忘れられたら苦労しない

菅井群青

文字の大きさ
上 下
6 / 40

6.同志 大輝side

しおりを挟む
 俺と涼香ちゃんの出会いは最悪だった。

 お互いに騙されて無理やり連絡先まで交換された。何が、美味しいイタリアンだ……野郎同士で行くところじゃないことに気づくのが遅かった。

 洋介はいつも「彼女いないのか?早く作れ」という。気持ちは有難いが本当にその気がないと伝えるがその時はいい、だが数ヶ月後にまたお節介の虫が蠢くようだ。
 洋介は俺が心配らしい……そこは本当に感謝したい。

 木村涼香という人物は茶色のボブに耳に小さなピアスをしている。仕事帰りの割に普通の会社員に比べるとラフな服装だった。IT企業の名が出てなるほどと納得した。

 大きな奥二重の瞳が印象的だ。彼女は笑うと瞳が細くなる。笑顔が似合う子だなと思った。出会った日はあまり目を合わさなかったのでよくわからなかったが居酒屋の時にまさかのイカ同盟を組むことになり、その時の笑顔がかなり印象に残っている。

 涼香ちゃんは、話せば話すほど俺に似ている。同じ歳で同じ時代を生きてきたこともあるが、他の女性よりも好みが男性に近く、話していて心地よかった。

 そして、重要なことは過去の恋を引きずっていることだ。

 そんなところまで似なくてもいいが……気持ちが分かり合える気がして、たまに二人ご飯に食べに行くようになった。お互いに心に誰かがいるので気兼ねない関係だ。

 涼香ちゃんは時折元彼のことを思い出しているようだ。まるで俺を見ているような気持ちになる。

 店のBGMが変わった時……。

 前を歩く男性の後ろ姿をじっと見ている時……。

 酔っ払った男の笑い声……。

 いつだったか、「たけと」という名にも反応した。

 涼香ちゃんは二年前から心が囚われている。俺と同じように……。まるで俺の片割れ、分身を見ているようだ。

 この子に幸せになってほしい、俺の分まで──。そう思うのに時間はそうかからなかった。

 俺の愛した彼女はもうこの世にいない。あの日から俺はただ生きている。

 目覚めて、仕事して、食べて、寝る。

 唯一彼女に会えるのは夢の中だけだ。夢の中の彼女は優しく微笑み俺を抱きしめる。そして俺は彼女を抱く。抱いた後現実の世界に戻され、ベッドの余った部分のシーツが冷たいままなのに気づき……泣く。

 今でもベッドの端に寄る癖は治らない。真ん中に寝てしまえば希の存在をなくしてしまいそうだった。

 希の荷物は殆ど実家に送ったが希にあげた指輪だけは、手元に置いてある。

 女々しい……忘れてあげるのも大切なことだとどこかの心理学者かスピリチュアルの先生が言っていたが、そんなことわかってる──簡単に忘れられたら、苦労しないんだ。

 そんな事誰だってわかってる。それができないから苦しんでいるんだ。涼香ちゃんも俺も、いつかそんな日が来たらいい。前を向ける日が……。

しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?

いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、 たまたま付き人と、 「婚約者のことが好きなわけじゃないー 王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」 と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。 私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、 「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」 なんで執着するんてすか?? 策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー 基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

恋人契約

詩織
恋愛
美鈴には大きな秘密がある。 その秘密を隠し、叶えなかった夢を実現しようとする

初恋をこじらせたやさぐれメイドは、振られたはずの騎士さまに求婚されました。

石河 翠
恋愛
騎士団の寮でメイドとして働いている主人公。彼女にちょっかいをかけてくる騎士がいるものの、彼女は彼をあっさりといなしていた。それというのも、彼女は5年前に彼に振られてしまっていたからだ。ところが、彼女を振ったはずの騎士から突然求婚されてしまう。しかも彼は、「振ったつもりはなかった」のだと言い始めて……。 色気たっぷりのイケメンのくせに、大事な部分がポンコツなダメンズ騎士と、初恋をこじらせたあげくやさぐれてしまったメイドの恋物語。 *この作品のヒーローはダメンズ、ヒロインはダメンズ好きです。苦手な方はご注意ください この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

あなたのそばにいられるなら、卒業試験に落ちても構いません! そう思っていたのに、いきなり永久就職決定からの溺愛って、そんなのありですか?

石河 翠
恋愛
騎士を養成する騎士訓練校の卒業試験で、不合格になり続けている少女カレン。彼女が卒業試験でわざと失敗するのには、理由があった。 彼女は、教官である美貌の騎士フィリップに恋をしているのだ。 本当は料理が得意な彼女だが、「料理音痴」と笑われてもフィリップのそばにいたいと願っている。 ところがカレンはフィリップから、次の卒業試験で不合格になったら、騎士になる資格を永久に失うと告げられる。このままでは見知らぬ男に嫁がされてしまうと慌てる彼女。 本来の実力を発揮したカレンはだが、卒業試験当日、思いもよらない事実を知らされることになる。毛嫌いしていた見知らぬ婚約者の正体は実は……。 大好きなひとのために突き進むちょっと思い込みの激しい主人公と、なぜか主人公に思いが伝わらないまま外堀を必死で埋め続けるヒーロー。両片想いですれ違うふたりの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

【完結】私たち白い結婚だったので、離婚してください

楠結衣
恋愛
田舎の薬屋に生まれたエリサは、薬草が大好き。薬草を摘みに出掛けると、怪我をした一匹の子犬を助ける。子犬だと思っていたら、領主の息子の狼獣人ヒューゴだった。 ヒューゴとエリサは、一緒に薬草採取に出掛ける日々を送る。そんなある日、魔王復活の知らせが世界を駆け抜け、神託によりヒューゴが勇者に選ばれることに。 ヒューゴが出立の日、エリサは自身の恋心に気づいてヒューゴに告白したところ二人は即結婚することに……! 「エリサを泣かせるなんて、絶対許さない」 「エリサ、愛してる!」 ちょっぴり鈍感で薬草を愛するヒロインが、一途で愛が重たい変態風味な勇者に溺愛されるお話です。

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ すべてフィクションです。読んでくだり感謝いたします。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

処理中です...