19 / 32
心の底で
しおりを挟む
駅の改札の近くのベンチに座りただ、ひたすら時が過ぎるのを待っていた。週末の晩は駅の構内も多くの人で賑わっている。笑顔で通り過ぎる人たちを横目に琢磨はじっとその時を待っていた。
琢磨は桃香に駅まで迎えに行くと連絡した。
琢磨は今日桃香に別れを告げようとしていた。
自分は桃香ちゃんが好きだと思っていた。それなのに、俺は千紘のことばかり考えていた。そしてようやく、なぜだか気付いた。
今までの生活を思い返す。俺の生活は千紘中心だった。
『このCMのゲーム千紘すぐ買うだろうな』
『あ、この菓子千紘が教えてくれて──』
『これ買おう、千紘の餌だ』
千紘がそばにいなくても、千紘はいた。
改札の向こうから華やかな紺色のドレスを着た桃香が大きな荷物を手にやって来た。狭い改札を通るのも大変そうだ。
「琢磨くん、迎えに来てくれてありがとう」
「あぁ……持つよ、貸して」
琢磨は白の紙袋を受け取るとゆっくり歩き始める。その背中を見て桃香は苦笑いする。桃香は琢磨のシャツの裾を掴むと引き留める。
「琢磨くん、話が、あるんじゃない?」
「……ああ」
このまま桃香の部屋まで行き、話をするつもりだったが琢磨の様子に桃香が勘付いたようだ。さっきまで琢磨が座っていたベンチに桃香が座る。その隣に琢磨が腰掛けた。琢磨が話し出そうとすると桃香が慌てて視線を逸らして明るい声を出した。
「大丈夫、大丈夫、人がいる方が泣かなくて済むし」
桃香には琢磨が話す内容がお見通しのようだ。琢磨は奥歯を噛み締めた。
「桃香ちゃん……ごめん、別れてほしい」
「やっぱりね……」
桃香の言葉に琢磨は顔を上げる。桃香が耳につけていたパールのイヤリングを外す。その表情は穏やかだった。もっと怒られたり泣かれたりすると思っていた。
「元々……二人の間に横入りしたのは私だから仕方ないもんね」
「それ、どういう意味──?」
二人?……千紘のことは何も言っていないはずなのになぜそんな話をしているのだろう。
「私、先輩が琢磨くんのことが好きだって知ってた……だけど、その時には私も琢磨くんに恋をしてた……私、先輩を、裏切ったの」
「え……」
桃香は琢磨の顔を見れない。軽蔑されそうで、怖かった。
琢磨はショックだった……桃香がそんなことをする子に思えなかった。千紘を思うと心が痛んだ。千紘は全てを知った上で、俺たちの交際を応援していた。
『桃香ちゃんはいい子だよ。可愛くて、優しくて……』
『私も大好きだよ。琢磨は幸せ者だから──』
どんな気持ちで、いたんだろう。どんな気持ちで、笑ったんだろう。千紘はどんな気持ちで……。
「琢磨くんと付き合うことになって嬉しかったけど……先輩にはずっと言えなかった──あの日、あんな形で伝わってしまって後悔したの、ちゃんと私の口から言うべきだったのにって……あ、琢磨くんのせいじゃないよ? 言える時間は十分にあったのに」
桃香は思い出すように瞳を閉じた。
その口元は微かに震えていた。桃香は千紘の笑顔を思い出し胸が痛くなった。
「……俺は友達の好きな人とは、付き合わない。大事な友達を傷つけたく、ない……」
琢磨の言葉に桃香は息が止まりそうだった。
刺さる──胸に杭が刺さったみたいだった。
「俺は、友達を選ぶけど……桃香ちゃんは、俺を選んでくれたんだね」
低い琢磨の声が桃香の胸に下りてきた。責めるわけでもない、桃香を労わるような声が余計に辛かった。
「千紘は、桃香ちゃんが可愛いって言ってた。俺たちが出会う前にも千紘は可愛い後輩がいるんだって……抱きしめると赤ちゃんの匂いがするんだって言ってた」
「……っ」
桃香が一気に顔を歪ませた。顔が赤くなり堪えきれず俯いた。千紘がそう言って自分の頭を撫でてくれた事を思い出す。
恥ずかしい
醜い
情けない
消えちゃいたい……自分の欲が、怖い──。
