2 / 38
2.拉致
しおりを挟む
ガチャン──
ドアが閉まるとそこは間取りこそ同じだが全く知らない他人の部屋だ。
カチ
暗闇の中……背後で鍵がかけられたような音が聞こえた。ドアのそばで感じる気配は間違いなくあのヤク中男だろう。
ここは、叫んではいけない。
落ち着いて、話しかけよう。刺激してはいけない。
「えーっと……」
「すみません……もう限界で」
あっという間に男は華子の腕を掴み簡易の台所を抜け部屋の中へと連れていく。華子は靴さえも脱げていない。男はベッドに華子を放り投げるとそのままの勢いで ベッドになだれ込んできた。
体に感じる重みと、脇腹に感じる男の腕に華子は思考が停止する。
ひいいぃ!まぢか!
声にならない叫び声を上げた。しかしいつになっても襲われない。首元に感じる男の頭も力なくベッドに沈んでいるようだ。
「スー……スー……」
規則正しい寝息が聞こえた。
いや、まさか今からだぜって時に寝るか?恐る恐る腕を叩いてみたり、頭をベシベシと叩いてみるが全く動かない。
「おーい……あの──え?大丈夫ですか?」
もしかしたらクスリのせいかもしれない。
華子は身を捩りおぶさっていた男の体を押しのけると手探りで電気のスイッチを探す。同じ間取りなのが幸いだったようでいとも簡単に電気がつく。
明るくなった部屋に映し出されたのは綺麗に整頓されたベッドに、スーツ姿の男の穏やかな寝顔だった。
一応口元に手のひらを当ててみて再度呼吸を確かめる。ホッとしてその場にしゃがみこむ。
よかった。死んだんじゃなかった。
ベッドの上の男は確かに「助けてください……」と言った。本当に切羽詰まっていたのが華子にも分かった。一体部屋に連れてきて何をどうしようとしたか知らないが、男の寝顔は穏やかで幸せそうだ。
よく状況がつかめないまま華子は立ち上がると、男の足元にそっとタオルケットを掛けてやる。拉致されそうになった相手に何をしてるんだと自分でも思うが、この寝顔を見ているとそうする方が自然な気がした。
部屋からそっと出て行こうとするとパソコンが置かれているデスクの壁に目をやる。
「……え?」
そこにはベンチに座りながら本を読む華子を描いた絵が貼られていた──。
◇
次の朝華子はいつものように洗面台で顔を洗っていた。いつもと違うのは華子の目の下にはクマが出来ていた事だ。今日は土曜日で仕事も休みだからよかったものの、この顔じゃ営業先のエロオヤジに「お盛んだね」なんて言われるに決まっている。
「寝れなかった……」
昨晩初めてのストーカーさんに会ってしまった。一晩で多くの経験値を得た気分だ。
尾行
拉致
監禁
強姦未遂(?)
そしてあの絵──
ふふふ……さすがにここまでだと笑えてくる。一晩考えて華子はこのアパートを早急に退去する事にした。服を着替えると華子は不動産に行こうと玄関で靴を履いていた。一刻の猶予もない……やべえ奴が上の階にいる。
ピーンポーン
朝から宅急便らしい。ちょうど玄関いるので疑いもせずにドアを開けた。そこには昨日のヤク中ストーカー男がスウェット姿で立っていた。華子の姿を捉えた瞬間男が驚いた顔をしていた。
バタン
速攻で閉めた。自分でも驚くほど素早い引きの力だ。
「あの!すみません!あの!」
ドアの向こうから切なそうな声が聞こえてくる。
まさか自分の部屋が知られているとは思わなかった。昨日でバレたのか?ってか警察に通報した方がいいのか?
