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96.家庭教師
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千鶴はこれでもかというぐらい大きい門の前に佇んでいた。泥棒さん、入れるものなら入ってごらんと言いたげなほど高い壁に覆われたその豪邸を前にして呆然としていた。
「なんで、私なんかが呼ばれたの?」
千鶴は大学生だ。親の紹介で家庭教師をすることになったのだが、少し話が違う。
『千鶴、家庭の事情で塾に通えない男の子がいるんだけど、あんたちょっと行って教えてあげてくれない?』
母親の言葉が蘇る。てっきり家庭の経済状況が厳しい子かと思ったが……そうではないようだ。逆に金持ちすぎて通えない方か……?
先方たっての希望で家庭教師を受けることにしたのだが、早くも後悔している。私なんかが高校生を教えるだけでもおこがましいのに、こんな金持ちの男の子なんて英才教育を受けていて、絶対いい学校に通っている。
「ま、どうせクビになるでしょ……そうよ、今日一日頑張れば……」
千鶴は諦めてインターホンを押した。
「はじめまして、武藤華月です。高校二年です。千鶴先生よろしくお願いします」
「は、はぁ……」
部屋に通されるとそこにはさらさらの黒髪に天使のような笑顔の男の子が立っていた。男の子と言っても四歳しか離れていないので華月の身長は千鶴よりもはるかに高い。
さらには、まさかの名字ではなく下の名前で呼ばれている。驚きの連鎖に千鶴は言葉も出てこない。頷き握手をするのが精一杯だ。
なぜかこの部屋に案内してくれた執事らしき男性が信じられないようなものを見た顔をしていたのが気にかかった。華月くんの自己紹介に変なところでもあったのだろうか。
早速どれぐらい理解しているのかを知るために数学の問題集を解いてもらう。
時折手を止めて考えているようなので千鶴がヒントをあげるとそのあとはさらさらと解いていく。家庭教師がいらないレベルだと思うのだが、どうやら今の通っている高校ではこれでは不十分らしい。もはや千鶴の教えられるレベルではない。
英語もそれなりに理解しているようだ。ただ、やはり基本的なところが分かっていないのか時折ペンが止まるところがあった。
あっという間に時間が過ぎ、千鶴は華月に思い切って話をすることにした。
「華月くん、申し訳ないんだけど……華月くんのレベルは私が教えられるレベルじゃないわ。折角だけどもう少しレベルの高い家庭教師を──」
「いえ、結構です。千鶴先生にお願いしたいんです」
華月は真剣な眼差しでこちらを見る。その熱意は有難いんだけど、私の頭はそんなに良く出来ていない。
「いや、でも──私の男友達に〇〇大学の子がいるんだけどその子に聞いてみようか?」
華月の顔が一瞬、ほんの一瞬殺気立った。
ん?
すぐに華月は天使のような笑顔に戻ると瞳を潤ませ千鶴の手を握る。
「先生──お願いです……半年、いや、三ヶ月でいいので引き受けてください……お願いします。先生のアドバイスが最高に相性がいいみたいなんです──」
「は、はぁ……ま、華月くんがいいのなら……」
熱意に押され三ヶ月家庭教師を継続することになった。本当にこれでいいのか不安になる。華月はノートを片付けるとドアの向こうの執事に声をかける。
「城島、ケーキをご用意しろ──千鶴先生は紅茶とコーヒーどちらがよろしいですか?」
「あ、コーヒーでお願いします。ごめんなさい気を使わせてしまって」
「こちらへどうぞ……いえいえ、お付き合い頂けると嬉しいです。ケーキを一人で食べるなんて寂しいですからね」
部屋に置いてあった革のソファーに腰掛けると驚くほど座り心地が良くて思わず何度も座り直す。その様子を見て華月は微笑んでいた。
運ばれてきたケーキは高級ケーキ屋さんの限定品だった。テレビで放送していたのを思い出す。千鶴はケーキを堪能し至福の時間を過ごした。そのまま幸せな気分で夢の中に落ちていった……。
「…………華月様、犯罪ですよ?」
「何がだ? 美味しいものを食べて眠ってしまっただけだろう」
華月は悪びれもせずに優雅に紅茶を飲んでいる。城島は主人の腹黒さに大きく息を吐いた。
ケーキを食べ終わると華月は千鶴の横に腰掛ける。千鶴の茶色に染められた髪を撫でて目を細めた。
「黒髪の方が、よかったのにな……千鶴ちゃん」
『──僕、何泣いてるの?お姉ちゃんと一緒に遊ぼうか』
幼い頃の記憶が蘇る。
華月は千鶴との出会いを思い出していた。千鶴は覚えていないようだが、二人は随分と前に一度出会っていた。
城島がお辞儀をして退室すると華月は千鶴の唇にキスをした。触れるだけのキスでも華月の心は喜びで震えた。
「ようやく会えたんだ……どうか……僕のものになって」
葉月はもう一度千鶴の唇にキスをする。深く口付けると千鶴が苦しそうな顔をした。華月はすぐに体を離すと溜息を漏らした。
「──好きすぎて、壊しそう……」
華月はそのまま自分の膝に千鶴の頭を乗せると千鶴の頭を優しく撫でた。
「なんで、私なんかが呼ばれたの?」
千鶴は大学生だ。親の紹介で家庭教師をすることになったのだが、少し話が違う。
『千鶴、家庭の事情で塾に通えない男の子がいるんだけど、あんたちょっと行って教えてあげてくれない?』
母親の言葉が蘇る。てっきり家庭の経済状況が厳しい子かと思ったが……そうではないようだ。逆に金持ちすぎて通えない方か……?
