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迷い 琢磨side
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目覚めると千紘が俺の頭に触れていた。俺と目が合うと千紘は慌ててその手を離した。
まさか、寝てたのか? ここで? どれぐらい経ったんだ?
琢磨は立ち上がると体に付いた土埃を叩く。恥ずかし過ぎて胸の高鳴りが酷い。部屋の前に座っていた理由を言った方が良いのだろうが、自分でも分からないものを伝えられない。
変な沈黙が流れる……。
互いに何も言えないでいると隣の住人がドアを開けた。千紘はそのまま俺の腕を取り部屋の中へ押し込んだ。近くにいる千紘の体から知らない匂いがした。あの男の、残り香だろうか──。
一瞬胸の裏を引っ掻かれるような気がした。むず痒い感覚だ……。
「入って……」
「ありがとう……」
いつもの定位置に座ると千紘が冷蔵庫から見たこともない瓶の酒を持ってきた。千紘はビールか焼酎しか飲まない。カクテル系は全く飲まなかったのに……。
「これ……良かったら──」
「あ、うん……ありがとう」
二週間会わなかっただけでこんなにも多くの事が変わるものなのか? 千紘が変わっていく。あの男の好きな酒なのか?
千紘が横に座ると琢磨は言いづらそうに指を組み直しながら口を開く。
「さっきは、ごめん。彼氏がいる前で誤解されるような事──」
「……大丈夫。その、あの子は友達なの」
「友達、か……そっか」
友達。
友達ってなんだろう。俺の代わりの男友達なのか? あの男は、ただの友達じゃないような目で俺を見ていた。近づくな──そう言っているようだった。本当に何もないのか? 友達とはいえ男だ。
「友達なのに、泊まったりするのか?」
「……琢磨だって、ここに泊まったじゃないの」
墓穴を掘った。そうだ、俺何言ってんだろ……。自分の事棚に上げて……。
俺も千紘の友達で、部屋に泊まっても何も起こらなかった。それなのに、胸がざわつく。自分が恥ずかしいし、痴がましい。
千紘は何かを考えているようだ。少し顔を伏せた。
「琢磨、ごめん……琢磨は私に考え直して欲しいと思ってるのは分かってる……でも、もう琢磨と一緒にはいられない──」
「千紘──」
琢磨が千紘の腕を引き抱きしめる。
離れないでほしい。千紘がいないなんて……。どうしたら俺のそばにいてくれる? どうすれば──。
琢磨はより力を込めて千紘を抱きしめた。
嫌がる千紘が体を捩り俺を突き飛ばすと頬を平手打ちした。
パァンッ
痛い。
痛いけど、心の方が痛い。千紘の傷付いた顔を見て悲しくなる。
俺は、もう、そばにいちゃいけないのか?
目頭が熱くなってきた。
気付けば目の前で千紘が泣いている。泣くなよ、泣くな──指でその頬に触れると俺の頬に何かが伝う感覚がした。
俺も、泣いていた。無意識だった。
「俺……どうしたらいいんだ? 千紘……どうすればお前のそばにいれる?」
「もう、そばにはいられないよ……琢磨には桃香ちゃんがいる」
「…………桃香ちゃんは、千紘じゃない」
俺の言葉に応えるように千紘は俺の腕を引き、腰を上げさせると俺の頭を叩く。ふざけあった記憶が甦る。
千紘は玄関まで腕を引っ張っていくと俺の背中を優しく叩いた。
「桃香ちゃんはいい子だよ。可愛くて、優しくて……私も大好きだよ。琢磨は幸せ者だから、私のことなんてもう忘れて幸せになって……」
「千紘は、今幸せか?」
「もちろん、幸せだよ。琢磨よりもいい人見つかるもん、すぐにね! だから大丈夫だから……ね? もうここには来ないで──桃香ちゃん、悲しむよ」
「ごめん──」
千紘の笑顔が眩しい……背中を押される形で琢磨は部屋の外に出る。千紘は静かにドアを閉めた。最後に見えた千紘の顔は不自然なほど笑顔だった。
千紘……。
ドアの前で立ち尽くしていると千紘の声が聞こえた気がした。堪えるような曇り声だった。
千紘が、泣いている……間違いない。千紘がドアの向こうで声を殺して泣いている。
ガチャ
俺はドアを開けた。
頰を涙で濡らして辛そうに泣く千紘と目が合った。
その泣き顔に思考が飛ぶ。
どこが大丈夫なんだろう。全然良くない。幸せじゃない──千紘が、苦しんでいる。
俺は千紘の肩を掴むとキスをした。
「……っ」
唇に感じる千紘の温もりに鳥肌が立つ……。体を捻ろうとする千紘を胸に閉じ込めてより深く繋がる。もう千紘のことしか考えられない。
俺は、何しているんだろう──。
衝動的にキスをしていた。触れた瞬間タガが外れたようにもっと千紘が欲しくなる。初めて触れた千紘の唇の感触に心臓が激しく動き始めた。強い酒を飲んだ時のように体中を流れる血液が沸騰したみたいだ。
千紘が欲しい──。
欲しい? 千紘を?
自分の心の底の欲望に驚きを隠せない。まさか、千紘は友達なのに……千紘は、俺の──。
「ん……」
「ち、ひろ──」
琢磨が離れると千紘は目線を細かく動かしてこの状況を理解しようとしているようだ。俺の顔と唇を交互に見ている。
「悪い……」
俺はそのまま玄関を出て行く。胸の鼓動がうるさい。自分の行動や欲望が信じられなかった。あのままだと千紘に何をするか分からない……。
夜の道を大股で歩きながら自分の唇に触れてみる。そこは熱を持ち拍動しているようだった。
「……千紘は、友達じゃ……ない──友達なんかじゃなかった……」
琢磨は自身の胸を叩くと夜道を歩いた。
「……最低だな、俺──今頃……」
桃香への罪悪感と千紘への申し訳ない気持ち、そして気付いてしまった自分の気持ちが混ざり合い胸が痛かった。
──琢磨は胸を強く叩き続けた。
まさか、寝てたのか? ここで? どれぐらい経ったんだ?
琢磨は立ち上がると体に付いた土埃を叩く。恥ずかし過ぎて胸の高鳴りが酷い。部屋の前に座っていた理由を言った方が良いのだろうが、自分でも分からないものを伝えられない。
変な沈黙が流れる……。
互いに何も言えないでいると隣の住人がドアを開けた。千紘はそのまま俺の腕を取り部屋の中へ押し込んだ。近くにいる千紘の体から知らない匂いがした。あの男の、残り香だろうか──。
一瞬胸の裏を引っ掻かれるような気がした。むず痒い感覚だ……。
「入って……」
「ありがとう……」
いつもの定位置に座ると千紘が冷蔵庫から見たこともない瓶の酒を持ってきた。千紘はビールか焼酎しか飲まない。カクテル系は全く飲まなかったのに……。
「これ……良かったら──」
「あ、うん……ありがとう」
二週間会わなかっただけでこんなにも多くの事が変わるものなのか? 千紘が変わっていく。あの男の好きな酒なのか?
千紘が横に座ると琢磨は言いづらそうに指を組み直しながら口を開く。
「さっきは、ごめん。彼氏がいる前で誤解されるような事──」
「……大丈夫。その、あの子は友達なの」
「友達、か……そっか」
友達。
友達ってなんだろう。俺の代わりの男友達なのか? あの男は、ただの友達じゃないような目で俺を見ていた。近づくな──そう言っているようだった。本当に何もないのか? 友達とはいえ男だ。
「友達なのに、泊まったりするのか?」
「……琢磨だって、ここに泊まったじゃないの」
墓穴を掘った。そうだ、俺何言ってんだろ……。自分の事棚に上げて……。
俺も千紘の友達で、部屋に泊まっても何も起こらなかった。それなのに、胸がざわつく。自分が恥ずかしいし、痴がましい。
千紘は何かを考えているようだ。少し顔を伏せた。
「琢磨、ごめん……琢磨は私に考え直して欲しいと思ってるのは分かってる……でも、もう琢磨と一緒にはいられない──」
「千紘──」
琢磨が千紘の腕を引き抱きしめる。
離れないでほしい。千紘がいないなんて……。どうしたら俺のそばにいてくれる? どうすれば──。
琢磨はより力を込めて千紘を抱きしめた。
嫌がる千紘が体を捩り俺を突き飛ばすと頬を平手打ちした。
パァンッ
痛い。
痛いけど、心の方が痛い。千紘の傷付いた顔を見て悲しくなる。
俺は、もう、そばにいちゃいけないのか?
目頭が熱くなってきた。
気付けば目の前で千紘が泣いている。泣くなよ、泣くな──指でその頬に触れると俺の頬に何かが伝う感覚がした。
俺も、泣いていた。無意識だった。
「俺……どうしたらいいんだ? 千紘……どうすればお前のそばにいれる?」
「もう、そばにはいられないよ……琢磨には桃香ちゃんがいる」
「…………桃香ちゃんは、千紘じゃない」
俺の言葉に応えるように千紘は俺の腕を引き、腰を上げさせると俺の頭を叩く。ふざけあった記憶が甦る。
千紘は玄関まで腕を引っ張っていくと俺の背中を優しく叩いた。
「桃香ちゃんはいい子だよ。可愛くて、優しくて……私も大好きだよ。琢磨は幸せ者だから、私のことなんてもう忘れて幸せになって……」
「千紘は、今幸せか?」
「もちろん、幸せだよ。琢磨よりもいい人見つかるもん、すぐにね! だから大丈夫だから……ね? もうここには来ないで──桃香ちゃん、悲しむよ」
「ごめん──」
千紘の笑顔が眩しい……背中を押される形で琢磨は部屋の外に出る。千紘は静かにドアを閉めた。最後に見えた千紘の顔は不自然なほど笑顔だった。
千紘……。
ドアの前で立ち尽くしていると千紘の声が聞こえた気がした。堪えるような曇り声だった。
千紘が、泣いている……間違いない。千紘がドアの向こうで声を殺して泣いている。
ガチャ
俺はドアを開けた。
頰を涙で濡らして辛そうに泣く千紘と目が合った。
その泣き顔に思考が飛ぶ。
どこが大丈夫なんだろう。全然良くない。幸せじゃない──千紘が、苦しんでいる。
俺は千紘の肩を掴むとキスをした。
「……っ」
唇に感じる千紘の温もりに鳥肌が立つ……。体を捻ろうとする千紘を胸に閉じ込めてより深く繋がる。もう千紘のことしか考えられない。
俺は、何しているんだろう──。
衝動的にキスをしていた。触れた瞬間タガが外れたようにもっと千紘が欲しくなる。初めて触れた千紘の唇の感触に心臓が激しく動き始めた。強い酒を飲んだ時のように体中を流れる血液が沸騰したみたいだ。
千紘が欲しい──。
欲しい? 千紘を?
自分の心の底の欲望に驚きを隠せない。まさか、千紘は友達なのに……千紘は、俺の──。
「ん……」
「ち、ひろ──」
琢磨が離れると千紘は目線を細かく動かしてこの状況を理解しようとしているようだ。俺の顔と唇を交互に見ている。
「悪い……」
俺はそのまま玄関を出て行く。胸の鼓動がうるさい。自分の行動や欲望が信じられなかった。あのままだと千紘に何をするか分からない……。
夜の道を大股で歩きながら自分の唇に触れてみる。そこは熱を持ち拍動しているようだった。
「……千紘は、友達じゃ……ない──友達なんかじゃなかった……」
琢磨は自身の胸を叩くと夜道を歩いた。
「……最低だな、俺──今頃……」
桃香への罪悪感と千紘への申し訳ない気持ち、そして気付いてしまった自分の気持ちが混ざり合い胸が痛かった。
──琢磨は胸を強く叩き続けた。
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