先輩の笑顔が好きだったのに……どうして、あの時……先輩のことを考えられなかったのだろう。悔いても悔いても戻らないあの日……。
「千紘は優しいから……俺に何も言わなかったんだ。俺に桃香ちゃんの事黙ってた、あいつ、桃香ちゃんと幸せになれって……言ってた。俺たちのことどんな気持ちで──」
「琢磨くん、ごめん……」
「いや、いや違う。俺……俺が──悪い、二人の仲を無茶苦茶にした」
桃香は琢磨の顔を覗いた。その瞳は揺れていた。琢磨は何も知らなかった自分を振り返っていた。千紘にも、桃香にも謝りたかった。
「琢磨くんは先輩のこと友達って言ってたけど……絶対に、友達じゃない、友達のフリして……ずっと先輩のことが好きなのよ、琢磨くん。私のことも好きでいてくれた……だけど、先輩の事を思う感情は、群を抜いてる……」
涙を拭くと桃香は頷いた。琢磨の黒い瞳はまっすぐ桃香を捉えたままだ。
昨晩千紘の泣き顔を見てキスをした……。気がつくと抱き寄せて嫌がる千紘を閉じ込めた。
千紘が欲しい、そう思った。
俺は、千紘が好きだったんだ。ずっと、ずっと……友達じゃなかった。ずっと千紘に、恋してた。
ただ、怖くて気付かないふりをしていただけだった。
互いに恋人が出来ても俺たちの関係は変わらなかった。千紘のそばに俺がいて、俺が笑うと千紘も笑っていた……。
そばにいると思ってた。それがどんなに特別なことかも気付かなかった。
「桃香ちゃん、ごめん──俺、千紘が好きなんだ。ただの、友達じゃない……千紘がいなきゃ、ダメだった──」
桃香は唇を結ぶと悲しげに笑った。
「うん、失恋は覚悟してたから……今までありがとう……ごめんね」
桃香は引き出物の袋を持ち立ち上がった。
「琢磨くん、バイバイ」
桃香はそのまま歩き出した。
その後ろ姿はまっすぐ前を見て歩き続けていた。琢磨は振り返りゆっくりと歩き始めた。
しばらくすると桃香が立ち止まり後ろを振り返る。遠ざかる琢磨の背中を見て涙が溢れる。
「あぁあ……もう、振られるって分かってたのに──」
堰を切ったように流れる涙を手の甲で押さえる。人目があるとか、駅前だとかそんな事どうでもいい。ただ、今は──見えなくなるまで琢磨の背中を見ておきたかった。
琢磨は桃香に駅まで迎えに行くと連絡した。
琢磨は今日桃香に別れを告げようとしていた。
自分は桃香ちゃんが好きだと思っていた。それなのに、俺は千紘のことばかり考えていた。そしてようやく、なぜだか気付いた。
今までの生活を思い返す。俺の生活は千紘中心だった。
『このCMのゲーム千紘すぐ買うだろうな』
『あ、この菓子千紘が教えてくれて──』
『これ買おう、千紘の餌だ』
千紘がそばにいなくても、千紘はいた。
改札の向こうから華やかな紺色のドレスを着た桃香が大きな荷物を手にやって来た。狭い改札を通るのも大変そうだ。
「琢磨くん、迎えに来てくれてありがとう」
「あぁ……持つよ、貸して」
琢磨は白の紙袋を受け取るとゆっくり歩き始める。その背中を見て桃香は苦笑いする。桃香は琢磨のシャツの裾を掴むと引き留める。
「琢磨くん、話が、あるんじゃない?」
「……ああ」
このまま桃香の部屋まで行き、話をするつもりだったが琢磨の様子に桃香が勘付いたようだ。さっきまで琢磨が座っていたベンチに桃香が座る。その隣に琢磨が腰掛けた。琢磨が話し出そうとすると桃香が慌てて視線を逸らして明るい声を出した。
「大丈夫、大丈夫、人がいる方が泣かなくて済むし」
桃香には琢磨が話す内容がお見通しのようだ。琢磨は奥歯を噛み締めた。
「桃香ちゃん……ごめん、別れてほしい」
「やっぱりね……」
桃香の言葉に琢磨は顔を上げる。桃香が耳につけていたパールのイヤリングを外す。その表情は穏やかだった。もっと怒られたり泣かれたりすると思っていた。
