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雨宿り
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その日は本当に土砂降りだった。
バケツに溜め込んだ雨を一気にひっくり返したみたいだ。
突然の豪雨の中、傘もささずに出て行こうとする私たちを取引先の事務員さんは引き止めたが気を遣わせてはいけないと降りしきる雨の中二人駆け出した。
車に乗り込むまでの間にもう既にスーツが重たく感じる。最近の豪雨は本当に凄まじい激しさだ。
寺田 菜月は会社の同僚と取引先に訪れた帰り道だった。ワイパーの意味がなくなるほどの激しい雨の降り方に思わず通りがかったスーパーの駐車場に停車する。取引先の駐車場で雨宿りするわけにはいかない。
「ちょっと危ないからこのままマシになるまで待とうか」
「うん、分かった」
菜月は装着したシートベルトを外してカバンからタオルを取り出し体についた雨水を少しでも吸収しようと押さえるがもう既に染み込みスーツの布地がごわついたようになってしまった。
運転席に座っていた同期の 矢田 海都もそれなりに濡れてしまっている。
肌につくシャツが鬱陶しそうだ。
矢田の黒髪の短い毛は濡れていて気持ちが悪いのか手櫛で搔き上げるがもうシャワーを浴びたように水気を含んでいる。
「ハンカチ貸そうか?」
「あ、あぁ悪いな──相変わらず寺田は準備がいいな」
菜月のピンクのハンカチを受け取ると腕や頰などを拭く。矢田とは同期だ。
昔サッカーをしていたらしいが横に座る矢田の肌も白くどちらかというとバスケ部みたいな印象だ。
二人はエンジンをかけたままフロントガラスに幾筋もの雨の通り道が出来るのをじっと見ている。車や地面に打ち付ける音がひどくて隣にいる相手の声すら聞こえづらい。
「すごい雨ね……」
「そうだな……会社に連絡しよう。これじゃ帰っても無駄だろう」
矢田が会社に連絡を入れる。
そのまま直帰するように言われて幾分か心が楽になる。ずぶ濡れのまま戻って仕事をすると思うと気が重かった。
「よし、あとは帰るだけだ。そこが難点だな……」
ハンドルに顎をつけるようにしてフロントガラスを見上げる。降りしきる雨は一向に止む気配はない。車や床に打ちつけた大粒の雫が跳ねて辺り一面真っ白く視界が悪い。
「しばらくは雨宿りだね、しょうがない」
「そうだな」
矢田は運転席の背もたれを少し倒して背伸びをする。ちらっと菜月の方を見ると手で倒せと促す。さすがに密室でしかも異性だ。そう簡単に出来ないが正直腰も痛い。菜月は誘惑に負けて「じゃ、ちょっとだけ」と背もたれを倒した。ほんの少しだけ。
横に矢田の横顔が見える。もう会社に戻らなくていいからかネクタイを外して襟元を緩めている。その動作が自然でつい見てしまう。横から見ると矢田の首筋が見えてつい顔を赤らめた。
入社してすぐに矢田とはすぐに親しくなった。明るくて誰にでも優しい矢田は誰からも好かれたしよくモテた。
もちろん、私も好意を寄せた一人だ。
だが、彼はモテすぎた。
いつも誰かと付き合っている。同期ということもあり親しくはなったものの恋愛対象に見られていないことに気付き、そっと恋心に蓋をした。
時折、飲み会の場で矢田の男の一面を垣間見ると先ほどのように顔が紅潮してしまう。自分でも分かっているがそれを抑える術を知らない。
入社して四年が経ち、その間に菜月も何人かの人と付き合った。もちろんちゃんと好きになって付き合った。
決して、矢田の代わりなんてことはない。だけど、いつも彼を目で追ってしまっていた。
きっと、まだ好きな気持ちが消え切れていないのだろう──。
頭の後ろにあった髪留めが車のヘッドレストに圧迫されて痛い。髪を一つにまとめるのに便利だが、地肌に棘のように刺さっている。背もたれを倒しているんだから余計だろう。菜月は髪留めを外し髪を下ろした。地肌に雨が入っていたので手櫛でほぐすとようやく頭にまとわりついていた気持ち悪さが取れてスッキリした。
ふと隣にいる矢田に目をやるとなぜかじっとこちらを見たまま動かない……というより固まっている。
「矢田くん、どうしたの?大丈夫?」
菜月は矢田の目の前に手をやると素早く振る。一気に覚醒した矢田は目を泳がせてまたフロントガラスに視線を戻した。
「……いや、なんでもない──」
その頰は赤くなっていた気がしたが外を覆う厚い雨雲のせいで視界がモノクロになりよく分からなかった。
その後菜月は再びフロントガラスをぼうっと見つめた。ゆっくりと流れる雨水がまるで生きているようにガラスの上を侵略するように張り巡らせている。まるでこの車ごと閉じ込められてしまったようだ。
もう少し……このままでいたい。二人きりでゆっくりできるのはきっと最後かもしれない……そんな気がした。
雨音が心地良く、いつのまにか菜月は夢の中へと落ちていった。
バケツに溜め込んだ雨を一気にひっくり返したみたいだ。
突然の豪雨の中、傘もささずに出て行こうとする私たちを取引先の事務員さんは引き止めたが気を遣わせてはいけないと降りしきる雨の中二人駆け出した。
車に乗り込むまでの間にもう既にスーツが重たく感じる。最近の豪雨は本当に凄まじい激しさだ。
寺田 菜月は会社の同僚と取引先に訪れた帰り道だった。ワイパーの意味がなくなるほどの激しい雨の降り方に思わず通りがかったスーパーの駐車場に停車する。取引先の駐車場で雨宿りするわけにはいかない。
「ちょっと危ないからこのままマシになるまで待とうか」
「うん、分かった」
菜月は装着したシートベルトを外してカバンからタオルを取り出し体についた雨水を少しでも吸収しようと押さえるがもう既に染み込みスーツの布地がごわついたようになってしまった。
運転席に座っていた同期の 矢田 海都もそれなりに濡れてしまっている。
肌につくシャツが鬱陶しそうだ。
矢田の黒髪の短い毛は濡れていて気持ちが悪いのか手櫛で搔き上げるがもうシャワーを浴びたように水気を含んでいる。
「ハンカチ貸そうか?」
「あ、あぁ悪いな──相変わらず寺田は準備がいいな」
菜月のピンクのハンカチを受け取ると腕や頰などを拭く。矢田とは同期だ。
昔サッカーをしていたらしいが横に座る矢田の肌も白くどちらかというとバスケ部みたいな印象だ。
二人はエンジンをかけたままフロントガラスに幾筋もの雨の通り道が出来るのをじっと見ている。車や地面に打ち付ける音がひどくて隣にいる相手の声すら聞こえづらい。
「すごい雨ね……」
「そうだな……会社に連絡しよう。これじゃ帰っても無駄だろう」
矢田が会社に連絡を入れる。
そのまま直帰するように言われて幾分か心が楽になる。ずぶ濡れのまま戻って仕事をすると思うと気が重かった。
「よし、あとは帰るだけだ。そこが難点だな……」
ハンドルに顎をつけるようにしてフロントガラスを見上げる。降りしきる雨は一向に止む気配はない。車や床に打ちつけた大粒の雫が跳ねて辺り一面真っ白く視界が悪い。
「しばらくは雨宿りだね、しょうがない」
「そうだな」
矢田は運転席の背もたれを少し倒して背伸びをする。ちらっと菜月の方を見ると手で倒せと促す。さすがに密室でしかも異性だ。そう簡単に出来ないが正直腰も痛い。菜月は誘惑に負けて「じゃ、ちょっとだけ」と背もたれを倒した。ほんの少しだけ。
横に矢田の横顔が見える。もう会社に戻らなくていいからかネクタイを外して襟元を緩めている。その動作が自然でつい見てしまう。横から見ると矢田の首筋が見えてつい顔を赤らめた。
入社してすぐに矢田とはすぐに親しくなった。明るくて誰にでも優しい矢田は誰からも好かれたしよくモテた。
もちろん、私も好意を寄せた一人だ。
だが、彼はモテすぎた。
いつも誰かと付き合っている。同期ということもあり親しくはなったものの恋愛対象に見られていないことに気付き、そっと恋心に蓋をした。
時折、飲み会の場で矢田の男の一面を垣間見ると先ほどのように顔が紅潮してしまう。自分でも分かっているがそれを抑える術を知らない。
入社して四年が経ち、その間に菜月も何人かの人と付き合った。もちろんちゃんと好きになって付き合った。
決して、矢田の代わりなんてことはない。だけど、いつも彼を目で追ってしまっていた。
きっと、まだ好きな気持ちが消え切れていないのだろう──。
頭の後ろにあった髪留めが車のヘッドレストに圧迫されて痛い。髪を一つにまとめるのに便利だが、地肌に棘のように刺さっている。背もたれを倒しているんだから余計だろう。菜月は髪留めを外し髪を下ろした。地肌に雨が入っていたので手櫛でほぐすとようやく頭にまとわりついていた気持ち悪さが取れてスッキリした。
ふと隣にいる矢田に目をやるとなぜかじっとこちらを見たまま動かない……というより固まっている。
「矢田くん、どうしたの?大丈夫?」
菜月は矢田の目の前に手をやると素早く振る。一気に覚醒した矢田は目を泳がせてまたフロントガラスに視線を戻した。
「……いや、なんでもない──」
その頰は赤くなっていた気がしたが外を覆う厚い雨雲のせいで視界がモノクロになりよく分からなかった。
その後菜月は再びフロントガラスをぼうっと見つめた。ゆっくりと流れる雨水がまるで生きているようにガラスの上を侵略するように張り巡らせている。まるでこの車ごと閉じ込められてしまったようだ。
もう少し……このままでいたい。二人きりでゆっくりできるのはきっと最後かもしれない……そんな気がした。
雨音が心地良く、いつのまにか菜月は夢の中へと落ちていった。
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