30 / 40
30.恋には勢いだって大事だ
しおりを挟む「ごめん、洋ちゃんの事好きだけど……将来のこと考えられないんだ、ごめん……」
三ヶ月付き合った彼女がそう言って俺を残してバーから去っていく。俺たちの前でグラスを磨いていたヒゲを生やしたバーテンダーは気まずそうに裏へと下がった。
「三ヶ月で、将来の何がわかるんだよ、占い師か……」
彼女の最後の言葉を思い出し一人愚痴る。
う、情けない……。泣きそうだ、男だけど。
それなりに一生懸命仕事もしている。さっきの彼女に出会った時も一緒にいて面白いと言ってくれていた。面白いのと社会的な安定が一緒な男ってそんなにいないと思う。そのうちの半分持っている俺じゃダメだったのか。
バーに突っ伏していると隣のカウンターの席に女が座った。黒髪のボブで横顔がキリッとしている。着ている黒のスーツからして、明らかに私できる女なんですって感じだ。
うー、怖い……。俺はムリムリ……気の強い女って俺みたいな人間を目の敵にしてストレス発散するんだよな。
俺は目の前のウイスキーを一口含むと席を立った。女が俺の方を見た。ほぼ、同じタイミングで女の左目から一筋涙が落ちたのが見えた。
俺は動けなくなった。
顔がタイプとかじゃない。
泣いているからとかじゃない。
女の泣き顔に弱くもない。
女はそのまま顔を逸らしグラスを両手で握り直した。
「カラオケ、好き?」
俺はなぜかその女に向かって声を掛けた。よりによって意味の分からない事を言いながら。女は瞳を大きく開きこちらを見る。どうやらもう涙は止まったようだ。俺の質問のせいかもしれない。
「……は? ここ、バーだけど?」
「分かってるよ、好きなの? どうなの?」
「キライだけど……」
「よかった、んじゃ、俺だけが歌えるな。付き合って」
「え!?──ちょ、ちょっと!」
半ば無理やりバーから連れ出しカラオケボックスへと連れて行った。名前も知らない者同士なのになんでこんな事をしているのだろうか……。俺すらも分からない。
ただ、ほっとけなかった……それだけ。
一曲目……これだな。
ピピピ
通信音が聞こえた。
画面に曲名が表示されるとその女は声を出して笑った。
「懐かしいわね……ちょっと待って、その時代を攻めようか」
女はノリノリで次の曲を入れた。実はカラオケが嫌いじゃなかったらしい。三十分後には俺たちは靴を脱ぎソファーの上で飛び跳ねながら叫んでいた。二人とも笑いすぎて苦しくてきちんと歌えてもいない。いい大人が何をしているんだろうか。
一通り歌い切ると女は息を整えながら気持ちよさように背伸びをした。
「あー……最高! あなた、面白い人ね」
「それはよく言われるー、経済的、社会的にはイマイチって言われて今日フラれたけどね」
「は? 嘘……」
「本当……しょうがないね……こればっかりは」
洋介は諦めたように笑った。まじめにこつこつ……それしかできない。過去を後悔したって仕方がない……勉強しなかったツケが回ってきたらしいが、それも俺の人生だ。
「男に経済的なんて必要ないわよ。一緒にいて楽しければいいじゃない?」
女の言葉に耳を疑う。
女は男に経済力を求める生き物だろう。なのにこの女はそんなことを一蹴した。
「私が稼ぐから。そんなもの要らない」
なんと、まぁ、カッコいい。そんなことを言う女は見たことがない。本当に稼ぐかどうかは知らないが、とにかくこのハンサムな女に惚れた。
もう、惚れた!