先方たっての希望で家庭教師を受けることにしたのだが、早くも後悔している。私なんかが高校生を教えるだけでもおこがましいのに、こんな金持ちの男の子なんて英才教育を受けていて、絶対いい学校に通っている。
「ま、どうせクビになるでしょ……そうよ、今日一日頑張れば……」
千鶴は諦めてインターホンを押した。
「はじめまして、武藤華月です。高校二年です。千鶴先生よろしくお願いします」
「は、はぁ……」
部屋に通されるとそこにはさらさらの黒髪に天使のような笑顔の男の子が立っていた。男の子と言っても四歳しか離れていないので華月の身長は千鶴よりもはるかに高い。
さらには、まさかの名字ではなく下の名前で呼ばれている。驚きの連鎖に千鶴は言葉も出てこない。頷き握手をするのが精一杯だ。
なぜかこの部屋に案内してくれた執事らしき男性が信じられないようなものを見た顔をしていたのが気にかかった。華月くんの自己紹介に変なところでもあったのだろうか。
早速どれぐらい理解しているのかを知るために数学の問題集を解いてもらう。
時折手を止めて考えているようなので千鶴がヒントをあげるとそのあとはさらさらと解いていく。家庭教師がいらないレベルだと思うのだが、どうやら今の通っている高校ではこれでは不十分らしい。もはや千鶴の教えられるレベルではない。
英語もそれなりに理解しているようだ。ただ、やはり基本的なところが分かっていないのか時折ペンが止まるところがあった。
あっという間に時間が過ぎ、千鶴は華月に思い切って話をすることにした。
「華月くん、申し訳ないんだけど……華月くんのレベルは私が教えられるレベルじゃないわ。折角だけどもう少しレベルの高い家庭教師を──」
「いえ、結構です。千鶴先生にお願いしたいんです」
華月は真剣な眼差しでこちらを見る。その熱意は有難いんだけど、私の頭はそんなに良く出来ていない。
「いや、でも──私の男友達に〇〇大学の子がいるんだけどその子に聞いてみようか?」
華月の顔が一瞬、ほんの一瞬殺気立った。
ん?
すぐに華月は天使のような笑顔に戻ると瞳を潤ませ千鶴の手を握る。
「先生──お願いです……半年、いや、三ヶ月でいいので引き受けてください……お願いします。先生のアドバイスが最高に相性がいいみたいなんです──」
「は、はぁ……ま、華月くんがいいのなら……」
熱意に押され三ヶ月家庭教師を継続することになった。本当にこれでいいのか不安になる。華月はノートを片付けるとドアの向こうの執事に声をかける。
「城島、ケーキをご用意しろ──千鶴先生は紅茶とコーヒーどちらがよろしいですか?」
「あ、コーヒーでお願いします。ごめんなさい気を使わせてしまって」
「こちらへどうぞ……いえいえ、お付き合い頂けると嬉しいです。ケーキを一人で食べるなんて寂しいですからね」
部屋に置いてあった革のソファーに腰掛けると驚くほど座り心地が良くて思わず何度も座り直す。その様子を見て華月は微笑んでいた。
運ばれてきたケーキは高級ケーキ屋さんの限定品だった。テレビで放送していたのを思い出す。千鶴はケーキを堪能し至福の時間を過ごした。そのまま幸せな気分で夢の中に落ちていった……。
「…………華月様、犯罪ですよ?」
「何がだ? 美味しいものを食べて眠ってしまっただけだろう」
華月は悪びれもせずに優雅に紅茶を飲んでいる。城島は主人の腹黒さに大きく息を吐いた。
ケーキを食べ終わると華月は千鶴の横に腰掛ける。千鶴の茶色に染められた髪を撫でて目を細めた。
「黒髪の方が、よかったのにな……千鶴ちゃん」
『──僕、何泣いてるの?お姉ちゃんと一緒に遊ぼうか』
幼い頃の記憶が蘇る。
華月は千鶴との出会いを思い出していた。千鶴は覚えていないようだが、二人は随分と前に一度出会っていた。
城島がお辞儀をして退室すると華月は千鶴の唇にキスをした。触れるだけのキスでも華月の心は喜びで震えた。
「ようやく会えたんだ……どうか……僕のものになって」
葉月はもう一度千鶴の唇にキスをする。深く口付けると千鶴が苦しそうな顔をした。華月はすぐに体を離すと溜息を漏らした。
「──好きすぎて、壊しそう……」
華月はそのまま自分の膝に千鶴の頭を乗せると千鶴の頭を優しく撫でた。
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