友達の肩書き

菅井群青

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階段を駆け上がる

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 あれから千紘は琢磨からの卒業を目指して努力を重ねていた。琢磨からの遊びの誘いもたまたまなかったので助かった。少しずつ琢磨の事を考えないようにした。

 最初は辛かったが琢磨が泊りにきた時のことを思い返せば辛くなり頑張ろうと思えた。
 心の中で唱える。

 琢磨は友達、友達、友達──大丈夫……。

 今まで想いを諦める時にたまたまアプローチをかけてきた男性とお付き合いをすることもあった。
 それなりに上手く行く事もあるが結局は心の奥に秘めた気持ちを読まれてしまったんだろう……皆しばらくして去ってしまった。誰かを利用するなんて最低だったと反省している。 どんな理由であれそれは良くない。

 でも……今回は今までとは違う……本気で琢磨を諦めるつもりだ。一人でゆっくり整理していこう。

 夕刻になり陽が傾いた頃、携帯電話を見ると琢磨からメールが来た。

 今日アパートに寄ってくれるか? 神業見せてくれ

 
 神業とはゲームの事だろう。偶然道で会ってからもう二週間だ。今回は断らずに会おうかな……。

 千紘はすぐにメールで了解とだけ返信した。早く帰るために急ぎの仕事を終わらせなければならない。

「桃香ちゃん、この付箋のところ修正できた?」

「あ、す、すみません! すぐに──」

 桃香が慌ててそのファイルを手にするとパソコンに向かう。最近桃香はミスが多い。どこかぼうっとしている……。疲れているのかもしれない。

「桃香ちゃん、疲れてるんじゃない? もう時間だし帰りなよ、私がやっとくから」

 桃香は泣きそうな顔をして千紘を見る。桃香は千紘と目が合うとハッと視線を逸らした。千紘は桃香の頭を撫でる。

「いつも頑張ってるんだから、ね? 帰りなよ」

「……っ、すみません──」

 桃香が帰った後修正分の仕事をやり終えた千紘はコーヒーを飲み休憩する。

 そろそろ行くか……琢磨のところに寄ってちょっと遊んで帰るか。ちゃんと友達として接する事が出来るだろうか──ときめかずにちゃんと笑えるだろうか……。

 千紘は握りこぶしを胸に当てた。

「頑張るぞ、オー……」

 琢磨のアパートまであっという間についた。インターホンを鳴らすと賑やかな足音が聞こえてきた。

「お、来たか、上がれよ!」

「お邪魔し──」

 千紘は玄関にヒールの靴があることに気がついた。千紘が靴に気付いたのが分かると琢磨がニンマリと笑った。

「驚いた? 桃香ちゃんも来てるんだ」

「もも、か──?」

 千紘が機械のようにオウム返しする。

「琢磨くんこの瓶──」

 リビングからエプロンをつけた桃香が玄関に出てきた。千紘の姿を見て手に持っていたドレッシングをフローリングに落とす。

 そこには一時間前に一緒にいた桃香が目の前にいた。

 ドクンッ ドクンッ──。

 自分の心臓の音が耳から聞こえる。琢磨が何か言っている気がするけど私には桃香ちゃんの真っ青な顔しか見えない。

 なんで? なんで? どうして──待って……これってどうなってんの?

 琢磨が千紘の背中を叩くと琢磨は桃香の隣に立つ。並んだ二人の姿は合成写真のようだった。

「お前も知ってると思うけど、俺たち付き合ったから一緒に飯でもどうかと思って──千紘の後輩だし」

「た、琢磨くん! ゲーマーの友達って先輩だったの?」

 桃香が琢磨の腕を掴む。

 付き合ってる。
 琢磨が? 誰と? 桃香ちゃんと?

 琢磨は千紘が固まっているのを見て桃香に声を掛ける。

「え? 言ってないの? なんで? さすがに言ったと思ったんだけど──」

 琢磨は千紘が可愛い後輩に手を出したから怒っているのだと思っていた。まさかまだ話してないとは思っていなかった。

「頃合いを見て、言おうと、思って……なんで急に──」

「あ、あぁ……桃香ちゃんに千紘の神業見せてやろうと思ってさ……千紘すごいんだよ、かっこいいんだ──」

 どうやら桃香が自分の口から言いたいからと琢磨に口止めしていたらしい。同じ会社で仲がいいのでもう話しているだろうと思ったようだ。付き合って五日ほど経っているらしい。桃香はその間千紘に敢えて黙っていたということになる。

──桃香ちゃん
──琢磨くん


 二人が会話をしているのが夢みたいだ。
 千紘は笑い出した。その笑い声に琢磨は首を傾げ、桃香は真っ青になり口を噤んだ。

 ドクンッ ドクンッ──。

 桃香ちゃんが琢磨に触れている。


 ドクンッ ドクンッ──。

 琢磨の桃香ちゃんを見る目が優しい。


 ドクンッ ドクンッ──。

 私は二人を見ているただの置物だ。


 目の前で言葉以外で叩きつけられたのは初めてだ──お前は、ただの友達だって。



 何かが切れた。

 笑えてきた。

 千紘が笑うと琢磨も笑う。横に並ぶ桃香とこう見ればお似合いだ。

「はは、なんだ、そうだったんだね。琢磨、あんたそういうのはちゃんと彼女に言っとかないと怒られるよ? サプライズなんて嫌われるんだからね?」

「悪い……つい楽しくて、嬉しくて……千紘のおかげで可愛い彼女ができて嬉しいよ。ありがとうな。言えなくて苦しかったー、めちゃくちゃ我慢したんだぜ?」

「そうなの。どういたしまして……とりあえず私は帰るから。後はお二人でどうぞ──じゃあね」

「え、おい! 千紘!」

 千紘は玄関のドアを閉めるとそのまま走り出した。心臓が痛くても、ヒールのせいで足先が痛くても、背後から琢磨の声が聞こえても、何があっても振り返らない……立ち止まりたくない。

 心が痛み出してきた頃ようやく千紘は立ち止まった。

「う、ううぅー……ふっう……」

 情けない。
 いい歳してこんな暗い道端で泣くだなんて最悪だ。どんなにアイツのために泣いたってムダなのに。

 何が悲しいか分からない。

 桃香ちゃんが隠れて琢磨と付き合ったから?
 琢磨が幸せそうに笑ったから?
 卒業を誓ったのに見事に心を揺さぶられたから?

──琢磨への想いが……溢れたから?

──それでも琢磨を想う自分が、情けないから?


「なんで……もう嫌だ……もう振り回されたくないのに──バッカみたい」

 千紘はしゃがみこみ顔を隠して泣いた。


 部屋では琢磨が慌てて上着を取り千紘の後を追おうとスニーカーを履いた。

 千紘の様子がおかしい……。

「桃香ちゃん、ごめん、すぐ戻るから待ってて……」

「待って!……あの、その──先輩今日調子が悪かったから、帰ったんだと思うの。だから、今は、そっとした方が──」

 桃香は千紘が泣いていると思った。とっさに琢磨に嘘をついた……琢磨は驚いたようだった。

「なんだ……そうなのか? 無理して来てくれたのか……悪いことしたな……」

 琢磨は靴を脱ぎリビングへ戻ると千紘へメールを送った。

 大丈夫か? 体に気をつけろよ。無理して来てもらってごめんな

 返信はなかった。よほど体が辛かったのだろう。


「おまたせしました」

 桃香の手料理が完成したようだ。それを見ると琢磨は破顔し席につく。桃香は美味しそうに晩御飯を頬張る琢磨の横顔を見つめていた。

「おかわりは?」

「あ、お願いしまーす」

 無邪気な琢磨の手から茶碗を受け取ると桃香は台所へと向かった。しゃもじを手にして動きが止まる。桃香は顔を歪ませると涙を堪えて白飯を茶碗によそうとリビングへと戻った。


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