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60.シートベルト
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今日は親友の真衣の結婚式だ。
家から駅まで歩いて十五分かかる。特にこのピンヒールでは、駅に着く頃にはもうまともに歩く事は困難だろう。
真琴は母親に駅まで送ってもらうことになっていた。だが、肝心の母親は急に仕事のシフトが変わったらしく慌てて仕事へと出掛けてしまった。
途方にくれていた私を偶然通りかかった隣の家に住むおばさんが車で送ってくれることになった。
──良かった。助かった……。
捨てる神あれば拾う神ありかと感謝をしていたのだが……。
バタン
「え?」
運転席に乗り込みドアを閉めた人物を見て驚愕した。もう何年も話していない幼馴染の大和だった。不機嫌そうに私の姿に目をやると黙ってエンジンをかけた。
「なんで俺がこんなこと……」
「いやいや、私だってアンタだと分かっていれば断ったわよ」
運転席の大和が黙ってシートベルトを締める。
高校三年生のある日、大和が当時私が付き合っていた彼氏を殴った。彼氏は口の中が切れて血だらけになった……。
理由を問いただしても答えようとしなかった大和に私は平手打ちをした。
『アンタとはもう他人だから』
『……勝手にしろ』
それから三年……あんなに仲が良かった私達は一瞬にして隣の住人でもない、赤の他人になった。
寂しかった。
でも、言ってしまった言葉を取り消す方法が分からなかった。高校が違う私達の接点はなくなった。
「……ほら、シートベルトしろって」
「あ、はいはい」
昔を思い出し上の空だったらしい……。
横に座る大和は大人になっていた。確かおばさんが大学に進学したと言っていた。そこからは大和の情報は更新されていない……。
いつ免許取ったの?
顎髭生えるようになったの?
ボーダー依存症だったのにいつから黒っぽい服が好きになったの?
彼女いるの?──なんで、あの日、あんなことしたの?
あれからすぐその彼氏とは別れた。別れた理由は……もう覚えていない。駅に到着すると真琴はお礼を言い車を降りる。
「帰りはこの番号に掛けろ──荷物も多いだろう」
携帯番号が書かれた紙を手渡し大和は車を発進した。
親友の真衣の披露宴は本当に涙が溢れた。
身近な友の結婚式ほど感情移入してしまう。
二次会も終わりようやく真琴は皆と別れて最寄りの駅に向かった。すっかり辺りは暗い。真琴は電車に乗り悩んだ末、大和にメールをした。
今〇〇駅出た。ごめん、お迎えよろしく
絵文字も入れないそっけないメールだが絵文字を入れる勇気はない。私は怒りに任せて大切な幼馴染との縁を切ってしまったのだから。
駅に着くとさすがにまだ到着していないようだ。甘えて良いものか悩みに悩んで送信した時にはかなり時間が経っていた。
とりあえず駅のロータリーで待てばいいだろう……。
真琴はロータリーのベンチに座り携帯電話で撮った結婚式の写真を見返す。
可愛かったな、幸せそうだったな……自分にもこんな笑顔になれる日が来るといいけれど……。
彼氏もいない自分には遠い先の話だ。
「ねぇ、君、一人なの?」
「え?」
目の前に見るからに軽そうな男が立っていた。周りを見渡すが誰もいない、まさか私に声を掛けているのか? 自慢じゃないが、こんな風に声を掛けられるのは初めてだ。真面目な見た目の真琴とは無縁だ。
まさかこんな風にナンパされる日が来るとは。
「あ、あの……いや、友達を待ってるんで」
「じゃあ、その友達も一緒にドライブしない?」
男は真琴のドレスの裾から伸びる脚に視線を落とす。
気持ちが悪い
「いえ、もう帰るんで……」
真琴が立ち上がりその場を立ち去ろうとすると男は真琴の肩を掴みそばに停めてあった車へ連れて行こうとする。
