友達の肩書き

菅井群青

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心の底で

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 駅の改札の近くのベンチに座りただ、ひたすら時が過ぎるのを待っていた。週末の晩は駅の構内も多くの人で賑わっている。笑顔で通り過ぎる人たちを横目に琢磨はじっとその時を待っていた。

 琢磨は桃香に駅まで迎えに行くと連絡した。

 琢磨は今日桃香に別れを告げようとしていた。

 自分は桃香ちゃんが好きだと思っていた。それなのに、俺は千紘のことばかり考えていた。そしてようやく、なぜだか気付いた。


 今までの生活を思い返す。俺の生活は千紘中心だった。

『このCMのゲーム千紘すぐ買うだろうな』

『あ、この菓子千紘が教えてくれて──』

『これ買おう、千紘の餌だ』

 千紘がそばにいなくても、千紘はいた。

 改札の向こうから華やかな紺色のドレスを着た桃香が大きな荷物を手にやって来た。狭い改札を通るのも大変そうだ。

「琢磨くん、迎えに来てくれてありがとう」

「あぁ……持つよ、貸して」

 琢磨は白の紙袋を受け取るとゆっくり歩き始める。その背中を見て桃香は苦笑いする。桃香は琢磨のシャツの裾を掴むと引き留める。

「琢磨くん、話が、あるんじゃない?」

「……ああ」

 このまま桃香の部屋まで行き、話をするつもりだったが琢磨の様子に桃香が勘付いたようだ。さっきまで琢磨が座っていたベンチに桃香が座る。その隣に琢磨が腰掛けた。琢磨が話し出そうとすると桃香が慌てて視線を逸らして明るい声を出した。

「大丈夫、大丈夫、人がいる方が泣かなくて済むし」

 桃香には琢磨が話す内容がお見通しのようだ。琢磨は奥歯を噛み締めた。

「桃香ちゃん……ごめん、別れてほしい」

「やっぱりね……」

 桃香の言葉に琢磨は顔を上げる。桃香が耳につけていたパールのイヤリングを外す。その表情は穏やかだった。もっと怒られたり泣かれたりすると思っていた。

「元々……二人の間に横入りしたのは私だから仕方ないもんね」

「それ、どういう意味──?」

 二人?……千紘のことは何も言っていないはずなのになぜそんな話をしているのだろう。

「私、先輩が琢磨くんのことが好きだって知ってた……だけど、その時には私も琢磨くんに恋をしてた……私、先輩を、裏切ったの」

「え……」

 桃香は琢磨の顔を見れない。軽蔑されそうで、怖かった。
 琢磨はショックだった……桃香がそんなことをする子に思えなかった。千紘を思うと心が痛んだ。千紘は全てを知った上で、俺たちの交際を応援していた。

『桃香ちゃんはいい子だよ。可愛くて、優しくて……』

『私も大好きだよ。琢磨は幸せ者だから──』

 どんな気持ちで、いたんだろう。どんな気持ちで、笑ったんだろう。千紘はどんな気持ちで……。

「琢磨くんと付き合うことになって嬉しかったけど……先輩にはずっと言えなかった──あの日、あんな形で伝わってしまって後悔したの、ちゃんと私の口から言うべきだったのにって……あ、琢磨くんのせいじゃないよ? 言える時間は十分にあったのに」

 桃香は思い出すように瞳を閉じた。
 その口元は微かに震えていた。桃香は千紘の笑顔を思い出し胸が痛くなった。

「……俺は友達の好きな人とは、付き合わない。大事な友達を傷つけたく、ない……」

 琢磨の言葉に桃香は息が止まりそうだった。

 刺さる──胸に杭が刺さったみたいだった。

「俺は、友達を選ぶけど……桃香ちゃんは、俺を選んでくれたんだね」

 低い琢磨の声が桃香の胸に下りてきた。責めるわけでもない、桃香を労わるような声が余計に辛かった。

「千紘は、桃香ちゃんが可愛いって言ってた。俺たちが出会う前にも千紘は可愛い後輩がいるんだって……抱きしめると赤ちゃんの匂いがするんだって言ってた」

「……っ」

 桃香が一気に顔を歪ませた。顔が赤くなり堪えきれず俯いた。千紘がそう言って自分の頭を撫でてくれた事を思い出す。

 恥ずかしい
 醜い
 情けない
 消えちゃいたい……自分の欲が、怖い──。

 先輩の笑顔が好きだったのに……どうして、あの時……先輩のことを考えられなかったのだろう。悔いても悔いても戻らないあの日……。

「千紘は優しいから……俺に何も言わなかったんだ。俺に桃香ちゃんの事黙ってた、あいつ、桃香ちゃんと幸せになれって……言ってた。俺たちのことどんな気持ちで──」

「琢磨くん、ごめん……」

「いや、いや違う。俺……俺が──悪い、二人の仲を無茶苦茶にした」

 桃香は琢磨の顔を覗いた。その瞳は揺れていた。琢磨は何も知らなかった自分を振り返っていた。千紘にも、桃香にも謝りたかった。

「琢磨くんは先輩のこと友達って言ってたけど……絶対に、友達じゃない、友達のフリして……ずっと先輩のことが好きなのよ、琢磨くん。私のことも好きでいてくれた……だけど、先輩の事を思う感情は、群を抜いてる……」

 涙を拭くと桃香は頷いた。琢磨の黒い瞳はまっすぐ桃香を捉えたままだ。

 昨晩千紘の泣き顔を見てキスをした……。気がつくと抱き寄せて嫌がる千紘を閉じ込めた。

 千紘が欲しい、そう思った。

 俺は、千紘が好きだったんだ。ずっと、ずっと……友達じゃなかった。ずっと千紘に、恋してた。
 ただ、怖くて気付かないふりをしていただけだった。

 互いに恋人が出来ても俺たちの関係は変わらなかった。千紘のそばに俺がいて、俺が笑うと千紘も笑っていた……。
 そばにいると思ってた。それがどんなに特別なことかも気付かなかった。

「桃香ちゃん、ごめん──俺、千紘が好きなんだ。ただの、友達じゃない……千紘がいなきゃ、ダメだった──」

 桃香は唇を結ぶと悲しげに笑った。

「うん、失恋は覚悟してたから……今までありがとう……ごめんね」

 桃香は引き出物の袋を持ち立ち上がった。

「琢磨くん、バイバイ」

 桃香はそのまま歩き出した。
 その後ろ姿はまっすぐ前を見て歩き続けていた。琢磨は振り返りゆっくりと歩き始めた。

 しばらくすると桃香が立ち止まり後ろを振り返る。遠ざかる琢磨の背中を見て涙が溢れる。

「あぁあ……もう、振られるって分かってたのに──」

 堰を切ったように流れる涙を手の甲で押さえる。人目があるとか、駅前だとかそんな事どうでもいい。ただ、今は──見えなくなるまで琢磨の背中を見ておきたかった。
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