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序章 ”始まりと旅立ち” の段
9話~三貴子
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迫りくる拳を舞扇で軽く叩き落とし、イケメンの顔面部分にしなやかな伸びる左腕を突き出し、中指を折り曲げ親指で固め溜めを作る。必殺の一撃を軽くいなされた事でショック状態に陥った奴のおでこに照準を定め、指先に太陽フレアを思わせる輝きを纏い更に力を凝縮していく。美しい紅の光は凝縮される力が増す度に青白く変色し、瞬きする間に黄金色の神々しい色合いに変化した。
「上手く当たってくれよ? さすれば苦しみが少ないからのう」
大慈母神の側面も併せ持つ彼女が、母性を感じさせる笑みを浮かべて言い放った言葉は母性の欠片も感じさせない位に無慈悲。いくら僕を誘拐させる芝居だと言う事前の知識を持っているとは言え、並の人間……いや、高位の神職者ですら今のあーちゃんを前にして正気を保っているられかどうか。
「ガ……ガァ、グギィッ!?」
白魚の様な指の先にある程度まで高まった力がついに解放された。もはや高天原の神々にすら捉えられぬであろう速度で異世界の神を襲う。まず初めに衝撃波が奴の体表を伝う様に這い回り、刹那の間も置かぬうちに落語家が膝を扇子で打った時の様に小気味の良い破裂音が耳に届く。次いで凝縮された黄金色の力が御でこから後頭部へと奔り抜けて、分厚い筋肉の塊を消し飛ばしながら体内を貫く。
「…………ふん、下手な抵抗は苦しみが重なるだけじゃと言うのに。誠に困った奴よのう」
「グギャァアッ!?」
瞬きをする間も無い位に一瞬で過ぎ去った時間が永遠を感じさせる体感を残し、その時から開放された僕の目に映り耳に届いた声からはあーちゃんの困った様な印象を受ける声と、顔面から数センチ上が抉られて吹き飛び緑色の体液を撒き散らしながら痛みに咆える異世界の神の姿だった。
「グフゥ……、フウゥゥゥゥッ……!」
膝を笑わせながらも足に力を入れて立ち上がる異世界の神。すでにこの世界に現れた時の威勢や力は削がれ、気力で立つ事が精一杯のはずなのに執念だけは尚衰えを見せない。緑色の体液が噴き出す傷口からは体液と同時に彼の神としての力も流れ出し、徐々にではあるが当初の掘り当てた原油の様に溢れ出る邪気の力も衰退している様だ。正に満身創痍と言った装いである。
「相変わらず天の字は心の臓が冷える力を平然と扱うものよな……。今の攻撃をまともに受けたのならば、上級の神でも一瞬で塵芥となってしまう程のデコピンぞ? 身体の一部を抉り吹き飛ばされたとは言え、致命の一撃を回避しただけでもあ奴は大した者よ。……かと言って、妾は情けを掛けんがのう」
「九ちゃんってば、可愛い顔して結構容赦ないよね……」
「当たり前じゃ! 此度の事に関して妾は立腹しておるのじゃからの!」
可愛い顔って言う言葉に照れながらもほっぺを膨らませて腕を組み、怒りの抗議を見せる九ちゃん。残念ながら愛くるしさが多分に勝っている為全く怖くは無い。むしろ、限界を超えて異世界の神に抵抗した反動で動かない腕を、愛と気力でむりやり動かして撫でまわしたい気持ちが膨れ上がっているよ……!
僕が密かな抵抗を試みている間にも事態は着実に進行している。傷ついた箇所をもの凄い回復力で修復し、少し体積が減ったものの完全に塞ぐ事に成功した異世界の神。あーちゃんが自身を一撃で消滅させる事が可能な能力を有していると判断した彼は、直ぐ様距離を取って体勢を立て直している。イケメンの顔からは冷や汗と脂汗のハイブリット油を垂れ流している事から、相当な焦りが滲み出ている様子が伺える。
「……グゥゥゥ」
明らかに分が悪い事を理性を無くした筈の頭でさえ感じたのだろう。所謂獣の本能――いや、神の本能と言った所か。どう足掻いても勝ち目は無いし、神としての格の違いと言う物は実力にも如実に反映されている。
で、あればだ。彼に残されている選択肢としては玉砕覚悟で特攻するか、あーちゃんや月姉、スーさんと言った実力者の隙を窺って一番の弱者である僕を如何にかするかの二者択一しかない。あーちゃんに復讐すると言う目的を達する為には最初の選択は望みが無い。でも、次の選択であるのならば多少は成功率が高くなると踏むはずだ。その判断に乗じて立てられたのが今回の作戦なのだが、はてさて上手く乗っからせてくれるだろうか……。
「……さて、宵も進んだ手前そろそろ終いにせねばならぬな。小僧と違って我らはそれぞれ忙しい身であるからして、何時までも夜を徹してとはいかぬのじゃよ」
「…………」
「なれば、後は分かるな? 次で小僧は消滅するという事じゃ」
凛々しい表情に浮かぶ冷たい微笑。例えるならば夜の大海に移る月の如き静かで穏やかな微笑み。太陽神の名に似付かわしくない程穏やかで冷たい感情を湛えた微笑みは、追い詰められた今の彼にとって死神の様な意味を成すのだろう。
明らかに戦意は失せつつあるが、しかし何処か気を抜けない感じがする……。やはり、起死回生の好機を狙っていると考えた方が良さげかな?
「――其レハ、ドウカナ? 最強ノ女神ヨ」
「ん? 小僧、お主理性が――――」
唐突に言葉を喋った異世界の神は僕達の目の前から消え去った。文字通り消え去ったと言う他に無い程何の予兆も動作も無く消えた彼は、あーちゃんと意図的に距離を取っていた僕と九ちゃんの目の前に出現した。ニタリと貼り付けたような憎悪に満ちた笑みを浮かべて僕の顔をじっと見つめる。身体の芯から怖気が走り声も出せない一瞬の刻が僕の体感で何倍にも増して長く感じる気がした。
「――ちっ、転移術まで扱えるとは厄介な」
「姉さん、任せて……!」
舌打ちをして僕らの方を振り返るあーちゃんよりも早く僕らの傍にいた月姉が動く。片手を素早く振りかざすと月光の仄かな光が舞い、硬直している僕の周りに強固な結界の膜を形成して守りを固めてくれた。瞬時に出来上がった結界に阻まれる形で僕の目の前に大きな手が覆いかぶさる。さすがは月姉、防御に関しては三姉弟一の中でも群を抜いて実力が高い。
「日ノ本を守護する八百万の神々が一柱、月の神・月詠の命が作り出した防御結界は天照姉さん以外に打ち破れる者は居ないわ」
「……オノレ、邪魔ヲ――――グヘァッ!?」
静寂の微笑みを浮かべる月姉に視線を向けようとした異世界の神は、突如上から降ってきた拳によって畳の上に叩き伏せられた。まるで空を舞う鳥の羽の如き軽やかさで着地を決めたのは勿論この方。
「日ノ本を守護する八百万の神々が一柱、海と破壊を司る神・須佐之男命の拳骨はどうだい? 中々美味いだろ、これがな」
殴った拳に口付けをかましてニッと笑うスーさん。格好良く決めたところ悪いけど、頭に掛けていたサングラスがずり落ちて来て残念な事になってる……。何処かの亀を背負った仙人様を思い出せるね。
「グギィィッ……!? イ、忌々シイ面ダ……」
神の力で叩き付けられのにも拘らず、一切の凹みや傷がつかない畳にある種の驚愕を覚えながらも、ゆっくりと立ち上がる異世界の神から視線を外す事無くグッと身構える。月姉の結界があるから別に身構える必要もないのだけれど、一応これぐらいの演技はしておかないと僕も手持ち無沙汰になっちゃうからね。念には念を入れておかないと……。
「……ぬぅ」
「ん? どうしたの九ちゃん」
「うむ。この結界が無ければ妾も一発かましてやろうものを、誠に口惜しい限りじゃ……!」
小さい拳を握りしめてぐぬぬぬっ! と唸っている九ちゃん。如何やら彼女の怒りと鬱憤は、その可愛いお腹の底でグツグツと溶岩の様に煮えたぎっている様だ。
「さて、我ら三貴子を相手にして誠に威勢の良いことじゃが、我らのいずれを相手にしようとも勝てぬ事は小僧も分かっておろう? なれば、小僧は一体何をしに参ったのか我には見当がつかん。さっさと白状すればスパッと消して進ぜるゆえ、話してみる気は無いかの?」
「……誰ガ貴様ラナドニ話スモノカ」
「左様か。話したくないのならばそれも良し。では引導を渡してくれよう」
「ソレモ御免被ル……!」
あーちゃんとの問答にも応える気は無い様子の彼は、小さく拒否の意を呟きまたもや姿を消した。どこから襲われてもいい様にぽっちゃりとした身体にむち打ち、魂魄から抽出した力を圧縮し身体全体に巡らせていく。神を相手にこれ以上の無茶をすれば更ならる痛みが僕を襲う事になるだろうが、やはりここが勝負の分水嶺。芝居は最後まで本気でやってこそ感動するするものだからね。ここで気を抜いて大コケしたら元の木阿弥もへったくれもない。
「猪口才な手を使うようになったものよのう……。坊よ、最後まで気を抜くでないぞ」
「うん、分かってるりょ……えふんっ、わわ分かってるよ」
「ど緊張してるじゃねえか……。いいから肩から力を抜いてお前の餅みてえな腹の如く、どっしりと構えとけってんだ」
あーちゃんからの注意に噛んでしまった僕を背中越しに励ましてくれるスーさんであったが、餅みたいな腹ってちょっと美味しそうじゃないかな? こんな大事な時だと言うのに、心の奥底から餅に対する熱い想いが湧き上がってきそうなんだけど……。
「奏ちゃん、食欲に負けて気を抜いちゃ駄目よ? さっきから白い御餅を口一杯にほうばっている奏ちゃんの念が私に伝わってきてるのよ。いくら食いしん坊さんでも限度があるんだからね」
「ええ!? まだそんな所まで妄想してないよ!」
「まだって……奏の字。お主、妄想していた事は認めるのじゃな」
なんかもの凄く悲しい目で見られているような気がするけど、とりあえずその事は脇において置こうと思う。
改めて気合を入れなおした僕は、精神を集中して異世界の神が発する独特の邪悪な気配を探っていく。さっき嫌になる位浴びせかけられた気配だ、それを感じ取れば何処に出現するかの予測がある程度出来る……はず? 可笑しいな、僕の十五年という人生の中でも一際邪悪な気配が全く感じられない? いやいやいや、幾ら何でもあんなに巨大で邪悪な気配を探知できない筈は――――
「いくら探ろうとしても無駄じゃぞ、坊よ。あやつは今別に次元へと逃げ込んでいるようじゃ。人としての力しか扱えぬ今の坊では、一応神の範疇に居る存在を捉える事は出来ぬ」
「……そっか。だから僕の感覚では何も感じないんだね」
「うむ。じゃが、修行を終えた坊ならば余裕を持って探知できる様になるぞ」
こんな所にも差が出てくるのを再確認したところで空間に微妙な震動が生じだした。徐々に大きく振幅も激しく揺り動く中、あーちゃん達はある一点を注視している。ようく注意して見てみると、その空間には小さな亀裂らしき物が走っているのが分かった。いつの間にやら震動が大地震並みの揺れになっていて、空間の亀裂も大きくなりミシミシという軋む音が聞こえ始めた。あれれ~? 何だかさっきよりも邪悪な気配が増幅している気が……。
「おお? 奴さんの力が大分跳ね上がってるぜ。この数十秒で何があったんだ?」
あららら……。こいつは少しまずい気がするけども、スーさんてば実に楽しそうな満面の笑みを浮かべながらじゃあ緊張感も何処へやら? だよ。
「上手く当たってくれよ? さすれば苦しみが少ないからのう」
大慈母神の側面も併せ持つ彼女が、母性を感じさせる笑みを浮かべて言い放った言葉は母性の欠片も感じさせない位に無慈悲。いくら僕を誘拐させる芝居だと言う事前の知識を持っているとは言え、並の人間……いや、高位の神職者ですら今のあーちゃんを前にして正気を保っているられかどうか。
「ガ……ガァ、グギィッ!?」
白魚の様な指の先にある程度まで高まった力がついに解放された。もはや高天原の神々にすら捉えられぬであろう速度で異世界の神を襲う。まず初めに衝撃波が奴の体表を伝う様に這い回り、刹那の間も置かぬうちに落語家が膝を扇子で打った時の様に小気味の良い破裂音が耳に届く。次いで凝縮された黄金色の力が御でこから後頭部へと奔り抜けて、分厚い筋肉の塊を消し飛ばしながら体内を貫く。
「…………ふん、下手な抵抗は苦しみが重なるだけじゃと言うのに。誠に困った奴よのう」
「グギャァアッ!?」
瞬きをする間も無い位に一瞬で過ぎ去った時間が永遠を感じさせる体感を残し、その時から開放された僕の目に映り耳に届いた声からはあーちゃんの困った様な印象を受ける声と、顔面から数センチ上が抉られて吹き飛び緑色の体液を撒き散らしながら痛みに咆える異世界の神の姿だった。
「グフゥ……、フウゥゥゥゥッ……!」
膝を笑わせながらも足に力を入れて立ち上がる異世界の神。すでにこの世界に現れた時の威勢や力は削がれ、気力で立つ事が精一杯のはずなのに執念だけは尚衰えを見せない。緑色の体液が噴き出す傷口からは体液と同時に彼の神としての力も流れ出し、徐々にではあるが当初の掘り当てた原油の様に溢れ出る邪気の力も衰退している様だ。正に満身創痍と言った装いである。
「相変わらず天の字は心の臓が冷える力を平然と扱うものよな……。今の攻撃をまともに受けたのならば、上級の神でも一瞬で塵芥となってしまう程のデコピンぞ? 身体の一部を抉り吹き飛ばされたとは言え、致命の一撃を回避しただけでもあ奴は大した者よ。……かと言って、妾は情けを掛けんがのう」
「九ちゃんってば、可愛い顔して結構容赦ないよね……」
「当たり前じゃ! 此度の事に関して妾は立腹しておるのじゃからの!」
可愛い顔って言う言葉に照れながらもほっぺを膨らませて腕を組み、怒りの抗議を見せる九ちゃん。残念ながら愛くるしさが多分に勝っている為全く怖くは無い。むしろ、限界を超えて異世界の神に抵抗した反動で動かない腕を、愛と気力でむりやり動かして撫でまわしたい気持ちが膨れ上がっているよ……!
僕が密かな抵抗を試みている間にも事態は着実に進行している。傷ついた箇所をもの凄い回復力で修復し、少し体積が減ったものの完全に塞ぐ事に成功した異世界の神。あーちゃんが自身を一撃で消滅させる事が可能な能力を有していると判断した彼は、直ぐ様距離を取って体勢を立て直している。イケメンの顔からは冷や汗と脂汗のハイブリット油を垂れ流している事から、相当な焦りが滲み出ている様子が伺える。
「……グゥゥゥ」
明らかに分が悪い事を理性を無くした筈の頭でさえ感じたのだろう。所謂獣の本能――いや、神の本能と言った所か。どう足掻いても勝ち目は無いし、神としての格の違いと言う物は実力にも如実に反映されている。
で、あればだ。彼に残されている選択肢としては玉砕覚悟で特攻するか、あーちゃんや月姉、スーさんと言った実力者の隙を窺って一番の弱者である僕を如何にかするかの二者択一しかない。あーちゃんに復讐すると言う目的を達する為には最初の選択は望みが無い。でも、次の選択であるのならば多少は成功率が高くなると踏むはずだ。その判断に乗じて立てられたのが今回の作戦なのだが、はてさて上手く乗っからせてくれるだろうか……。
「……さて、宵も進んだ手前そろそろ終いにせねばならぬな。小僧と違って我らはそれぞれ忙しい身であるからして、何時までも夜を徹してとはいかぬのじゃよ」
「…………」
「なれば、後は分かるな? 次で小僧は消滅するという事じゃ」
凛々しい表情に浮かぶ冷たい微笑。例えるならば夜の大海に移る月の如き静かで穏やかな微笑み。太陽神の名に似付かわしくない程穏やかで冷たい感情を湛えた微笑みは、追い詰められた今の彼にとって死神の様な意味を成すのだろう。
明らかに戦意は失せつつあるが、しかし何処か気を抜けない感じがする……。やはり、起死回生の好機を狙っていると考えた方が良さげかな?
「――其レハ、ドウカナ? 最強ノ女神ヨ」
「ん? 小僧、お主理性が――――」
唐突に言葉を喋った異世界の神は僕達の目の前から消え去った。文字通り消え去ったと言う他に無い程何の予兆も動作も無く消えた彼は、あーちゃんと意図的に距離を取っていた僕と九ちゃんの目の前に出現した。ニタリと貼り付けたような憎悪に満ちた笑みを浮かべて僕の顔をじっと見つめる。身体の芯から怖気が走り声も出せない一瞬の刻が僕の体感で何倍にも増して長く感じる気がした。
「――ちっ、転移術まで扱えるとは厄介な」
「姉さん、任せて……!」
舌打ちをして僕らの方を振り返るあーちゃんよりも早く僕らの傍にいた月姉が動く。片手を素早く振りかざすと月光の仄かな光が舞い、硬直している僕の周りに強固な結界の膜を形成して守りを固めてくれた。瞬時に出来上がった結界に阻まれる形で僕の目の前に大きな手が覆いかぶさる。さすがは月姉、防御に関しては三姉弟一の中でも群を抜いて実力が高い。
「日ノ本を守護する八百万の神々が一柱、月の神・月詠の命が作り出した防御結界は天照姉さん以外に打ち破れる者は居ないわ」
「……オノレ、邪魔ヲ――――グヘァッ!?」
静寂の微笑みを浮かべる月姉に視線を向けようとした異世界の神は、突如上から降ってきた拳によって畳の上に叩き伏せられた。まるで空を舞う鳥の羽の如き軽やかさで着地を決めたのは勿論この方。
「日ノ本を守護する八百万の神々が一柱、海と破壊を司る神・須佐之男命の拳骨はどうだい? 中々美味いだろ、これがな」
殴った拳に口付けをかましてニッと笑うスーさん。格好良く決めたところ悪いけど、頭に掛けていたサングラスがずり落ちて来て残念な事になってる……。何処かの亀を背負った仙人様を思い出せるね。
「グギィィッ……!? イ、忌々シイ面ダ……」
神の力で叩き付けられのにも拘らず、一切の凹みや傷がつかない畳にある種の驚愕を覚えながらも、ゆっくりと立ち上がる異世界の神から視線を外す事無くグッと身構える。月姉の結界があるから別に身構える必要もないのだけれど、一応これぐらいの演技はしておかないと僕も手持ち無沙汰になっちゃうからね。念には念を入れておかないと……。
