100のキスをあなたに

88.料理

　結婚して三年になる夫の和樹が突然晩御飯を作ると言い出した。

「俺に任せて綾は座ってて」

「うん……本当に大丈夫？」

　和樹は大学で一人暮らしをしていた時以来料理をしていない。結婚した今はインスタントラーメンを作ることしかしていないはずだ。なぜかよく分からないが突然エプロンを締めて気合を入れている。

　我が家の台所は広い。
　料理が好きな私のためにかなりいいキッチンを作ってくれた。和樹は私の作ったご飯が美味しいと言ってくれる。美味しそうにご飯を平らげるその姿を見るのが一日の終わりの癒しだ。

「あー？　中火──真ん中か」

　ガチャン！！

「ちょっと、大丈夫？」

「あ、ごめんごめん……大丈夫だから来ないで」

　台所から激しい音が聞こえてきて気になって仕方がない。

　しばらくすると出汁のいい匂いがしてきた。おかしい……こんなに匂いがするのか？

「和樹ー、換気扇回してる？」

「あ、忘れてた」

　全てが気になる……見ているテレビの内容も全然頭の中に入ってこない。

　二時間後、ようやく和樹の晩御飯が完成した。食卓に並べられた料理に思わず笑みがこぼれた。

　白飯
　味噌汁
　目玉焼き
　サラダ
　サバの味噌煮

　純和風な朝食だ。綾の反応に和樹は少し顔を赤らめた。

「綾のようには行かないけど……味は大丈夫なはず」

「いや、上手だよ。美味しそう……」

　和樹は向かいの椅子に座ると手を合わせて嬉しそうに笑った。

「いただきます」

「はい、いただきます」

　味噌汁も出汁が効いていて五臓六腑に染み渡るようだ。自分で作るより誰かに作ってもらった方が美味しい。

「和樹、美味しいよ」

「そうか、よかった……」

　大満足の晩ご飯だった。食べ終わった皿を片付けようとすると和樹がその皿を受け取った。

「最後までやるから……」

「和樹、なんで急に晩御飯作ろうと思ったの？　なんか怪しいね……」

　和樹が綾の鋭い視線に慌てて否定する。

「違うぞ、浮気じゃないくて──、防ぐ……いや！　なんでもない！」

「和樹……どういうこと？」

　どうやら会社で奥さんのご飯が美味しいと話していると和樹が全く料理をしないことに女性社員や既婚の先輩が脅しをかけてきた。

『料理もしないなんて……捨てられてもいいんですか？　今時ちょっとぐらいできないとね……』

『俺でもさすがにするよ？　手伝うし……どうするんだー？　いいのかー？　三年目の浮気って言うしな』

　和樹は同僚たちの言葉に真っ青になり帰ってきたらしい。

「だから、その……ちゃんと作れるようにならなきゃ綾に愛想尽かされると思って──」

　綾は和樹の背中を叩いた。

「バカね、そんなことないよ。美味しく食べてくれるのを見るのが好きなんだから……でも、たまにこうして作ってくれると……嬉しいかも」

　綾が和樹の胸に両手を添えた。そのまま背伸びをして口付けた。和樹はそのまま綾を抱きしめると深く口付ける。綾の舌を絡ませて口内を堪能する。久し振りにベッド以外でこんなキスをした……。

「綾、片付け……後でいい？」

「後で、一緒にしようか？」

　そのまま和樹は綾を抱えると寝室まで運んだ。

　次の朝、既婚の先輩が揶揄うように話しかける。

「おい、どうだった？　早速料理作ったのか？」

「はい、色々と大活躍でした」

　和樹は嬉しそうに笑った。