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22.きっと、これが正しい
しおりを挟む 爺は猥雑に笑うと、慧一の吸いかけの煙草を取り上げ、携帯灰皿に放り込んだ。
「ああっ、まだ吸ってるのに!」
「いや、楽しかった。どっこらしょっと」
慧一がごねるのを無視して爺は立ち上がる。
「お前さんがどんな娘と一緒になるのか、しかと確かめるまで死ぬに死ねん。はよせい」
くしゃくしゃと慧一の髪をかきまぜてから、畑を横切っていく。慧一は苦笑するしかなく、そして、爺の慧眼に感服するほかなかった。
「風のような男……か」
◇ ◇ ◇
慧一が家に戻り手土産を返すと、両親は顔を見合わせて驚いた。
夕食の席でことの次第を話すと、さらに目を丸くした。
「川本さんと駄目になったのか」
コップ一杯のビールですっかり赤くなった父親が、テーブルに身を乗り出す。
「駄目も何も、彼女と俺は最初からなんでもないんだよ」
「あはは、やっぱりね。いいお嬢さんだけど……突然訪ねて来るのはねえ、変だと思ったのよ」
母親は納得顔だ。父親と違っていくら飲んでも平気らしく、ビール瓶を一人で空けている。
「石田の爺様に頼んでよかった。おれは女性関係はどうもね、分からんから」
父親がぽつりと漏らす。慧一を見て、情けなさそうに苦笑した。
「いや、助かったよ。ありがとう、親父」
息子の素直な感謝に照れたのか、父親は忙しない仕草でビールを注いだ。
母親は父子のやり取りを面白そうに眺めている。慧一と視線が合うと、乾杯するみたいにコップを掲げた。
◇ ◇ ◇
「風みたいな男。自由な風……」
慧一は自室に引き揚げると、窓際の椅子に腰掛け、夜空に浮かぶ月を眺めた。二十八年間生きてきて、さまざまな経験をしてきた。
自分では一人前のつもりでいたのに……
寄って来る女を拘りなく受け入れ、付き合い、そして次々に振られる。気ままな性格、気ままな物言い。子どものように正直と言えば聞こえがいいが、彼の言動は大人げなく率直すぎるのだ。
遠慮のない言葉やジョークに彼女達は傷つき、去って行った。そして、気ままと言うのは、落ち着きが無いといったマイナスの意味を含んでいる。
「唯のことも、結局は振られた恰好になったな」
両親や爺の手助けがなければ、彼女との関係をすっぱり終わらせるのは難しかっただろう。
「結局、俺は未熟者ってわけだ」
『お前さんがどんな娘と一緒になるのか、しかと確かめるまで死ぬに死ねん。はよせい』
爺の言葉を思い出し、頭を掻いた。
「俺に合う女なんているのかねえ」
とりあえず、自分の価値観を物差しに他者を選別するような、仕切り屋タイプは駄目だとわかった。
輝く月の表面に、怒りまくる唯の顔が浮かぶ。
強烈な一撃を頬に食らったが、彼女もそれ相応の傷を負ったはずだ。
「俺とは合わなかったが、君を生かせる男が、この世のどこかに必ずいる。そいつと出会えるよう、祈ってるよ」
カーテンを閉めると、ベッドに横たわり目を閉じた。
(俺は、一つところに留まると苦しくなる。自由にさせてくれる女がいいな)
どうしてか瞼の裏に、彼女の姿が現れた。
三原峰子――
その夜、彼女を抱く夢を見た。
「ああっ、まだ吸ってるのに!」
「いや、楽しかった。どっこらしょっと」
慧一がごねるのを無視して爺は立ち上がる。
「お前さんがどんな娘と一緒になるのか、しかと確かめるまで死ぬに死ねん。はよせい」
くしゃくしゃと慧一の髪をかきまぜてから、畑を横切っていく。慧一は苦笑するしかなく、そして、爺の慧眼に感服するほかなかった。
「風のような男……か」
◇ ◇ ◇
慧一が家に戻り手土産を返すと、両親は顔を見合わせて驚いた。
夕食の席でことの次第を話すと、さらに目を丸くした。
「川本さんと駄目になったのか」
コップ一杯のビールですっかり赤くなった父親が、テーブルに身を乗り出す。
「駄目も何も、彼女と俺は最初からなんでもないんだよ」
「あはは、やっぱりね。いいお嬢さんだけど……突然訪ねて来るのはねえ、変だと思ったのよ」
母親は納得顔だ。父親と違っていくら飲んでも平気らしく、ビール瓶を一人で空けている。
「石田の爺様に頼んでよかった。おれは女性関係はどうもね、分からんから」
父親がぽつりと漏らす。慧一を見て、情けなさそうに苦笑した。
「いや、助かったよ。ありがとう、親父」
息子の素直な感謝に照れたのか、父親は忙しない仕草でビールを注いだ。
母親は父子のやり取りを面白そうに眺めている。慧一と視線が合うと、乾杯するみたいにコップを掲げた。
◇ ◇ ◇
「風みたいな男。自由な風……」
慧一は自室に引き揚げると、窓際の椅子に腰掛け、夜空に浮かぶ月を眺めた。二十八年間生きてきて、さまざまな経験をしてきた。
自分では一人前のつもりでいたのに……
寄って来る女を拘りなく受け入れ、付き合い、そして次々に振られる。気ままな性格、気ままな物言い。子どものように正直と言えば聞こえがいいが、彼の言動は大人げなく率直すぎるのだ。
遠慮のない言葉やジョークに彼女達は傷つき、去って行った。そして、気ままと言うのは、落ち着きが無いといったマイナスの意味を含んでいる。
「唯のことも、結局は振られた恰好になったな」
両親や爺の手助けがなければ、彼女との関係をすっぱり終わらせるのは難しかっただろう。
「結局、俺は未熟者ってわけだ」
『お前さんがどんな娘と一緒になるのか、しかと確かめるまで死ぬに死ねん。はよせい』
爺の言葉を思い出し、頭を掻いた。
「俺に合う女なんているのかねえ」
とりあえず、自分の価値観を物差しに他者を選別するような、仕切り屋タイプは駄目だとわかった。
輝く月の表面に、怒りまくる唯の顔が浮かぶ。
強烈な一撃を頬に食らったが、彼女もそれ相応の傷を負ったはずだ。
「俺とは合わなかったが、君を生かせる男が、この世のどこかに必ずいる。そいつと出会えるよう、祈ってるよ」
カーテンを閉めると、ベッドに横たわり目を閉じた。
(俺は、一つところに留まると苦しくなる。自由にさせてくれる女がいいな)
どうしてか瞼の裏に、彼女の姿が現れた。
三原峰子――
その夜、彼女を抱く夢を見た。
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