友達の肩書き

菅井群青

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友キス

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「キス?」

「う、うん……キス……」

 バイトしているバーの裏口で朔也と千紘がベンチに座って仕事終わりの体を休めていた。週末のバーは客で溢れかえり大忙しだった。ようやく仕事が終わり朔也は気怠そうにベンチに座りタバコをふかす。
 路地裏に面したこの休憩所は街の人間からは死角になっていて居心地がいい。そんな空間だからか千紘は思い切って朔也に疑問をぶつけてみた。

 朔也は目の前の灰皿に手を伸ばしタバコの灰を落とすと面白そうに笑った。
 
「友達としての、キスね……ふぅん? 何、もしかしてあの人にされちゃったの?」

「あ、いや……そうじゃなくて……男の気持ちを知りたいっていうか、一般論を教えてほしいなぁ……なんて……その、女友達には聞けないし……」

 千紘は朔也に咄嗟に隠した。忘れる為に色々と気にかけてくれる朔也に悪い気がした。

 千紘は凛花に電話をした。ただ、凛花にすぐに琢磨の事だとバレてしまいそうで言えなかった。結局凛花に次の合コンを誘われる羽目になった。凛花の声は明るかった。千紘が元気がないのが分かっているからだろう……励ましてくれているようだった。凛花に感謝の気持ちを伝えると電話の向こうの凛花は鼻をすすりながら最近あった面白い話をし始めた。本当に有り難かった。


「千紘さん、目が腫れてるよ」

 朔也が千紘の目尻に触れる。千紘は朔也から顔を逸らす。化粧で絶対にバレないと思ってたのに朔也は目敏い。

「ほら、話して」

 千紘は観念して昨日のキスのことを朔也に話した。朔也は黙ってタバコを吸いながら聞いていた。

「酒も入っていたし、琢磨から連絡も来てないから……いや、期待してないよ。琢磨には桃香ちゃんがいるから──」

 朔也は妖しい笑みを浮かべながら千紘の唇を見る。徐ろに吸い始めたばかりのタバコの火を消した。

「……やってみる?」

「……は?」

 朔也が千紘との間合いを詰めると顎に指を添えて顔を上げさせる。薄暗い中朔也の瞳が輝いて見えた。朔也が顔を傾けると千紘の唇に近づく……。

 ちょちょ……ちょっと!

 触れ合う直前で止まると朔也が笑った。タバコの香りに全身を包まれたみたいだ。煙たいような、苦いような香りだ。

「千紘さん、男は基本どんな女にでもキスできるし、いくらでも抱ける。優しーい言葉を掛けてね……」

「……っ」

 あまりに朔也の顔が近すぎて唇を動かすと当たってしまいそうだ。

 朔也が伏せ気味の目を開くと千紘の動揺した顔を見る。

「特に千紘さんみたいないい女は……ね?」

 朔也は千紘を解放した。朔也が離れていくと一気に酸素を吸う。千紘の顔は真っ赤に染まっていた。朔也は千紘の額にデコピンをする。今回は痛くなかった。

「なんてね……ここまでは冗談」

「へ?」

「あ、いい女は本当ね。千紘さん、ふざけてならいくらでもキス出来る、意味のないキスならいくらでも。でも泣きじゃくる友達にはしないかな、には……」

「……そっか。ありがとう」

 千紘は大きく息を吐いた。
 朔也の表情に動揺した。キスされそうになるとは夢にも思わなかった。遊ばれている気がして千紘は平静を装う。年上のプライドか沽券か……よく分からないがとにかく必死で動揺を隠す。

「あの人、不器用だね……体は正直だけど、ははっ」

 朔也は背伸びをして立ち上がった。そろそろ身支度をして帰らなければ……。同じく千紘も立ち上がると朔也は悪そうに笑った。

 チュ

 朔也が腰を曲げると千紘の唇にキスをした。軽く触れるキスだ。千紘がキスされた事に気づき口元を押さえる。朔也は満足そうに唇を撫でている。

「講師料頂きました……。千紘さん可愛いんだもん、これぐらい貰っといて損はないでしょ」

 朔也は別に千紘に欲情したわけではない。ただ、友達としてのキスを千紘に示しただけだった。思いの外いい反応に大満足だった。胸がときめかない、ただの体と体が触れているだけだ。
 朔也は彰とキスをすればどうなんだろうと想像した。その想像はいつもの如く掻き消された。脳細胞の無駄なエネルギーの使い方だ。意味のない想像と消去の繰り返しは今に始まった事じゃない。

「いやいや、もう、ふざけないでよ!」

 千紘はこの年になると若い時のような純粋な反応は出来ないみたいだ。昔なら真っ赤になり、「何するのよ!」とか言っていただろう。

 もしかしたら朔也くんだからかもな……。

 千紘は朔也に対して同志のような感情しかない。恋愛感情がないからときめきも無いのかもしれない。

 朔也はニヤつきながら店へと戻った。千紘はベンチで飲みかけのコーヒーを手にする。

 昨日の琢磨のキスを思い出す……。
 琢磨は……何を考えてキスしたんだろう……。

 同情
 友情
 酒
 恋──それともただの男の本能?

 朔也が笑いながらするキスとは違った。苦しそうに琢磨はキスをしていた。

 友達の顔じゃなかった……。
 琢磨はあの時、どう感じたんだろうか……

『悪い』

 あの言葉は、どういう意味だろう……。琢磨にキスされた事は嬉しかった、想いが通じた訳でなくても、桃香ちゃんという彼女がいるとしても、琢磨からされたキスを思い出すと嬉しい気持ちが湧く。

 まただ、欲だよ……欲……。バカだな、私。

「千紘さん、店長呼んでるよ」

「はい、今行く」

 コーヒーを飲み切ると缶をゴミ箱に捨てて千紘は店へと戻った。

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