上 下
19 / 106
第一部

寝違えた獣

しおりを挟む
「痛ぇ」

「これは?」
「無理だ」

「これ──」
「引っこ抜く気か」

 ベッドに腰掛けたまま組長が苦悶の表情を浮かべている。
 どうやら組長は【寝違い】をしたようだ。

 朝起きると首が痛かったらしい。
このままではうつ伏せに寝ることも厳しいだろう。

 待合室には町田さんがいるがまたもや頭が宇宙人になっている。少し鼻が赤く見えるのは鼻をすすっているからだろう。

 仕事をサボる口実でよく組長は「首が痛え、回らねぇ」と言うらしく、いつもの冗談かと思い「あれ? 先生だ」と窓の外を指差した瞬間騙された組長が首を動かしてしまいとどめを刺す形になったようだ。

 いや、なんでそこで引っかかる?分かるじゃん、軟禁してんのあんたでしょ……とは言えなかった。

 そのあと特別な組長のを受け町田は久々に青黒いネジのような痕が頭の周りを取り囲んでいる。久々に見る人造人間に幸は乾いた笑いしか出来ない。


「とりあえず、袖をめくりましょう」

「あ? なんで袖? 首だろ?」

「ちょっと必要なんです、いいから」

 幸は腕に鍼を刺し始める。ズンと奥に響き手にだるい刺激が来る。

「来ました? じゃあ、ゆっくりと真横に動かして……はい次は捻って……よし。次は足か──」

 幸がいつになく真剣に治療している。組長は生き生きとしている幸をみて羨ましいと思った。好きな仕事を生業にできる人間は限られている。

「できた──首、回ります?」

「いや、無理──おっ? いけるか……? いくっっ!」

「……一人で二役演じ切るのやめてもらっていいっすか?」

 天性のエロ会話のぶっ込みにも慣れてきた。

 組長は驚いて左右に早く動かしてみるが全く問題ない。さっきまで痛くてロボットのような動きをしていたのに……魔法のようだ。さすがは名医だ。

「これ、すげぇな。なんていう技だ?」

「技って、心はいつまでも少年ですか──運動鍼という昔からの治療です。痛い箇所にどんなに刺してもダメなんですよ、奥深いでしょ」

 幸は目をキラキラさせている。カランと金属がぶつかる音が聞こえるので鍼の後始末を始めている。どうやら今日はこれで終わりのようだ。組長も立ち上がり上着を着始める。

「……あ、下向くのが痛い、かも」

「あ、本当ですか。やっぱ──」

 組長は待っていたように下から見上げる幸の額にキスを落とす。優しく、滑らかな感触に動きが止まる。額にキスをされたと気付いたときには組長ドアに向かっていた。

「……チッ、欲求不満だ。全快祝いは先生からの熱いキスで頼むな。何なら裸で赤いリボン──」

「私が正気なうちに帰ったほうがいいですよ」

 組長はクックックと肩を震わせながら帰っていった。町田も大きくお辞儀をして帰っていく。帰りにこそっと冷湿布を渡すと瞳が揺らいでいた。あぁ、彼に幸あれ……。


 額にキスをされた経験なんてものはもちろんない。恋に奥手な中学生でもないだろう。

 どこぞの王子よ、まったく。腹黒なくせに──

 幸は額に手を当てて微笑んだ。押さえているとまだ温もりが残っているような気がした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

亡くなった王太子妃

沙耶
恋愛
王妃の茶会で毒を盛られてしまった王太子妃。 侍女の証言、王太子妃の親友、溺愛していた妹。 王太子妃を愛していた王太子が、全てを気付いた時にはもう遅かった。 なぜなら彼女は死んでしまったのだから。

【完結】私じゃなくてもいいですね?

ユユ
恋愛
子爵家の跡継ぎと伯爵家の長女の婚約は 仲の良い父親同士が決めたものだった。 男は女遊びを繰り返し 婚約者に微塵も興味がなかった…。 一方でビビアン・ガデュエットは人生を変えたいと願った。 婚姻まであと2年。 ※ 作り話です。 ※ 完結保証付き

夫の裏切りの果てに

恋愛
 セイディは、ルーベス王国の第1王女として生まれ、政略結婚で隣国エレット王国に嫁いで来た。  夫となった王太子レオポルドは背が高く涼やかな碧眼をもつ美丈夫。文武両道で人当たりの良い性格から、彼は国民にとても人気が高かった。  王宮の奥で大切に育てられ男性に免疫の無かったセイディは、レオポルドに一目惚れ。二人は仲睦まじい夫婦となった。  結婚してすぐにセイディは女の子を授かり、今は二人目を妊娠中。  お腹の中の赤ちゃんと会えるのを楽しみに待つ日々。  美しい夫は、惜しみない甘い言葉で毎日愛情を伝えてくれる。臣下や国民からも慕われるレオポルドは理想的な夫。    けれど、レオポルドには秘密の愛妾がいるらしくて……? ※ハッピーエンドではありません。どちらかというとバッドエンド?? ※浮気男にざまぁ!ってタイプのお話ではありません。

彼だけが、気付いてしまった

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約なぞ破棄してくれるっ!」 学院の卒業記念パーティーで、またしても繰り返される王子による婚約者への婚約破棄。だが今回は何やら様相が違った。 王子が傍らに抱き寄せた男爵家令嬢を虐めたと婚約者をなじり、婚約者は身に覚えがないと真っ向から否定する。物証を持ち出しても、証人を立てても彼女は頑なに認めようとしない。 あまりのことに王子の側近候補として取り巻く男子たちも糾弾に加わる。 その中に、彼は、いた。 「大勢でひとりを取り囲んで責め立てるなど、将来の王子妃としてあるまじき……………ん?」 そう。彼は、彼だけが気付いてしまった。 そして彼が気付いたことで、その場の全てがひっくり返っていくことを、王子たちは気付いていなかった⸺! ◆最近こればっかですが設定なしの即興作品です。 思いついたので書いちゃいました。 ◆全5話、約12000字です。第1話だけすこし短め(約2000字)です。 ◆恋愛ジャンルで投稿しますが恋愛要素はやや薄め、ほぼ最後の方だけです。 もし違和感あればご指摘下さい。ジャンル変更など対応致します。 ◆この作品は小説家になろうでも同時公開します。

【完結】お世話になりました

こな
恋愛
わたしがいなくなっても、きっとあなたは気付きもしないでしょう。 ✴︎書き上げ済み。 お話が合わない場合は静かに閉じてください。

天然と言えば何でも許されると思っていませんか

今川幸乃
恋愛
ソフィアの婚約者、アルバートはクラスの天然女子セラフィナのことばかり気にしている。 アルバートはいつも転んだセラフィナを助けたり宿題を忘れたら見せてあげたりとセラフィナのために行動していた。 ソフィアがそれとなくやめて欲しいと言っても、「困っているクラスメイトを助けるのは当然だ」と言って聞かず、挙句「そんなことを言うなんてがっかりだ」などと言い出す。 あまり言い過ぎると自分が悪女のようになってしまうと思ったソフィアはずっともやもやを抱えていたが、同じくクラスメイトのマクシミリアンという男子が相談に乗ってくれる。 そんな時、ソフィアはたまたまセラフィナの天然が擬態であることを発見してしまい、マクシミリアンとともにそれを指摘するが……

【完結】友人と言うけれど・・・

つくも茄子
恋愛
ソーニャ・ブルクハルト伯爵令嬢には婚約者がいる。 王命での婚約。 クルト・メイナード公爵子息が。 最近、寄子貴族の男爵令嬢と懇意な様子。 一時の事として放っておくか、それとも・・・。悩ましいところ。 それというのも第一王女が婚礼式の当日に駆け落ちしていたため王侯貴族はピリピリしていたのだ。 なにしろ、王女は複数の男性と駆け落ちして王家の信頼は地の底状態。 これは自分にも当てはまる? 王女の結婚相手は「婚約破棄すれば?」と発破をかけてくるし。 そもそも、王女の結婚も王命だったのでは? それも王女が一目惚れしたというバカな理由で。 水面下で動く貴族達。 王家の影も動いているし・・・。 さてどうするべきか。 悩ましい伯爵令嬢は慎重に動く。

【完結済】自由に生きたいあなたの愛を期待するのはもうやめました

鳴宮野々花
恋愛
 伯爵令嬢クラウディア・マクラウドは長年の婚約者であるダミアン・ウィルコックス伯爵令息のことを大切に想っていた。結婚したら彼と二人で愛のある家庭を築きたいと夢見ていた。  ところが新婚初夜、ダミアンは言った。 「俺たちはまるっきり愛のない政略結婚をしたわけだ。まぁ仕方ない。あとは割り切って互いに自由に生きようじゃないか。」  そう言って愛人らとともに自由に過ごしはじめたダミアン。激しくショックを受けるクラウディアだったが、それでもひたむきにダミアンに尽くし、少しずつでも自分に振り向いて欲しいと願っていた。  しかしそんなクラウディアの思いをことごとく裏切り、鼻で笑うダミアン。  心が折れそうなクラウディアはそんな時、王国騎士団の騎士となった友人アーネスト・グレアム侯爵令息と再会する。  初恋の相手であるクラウディアの不幸せそうな様子を見て、どうにかダミアンから奪ってでも自分の手で幸せにしたいと考えるアーネスト。  そんなアーネストと次第に親密になり自分から心が離れていくクラウディアの様子を見て、急に焦り始めたダミアンは───── (※※夫が酷い男なので序盤の数話は暗い話ですが、アーネストが出てきてからはわりとラブコメ風です。)(※※この物語の世界は作者独自の設定です。)

処理中です...