忘れられたら苦労しない

菅井群青

文字の大きさ
上 下
29 / 40

29.大輝の変化

しおりを挟む
 洋介は十二時丁度になろうとする壁時計を睨みつける。あと、二十秒、十秒……よし!

「昼休憩だーいっと……メシだメシ」

 洋介はデスクのファイルを片付けると大輝の方を見た。たった今十二時になったところだというのに大輝のデスクに女性社員が集まっている。

 あー、またか……。

 洋介は財布を持ち怠そうに大輝のデスクへと向かう。


「えー? またですか? 浜崎さんまた先約ー?」

「はい、すみません……じゃあ失礼し──」

「美味しいイタリアンがあるんですけど、一緒に行きましょうよ! 遠藤さんも一緒に!」

「いや、遠藤は女性とは食事できないみたいで……じゃあ失礼──」


 逃げようとする大輝の腕が背の小さい女に捕まる。胸の谷間に腕が挟まれた。大輝は動かすわけにもいかずその場に固まった。

 押しが強い女性社員達に大輝は困ったように笑うことしかできない。邪険にするわけにもいかず、かと言って口で勝てそうもない。

「……おーい、大輝、お前魚介もチーズも無理だろ。俺はもう今日はサバの味噌煮定食って決まってんだ! 行くぞ!」

 洋介が大輝の腕を掴み引っ張る。しばらく歩くと大輝の腕を離す。振り返って大輝の方を見るとげっそりとしていた。ここ三日これの繰り返しだ。

「洋介、悪いな。おれ明日から昼前トイレに篭るから」

「今日は魚介とチーズか、もうさすがに誘いにくくなっただろうな、向こうも」

 最近大輝はモテる。その理由を洋介は分かっていた。

 元スポーツマンだし顔も悪くない、なにより仕事が割とできる男だからモテなくはなかったのだが、ここ数年は皆に壁を作っていたし、表情も硬かったので近づく女がいなかっただけだ。影では、大輝はクールで硬派だと割と人気があった。

 最近あの無表情ばかりだった大輝の表情が優しくなった。いい意味で隙ができた。それはきっと涼香ちゃんのおかげだ。それはいいんだけど、覆われていた柵が外されたと気づいた獣達が我先にと獲物を狙いだした。

 それほど、大輝の表情は豊かになった。

 ふわっと笑うとそれまでイライラモードで仕事をしていたあの怖い御局様ですら頰を赤らめ上機嫌で仕事に戻る……。お、恐ろしい力だ……。それに本人は気付いていない。

「最近、このあたりオープンの店ばっかりなんだってな」

 今も呑気なことを言ってやがる。
 まったく、俺も今更モテたいわけではないが、コイツが羨ましい。

 元々こんな優しく笑う奴だったか? 希ちゃんと出会う前の大輝の記憶は曖昧だ。もう三年も前だ。三年も、大輝は哀しみと行き場のなくした愛情を抱えていた。

 店に行きサバの味噌煮定食と生姜焼き定食を注文した。昼間の時間帯ということもあり店は大賑わいだ。

「なぁ……?」

「ん?」

「いつ告白するんだ? 涼香ちゃんに」

「……あぁ。それだけど、俺言っても大丈夫か?」

「なんで?」

 大輝は一瞬気まずそうな表情をして白飯を口に含む。

「少し前まで希のことで相談乗ってもらって、涼香ちゃんに色々……いや、それはまぁいいや。とりあえず、突然言って、なんだコイツ、心変わり早いってならないか?」

 涼香に抱きしめてられたり、胸を貸してもらって涙を流したりなんてことは洋介にも言えない。

「あー、そういう事? どうなんだろうな……俺は、いや、まぁ……いいと思うが」

 若干変な反応になったのを大輝が気付いた。

「あ、なんだ……今思い出した。確かお前と弘子ちゃんの出会い──」

「な、なんでお前が知ってんだ! あ、涼香ちゃん! 涼香ちゃんだろ! 聞いたんだな! くそっ……」

 洋介はサバの味噌煮を切り分け大きく口を開けるとご飯を掻き込んでそのまま味噌汁を口に含む。耳が赤くなった洋介は席を斜めに向け大輝を避ける。必死の抵抗だ。

「プププ……まぁ、いや、悪い。今の相談は忘れてくれ、気にすることないっていうのは分かったから」

 大輝は思い出して笑う。赤くなった洋介は可愛い。

 涼香ちゃんから聞いた遠藤夫妻の馴れ初めは俺のつまらない悩みを解決した。

 恋に、時間なんてものは関係ないってことを。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ すべてフィクションです。読んでくだり感謝いたします。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

恋人契約

詩織
恋愛
美鈴には大きな秘密がある。 その秘密を隠し、叶えなかった夢を実現しようとする

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

その出会い、運命につき。

あさの紅茶
恋愛
背が高いことがコンプレックスの平野つばさが働く薬局に、つばさよりも背の高い胡桃洋平がやってきた。かっこよかったなと思っていたところ、雨の日にまさかの再会。そしてご飯を食べに行くことに。知れば知るほど彼を好きになってしまうつばさ。そんなある日、洋平と背の低い可愛らしい女性が歩いているところを偶然目撃。しかもその女性の名字も“胡桃”だった。つばさの恋はまさか不倫?!悩むつばさに洋平から次のお誘いが……。

「白い結婚の終幕:冷たい約束と偽りの愛」

ゆる
恋愛
「白い結婚――それは幸福ではなく、冷たく縛られた契約だった。」 美しい名門貴族リュミエール家の娘アスカは、公爵家の若き当主レイヴンと政略結婚することになる。しかし、それは夫婦の絆など存在しない“白い結婚”だった。 夫のレイヴンは冷たく、長く屋敷を不在にし、アスカは孤独の中で公爵家の実態を知る――それは、先代から続く莫大な負債と、怪しい商会との闇契約によって破綻寸前に追い込まれた家だったのだ。 さらに、公爵家には謎めいた愛人セシリアが入り込み、家中の権力を掌握しようと暗躍している。使用人たちの不安、アーヴィング商会の差し押さえ圧力、そして消えた夫レイヴンの意図……。次々と押し寄せる困難の中、アスカはただの「飾りの夫人」として終わる人生を拒絶し、自ら未来を切り拓こうと動き始める。 政略結婚の檻の中で、彼女は周囲の陰謀に立ち向かい、少しずつ真実を掴んでいく。そして冷たく突き放していた夫レイヴンとの関係も、思わぬ形で変化していき――。 「私はもう誰の人形にもならない。自分の意志で、この家も未来も守り抜いてみせる!」 果たしてアスカは“白い結婚”という名の冷たい鎖を断ち切り、全てをざまあと思わせる大逆転を成し遂げられるのか?

【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。

海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】 クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。 しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。 失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが―― これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。 ※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました! ※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。

処理中です...