忘れられたら苦労しない

菅井群青

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27.最後の抱擁は夢の中

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 追分参五郎は、上州へ向けて旅立った。愛しい女のために清水寿郎長の命を取る旅だった。当然、足取りは軽くない。
 上田村辺りの峠に店が在り、飯を食う事にする。飯屋には先客が居て、どう見ても女衒だった。女衒とは、女を商品にして商売する連中の事で、主に百姓家で口減しにあった者や、借金の形で取り引きされた娘を、女郎宿や岡場所に売る職業だった。参五郎が男を女衒だと思ったのは、娘を三人連れているからだった。歳の頃から、男の実の娘とは思えないし、彼女たちが旅をする理由も思いつかない。三人とも、まだ十歳前後だと思われ、幼い顔立ちが哀れに思えた。参五郎は、節もこんな感じで女郎になったのかと思って見つめていた。

「何だい、お兄さん、子供が好みかい」
 不意に声をかけられ、慌ててしまう。女衒は、参五郎を不審そうに見ていた。女衒の世界も物騒で、商品を力づくで奪う不届き者も居た。しかも、参五郎は渡世人の格好をしている。警戒するのは当然だった。

「いや、なにね、あっしも郷里に妹が居るもんだから、つい見てしまったんですよ。勘弁しておくんなさいまし」
 女衒は、一応は参五郎を信用したらしく、広角を上げた。だが、目は笑っていない。やはり、人買い稼業なんぞをしていると、人が信じられなくなるらしい。

 女衒は、娘を連れて先に出た。参五郎は、飯が来たので腹ごしらえをする。
 丼に冷や飯が入っている。玄米六割に雑穀四割の黒飯だった。当時は、今と違って温かい白米が常時用意されている訳ではない。漬物を乗せ、熱い味噌汁をかける。これでちょうど食べ頃になる。川魚の塩焼きも入れ、骨も頭も箸でガシガシ汁かけご飯に馴染ませる。これを一気に掻き込んだ。行儀は悪いが気にしない。

 参五郎が急いで飯を食ったのは、訳があった。どうにも女衒が連れていた娘が気になる。頬の赤い娘は、どことなく節に似ていた。せめて途中まで見守ってあげたかった。

 参五郎は、急いで女衒たちを追う。すると、言い争う声が聞こえた。参五郎は走り出す。

「やめておくんなさい。この娘たちは、上州の前田栄五郎親分の元に連れて行く事が決まっているんですよ」
 女衒の声がした。見ると、三人の男に囲まれている。女衒の後ろで、娘たちは不安そうにしている。
 三人の男は、無頼者の類いに見えた。時に雲助、つまり、無法な駕籠かき、時に山賊などで生計を立てる悪党だった。
 参五郎は、両者に割って入る。
「おいおい、乱暴な真似はよしねぇ。この追分参五郎、騒動の仲裁に入るぜ」
 悪党は、お節介な渡世人に怒鳴る。
「引っ込んでろ三下! 怪我じゃ済まないぜ」
 参五郎は、相手の言い分が頭に来た。
「済まなきゃどうだって言うんだ。教えてくれよ」
 こうなると、血の気の多い連中だから、穏やかには収まらない。悪党は腰刀を抜く。猟師が獲物にとどめを刺す時に使うような簡単な拵えの刀だった。

 参五郎は、脇差を抜く。参五郎の刀は、短かった。右手で脇差を構え、左手には縞の合羽を持つ。
「さぁ、来やがれ、山猿ども!」
 丁々発止と戦いが始まった。
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