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24.土用の丑の日

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 テレビのチャンネルを変えても、新聞を見ても、日本中どこもかしこもウナギ、ウナギ、ウナギだ……。

 華子はため息をつく……。以前白髪マダムから頂いた一件以来すっかり鰻に心を奪われている。しかし、毎年のことながら鰻は最高級食材だ。華子のような一般会社員には到底手が出ない……。

 今日は土用の丑の日だ。

 誰がそれを始めたのかは雑学クイズでやっていたのを見て知っていた。鰻の旬でもないのに食べたくなるように仕向けるとは現代にも残るイベントを作ってくれた先人の知恵に感服する。

 スーパーに寄ってみたが貼られた値札を見た瞬間に視界から鰻を消した。何も入ってないカゴを戻して帰ろうとする。

「あら……あなた……」

「あ、こんばんは、今日も暑いですね」

 白髪マダムはどうやら晩になり気温が涼しくなってから買い出しにやって来たようだ。

「まさかあなたも鰻を買いにきたの?」

「いや! まさか! あんな高級食材……先日はごちそうさまでした。すみません……あんな高価なもの……」

 白髪マダムはフッと妖艶な笑みを浮かべた。赤いルージュが妖しく光る。

「応援したいもの……若さ、パッションの共演ね……私だけじゃないわよ? きっとアパートのみんなも応援しているわ」

「あー、いや、うん。ありがとうございます」

 パッションのワードに一瞬華子はめまいがしたが、なんとか持ち越した。誤解を解く時期はとうに過ぎた。

「鰻もそうなんだけど……どうかしら? は元気になれるけどあなたはどう? やっぱり人の何倍も濃厚に生きているから足りないのかしら?」

「いや、普通の会社員なんで大丈夫です」

 白髪マダムのちょいちょい醸し出す特別感が気になる。

「そういえば……今日は土用の丑の日だけど、あなたの部屋に何か届いてなかったかしら?……アレ……」

「アレ? といいますと……」

「ほら、アレよ! ちょうど土用の丑の日に鰻を食べるんじゃないかと思って買っておいたのよ」

 白髪マダムの頰がピンクになる。手で顔に風を送る。

「はぁ……えっと、ありがとうございます」

 全く話が読めないが部屋に何かが届くらしい。

「鰻を食べたらすぐに開けてね、ふふふ」

 そう言って白髪マダムは鮮魚コーナーから立ち去った。華子は手を振って送り出した。


 残念だが鰻は諦めて帰ることにした。部屋に帰ってしばらくすると葵がやって来た。手には何やら箱を持っている。

「華子さん、玄関の前に宅急便屋さんがいたよ。代わりにもらっておいたから」

「あ、ありがとう。あ、もしかして──」

 A4サイズの箱に鰻の絵が描かれている。それを見て華子は思わず笑みになる。

 なんだ、白髪マダム、鰻を送ってくれたってこと? 嬉しい……。

 諦めていただけに嬉しい。ただ、名前がわからなかったとはいえ宛名には【黒髪 元気】とある。もう少し考えてくれればいいのに。でも絶倫と書かれなかっただけマシだ。

 早速箱を開ける。
 今晩は鰻だ! うな丼だ! はやる気持ちが抑えきれない。あぁ、白髪マダム……ありがとう。

 ん?
 
 開けるとそこには小さな小瓶と手のひら大の箱があった。小瓶を手に取ると華子はその絵を見つめる。鰻がダイナミックに描かれている。躍動感がある絵だ。

 鰻の肝エキス

 一粒で超元気!ニョロニョログングン!


……おいおい、マッダーム!

 土用の丑の日にこれを送ってくるとは。しかも鰻食べてから尚且つこれを飲めと?
 どんだけ精力をつけなきゃいけないんだ。

 となれば……もう一つの箱は──

「何頼んだの?」

 ひょっこり華子の背後から葵が覗きに来た。

「ひゃ、い、いや? 別に? 何もない!? 頼んでない!」

「いや、俺荷物受け取ったんで──」

 箱を手に華子が風呂場へと駆け込んだ。葵は華子が必死で何かを隠そうとしているのを見ていた。


 数日後、葵が夕食後に華子の部屋でシャワーを浴びているとボディーソープが切れかけていた。次に入る時のために補充したほうがよさそうだ。
 バスタオルで下半身を包むと風呂場のドアを開けて華子に声を掛けた。

「華子さん、ボディーソープ切れちゃうよ、補充しときます」

「あ、ちょっと待ってね、買い置きが──」

 洗面台の下を開けると小さな箱がなだれ落ちたフタのセロハンが緩かったようで中身が足拭きマットの上に広がる──。

「……え?」

「ぬぁ! え!? あ、あ、あー!」

 華子が真っ赤な顔をしてそれを手のひらでかき集める。その顔は今にも泣き出しそうだ。

 色とりどりのカラフルなコン○ームがちらばっていた……。
 足ふきマット一面に広がるコンドームに葵は瞬きを繰り返す。

「いや、違うの。これは、知り合いが冗談で送ってきたっていうか……だから、その──」

「気の利くお友達ですね……こんな可愛い華子さんが見られるとは──」

 葵は落ちていたゴムを一つを掴みにっこりと微笑んだ。華子は手で顔を覆い項垂れるしかなかった。

 絶倫応援プロジェクトは大成功したようだ。

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