一本分の力を超す事さえも人の身では無理難題だろうね。
考えに耽る僕をよそに、尻尾と耳を生やした九ちゃんが高めた力を更に練り込んで術を完成させた。可愛らしい掛け声と共に四つの鳥居が出現し、ゆっくりと僕らの周りを廻っていたそれが母屋の四隅に飛び青い焔を灯す。
「ほれぃ! 柱よ伸びよ、時空を支えよ!」
彼女の掛け声に反応した鳥居が見る見るうちに太く大きく変化し、それに合わせて母屋の空間自体も巨大な物に押し広げられていく。あっと言う間に鳥居の柱さえも見えなくなるほど拡張され、辛うじて天井付近で青い焔が揺らめているのが伺えるくらいだ。さすがは九ちゃん、その小さな外見に似合わずとんでもない術を平気で扱える姿に痺れるね。
「ほほ、中々やりおるではないか。では我らも結界を強化し、この世界や数多の世界に対する影響を抑えねばな」
「ええ。じゃあ私が此処の内側を担当するから、姉さんは外側の境界線をお願いするわ。スーちゃんは大地に影響が無い様に結界を張って準備していて頂戴」
「まあ、それしかやる事はねえしな。いい加減面倒臭くなってきたんだが、これも奏慈の為と思って骨を折ってやるとしますか」
それぞれの役割を確認したあーちゃん達は、各々に膨大な神としての力を使い母屋に、世界に、そして地球上に強固な防御結界を張り巡らせていく。
本来ならば、どんなに緊急の事態であっても他の地域に存在する神々の方々に連絡や断りを入れるべきなんだろうけど、この対応の早さからして事前に連絡は行き渡っているみたいだね。世界に結界を張ると言う事は、それに伴って様々な弊害が生じる事でもあるのだ。世界は今僕達が生きている原始世界を大きな幹として、様々な方向に枝を伸ばし根を伸ばし数多の世界が存在している。つまり、どの世界も大本を辿ればこの世界にたどり着くわけで、大本の部分から各世界に繋がる所を封鎖してしまうと最悪世界が消滅してしまう事もありえるのである。それが僕らの所為で起こったと成ったならば、ほぼ全ての世界の神々やそれに値する存在との全面戦争になってしまう恐れが大だ。
正直言って、他の世界の神々が僕らの世界へと侵攻しようとあーちゃん一柱だけで殲滅してしまう可能性が高いのだけれど、争いを忌避できるのならばそれに超した事は無い。一応あーちゃん達御一家を祭る神社の跡取りとして、他世界の神様達の一部ともそれなりの交流をさせて頂いている身の上としては、その知り合いである神様方とは出来れば争いたくはないのが僕の想いである。
「……うむ。これで何が起ころうとも他の世界はおろか、この地球上に塵一つ程の影響も出んじゃろう」
満足げに肯くあーちゃん達。この時点で一仕事終わったかのような空気が醸し出されているが、本題はここからなのが現状だ。すでに砕けた空間の穴からは、齢1千年は過ぎたであろう巨木の幹を思わせる左腕が二の腕まで出現している。穴の大きさからすると腕が出てくるだけで限界なのだけれど、バキバキと更に空間を砕く音を立てながら拡張されている様子だ。
「ねえ、このままいったら空間に開いた穴がビル位の大きさに広がっちゃうんじゃ……」
「確かに。此処まで巨大化しておるとは我もちょっとばかし誤算だったのう……ほんのちょっとじゃが」
指先をまげて輪っかをつくり、彼女が言うほんのちょっとを具体的に示してくれる。だけどもあーちゃん、そのちょっとは親指と人差し指が付くか付かないか位の隙間しか無いじゃないか。それってほぼ予想通りって意味じゃないの?
「な~に、上から叩き潰せば奴さんも小さくなるだろうさ。成らなきゃ少々削って押し込めれば良いだけだしな」
「うむ、スーさんの言う通りじゃ。入れる器の入り口が小さいと言うのならば、それに合わせて入れる物を削ればいい事よの」
少々乱暴な考えではあるけれど、それも一つの合理的な考え方でもあるよね。御料理の配膳だって、料理に合わせて器を選ぶのは基本だけれど、器に合わせて料理や盛り付ける量を選ぶのも重要な考えだと思う――――……って、この例えはちょっと違ったかな?
「なんにせよ、これ以上時間をかけるのも勿体無いわね。とりあえず、これ以上空間に開いた穴が広がらない様にこっちから引っ張り出してあげましょう。私が同時並行で圧縮する術を掛けるから、皆はこのしめ縄を彼の腕に巻きつけて綱引きしましょう!」
そう言って月姉が袖口から取り出したのは握りやすい太さのしめ縄だった。それを受け取ったスーさんは、穴を更に拡張しようとしている巨大な腕の手首部分にガッチリと巻き付けだした。それでも尚空間を突き破って出て来ようと暴れる奴の腕をしめ縄で完全に固定して、その縄の束を抱えたままスーさんは戻ってきた。
「ほれ、こいつなら月姉の結界が張ってあっても掴めるはずだ。しっかりと握り締めて、いっちょ春の大綱引き大会としゃれ込むか!」
スーさんてば、なんて無邪気な顔をするんだろうね。まるで、子供の運動会に参加するお父さんみたいな感じでテンションが変に上がってきてるよ。やっぱり昔に遊びでやった事はいくつ歳を重ねても楽しい物なんだろう。万を越える年月を生きているスーさんを見てるとつくづくそう思うよ。
「おいこら、我弟よ」
「どうしたんだよ、姉貴」
ここで最後尾に居るあーちゃんが張り切って綱を握り締めているスーさんに疑問を投げかけた。声を掛けられた本人はキョトンとした顔で振り向き、身体全体で早く綱引きをやろうと訴えかけているのだが……。
「何の因果で我が最後尾を務めねばならんのじゃ。ここは主か坊のどちらかが後ろでどっしりと構えるのが男というものじゃろう?」
「……はぁ? 何言うかと思えば、そんな小っさい事か」
「何が小さい事なものか。ある意味、我の女神としての尊厳に大いに関わってくる問題なんじゃがのう……!」
ああ、うん。確かにあーちゃんの言う事はもっともな事ではあるけれども、少なくともこの場では彼女の言葉に全面的に肯定する者は居ないのが悲しい現実である。なぜならば――――
「そりゃあ、姉貴が一番力を持ってるんだから自明の理で当然の結果じゃないか」
「うぬぬぬっ!! それには納得がゆかぬぞ、大いに得心いかぬ事態じゃ!!」
「――って言われてもだな」
こういう事である。女神でありながら八百万の神々の頂点に立つという神々の世界でも珍しい存在のあーちゃんは、当然の如く誕生した当時から強い力を持っていた。それが天ノ岩戸隠れの伝説にある通り、あの事件後さらに力を増したあーちゃんはどの神々よりも突出した力を宿していたのである。それは親神であるナギさんとナミさんをも含めてであるのだから、大変な力の増加が彼女に起きた事が伺えるんだ。その現象はあーちゃんが岩戸の中で特訓しただとかではなく、心の持ちようで神としての潜在的な力を解放させたと言うのだから大したものだよね。
「――だ・か・ら、俺は一番前で思いっ切り楽しみたいんだよ! 真正面から敵と対峙する、これぞ男の浪漫ってもんだろう?」
「この馬鹿弟が! 坊を結界で防御している今、お主しか男が居ないのだから適役なのは一人しか居ないだろうに。それを子供みたいな言い訳を展開しよって」
「フッ! 男は何時までも子供心を持っている生き物なんだよ。それは神と人間であっても同じ、そういう事なんだ!」
何だか二人ともどんぐりの背比べになってきてるけど、あちらさんは更に穴を広げて今肩の辺りまで出てきているんですけど~……。
「……ねえ、九ちゃん。僕らは先にしめ縄を握って備えておこうか」
「そうじゃの~。どちらも同じ塩梅で阿呆な事言っとるし、妾達はこちらに備えておくのが正解よの」
こしょこしょと二人に聞こえない様に声を小さくしながら二人でしめ縄を握る。細すぎる事も無く太すぎる事も無い、僕の手にいやに馴染む縄の感触を確かめながら強く握りしめて準備は完了だ。喧嘩してる二人も間も無く恐怖の笑みをひっさげた月姉によって大人しくなるだろうし、ここからが正に正念場と言った所。結界の中で休息をとる事で回復した力を再度フルパワーで放出し、運命を決める大綱引き大会の始まりだ!
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