「好きだ」
「何が? カラオケが?」
「アンタが好きだ、惚れちゃった」
「酔って──はないのね。冗談よして。私たち名前も知らないのよ、何も知らないのよ?」
洋介は女に近づくとその手を取る。
「仕事も、通帳の残金も、国籍も、名前も、過去もぜーんぶどうだっていい。仕事を頑張るアンタがカッコイイ……付き合って」
「本気?」
「彼氏や好きな人がいようがどうでもいい。何も知らないけど、それでもアンタが好きだからしょうがない。もし彼氏がいるのなら待つ」
「フラれた日にそれ言う? やけになってるの? 告白するなんて本気だと──」
「──ない」
「ん?」
洋介は真っ赤になる。二度も言いたくない。
「告白……したこと、ない。アンタが初めてだ」
洋介はその見た目と調子の良さから大抵向こうから近づいてきて付き合うパターンだった。告白なんてしたことがない。よくよく考えれば片思いをして付き合ったこともないかもしれない。片思いは保育園の頃の先生だけだ。
「……名前は?」
「遠藤、洋介」
「ふーん、洋介、付き合おうか」
「まじ!? イイの!? うそー、どうしよー、イイの!?」
洋介が犬だったら尻尾がブンブン弧を描いていただろう。体全体から喜びが溢れ出していた。それを見て弘子は笑った。
後日突然弘子から彼氏ができたと聞かされた涼香は最初冗談かと思った。弘子から馴れ初めを聞いて涼香は笑った。
「変な人ね、何よそれ……初対面の人にカラオケって……しかも最後に告白?」
「ふふ、その告白を受け入れた私も変ね」
弘子は満足そうに微笑む。その表情は本当に彼との時間が楽しかったことが分かる。
出会った日に付き合うなんておかしいと思ったけど、弘子の顔を見て涼香はつられて笑う。
「出会いは、縁だからね……よかったね」
弘子は満足そうに微笑んだ。
三ヶ月付き合った彼女がそう言って俺を残してバーから去っていく。俺たちの前でグラスを磨いていたヒゲを生やしたバーテンダーは気まずそうに裏へと下がった。
「三ヶ月で、将来の何がわかるんだよ、占い師か……」
彼女の最後の言葉を思い出し一人愚痴る。
う、情けない……。泣きそうだ、男だけど。
それなりに一生懸命仕事もしている。さっきの彼女に出会った時も一緒にいて面白いと言ってくれていた。面白いのと社会的な安定が一緒な男ってそんなにいないと思う。そのうちの半分持っている俺じゃダメだったのか。
バーに突っ伏していると隣のカウンターの席に女が座った。黒髪のボブで横顔がキリッとしている。着ている黒のスーツからして、明らかに私できる女なんですって感じだ。
うー、怖い……。俺はムリムリ……気の強い女って俺みたいな人間を目の敵にしてストレス発散するんだよな。
俺は目の前のウイスキーを一口含むと席を立った。女が俺の方を見た。ほぼ、同じタイミングで女の左目から一筋涙が落ちたのが見えた。
俺は動けなくなった。
顔がタイプとかじゃない。
泣いているからとかじゃない。
女の泣き顔に弱くもない。
女はそのまま顔を逸らしグラスを両手で握り直した。
「カラオケ、好き?」
俺はなぜかその女に向かって声を掛けた。よりによって意味の分からない事を言いながら。女は瞳を大きく開きこちらを見る。どうやらもう涙は止まったようだ。俺の質問のせいかもしれない。
「……は? ここ、バーだけど?」
「分かってるよ、好きなの? どうなの?」
「キライだけど……」
「よかった、んじゃ、俺だけが歌えるな。付き合って」
「え!?──ちょ、ちょっと!」
半ば無理やりバーから連れ出しカラオケボックスへと連れて行った。名前も知らない者同士なのになんでこんな事をしているのだろうか……。俺すらも分からない。
ただ、ほっとけなかった……それだけ。
一曲目……これだな。
ピピピ
通信音が聞こえた。
画面に曲名が表示されるとその女は声を出して笑った。
「懐かしいわね……ちょっと待って、その時代を攻めようか」
女はノリノリで次の曲を入れた。実はカラオケが嫌いじゃなかったらしい。三十分後には俺たちは靴を脱ぎソファーの上で飛び跳ねながら叫んでいた。二人とも笑いすぎて苦しくてきちんと歌えてもいない。いい大人が何をしているんだろうか。
一通り歌い切ると女は息を整えながら気持ちよさように背伸びをした。
「あー……最高! あなた、面白い人ね」
「それはよく言われるー、経済的、社会的にはイマイチって言われて今日フラれたけどね」
「は? 嘘……」
「本当……しょうがないね……こればっかりは」
洋介は諦めたように笑った。まじめにこつこつ……それしかできない。過去を後悔したって仕方がない……勉強しなかったツケが回ってきたらしいが、それも俺の人生だ。
「男に経済的なんて必要ないわよ。一緒にいて楽しければいいじゃない?」
女の言葉に耳を疑う。
女は男に経済力を求める生き物だろう。なのにこの女はそんなことを一蹴した。
「私が稼ぐから。そんなもの要らない」
なんと、まぁ、カッコいい。そんなことを言う女は見たことがない。本当に稼ぐかどうかは知らないが、とにかくこのハンサムな女に惚れた。
もう、惚れた!
「好きだ」
「何が? カラオケが?」
「アンタが好きだ、惚れちゃった」
「酔って──はないのね。冗談よして。私たち名前も知らないのよ、何も知らないのよ?」
洋介は女に近づくとその手を取る。
「仕事も、通帳の残金も、国籍も、名前も、過去もぜーんぶどうだっていい。仕事を頑張るアンタがカッコイイ……付き合って」
「本気?」
「彼氏や好きな人がいようがどうでもいい。何も知らないけど、それでもアンタが好きだからしょうがない。もし彼氏がいるのなら待つ」
「フラれた日にそれ言う? やけになってるの? 告白するなんて本気だと──」
「──ない」
「ん?」
洋介は真っ赤になる。二度も言いたくない。
「告白……したこと、ない。アンタが初めてだ」
洋介はその見た目と調子の良さから大抵向こうから近づいてきて付き合うパターンだった。告白なんてしたことがない。よくよく考えれば片思いをして付き合ったこともないかもしれない。片思いは保育園の頃の先生だけだ。
「……名前は?」
「遠藤、洋介」
「ふーん、洋介、付き合おうか」
「まじ!? イイの!? うそー、どうしよー、イイの!?」
洋介が犬だったら尻尾がブンブン弧を描いていただろう。体全体から喜びが溢れ出していた。それを見て弘子は笑った。
後日突然弘子から彼氏ができたと聞かされた涼香は最初冗談かと思った。弘子から馴れ初めを聞いて涼香は笑った。
「変な人ね、何よそれ……初対面の人にカラオケって……しかも最後に告白?」
「ふふ、その告白を受け入れた私も変ね」
弘子は満足そうに微笑む。その表情は本当に彼との時間が楽しかったことが分かる。
出会った日に付き合うなんておかしいと思ったけど、弘子の顔を見て涼香はつられて笑う。
「出会いは、縁だからね……よかったね」
弘子は満足そうに微笑んだ。
1
お気に入りに追加
196
あなたにおすすめの小説
王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?
いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、
たまたま付き人と、
「婚約者のことが好きなわけじゃないー
王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」
と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。
私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、
「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」
なんで執着するんてすか??
策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー
基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。

王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。

初恋をこじらせたやさぐれメイドは、振られたはずの騎士さまに求婚されました。
石河 翠
恋愛
騎士団の寮でメイドとして働いている主人公。彼女にちょっかいをかけてくる騎士がいるものの、彼女は彼をあっさりといなしていた。それというのも、彼女は5年前に彼に振られてしまっていたからだ。ところが、彼女を振ったはずの騎士から突然求婚されてしまう。しかも彼は、「振ったつもりはなかった」のだと言い始めて……。
色気たっぷりのイケメンのくせに、大事な部分がポンコツなダメンズ騎士と、初恋をこじらせたあげくやさぐれてしまったメイドの恋物語。
*この作品のヒーローはダメンズ、ヒロインはダメンズ好きです。苦手な方はご注意ください
この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

あなたのそばにいられるなら、卒業試験に落ちても構いません! そう思っていたのに、いきなり永久就職決定からの溺愛って、そんなのありですか?
石河 翠
恋愛
騎士を養成する騎士訓練校の卒業試験で、不合格になり続けている少女カレン。彼女が卒業試験でわざと失敗するのには、理由があった。 彼女は、教官である美貌の騎士フィリップに恋をしているのだ。
本当は料理が得意な彼女だが、「料理音痴」と笑われてもフィリップのそばにいたいと願っている。
ところがカレンはフィリップから、次の卒業試験で不合格になったら、騎士になる資格を永久に失うと告げられる。このままでは見知らぬ男に嫁がされてしまうと慌てる彼女。
本来の実力を発揮したカレンはだが、卒業試験当日、思いもよらない事実を知らされることになる。毛嫌いしていた見知らぬ婚約者の正体は実は……。
大好きなひとのために突き進むちょっと思い込みの激しい主人公と、なぜか主人公に思いが伝わらないまま外堀を必死で埋め続けるヒーロー。両片想いですれ違うふたりの恋物語。ハッピーエンドです。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。
【完結】私たち白い結婚だったので、離婚してください
楠結衣
恋愛
田舎の薬屋に生まれたエリサは、薬草が大好き。薬草を摘みに出掛けると、怪我をした一匹の子犬を助ける。子犬だと思っていたら、領主の息子の狼獣人ヒューゴだった。
ヒューゴとエリサは、一緒に薬草採取に出掛ける日々を送る。そんなある日、魔王復活の知らせが世界を駆け抜け、神託によりヒューゴが勇者に選ばれることに。
ヒューゴが出立の日、エリサは自身の恋心に気づいてヒューゴに告白したところ二人は即結婚することに……!
「エリサを泣かせるなんて、絶対許さない」
「エリサ、愛してる!」
ちょっぴり鈍感で薬草を愛するヒロインが、一途で愛が重たい変態風味な勇者に溺愛されるお話です。
届かぬ温もり
HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった·····
◆◇◆◇◆◇◆
すべてフィクションです。読んでくだり感謝いたします。
ゆっくり更新していきます。
誤字脱字も見つけ次第直していきます。
よろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる