100のキスをあなたに

菅井群青

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29.車で送るよ

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「うー、もう飲めない……」

「ちょっと飲みすぎだって……」

 今日は大学の友人の蘭と久しぶりに飲んでいた。今日の蘭は荒れていてペースを間違って飲んでいた。止めるのを聞かずに飲んだ結果こうして部屋に送り届けることになった。

「だから言ったのに……もう」

 蘭の部屋は駅から徒歩十五分程かかる。駅に着くと沙希は携帯電話からある人物の番号を探し出す。万が一を考え一応登録しておいたのだが、今日ほどその日の自分に感謝する日はない。

 コール音が聞こえて戸惑ったような声が聞こえる。

『もしもし……誰?』

「あ、大輔くん、沙希です……蘭の友達の」

『……え?……お前またそういうのやめろって言ったろ?』

「え? あ、えっと……すみません今〇〇駅に来てて蘭を迎えにきて欲しいんですけど──」

『え? 本物の沙希ちゃん? まじで?』

「えと、よくわかんないですけど……蘭、酔いつぶれちゃって……申し訳ないんですけど──」

『ごめん! ちょっと待ってて!』

 慌てた様子で電話が切られる。蘭のお兄さんは大学時代に何回か会ったことがある。蘭たちは東京で兄妹で二人暮らしをしているので、家に遊びに行った時に顔を合わした程度だが……。

 しばらく駅のロータリーで待っていると一台の車が目の前で停まった。スウェット姿の大輔が慌てて車から降りてきて沙希に頭を下げる。

「ごめん! また蘭のやつのいたずら電話かと……」

「いや、大丈夫です。じゃ、お願いします」

 酔った蘭を後部座席に押し込むと沙希は大輔に挨拶をして改札に向かおうとするがすぐに大輔に引き止められる。

「沙希ちゃん家どこ? 送ってくよ……もう終電ギリギリだし……」

時計を見ると後数分で終電だ。

「さ、乗って……ね?」

 いつもなら断るが蘭のお兄さんである大輔の誘いだ。沙希は甘えることにした。

 一旦アパートに寄り、蘭をベッドに置いてきた。蘭は乗り物酔いがひどいので吐かれると困ると言って笑っていた。そのまま車に乗って沙希の最寄の駅へと大輔はアクセルを踏んだ。

 運転している大輔はカッコよかった。昔はもっと髪の毛の色も明るかったがいつの間にか落ち着いた髪色の渋みのある男性へと変わっていた。

「……見られると、緊張するんだけど」

「あ、ごめんなさい。昔のことを思い出して……」

太輔はクスッと笑った。その横顔から目を逸らした。

「沙希ちゃんの記憶の中の俺はだいぶ派手だったんじゃないかな……今はだいぶ落ち着いちゃったな、真面目な仕事だしね」

「あ、この道……まっすぐでお願いします」

 大輔は指示器を出すと大きな道を曲がった。車だとあっという間に家に着いてしまう。アパートの前で車が停まる。

「ありがとうございました。助かりました! また遊びに行きますね」

 沙希がにっこり微笑むと大輔は微笑んでいた。ドアノブを掴んで出ようとした時に大輔は声を出した。

「あ、あの──」

「ん? はい……」

「もしよかったら……今度の休みに映画見に行かない? その、本当によかったらなんだけど……」

 そういう大輔の顔は心なしか赤い。こっちまでつられてしまう。

「あ、えっと、はい……行きましょうか」

 まさか大輔から誘ってくれるとは思わなかった。昔感じていた淡い思いが蘇る。

「えっと、じゃあ、また連絡するから──」

「はい……あの……ありがとうございました」

 大輔と沙希の視線が絡まった。一気に顔が赤くなる。狭い車内に二人きりだということにいまさら気付く。

 目が、離せない──。

 大輔の手が沙希の頰に触れる。お互いの瞳が揺らいでいるのがわかった。引き合うように唇が重なった。時間にしたら数秒だったのに随分と長くキスをしていたように思えた。

 突然けたたましく大輔の携帯電話が鳴り出す。大輔が面倒臭そうにその電話に出る。

「なんだ、わかってる……わかってるってば!……はいはい」

 大輔はそのまま携帯電話を沙希に手渡す。電話の主は蘭だった。

『沙希ーごめん、大丈夫? うちのクソ兄に手を出されてない? またわたしからきつく言っておくから……しつこい男って嫌よね。とりあえず気をつけて帰ってね!ありがとー』

 すっかり良いの冷めた蘭からだ。寝たらスッキリしたようだ。

「あの、じゃ、帰ります」

「うん、気をつけて……」

 大輔が手を振り車が帰っていった。
 沙希はその唇をそっと触れた。まだ感覚が残っていた。
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