「……ぬぅ」
「ん? どうしたの九ちゃん」
「うむ。この結界が無ければ妾も一発かましてやろうものを、誠に口惜しい限りじゃ……!」
小さい拳を握りしめてぐぬぬぬっ! と唸っている九ちゃん。如何やら彼女の怒りと鬱憤は、その可愛いお腹の底でグツグツと溶岩の様に煮えたぎっている様だ。
「さて、我ら三貴子を相手にして誠に威勢の良いことじゃが、我らのいずれを相手にしようとも勝てぬ事は小僧も分かっておろう? なれば、小僧は一体何をしに参ったのか我には見当がつかん。さっさと白状すればスパッと消して進ぜるゆえ、話してみる気は無いかの?」
「……誰ガ貴様ラナドニ話スモノカ」
「左様か。話したくないのならばそれも良し。では引導を渡してくれよう」
「ソレモ御免被ル……!」
あーちゃんとの問答にも応える気は無い様子の彼は、小さく拒否の意を呟きまたもや姿を消した。どこから襲われてもいい様にぽっちゃりとした身体にむち打ち、魂魄から抽出した力を圧縮し身体全体に巡らせていく。神を相手にこれ以上の無茶をすれば更ならる痛みが僕を襲う事になるだろうが、やはりここが勝負の分水嶺。芝居は最後まで本気でやってこそ感動するするものだからね。ここで気を抜いて大コケしたら元の木阿弥もへったくれもない。
「猪口才な手を使うようになったものよのう……。坊よ、最後まで気を抜くでないぞ」
「うん、分かってるりょ……えふんっ、わわ分かってるよ」
「ど緊張してるじゃねえか……。いいから肩から力を抜いてお前の餅みてえな腹の如く、どっしりと構えとけってんだ」
あーちゃんからの注意に噛んでしまった僕を背中越しに励ましてくれるスーさんであったが、餅みたいな腹ってちょっと美味しそうじゃないかな? こんな大事な時だと言うのに、心の奥底から餅に対する熱い想いが湧き上がってきそうなんだけど……。
「奏ちゃん、食欲に負けて気を抜いちゃ駄目よ? さっきから白い御餅を口一杯にほうばっている奏ちゃんの念が私に伝わってきてるのよ。いくら食いしん坊さんでも限度があるんだからね」
「ええ!? まだそんな所まで妄想してないよ!」
「まだって……奏の字。お主、妄想していた事は認めるのじゃな」
なんかもの凄く悲しい目で見られているような気がするけど、とりあえずその事は脇において置こうと思う。
改めて気合を入れなおした僕は、精神を集中して異世界の神が発する独特の邪悪な気配を探っていく。さっき嫌になる位浴びせかけられた気配だ、それを感じ取れば何処に出現するかの予測がある程度出来る……はず? 可笑しいな、僕の十五年という人生の中でも一際邪悪な気配が全く感じられない? いやいやいや、幾ら何でもあんなに巨大で邪悪な気配を探知できない筈は――――
「いくら探ろうとしても無駄じゃぞ、坊よ。あやつは今別に次元へと逃げ込んでいるようじゃ。人としての力しか扱えぬ今の坊では、一応神の範疇に居る存在を捉える事は出来ぬ」
「……そっか。だから僕の感覚では何も感じないんだね」
「うむ。じゃが、修行を終えた坊ならば余裕を持って探知できる様になるぞ」
こんな所にも差が出てくるのを再確認したところで空間に微妙な震動が生じだした。徐々に大きく振幅も激しく揺り動く中、あーちゃん達はある一点を注視している。ようく注意して見てみると、その空間には小さな亀裂らしき物が走っているのが分かった。いつの間にやら震動が大地震並みの揺れになっていて、空間の亀裂も大きくなりミシミシという軋む音が聞こえ始めた。あれれ~? 何だかさっきよりも邪悪な気配が増幅している気が……。
「おお? 奴さんの力が大分跳ね上がってるぜ。この数十秒で何があったんだ?」
あららら……。こいつは少しまずい気がするけども、スーさんてば実に楽しそうな満面の笑みを浮かべながらじゃあ緊張感も何処へやら? だよ。
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