怖い
助けて
「すみません、俺の連れに何か用ですか?」
「──チッ、なんだよ、男連れかよ」
男は真琴の体から手を離し車に乗り込むとあっという間に立ち去った。
大和は私の荷物を持ち手首を掴むと車へと向かった。かなり怒っているのか大和は何も言わない。
大和は車に私を押し込む。運転席に乗り込むとギロッとこちらを睨みつける。
「危ないだろうが! 何やってんだよ! もっと早く連絡しろよ、女一人でうろちょろしてんじゃねぇ!」
「……っ、ごめ──」
声が出ない。体も震えている……。大和の顔を見てホッとしたせいだ。みるみる涙腺が緩んでいくのが分かる。泣くつもりはなかったが止まらない。大和は黙り込むと溜息をついたのが分かった。
「……帰ろう、シートベルトして」
「うん」
私はシートベルトを引っ張るが指に力が入らず上手く引けない。情けない……焦れば焦るほどダメだ。
「……貸して」
大和が身を乗り出しシートベルトを締めてくれる。至近距離に感じる大和の気配に思わず顔を上げる。
大和は真琴の泣き顔に一瞬表情が強張るが、すぐに眉間に皺を寄せる。
「あ──」
次の瞬間大和と私の距離はゼロになる。あっという間に唇を奪われる。
初めてのキスなのになんでだろう……懐かしい。真琴は無意識に瞳を閉じる。
大和が離れるとゆっくりと瞼を開けた。大和は唇を噛み締めながら運転席へと戻り悔しそうな表情を見せた。
「なんで、大和──」
「好きだからに、決まってんだろう。……もう、忘れたと思っていたのに、会ったらこれだ……最悪だよ、真琴のことなんか忘れたかった」
「やま、と──」
私はそのまま顔をくしゃくしゃにして泣き出した。大和は私の頭を撫でてくれた。
私たちはあの時の話をした。
元彼は二股かけていた……それを知った大和が問い詰めて殴ったらしい。
「言ってくれれば──」
「お前に泣かれるのが一番嫌なんだ、知ってるだろうが」
思わず私は大和に抱きついた。大和は文句を言いながらもおずおずと私の頭を撫でてくれた。
家から駅まで歩いて十五分かかる。特にこのピンヒールでは、駅に着く頃にはもうまともに歩く事は困難だろう。
真琴は母親に駅まで送ってもらうことになっていた。だが、肝心の母親は急に仕事のシフトが変わったらしく慌てて仕事へと出掛けてしまった。
途方にくれていた私を偶然通りかかった隣の家に住むおばさんが車で送ってくれることになった。
──良かった。助かった……。
捨てる神あれば拾う神ありかと感謝をしていたのだが……。
バタン
「え?」
運転席に乗り込みドアを閉めた人物を見て驚愕した。もう何年も話していない幼馴染の大和だった。不機嫌そうに私の姿に目をやると黙ってエンジンをかけた。
「なんで俺がこんなこと……」
「いやいや、私だってアンタだと分かっていれば断ったわよ」
運転席の大和が黙ってシートベルトを締める。
高校三年生のある日、大和が当時私が付き合っていた彼氏を殴った。彼氏は口の中が切れて血だらけになった……。
理由を問いただしても答えようとしなかった大和に私は平手打ちをした。
『アンタとはもう他人だから』
『……勝手にしろ』
それから三年……あんなに仲が良かった私達は一瞬にして隣の住人でもない、赤の他人になった。
寂しかった。
でも、言ってしまった言葉を取り消す方法が分からなかった。高校が違う私達の接点はなくなった。
「……ほら、シートベルトしろって」
「あ、はいはい」
昔を思い出し上の空だったらしい……。
横に座る大和は大人になっていた。確かおばさんが大学に進学したと言っていた。そこからは大和の情報は更新されていない……。
いつ免許取ったの?
顎髭生えるようになったの?
ボーダー依存症だったのにいつから黒っぽい服が好きになったの?
彼女いるの?──なんで、あの日、あんなことしたの?
あれからすぐその彼氏とは別れた。別れた理由は……もう覚えていない。駅に到着すると真琴はお礼を言い車を降りる。
「帰りはこの番号に掛けろ──荷物も多いだろう」
携帯番号が書かれた紙を手渡し大和は車を発進した。
親友の真衣の披露宴は本当に涙が溢れた。
身近な友の結婚式ほど感情移入してしまう。
二次会も終わりようやく真琴は皆と別れて最寄りの駅に向かった。すっかり辺りは暗い。真琴は電車に乗り悩んだ末、大和にメールをした。
今〇〇駅出た。ごめん、お迎えよろしく
絵文字も入れないそっけないメールだが絵文字を入れる勇気はない。私は怒りに任せて大切な幼馴染との縁を切ってしまったのだから。
駅に着くとさすがにまだ到着していないようだ。甘えて良いものか悩みに悩んで送信した時にはかなり時間が経っていた。
とりあえず駅のロータリーで待てばいいだろう……。
真琴はロータリーのベンチに座り携帯電話で撮った結婚式の写真を見返す。
可愛かったな、幸せそうだったな……自分にもこんな笑顔になれる日が来るといいけれど……。
彼氏もいない自分には遠い先の話だ。
「ねぇ、君、一人なの?」
「え?」
目の前に見るからに軽そうな男が立っていた。周りを見渡すが誰もいない、まさか私に声を掛けているのか? 自慢じゃないが、こんな風に声を掛けられるのは初めてだ。真面目な見た目の真琴とは無縁だ。
まさかこんな風にナンパされる日が来るとは。
「あ、あの……いや、友達を待ってるんで」
「じゃあ、その友達も一緒にドライブしない?」
男は真琴のドレスの裾から伸びる脚に視線を落とす。
気持ちが悪い
「いえ、もう帰るんで……」
真琴が立ち上がりその場を立ち去ろうとすると男は真琴の肩を掴みそばに停めてあった車へ連れて行こうとする。
怖い
助けて
「すみません、俺の連れに何か用ですか?」
「──チッ、なんだよ、男連れかよ」
男は真琴の体から手を離し車に乗り込むとあっという間に立ち去った。
大和は私の荷物を持ち手首を掴むと車へと向かった。かなり怒っているのか大和は何も言わない。
大和は車に私を押し込む。運転席に乗り込むとギロッとこちらを睨みつける。
「危ないだろうが! 何やってんだよ! もっと早く連絡しろよ、女一人でうろちょろしてんじゃねぇ!」
「……っ、ごめ──」
声が出ない。体も震えている……。大和の顔を見てホッとしたせいだ。みるみる涙腺が緩んでいくのが分かる。泣くつもりはなかったが止まらない。大和は黙り込むと溜息をついたのが分かった。
「……帰ろう、シートベルトして」
「うん」
私はシートベルトを引っ張るが指に力が入らず上手く引けない。情けない……焦れば焦るほどダメだ。
「……貸して」
大和が身を乗り出しシートベルトを締めてくれる。至近距離に感じる大和の気配に思わず顔を上げる。
大和は真琴の泣き顔に一瞬表情が強張るが、すぐに眉間に皺を寄せる。
「あ──」
次の瞬間大和と私の距離はゼロになる。あっという間に唇を奪われる。
初めてのキスなのになんでだろう……懐かしい。真琴は無意識に瞳を閉じる。
大和が離れるとゆっくりと瞼を開けた。大和は唇を噛み締めながら運転席へと戻り悔しそうな表情を見せた。
「なんで、大和──」
「好きだからに、決まってんだろう。……もう、忘れたと思っていたのに、会ったらこれだ……最悪だよ、真琴のことなんか忘れたかった」
「やま、と──」
私はそのまま顔をくしゃくしゃにして泣き出した。大和は私の頭を撫でてくれた。
私たちはあの時の話をした。
元彼は二股かけていた……それを知った大和が問い詰めて殴ったらしい。
「言ってくれれば──」
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