100のキスをあなたに

菅井群青

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56.廊下

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「…………」

「……おい」

「…………」

「…………おいって」

 ガラッ

「小谷! 小山! お前らうるさいぞ! 黙って立て!」

「……すみません」

「はい……」

 よりによって生活指導の厳しい怖い先生……鬼池田の数学の時間に後ろの席の小山が私にちょっかいをかけてきた。

 消しゴムを投げ、背中を突つき、しまいには後ろから椅子の底を足先で蹴ってきた。最初は我慢していたが、だんだんとエスカレートするちょっかいに我慢できなくなった。思わず教科書の角で小山の頭を殴ると鬼池田に見つかりそのまま廊下に立たされることになった。

 曇りガラスの向こうではクラスメートたちが黙々と数式を解いているだろう。時折鬼池田の「試験出るぞ」という声に私は反応する。

 どうせ何も見えないのだからと諦める。あとで友達にノートを写させてもらわないといけない。

 私が大きなため息を漏らすと横に立つ小山が少し反省したのか口を尖らせてズボンのポケットに手を突っ込んだ。

「悪かったよ……つい、虐めたくなって」

「……黙れ」

「小谷……こんな事今言うのおかしいんだけどさ……」

「いや、黙れってば」

「お前のこと好き……」

 小山の声に思わず固まる。恐る恐る見上げると小山の切なそうな顔があった。

「は、はぁ!?」

 ガラッ

「小谷! 小山!」

 再び鬼池田が廊下へ顔を覗かせる。まずい、今度こそまずい……。鬼の形相で睨まれて姿勢が正された。

「すみません」

「ごめんなさい」

 二人は直立し気持ちがいいほどきれいにお辞儀をする。そのままブツブツ言いながら鬼池田は授業へと戻っていく。

「「…………」」

 沈黙が二人を包む。

──冗談言うのもいい加減にしなさいよ

──冗談じゃないって

 二人は口パクと身振り手振りで会話する。


──あんたバカなの?

──本気だって、好きなんだって

 耳元に顔を寄せると小山は囁いた。

「好きだから、いじめるんだって相場は決まってる……」

 少し小山の唇が耳朶に当たった。思わず真っ赤になると小山は口元を押さえて声が出ないように笑い出した。

──こいつ、また遊んでるな。信じるもんか……。

 無視をして窓の外を眺めていると小山が私の前に立つ。

 ん? なに?

 突然腰をかがめて唇にキスをした。小山の唇の温もりに包まれた。目の前が小山の顔でいっぱいになったのを呆然と見るしかなかった。

 驚きすぎて、声も出ない。みるみる顔が赤くなる。

 そのまま耳元に顔を寄せて小山が囁いた。

「本当だから、付き合って?」

「……は、は、はぁぁぁ!?」

 ガラッ

「小谷ー!! お前は何しとるんだ!!」

 そのあと私だけ鬼池田にたっぷりと絞られた……。小山は陰からニヤニヤして笑っていた。

 いつか絶対に殺してやる……そう思った。
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