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36.あの道を
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振り回されてばかり。
冬乃がそんなふうにおもわずついた溜息は、それでも幸せからくる溜息であることには違いなく。
お見通しのように目の前で、沖田がくすりと微笑った。
「それは同意?」
「あ」
はっと吐いたばかりの息を呑んだ冬乃の体が、引き寄せられる。
「ところで冬乃は、食事したの」
抱き締められながら直に頬に響いてくる沖田の言葉に、冬乃は顔を上げた。
「はい・・少しだけ」
作りながら小腹を満たしただけではある。
沖田は会合で多少食べているだろうし、深夜になるかもと言っていたのだから、待たずに食べても良かったものだが。
(といっても)
胸がいっぱいで、食欲があまり無いなんて口が裂けても言えない。
「食事が先でも、どちらでも俺は有難いけど、冬乃はどうしたい」
「私も先にお風呂でかまいません」
(・・て、)
今あっさり答えてしまったが。
(お風呂まさかほんとに一緒に入る・・とかじゃないよね?)
「ふうん」
試すように微笑い沖田が、冬乃を覗き込む。
「なら行こうか」
(やっぱり・・っ)
冬乃は未だ沖田の腕に包まれたまま。今から眩暈がした。
枯山水の小庭とは、建物を挟んで反対側に、台所の土間があり、そこを出て建物づたいに風呂場がある。
屯所の幹部用の風呂場をたったひとまわり小さくしただけの大きさで、広々としたその風呂場は、檜の香りに満ちていて、
冬乃は先ほど沸かしたばかりで湯気を伴うその空間へと、沖田に手を引かれて入ってゆく。
脱衣所に手燭の灯りを置く沖田の後ろで。
冬乃はもう、何度も沖田に裸を見られていても、なお恥ずかしさで服を脱ぎ始めるなど出来そうにないと、戸惑って彼を見上げた。
「なに」
振り返るなり、いじわるな眼差しをつくった沖田がそんな冬乃を見返す。
「脱がせてほしいの?」
(う)
「それとも、自分で脱げる?」
ドSな、この愛しい男を。冬乃はもう一度、口を尖らせて恨めしげに反抗を示してみるも。膨れた冬乃の両の頬は、早くも左右から指先で押された。
「ふぅ!」
押されながらも、冬乃は内心嬉しくて仕方なく。沖田と、こんなやりとりが出来ること、
彼のいじわるに対してささやかながら、こんな反抗さえみせられるまでに、また一段縮まっているふたりの距離に。
(・・ううん)
距離をつくってきたのは冬乃のほうだ、それも一方的に。
敬語が抜けないのも。憧れて尊敬している相手なのだから、と同時に、馴れ馴れしく接したら引かれないかと、
どこか恐れている自分に。気づいている。
(そんなこと、総司さんは思うはずないのに・・)
どころか沖田は何度も、冬乃の敬語をやめさせようとしてきたではないか。
(もし・・わがまま言ってみたら、どう思うかな)
それこそ引かれたりしないだろうか。
(・・・ばかみたい・・)
一度は、嫌われてさえ沖田の傍に居続けられるのなら構わないと、覚悟したほどなのに。今、引かれないか嫌われないかなどと、どこかで心配している自分は、
こうして両想いに成れて、いや、慣れて。その贅沢の中でまた、抑えていた欲が出てきてしまっているように思えてならない。
(でも・・・)
「冬乃」
彼なら。それでいい、と言ってくれるのだろうか。
「返事は?」
勿論・・言ってくれるだろう。
「総司さんに、」
こんなに愛されていながら。何を恐れることがある。
「先に脱いでほしいです」
「・・だって私だけ先に裸になるのは、すごく恥ずかしいです」
(かといって一緒に脱ぐのも恥ずかしいし)
「・・・」
(・・あれ)
起こった沈黙が。
やっぱりだめだったのかと俄かに冬乃を不安にさせた直後、
「喜んで」
お望みの侭にと。
沖田がにんまり微笑んだ。
・・・それはそれは不敵な笑みで。
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