「昨日はすみませんでした。俺、もう限界で…」
「…………」
「あなたが寝さしてくれないからずっと苦しくて……」
なんのことを言っているのか全くわからない。寝る?苦しい?なんの話だ。寝さしてくれないのはそっちだろう。
そこへ何やら足音とともにマダム達の声が聞こえる。土曜の朝はマダム達の井戸端会議が至る所で開催されることを忘れていた。このアパートは年配の一人暮らしのが多い。近くに温泉、下にはコインランドリー、歩いてすぐ総合病院とスーパー……まさしく高齢者のユートピアだ。
あらま、あんなかわいい男の子を限界まで襲うなんて……。
んま、聞きました?ここの女の人一睡もさせずに奉仕させてたみたいね、純粋そうな顔して性欲の塊ね……。
ほらみて、あの男の子目の下クマが……可哀想に……途中で寝ちゃったみたいね。あんな若い子が負けるなんて……。
マダム達の声に一気に脳が覚醒する。
いやいや、待て待て、襲われたのは私だし、睡眠不足なのも私だ。
「あなた大丈夫?ここの住人?ここの人とどういう関係?」
ヒートアップしたマダム達がいろいろ詮索し始めた。まずい、このままだと私は可愛い男子を手篭めにした超ドS絶倫女だ。
私は迷わずドアを開け放った。
「あらどうもおはようございます。さ、入って!母さんは元気にしている?弟のゲームに付き合うのって大変なのよねー、今から一緒にやろ?ねっ?」
男の腕を掴むと無理やり部屋に引っ張り込む。
ガチャン──
ドアを閉めると男の口をすぐさま手で押さえる。頼むから何も言わないでほしい。
「…………」
「…………」
変な話だ。昨日は押し込まれ今日は私が引っ張り込む。
すぐにマダム達は自分達の勘違いに気付いたらしい。口々に話し出してホホホと高笑いする声が聞こえる。
あら?勘違いだったみたいね。
あらやだ、あたしったら昼ドラ見過ぎかしらね?
あんなイケメンにあんなワカメみたいな髪の姉がいるなんて意外ね
誰がワカメだ。失敬な。
ぞろぞろとマダム達が家々に帰っていく足音を確認すると大きく息を吐いた。
「あ、あの──」
「あんたね……平穏な私の生活脅かさないでよ……」
「すみません、でもどうしても俺にはあなたが必要なんです──あなたが居ないと……眠れないんです」
「……は?」
男は辛そうな顔をしている。だけど、明らかに昨晩会った時よりも瞳の色が穏やかな気がする。目の充血がだいぶ良くなっている。昨日よく眠れたようだ。
「お願いです……俺と添い寝をしてください」
男の眼は真剣だ。決して冗談ではない雰囲気だ。
「……はぁ……」
すっとぼけたような華子の声が部屋に響いた。
ドアが閉まるとそこは間取りこそ同じだが全く知らない他人の部屋だ。
カチ
暗闇の中……背後で鍵がかけられたような音が聞こえた。ドアのそばで感じる気配は間違いなくあのヤク中男だろう。
ここは、叫んではいけない。
落ち着いて、話しかけよう。刺激してはいけない。
「えーっと……」
「すみません……もう限界で」
あっという間に男は華子の腕を掴み簡易の台所を抜け部屋の中へと連れていく。華子は靴さえも脱げていない。男はベッドに華子を放り投げるとそのままの勢いで ベッドになだれ込んできた。
体に感じる重みと、脇腹に感じる男の腕に華子は思考が停止する。
ひいいぃ!まぢか!
声にならない叫び声を上げた。しかしいつになっても襲われない。首元に感じる男の頭も力なくベッドに沈んでいるようだ。
「スー……スー……」
規則正しい寝息が聞こえた。
いや、まさか今からだぜって時に寝るか?恐る恐る腕を叩いてみたり、頭をベシベシと叩いてみるが全く動かない。
「おーい……あの──え?大丈夫ですか?」
もしかしたらクスリのせいかもしれない。
華子は身を捩りおぶさっていた男の体を押しのけると手探りで電気のスイッチを探す。同じ間取りなのが幸いだったようでいとも簡単に電気がつく。
明るくなった部屋に映し出されたのは綺麗に整頓されたベッドに、スーツ姿の男の穏やかな寝顔だった。
一応口元に手のひらを当ててみて再度呼吸を確かめる。ホッとしてその場にしゃがみこむ。
よかった。死んだんじゃなかった。
ベッドの上の男は確かに「助けてください……」と言った。本当に切羽詰まっていたのが華子にも分かった。一体部屋に連れてきて何をどうしようとしたか知らないが、男の寝顔は穏やかで幸せそうだ。
よく状況がつかめないまま華子は立ち上がると、男の足元にそっとタオルケットを掛けてやる。拉致されそうになった相手に何をしてるんだと自分でも思うが、この寝顔を見ているとそうする方が自然な気がした。
部屋からそっと出て行こうとするとパソコンが置かれているデスクの壁に目をやる。
「……え?」
そこにはベンチに座りながら本を読む華子を描いた絵が貼られていた──。
◇
次の朝華子はいつものように洗面台で顔を洗っていた。いつもと違うのは華子の目の下にはクマが出来ていた事だ。今日は土曜日で仕事も休みだからよかったものの、この顔じゃ営業先のエロオヤジに「お盛んだね」なんて言われるに決まっている。
「寝れなかった……」
昨晩初めてのストーカーさんに会ってしまった。一晩で多くの経験値を得た気分だ。
尾行
拉致
監禁
強姦未遂(?)
そしてあの絵──
ふふふ……さすがにここまでだと笑えてくる。一晩考えて華子はこのアパートを早急に退去する事にした。服を着替えると華子は不動産に行こうと玄関で靴を履いていた。一刻の猶予もない……やべえ奴が上の階にいる。
ピーンポーン
朝から宅急便らしい。ちょうど玄関いるので疑いもせずにドアを開けた。そこには昨日のヤク中ストーカー男がスウェット姿で立っていた。華子の姿を捉えた瞬間男が驚いた顔をしていた。
バタン
速攻で閉めた。自分でも驚くほど素早い引きの力だ。
「あの!すみません!あの!」
ドアの向こうから切なそうな声が聞こえてくる。
まさか自分の部屋が知られているとは思わなかった。昨日でバレたのか?ってか警察に通報した方がいいのか?
「昨日はすみませんでした。俺、もう限界で…」
「…………」
「あなたが寝さしてくれないからずっと苦しくて……」
なんのことを言っているのか全くわからない。寝る?苦しい?なんの話だ。寝さしてくれないのはそっちだろう。
そこへ何やら足音とともにマダム達の声が聞こえる。土曜の朝はマダム達の井戸端会議が至る所で開催されることを忘れていた。このアパートは年配の一人暮らしのが多い。近くに温泉、下にはコインランドリー、歩いてすぐ総合病院とスーパー……まさしく高齢者のユートピアだ。
あらま、あんなかわいい男の子を限界まで襲うなんて……。
んま、聞きました?ここの女の人一睡もさせずに奉仕させてたみたいね、純粋そうな顔して性欲の塊ね……。
ほらみて、あの男の子目の下クマが……可哀想に……途中で寝ちゃったみたいね。あんな若い子が負けるなんて……。
マダム達の声に一気に脳が覚醒する。
いやいや、待て待て、襲われたのは私だし、睡眠不足なのも私だ。
「あなた大丈夫?ここの住人?ここの人とどういう関係?」
ヒートアップしたマダム達がいろいろ詮索し始めた。まずい、このままだと私は可愛い男子を手篭めにした超ドS絶倫女だ。
私は迷わずドアを開け放った。
「あらどうもおはようございます。さ、入って!母さんは元気にしている?弟のゲームに付き合うのって大変なのよねー、今から一緒にやろ?ねっ?」
男の腕を掴むと無理やり部屋に引っ張り込む。
ガチャン──
ドアを閉めると男の口をすぐさま手で押さえる。頼むから何も言わないでほしい。
「…………」
「…………」
変な話だ。昨日は押し込まれ今日は私が引っ張り込む。
すぐにマダム達は自分達の勘違いに気付いたらしい。口々に話し出してホホホと高笑いする声が聞こえる。
あら?勘違いだったみたいね。
あらやだ、あたしったら昼ドラ見過ぎかしらね?
あんなイケメンにあんなワカメみたいな髪の姉がいるなんて意外ね
誰がワカメだ。失敬な。
ぞろぞろとマダム達が家々に帰っていく足音を確認すると大きく息を吐いた。
「あ、あの──」
「あんたね……平穏な私の生活脅かさないでよ……」
「すみません、でもどうしても俺にはあなたが必要なんです──あなたが居ないと……眠れないんです」
「……は?」
男は辛そうな顔をしている。だけど、明らかに昨晩会った時よりも瞳の色が穏やかな気がする。目の充血がだいぶ良くなっている。昨日よく眠れたようだ。
「お願いです……俺と添い寝をしてください」
男の眼は真剣だ。決して冗談ではない雰囲気だ。
「……はぁ……」
すっとぼけたような華子の声が部屋に響いた。
1
お気に入りに追加
166
あなたにおすすめの小説
夫に愛想が尽きたので離婚します
しゃーりん
恋愛
次期侯爵のエステルは、3年前に結婚した夫マークとの離婚を決意した。
マークは優しいがお人好しで、度々エステルを困らせたが我慢の限界となった。
このままマークがそばに居れば侯爵家が馬鹿にされる。
夫を捨ててスッキリしたお話です。
私の好きなひとは、私の親友と付き合うそうです。失恋ついでにネイルサロンに行ってみたら、生まれ変わったみたいに幸せになりました。
石河 翠
恋愛
長年好きだった片思い相手を、あっさり親友にとられた主人公。
失恋して落ち込んでいた彼女は、偶然の出会いにより、ネイルサロンに足を踏み入れる。
ネイルの力により、前向きになる主人公。さらにイケメン店長とやりとりを重ねるうち、少しずつ自分の気持ちを周囲に伝えていけるようになる。やがて、親友との決別を経て、店長への気持ちを自覚する。
店長との約束を守るためにも、自分の気持ちに正直でありたい。フラれる覚悟で店長に告白をすると、思いがけず甘いキスが返ってきて……。
自分に自信が持てない不器用で真面目なヒロインと、ヒロインに一目惚れしていた、実は執着心の高いヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。
この作品は、エブリスタ及び小説家になろうにも投稿しております。
扉絵はphoto ACさまよりお借りしております。
ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました
宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。
ーーそれではお幸せに。
以前書いていたお話です。
投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと…
十話完結で既に書き終えてます。
私はただ一度の暴言が許せない
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
厳かな結婚式だった。
花婿が花嫁のベールを上げるまでは。
ベールを上げ、その日初めて花嫁の顔を見た花婿マティアスは暴言を吐いた。
「私の花嫁は花のようなスカーレットだ!お前ではない!」と。
そして花嫁の父に向かって怒鳴った。
「騙したな!スカーレットではなく別人をよこすとは!
この婚姻はなしだ!訴えてやるから覚悟しろ!」と。
そこから始まる物語。
作者独自の世界観です。
短編予定。
のちのち、ちょこちょこ続編を書くかもしれません。
話が進むにつれ、ヒロイン・スカーレットの印象が変わっていくと思いますが。
楽しんでいただけると嬉しいです。
※9/10 13話公開後、ミスに気づいて何度か文を訂正、追加しました。申し訳ありません。
※9/20 最終回予定でしたが、訂正終わりませんでした!すみません!明日最終です!
※9/21 本編完結いたしました。ヒロインの夢がどうなったか、のところまでです。
ヒロインが誰を選んだのか?は読者の皆様に想像していただく終わり方となっております。
今後、番外編として別視点から見た物語など数話ののち、
ヒロインが誰と、どうしているかまでを書いたエピローグを公開する予定です。
よろしくお願いします。
※9/27 番外編を公開させていただきました。
※10/3 お話の一部(暴言部分1話、4話、6話)を訂正させていただきました。
※10/23 お話の一部(14話、番外編11ー1話)を訂正させていただきました。
※10/25 完結しました。
ここまでお読みくださった皆様。導いてくださった皆様にお礼申し上げます。
たくさんの方から感想をいただきました。
ありがとうございます。
様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。
ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、
今後はいただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。
申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。
もちろん、私は全て読ませていただきます。
【完結】子供が出来たから出て行けと言われましたが出ていくのは貴方の方です。
珊瑚
恋愛
夫であるクリス・バートリー伯爵から突如、浮気相手に子供が出来たから離婚すると言われたシェイラ。一週間の猶予の後に追い出されることになったのだが……
姉の代わりでしかない私
下菊みこと
恋愛
クソ野郎な旦那様も最終的に幸せになりますので閲覧ご注意を。
リリアーヌは、夫から姉の名前で呼ばれる。姉の代わりにされているのだ。それでも夫との子供が欲しいリリアーヌ。結果的に、子宝には恵まれるが…。
アルファポリス様でも投稿しています。
形だけの妻ですので
hana
恋愛
結婚半年で夫のワルツは堂々と不倫をした。
相手は伯爵令嬢のアリアナ。
栗色の長い髪が印象的な、しかし狡猾そうな女性だった。
形だけの妻である私は黙認を強制されるが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる