上 下
34 / 38

34.こうして私たちは世界の果てを見た

しおりを挟む
 白髪マダムがゆっくりとこちらに向かって歩いてきた。それだけで華子はホッとして涙が出る。

「泣かないのよ……怖くないわ、ね?そのエネルギーはこんな事で使っちゃダメ」

「ふ……すみません……」

 さらっとヤるエネルギーを温存しろと言われたが、華子はその言葉すら嬉しい。

 白髪マダムが女性たちの前に立ちはだかる。その眼光の鋭さにメガネの女性が虚勢を張り大声を出す。

「あなたも出て行ってもらうわよ!この二人もだけど、あなたも風紀を乱している……いかがわしい物を売って──」

「いかがわしい……いかがわしいですって!!この無礼者めが!!」

 なぜお奉行風?

 白髪マダムの一喝に女性陣だけじゃない、このフロアにいた人間全員がビクついた。すごい覇気だ。

「紫まむし極楽一発ドリンク……そして滋養強壮に効果絶大のすっぽん好ぃとうと……あれは近代薬品の三大発明の二つよ!」

「いや、それは言い過ぎじゃ……偉い人に怒られますよ……ってか、残り一つが気になります」

 思わず華子は小声で突っ込むが白髪マダムは耳栓でもしているように反応しない。

「あなた……、そのハゲの人、あぁ、その真面目ぶった老眼鏡の殿方……。この商品の素晴らしさを感じてらっしゃるでしょう!いかがわしいですか!?」

 白髪マダムに指を刺された男性たちはほくそ笑み親指を突き出した。出された指は力強かった。

 言葉は……いらない──最高だ。

「ここにお集まりの方は、ほとんどが私の顧客よ……ドリンクのゴミが多いのはみんなが愛飲しているからよ、この子達のせいじゃないわ」

「え、ここの人たちほとんど?うそ……」

 それが本当だとするとこのアパートから空き瓶を回収する業者はこのアパートの事をどう思っているんだろう。
 最近、回収業者たちとすれ違った時に話していた言葉を華子は思い出していた──。

『さすがにこれはすごいな、お盛んだ』

『高齢者が多いんだろ?月に一回の自治会の会議を見てみたいもんだな!はは!』

 どうやらド変態の集合住宅だと思われているようだ。

「なな、なんてこと!あなたたち!恥を知りなさい!……全部この二人のせいよ……絶倫のセックス依存症!」

「その罵倒の言葉の方がいかがわしいわ……恥を知りなさい」

 白髪マダムの冷たい声が響く。葵の方を心配そうに見つめる……。心が傷ついていないか気になるようだ。

「……あの、絶倫で、セックス依存症で何が悪いんです?」

 葵の声の調子に誰もが呆気にとられている。絶倫とセックス依存の組み合わせほどつらいものはないと思うのが普通だ。
 皆、やはり只者ではない、この男……という目で葵を見つめていた。

「病気を、変な目で見ないでください。それに……あなただって、そのいかがわしい行為のおかげで今、ここにいるんですよね?」

「あ、あ……そ、それは……」

 女性たちはあまりにも正論すぎて何も言い返せない。自分の両親を悪く言うわけにもいかず黙り込む。

 白髪マダムは嬉しそうに髪を搔き上げる。

「ふふふ……さすがね……。いい?奥様方、このアパートにはこの二人を応援する人たちばかりなの。出て行くなら、あなたたちが出ていけばいい」

「そ、そんな……」

 女性達が周りを見て愕然としている。自分たちの知らないところで絶倫応援プロジェクトが浸透しているとは思っていなかったようだ。

 野次馬の中から声が次々と上がる。

「そうだ!絶倫の何が悪いんだ!昔は泣いて喜ばれたぞ!」

 いつの時代?それ違うじゃない?つらくて泣いたんじゃ……。


「この紫まむし極楽一発ドリンクはもはやワシの血液だ!飲むなと言われれば死ぬ!」

 どんだけ飲んでんの?逆にそれで死んじゃうよおじいちゃん……年金大事に使おうよ。


「この絶倫カップルのおかげで、私たちの性生活も充実してるの……ね?あなた?」

「あ、あぁ、負けてらんないなって……さすがに五回の壁は超えられないけどね……」

 いや、それ……もう十分ヤバイ域……とは言えない。


 次第にフロア中の人たちから口々に抗議の声が上がる。二人を攻撃しようとしたのではなかった……庇おうとしてくれていたのだ。

 絶倫でも、セックス依存症でもないが、華子は感動して涙が出る。葵も思わず笑みをこぼす。

「……もう、いいわ! もういいわよ! 絶倫アパートでもいいわ! 勝手にすればいい!!」

 女性たちが逃げるようにその場をあとにしようとした。

「お待ちなさいな……奥様方……こちらを……」

 白髪マダムは女性たちに何かの紙を手渡した。紙にはカラフルな色で文字が書かれている。

 紫まむし極楽一発ドリンク初回に限り1セットプレゼント中!!

 これであなたの人生変わります!

 白髪マダムの店のチラシらしい……その他にもなかなかキャラの濃い商品が並んでいる?女性たちは悔しげにそのチラシを睨みつけている。

「──二箱、お願い」
「じゃ、私は三箱」
「私はこの【あなたの息子は大統領プレジデント】を……」

 ボソッと呟くとそのまま女性たちは立ち去った。

「あらあら、毎度ありぃっと……」

 白髪マダムが微笑むと再びパンパンと手を叩いた。それを合図とばかりに野次馬たちが華子や葵に声をかけて各自部屋へと戻って行く。

「負けないでね」

「またコツを教えてね」

「年寄りの知恵が必要な時は言うんだぞ!」

 その言葉に二人とも「ありがとうございます」としか言えない。

「大変だったわね……これでもう大丈夫よ! 安心して今からヤりまくっていいわ」

「いや? あの……あー……実はですね……その……」

 華子が絶倫ではないと言おうとしているとその華子の肩を葵が抱きしめる。

「よかったです、寝足りなかったんで……。あぁ、目がすっかり覚めてしまったしこれからちょっとでもしてきます」

 葵の言葉に白髪マダムは真っ赤になる。手を仰ぎ顔に風を送る。

「お、おっふ……ちょうどポケットに試供品があったから試してみて?注文はうちの店でできるわ」

 葵の手のひらに【あなたの息子は大統領プレジデント】の試供品が置かれた。

「店?店を始めたんですか?」

「ええ、店の名前はね【世界の果て~絶倫に捧ぐ~】よ、かっこいいでしょ?」

 うん、まぁ、なんか雰囲気は掴めてる感じはするよね。ただ、店名は言葉にしたくない。電話応対も嫌だ。

 白髪マダムはウインクをしつつ颯爽と去って行った。誰もいなくなると葵は華子の腕を引き部屋の中へと戻る。

「あ、あの……葵さん……私たち住人たちに誤解を……」

「絶倫と、セックス依存症ですか?まぁ、不眠症と似たようなもんでしょう?それよりも……あんなに生き生きとしたみんなの姿を見たら、訂正できませんよ」

「いや、まぁ、そうなんですけど……」

 葵の中で不眠症とそれらは同位置にあるらしい。

「俺は、絶倫でセックス依存症でも構いませんよ?だって、半分は合ってます……」

 葵はさっきもらった試供品の袋を華子の目の前で揺らす。華子は一気に真っ赤になり口をきつく閉じると葵を睨みつける。

「絶倫の本家本元として……今、ここで、……ですよね?」

「う、あの……その……」

「華子さん……寝たいです、今すぐに」

 そう言って葵は笑った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…

ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。 しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。 気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…

愛されない女

詩織
恋愛
私から付き合ってと言って付き合いはじめた2人。それをいいことに彼は好き放題。やっぱり愛されてないんだなと…

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

びびあんママ、何故かビルの屋上に行く。

来栖もよもよ&来栖もよりーぬ
大衆娯楽
※連作短編ですが、下記の基本情報を把握していればオールOKです。 ●新宿二丁目でバー『メビウス』のママをやっているオネエ。四十代半ば。お人好し。恋人なし。 ●バイトの子は椿ちゃん(22)。スレンダーな美女オネエ。 ●常連客のラジオのディレクターからの頼みで、人気タレントの逮捕で、その人がやっていた深夜の人生相談番組を穴埋めでやらされるが、引きが強いのか巻き込まれやすいのか事件が起きて「何か持っている」と人気DJに。一回こっきりのハズが、未だに毎週金曜深夜に【びびあんママの人生相談れいでぃお】をやらされている。 ●四谷三丁目の三LDKのマンションで暮らしている。ペットは文鳥のチコちゃん。時々自分のアフロなウイッグに特攻してくるのが悩み。 ●露出狂のイケメン・仙波ちゃん(26)がハウスキーパーになる。 ●そんなびびあんママの日常。

メランコリック・コインランドリー。

若松だんご
恋愛
 10分100円。  それは、ちょっとした物思いにふける時間を手に入れる方法だった。  アパートの近くにある、古くも新しくもない、まあまあなコインランドリー。  そのコインランドリーの一角、左から三つ目にある乾燥機に自分の持ってきたカゴの中身を放りこみ、100円を投下することで得られる時間。  ようするに、洗濯物が乾くまでの時間。   そこで考えることは、とても「深い」とは言えず、およそ「哲学」ともほど遠い、どうでもいいことの羅列でしかなかった。  コインランドリー。  そこで過ごす俺の時間と、そこで出会った彼女の日常とが交差する。  特筆するような出来事もない、ドラマにするには物足りない、平凡すぎる俺と彼女の出会いの話。

地味令嬢は結婚を諦め、薬師として生きることにしました。口の悪い女性陣のお世話をしていたら、イケメン婚約者ができたのですがどういうことですか?

石河 翠
恋愛
美形家族の中で唯一、地味顔で存在感のないアイリーン。婚約者を探そうとしても、失敗ばかり。お見合いをしたところで、しょせん相手の狙いはイケメンで有名な兄弟を紹介してもらうことだと思い知った彼女は、結婚を諦め薬師として生きることを決める。 働き始めた彼女は、職場の同僚からアプローチを受けていた。イケメンのお世辞を本気にしてはいけないと思いつつ、彼に惹かれていく。しかし彼がとある貴族令嬢に想いを寄せ、あまつさえ求婚していたことを知り……。 初恋から逃げ出そうとする自信のないヒロインと、大好きな彼女の側にいるためなら王子の地位など喜んで捨ててしまう一途なヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。 扉絵はあっきコタロウさまに描いていただきました。

大きくなったら結婚しようと誓った幼馴染が幸せな家庭を築いていた

黒うさぎ
恋愛
「おおきくなったら、ぼくとけっこんしよう!」 幼い頃にした彼との約束。私は彼に相応しい強く、優しい女性になるために己を鍛え磨きぬいた。そして十六年たったある日。私は約束を果たそうと彼の家を訪れた。だが家の中から姿を現したのは、幼女とその母親らしき女性、そして優しく微笑む彼だった。 小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+にも投稿しています。

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

処理中です...