友達の肩書き

菅井群青

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不器用な人 琢磨side

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 琢磨は千紘のアパートに向かって薄暗くなった道を歩いていた。浩介と凛花の応援を受けて足取りは軽い。心臓の動きに合わせて歩くテンポが早くなってしまうが落ちつかせるように肩から提げたカバンを叩く。

 何から、どこから、話せば良いのだろう……。

 友達じゃない
 キスしてごめん
 桃香ちゃんと別れた
 傷つけてごめん
 そばにいてほしい
 好きなんだ、千紘が、一人の女性として……。


 色んな言葉が頭を駆け巡る。

 千紘は怒るだろうか、泣くだろうか、許してくれるだろうか。千紘はまだ俺のことを好きでいてくれているのだろうか。あのタトゥーの男とどうにかなっている可能性もある。一旦告白されたからと言って、相手がまだ好きでいてくれていると思う程俺も短絡的じゃない。


 アパートに近づくと階段の下に人影が見える……。すぐにシルエットでその人物が誰だか分かった。電灯の朧げな明かりが男の首元を照らすと真っ黒な龍と目が合った気がした。男も俺の存在に気付くと驚いた顔をした。その後なぜか少し嬉しそうな表情をした。

 なぜここにいるんだ? もしかして……千紘とこの男は付き合いだしたのか? 
 不安な気持ちがよぎる。

「ごめん、おまた──せ……」

 背後から階段を下りる音と千紘の明るい声が聞こえた。振り返るのを一瞬躊躇うほど千紘の声は弾んでいた。振り返ると千紘の動きが鈍くなった。

「琢磨──」

 千紘は俺がこの場所にいることに驚き、声が掠れていた。その表情は暗くて分からない。ゆっくりと残りの階段を下りて俺たちの方へと歩み寄る。

「どうして──」

「あ、千紘さん……ありがとう。ちょうだい」

 男が千紘に声をかける。あの時は千紘のことを呼び捨てにしていたが、本来はこんな風に呼ぶらしい……だいぶ仲がいい雰囲気が漂う。

「あ、あ、うん」

 千紘が琢磨の横を通り過ぎて朔也の元へと行くと急に朔也が千紘の体を反転させて琢磨と向かい合わせる。

「え?」

 朔也は何も言わずに背後から千紘を抱きしめた。胸の前と首を取り囲み千紘を背後から捕食する蝙蝠みたいだ。こちらを挑発するように見る朔也に、血液が燃えるような感覚がした。目が熱くなる……握る拳が痺れた。
 男が千紘の耳元で何かを囁く様を見て目眩がしそうだ。少し伏し目がちに抱き留められたままの千紘を見て戸惑う。

 遅かったか? その男に惹かれてるのか? 自分の中でおどろおどろしい感情が巻く。

「千紘さん、この人、……気で……だよ……よく……て」

 二人の会話が聞き取れない。千紘と男の姿に俺は我慢できなかった。
 
 腕を伸ばして千紘の手を取ると自分の方へ引き寄せた。千紘を胸に閉じ込めると目の前の男を睨む。

 今までもどこへ行ってもずっと千紘の隣は俺の席だ。居酒屋で浩介ですら千紘の隣は座らせなかった。今から思えばそれは不自然だったが馬鹿な俺は気付かなかった。

 一番千紘のそばにいるのは俺でいたかったんだ。

「悪い……千紘は渡せない──」

「あ、いいですよ、持って行ってください。俺、好きな奴いるんで」

 男はあっけなく降参すると両手を上げて背後へと後ずさる。その手には千紘のオススメのゲームソフトがあった。俺が買ったら貸してくれと言っていたゲームだ。

「じゃ、コレ借りるね。またね」

 男は手を振るとそのまま暗闇へと消えていった。

「「…………」」

 二人きりなると辺りが急に静かになった。
 俺は千紘を解放する。一気に胸元に空気が入り込み千紘の残り香と体温が消えていく。千紘が戸惑った目でこちらを見上げている。

 自分の気持ちに気付いたからだろうか……千紘に見つめられシャボン玉に包まれたように周りの世界から遮断された。千紘の事でいっぱいになる。

「千紘──」
「はい」

「千紘──俺、桃香ちゃんと別れた……」
「うん、聞いたよ……桃香ちゃんから。残念、だったね……」

 千紘は切なそうな表情で俺の顔を見上げていた。桃香ちゃんを思っているのだろう……。千紘がカーディガンの袖を何度もめくり上げては下ろしている……千紘も緊張している。

 言わなきゃ、千紘に──。

 年甲斐もなく緊張している……俺は大きく息を吐いた。そのまま言葉を伝えるしかない、きっとそれが正解だ。


「俺──今更でバカみたいだけど、千紘が、好きだ」

 そっと千紘の頬に触れる。俺の言葉に千紘は顔を上げた。

「琢磨……」

 俺を呼ぶ声に心臓が跳ねた。
 千紘に素直な気持ちをぶつける。

「千紘が、好きだ──恋を、してる」

 千紘は瞬きを繰り返していた。俺と目が合うと瞳から涙が溢れた。千紘は信じてくれない。当然だ、俺がそう言ったんだから。千紘は友達だって……。千紘は真顔のまま泣いていた。

「……千紘?」

「ふ……っ……嘘、でしょ……?」

「嘘じゃない。信じられないのも分かる、俺も初めは驚いた。でも……千紘への気持ちはもう間違えようがない」

 千紘は首を左右に振り顔を歪ませて泣き出す。子供のように泣く千紘を琢磨は抱き寄せた。その肩や背中は何度も触れているはずなのに、細く、小さかった。琢磨は瞼を閉じて千紘の温もりを噛みしめる。

「友達、じゃないの? 私──」

「千紘を思うと……胸が苦しくて、触れたくなるのは──友達じゃないだろ。好きだ……誰よりも一緒にいてほしい。嘘じゃない。本当かどうかは……千紘が一番俺の事を分かるだろ」

「たく、ま──」

 琢磨は千紘の髪を撫でた……千紘の髪の香りが鼻腔をくすぐる。思わず千紘を強く抱きしめた。千紘は震えながら俺の背中に腕を回した。

「……遅くなって、いっぱい傷つけてごめんな」

「……っ、琢磨は、悪くないのに──私が好きだっただけ、側にいたくて、気持ちを隠していただけ、琢磨は悪く……ない──」

 琢磨は泣きじゃくる千紘を抱きしめて髪を撫でた。

「好きなの、琢磨が、好き──」

 琢磨は黙って頷き返した。千紘の目尻にキスをすると優しく微笑む。

 琢磨の指が千紘の唇に触れる。琢磨がその唇をじっと見つめる──キス、したい。触れたい……

「千紘……」

 二人の顔が近づく

 十センチ

 五センチ

 三センチ

 繋がる瞬間まで琢磨も千紘も互いの唇から目が離せない……。

 ようやく二人の視線が合った──。

「…………っ」

 俺たちは距離を縮めてキスをした。俺は千紘の指を絡ませて握りしめた。優しく、甘いキスだった。



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