100のキスをあなたに

菅井群青

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34.看病

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 春香は難しい顔をしながら勝手の違う台所でおかゆを作っている。高熱が出ているのに世話できるのは私しかいないとおばさんから頼まれてしまった。ただ、何年も遊ぶどころかろくな会話もしていない私になぜ白羽の矢が立ったのかは甚だ疑問だ。

 思いとは裏腹に美味しそうなおかゆを皿に移し盆に乗せた。それをゆっくりと二階に持っていく。ドアをノックせずに部屋に入っていく。部屋の主はどうせ眠ったままだ。
 部屋に入るとグレーの毛布にくるまって眠る幼馴染で腐れ縁の孝之の姿があった。ベッドのそばにおかゆを置き孝之の額に手を置いてみる。

 まだ、熱があるか……。薬も飲んだのに……。

 額に貼っていた冷却シートを外して新しいものと変えてやる。貼った瞬間気持ちが良かったのか少し微笑んだ気がした。その唇に思わず目がいってしまう。

 孝之と春香は幼馴染だが、中学進学後に全く話さなくなった。周りの環境がそうさせた。なんだか話しにくい空気になってしまってズルズルと高校まで続いてしまった。

 仲がよかったのにな……。

 いつも春香は孝之に話しかけたかった。でも孝之が成長期に入り、背が伸びてみるみるモテ出してからは余計に声をかけられなくなってしまった。

「孝之……」

「ん……?」

 思いのほか大きい声だったらしい。孝之を起こしてしまった。

「ほら、食べて……おかゆだよ」

「……春香? なんで、ここに──」

「いいから! さ、食べなよ」

 春香がスプーンで掬うとふぅふぅしてやる。その様子をじっと孝之が見つめる。すっかり目が覚めたようだ。

「さ、あーん」

「…………」

 孝之がスプーンに齧り付く。もぐもぐと食べると恥ずかしそうにそっぽ向いた。薬を飲ませると皿を片付けるために階段を降りた。

 しばらくして部屋に戻ると孝之は気持ちよさそうに仰向けで眠っていた。ベットサイドに近づくと孝之の横顔を見る。いつのまにか大人になっちゃって……。そっと孝之の顎に触れる。吸い込まれるようにその横顔に顔を近づける。

 唇が孝之の口角にそっと触れた。キスと呼ぶには不完全でそれでいて確かな唇の感触を感じた。

 なにやってんだろ……。

 春香はそのまま孝之の部屋を後にした。

 あくる日、いつもの通学路をマスクを付けた春香がトボトボと歩いていた。あの後春香の体調が悪くなりみるみる熱が上がってきた。どうやら孝之の風邪をもらったらしい。

ミイラ取りがミイラ……。何やってんだろう。だめだ、やっぱり学校休もう。

 春香はすぐ来た道を折り返す。すぐ後ろに孝之が歩いているのことに気付き、声を出して驚く。全く気がつかなかった。いつから後ろにいたのだろう。

「風邪か?」

「あ、うん……大したことないけど、帰るわ」

「じゃ、俺も帰るわ」

 は? 何を言っているんだろうか……。冗談、では無さそうだ。春香の通学カバンを奪い取り前を歩く孝之の背中をじっと見つめていた。

「いや、まじで大したことないから、孝之は学校行きなよ」

「俺も、看病する……」

 そう言って振り返った孝之の顔はどことなく赤くなっているように見える。孝之は屈むと春香にだけ聞こえるように耳元で囁く。

──今度はちゃんと目が覚めた時にキスしてくれるか?

 その言葉に真っ赤になる春香の腕を引き、孝之は歩き続けた。

 孝之の看病の甲斐あって春香は一日で回復した──。


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