「元々……二人の間に横入りしたのは私だから仕方ないもんね」
「それ、どういう意味──?」
二人?……千紘のことは何も言っていないはずなのになぜそんな話をしているのだろう。
「私、先輩が琢磨くんのことが好きだって知ってた……だけど、その時には私も琢磨くんに恋をしてた……私、先輩を、裏切ったの」
「え……」
桃香は琢磨の顔を見れない。軽蔑されそうで、怖かった。
琢磨はショックだった……桃香がそんなことをする子に思えなかった。千紘を思うと心が痛んだ。千紘は全てを知った上で、俺たちの交際を応援していた。
『桃香ちゃんはいい子だよ。可愛くて、優しくて……』
『私も大好きだよ。琢磨は幸せ者だから──』
どんな気持ちで、いたんだろう。どんな気持ちで、笑ったんだろう。千紘はどんな気持ちで……。
「琢磨くんと付き合うことになって嬉しかったけど……先輩にはずっと言えなかった──あの日、あんな形で伝わってしまって後悔したの、ちゃんと私の口から言うべきだったのにって……あ、琢磨くんのせいじゃないよ? 言える時間は十分にあったのに」
桃香は思い出すように瞳を閉じた。
その口元は微かに震えていた。桃香は千紘の笑顔を思い出し胸が痛くなった。
「……俺は友達の好きな人とは、付き合わない。大事な友達を傷つけたく、ない……」
琢磨の言葉に桃香は息が止まりそうだった。
刺さる──胸に杭が刺さったみたいだった。
「俺は、友達を選ぶけど……桃香ちゃんは、俺を選んでくれたんだね」
低い琢磨の声が桃香の胸に下りてきた。責めるわけでもない、桃香を労わるような声が余計に辛かった。
「千紘は、桃香ちゃんが可愛いって言ってた。俺たちが出会う前にも千紘は可愛い後輩がいるんだって……抱きしめると赤ちゃんの匂いがするんだって言ってた」
「……っ」
桃香が一気に顔を歪ませた。顔が赤くなり堪えきれず俯いた。千紘がそう言って自分の頭を撫でてくれた事を思い出す。
恥ずかしい
醜い
情けない
消えちゃいたい……自分の欲が、怖い──。
先輩の笑顔が好きだったのに……どうして、あの時……先輩のことを考えられなかったのだろう。悔いても悔いても戻らないあの日……。
「千紘は優しいから……俺に何も言わなかったんだ。俺に桃香ちゃんの事黙ってた、あいつ、桃香ちゃんと幸せになれって……言ってた。俺たちのことどんな気持ちで──」
「琢磨くん、ごめん……」
「いや、いや違う。俺……俺が──悪い、二人の仲を無茶苦茶にした」
桃香は琢磨の顔を覗いた。その瞳は揺れていた。琢磨は何も知らなかった自分を振り返っていた。千紘にも、桃香にも謝りたかった。
「琢磨くんは先輩のこと友達って言ってたけど……絶対に、友達じゃない、友達のフリして……ずっと先輩のことが好きなのよ、琢磨くん。私のことも好きでいてくれた……だけど、先輩の事を思う感情は、群を抜いてる……」
涙を拭くと桃香は頷いた。琢磨の黒い瞳はまっすぐ桃香を捉えたままだ。
昨晩千紘の泣き顔を見てキスをした……。気がつくと抱き寄せて嫌がる千紘を閉じ込めた。
千紘が欲しい、そう思った。
俺は、千紘が好きだったんだ。ずっと、ずっと……友達じゃなかった。ずっと千紘に、恋してた。
ただ、怖くて気付かないふりをしていただけだった。
互いに恋人が出来ても俺たちの関係は変わらなかった。千紘のそばに俺がいて、俺が笑うと千紘も笑っていた……。
そばにいると思ってた。それがどんなに特別なことかも気付かなかった。
「桃香ちゃん、ごめん──俺、千紘が好きなんだ。ただの、友達じゃない……千紘がいなきゃ、ダメだった──」
桃香は唇を結ぶと悲しげに笑った。
「うん、失恋は覚悟してたから……今までありがとう……ごめんね」
桃香は引き出物の袋を持ち立ち上がった。
「琢磨くん、バイバイ」
桃香はそのまま歩き出した。
その後ろ姿はまっすぐ前を見て歩き続けていた。琢磨は振り返りゆっくりと歩き始めた。
しばらくすると桃香が立ち止まり後ろを振り返る。遠ざかる琢磨の背中を見て涙が溢れる。
「あぁあ……もう、振られるって分かってたのに──」
堰を切ったように流れる涙を手の甲で押さえる。人目があるとか、駅前だとかそんな事どうでもいい。ただ、今は──見えなくなるまで琢磨の背中を見ておきたかった。
2
お気に入りに追加
322
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

拝啓、大切なあなたへ
茂栖 もす
恋愛
それはある日のこと、絶望の底にいたトゥラウム宛てに一通の手紙が届いた。
差出人はエリア。突然、別れを告げた恋人だった。
そこには、衝撃的な事実が書かれていて───
手紙を受け取った瞬間から、トゥラウムとエリアの終わってしまったはずの恋が再び動き始めた。
これは、一通の手紙から始まる物語。【再会】をテーマにした短編で、5話で完結です。
※以前、別PNで、小説家になろう様に投稿したものですが、今回、アルファポリス様用に加筆修正して投稿しています。

好きだった人 〜二度目の恋は本物か〜
ぐう
恋愛
アンジェラ編
幼い頃から大好だった。彼も優しく会いに来てくれていたけれど…
彼が選んだのは噂の王女様だった。
初恋とさよならしたアンジェラ、失恋したはずがいつのまにか…
ミラ編
婚約者とその恋人に陥れられて婚約破棄されたミラ。冤罪で全て捨てたはずのミラ。意外なところからいつのまにか…
ミラ編の方がアンジェラ編より過去から始まります。登場人物はリンクしています。
小説家になろうに投稿していたミラ編の分岐部分を改稿したものを投稿します。


【完結】愛くるしい彼女。
たまこ
恋愛
侯爵令嬢のキャロラインは、所謂悪役令嬢のような容姿と性格で、人から敬遠されてばかり。唯一心を許していた幼馴染のロビンとの婚約話が持ち上がり、大喜びしたのも束の間「この話は無かったことに。」とバッサリ断られてしまう。失意の中、第二王子にアプローチを受けるが、何故かいつもロビンが現れて•••。
2023.3.15
HOTランキング35位/24hランキング63位
ありがとうございました!

女避けの為の婚約なので卒業したら穏やかに婚約破棄される予定です
くじら
恋愛
「俺の…婚約者のフリをしてくれないか」
身分や肩書きだけで何人もの男性に声を掛ける留学生から逃れる為、彼は私に恋人のふりをしてほしいと言う。
期間は卒業まで。
彼のことが気になっていたので快諾したものの、別れの時は近づいて…。

【完結済】姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです
鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
王国の片田舎にある小さな町から、八歳の時に母方の縁戚であるエヴェリー伯爵家に引き取られたミシェル。彼女は伯爵一家に疎まれ、美しい髪を黒く染めて使用人として生活するよう強いられた。以来エヴェリー一家に虐げられて育つ。
十年後。ミシェルは同い年でエヴェリー伯爵家の一人娘であるパドマの婚約者に嵌められ、伯爵家を身一つで追い出されることに。ボロボロの格好で人気のない場所を彷徨っていたミシェルは、空腹のあまりふらつき倒れそうになる。
そこへ馬で通りがかった男性と、危うくぶつかりそうになり──────
※いつもの独自の世界のゆる設定なお話です。何もかもファンタジーです。よろしくお願いします。
※この作品はカクヨム、小説家になろう、ベリーズカフェにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる