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117.ネタバラシ
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来賓館の縦長のダイニングテーブルを一行が囲んだ。礼司と郡司は今日だけ特別に同じテーブルで食事することになった。二人は頑なに嫌がったが、秋生の命令は絶対だった。秋生が乾杯の音頭を取り、料理が運ばれてきたが誠大の背後からは暗黒のオーラが立ち上っている。郡司もグラス片手に父親である礼司を一瞥するが、その視線は冷やかだ。口元は微笑んでいるが彫像のように目が笑っていない……完璧なアルカイックスマイルだ。片やにこやかな雰囲気だが、片や決裂必至の会議のように殺伐としている。ダイニングテーブルを縦に割って別世界が広がる……。
麗子は瞬きを繰り返し媚びるように甘い声を出した。
「ふふ、ごめんね。だってぇ、会いたかったんだもん」
「もんとか言うな。良い年して……父さんもグルとはな。何がフランスだ、国際電話だ。日本に居たくせに白々しい」
「最後の方だけだ。本当にフランスにいたんだぞ? お前がこそこそと雫ちゃんを隠すから悪いんだ」
来賓館へと移動すると帰国組一行は得意げにネタバラシをした。誠大が怒るのも無理はない……。秋生は全てを理解した上で誠大がどう困難に立ち向かうのかを見ていたのだ。
ネタバラシは驚きの連続だった。実は少し前からフランスから帰国していたこと。雫に接近してディザキャッスルで働かせていたこと。今回の婚約の裏に何かあると感じ水面下で動いていたことを話した。屋敷のことは梅原を通じてある程度の情報を耳に入れていたらしい……。雫が屋敷を出て行った時も、梅原から連絡が入り麗子が偶然を装い接触したのだった。言われてみればさっき公園で会った時も麗子はジャックの頭を撫でていた。出会ったばかりの人間にジャックが触る事を許すはずがない……。
壁のそばで給仕の仕事をしていた梅原は誠大の追及の目に膝をさすりながら嘆く。一気に年老いたように背中を丸めた。
「もう引退間近です……老いぼれが出来ることなんてそれぐらいしか……」
「大活躍じゃないか、梅原……あと十年は働いてもらうぞ」
終始誠大は腕を組み不機嫌だった。まさか全てを知った上で物事が動いていただなんて聞かされて不愉快だった。
そんな誠大を慰めることもせず秋生と麗子は目の前のヒレステーキをナイフで切り口に運ぶ。話をしながらも優雅な手つきに雫は感心していた。麗子は向かいに座る雫に再度謝罪した。雫は感謝の気持ちしかなく何度も頷き頭を下げた。雫は今でも信じられなかった……あの魔女と麗子が同一人物と聞かされても、服のテイストや化粧が全く違うので別人のようだ。秋生も麗子も日本では有名人だ。極秘帰国だっただけに変装は必要不可欠だったのだろう。
麗子は冷酒を片手に終始ご機嫌だ。雫の振袖姿を見ては酒が進む。すっかり雫のファンとなり骨抜きにされている。瞳の中が常にハートだ。
「でも、誠大も良い子を捕まえたわねぇ。ウサギちゃん、最高に良い子だもの。バイト中も買い物袋も傷まないように丁寧だしね、可愛いし」
「当然だ。世界で一番愛でたくなる」
「や、あの、はは……冗談、言い過ぎ、ですよ。」
誠大が平然と両親の前で惚気出した。それを聞いた全員が高らかに笑う。こんな誠大を見るのが初めてでおかしくて仕方がないらしい。礼司の隣に立つ郡司もつい笑ってしまった。
「実は麗子には黙っていたんだが、我々も初めての出会いではないのだよ? 雫さん、覚えているかな?」
「え? あのぉ……さすがに会っていれば忘れられない素敵なお顔をされているんですが……」
雫は秋生の顔をじっと見つめてみるが思い出せない。秋生は礼司に視線を送る。すると礼司が一歩前に出て雫の方に体を向けた。
「◇@&〓∞◉×✳︎☆!」
「え?」
「◇@&〓∞◉、☆◇@&〓\$」
突然礼司が流暢に外国語を話し始めた。聞き覚えのある響きだ……雫の脳内のパズルが素早く動き始めた。思わず椅子から立ち上がり礼司を指差した。
「あー! あー! 椅子取りの旅行客!……ってことは、あー!!!」
礼司は一礼すると後ろに下がる。その表情は満足げだった。雫は驚きすぎて失礼極まりなく指を指していることも、大声を出したことも気付いていない。誠大は両親の悪ふざけに巻き込まれたと察知し何度目かの長い長ーい溜息を吐いた。
「ははは、あれは私と礼司だ。すまないね、どうしても誠大が本気で惚れた女性がどんな人か知りたかったんだ。なんと言ってもあの誠大だからね……しかし、君は我々の想像を超えていた」
「あ、……す、すみません。飴なんかを賞金にして……」
ニット帽を被ったアロハシャツの韓国人に扮していた礼司と、黒ずくめの黒縁メガネの日本人を演じていた秋生……人相も言語も口調も何もかもが違う。特にこんなダンディな礼司があんな血の気の多い役を演じ切るだなんて驚いた。あの時は仲裁することだけを考えていた。顔など見ていなかったのかもしれない。それほど自分も必死だったのだ。
「いいんだ。我々三人は、すっかり君の虜になってしまったんだ。雫さん……君の美しく、優しく、清らかな心にね」
「合格よ、ウサギちゃん……ようこそ、東郷家へ。ここが、あなたのいるべき場所よ。どうか、幸せになってね」
三人の優しい微笑みに雫は感極まって瞳を潤ませた。温かい居場所を、家を、家族を得たような気持ちになった。誠大は両親に頭を下げた。
「父さん、母さん……ありがとう」
「お前が幸せなら、父さん達はいいんだ。雫さんならお前を包み込んでくれるだろう。だが……」
秋生が声を落として雫に尋ねる。秋生の眼光は鋭い……雫は秋生の真剣な表情に背筋を伸ばした。秋生は雫にウインクすると満面の笑みを浮かべた。秋生は誠大と違って茶目っ気があるらしい。
「雫さん、本当に良いのかい? 我が息子だが、決して良い男とは言えない。ビジネスの勘だけは冴えているが女心を理解できるとは到底思えない。苦労をするんじゃないか? 真面目というか、頑なというか……今時こんな硬派な男はいないだろう?」
麗子が大きく頷き秋生の肩に触れ賛同する。
「あなたもそう思う? ええ、ウサギちゃんなら更に良い男がいるはずよ? フランスで知り合った筋肉ムキムキの男の子紹介してあげましょうか? 誠大も鍛えているけど……胸筋がある男って頼れるわよ」
「え? ムキムキ? 胸筋かぁー……」
「大きなお世話だ! 雫、お前も筋肉に反応するな!」
誠大が拗ねてそっぽを向いた。雫はそんな誠大が可愛くて吹き出して笑った。来賓館はあたたかい空気で満ち溢れていた。
麗子は瞬きを繰り返し媚びるように甘い声を出した。
「ふふ、ごめんね。だってぇ、会いたかったんだもん」
「もんとか言うな。良い年して……父さんもグルとはな。何がフランスだ、国際電話だ。日本に居たくせに白々しい」
「最後の方だけだ。本当にフランスにいたんだぞ? お前がこそこそと雫ちゃんを隠すから悪いんだ」
来賓館へと移動すると帰国組一行は得意げにネタバラシをした。誠大が怒るのも無理はない……。秋生は全てを理解した上で誠大がどう困難に立ち向かうのかを見ていたのだ。
ネタバラシは驚きの連続だった。実は少し前からフランスから帰国していたこと。雫に接近してディザキャッスルで働かせていたこと。今回の婚約の裏に何かあると感じ水面下で動いていたことを話した。屋敷のことは梅原を通じてある程度の情報を耳に入れていたらしい……。雫が屋敷を出て行った時も、梅原から連絡が入り麗子が偶然を装い接触したのだった。言われてみればさっき公園で会った時も麗子はジャックの頭を撫でていた。出会ったばかりの人間にジャックが触る事を許すはずがない……。
壁のそばで給仕の仕事をしていた梅原は誠大の追及の目に膝をさすりながら嘆く。一気に年老いたように背中を丸めた。
「もう引退間近です……老いぼれが出来ることなんてそれぐらいしか……」
「大活躍じゃないか、梅原……あと十年は働いてもらうぞ」
終始誠大は腕を組み不機嫌だった。まさか全てを知った上で物事が動いていただなんて聞かされて不愉快だった。
そんな誠大を慰めることもせず秋生と麗子は目の前のヒレステーキをナイフで切り口に運ぶ。話をしながらも優雅な手つきに雫は感心していた。麗子は向かいに座る雫に再度謝罪した。雫は感謝の気持ちしかなく何度も頷き頭を下げた。雫は今でも信じられなかった……あの魔女と麗子が同一人物と聞かされても、服のテイストや化粧が全く違うので別人のようだ。秋生も麗子も日本では有名人だ。極秘帰国だっただけに変装は必要不可欠だったのだろう。
麗子は冷酒を片手に終始ご機嫌だ。雫の振袖姿を見ては酒が進む。すっかり雫のファンとなり骨抜きにされている。瞳の中が常にハートだ。
「でも、誠大も良い子を捕まえたわねぇ。ウサギちゃん、最高に良い子だもの。バイト中も買い物袋も傷まないように丁寧だしね、可愛いし」
「当然だ。世界で一番愛でたくなる」
「や、あの、はは……冗談、言い過ぎ、ですよ。」
誠大が平然と両親の前で惚気出した。それを聞いた全員が高らかに笑う。こんな誠大を見るのが初めてでおかしくて仕方がないらしい。礼司の隣に立つ郡司もつい笑ってしまった。
「実は麗子には黙っていたんだが、我々も初めての出会いではないのだよ? 雫さん、覚えているかな?」
「え? あのぉ……さすがに会っていれば忘れられない素敵なお顔をされているんですが……」
雫は秋生の顔をじっと見つめてみるが思い出せない。秋生は礼司に視線を送る。すると礼司が一歩前に出て雫の方に体を向けた。
「◇@&〓∞◉×✳︎☆!」
「え?」
「◇@&〓∞◉、☆◇@&〓\$」
突然礼司が流暢に外国語を話し始めた。聞き覚えのある響きだ……雫の脳内のパズルが素早く動き始めた。思わず椅子から立ち上がり礼司を指差した。
「あー! あー! 椅子取りの旅行客!……ってことは、あー!!!」
礼司は一礼すると後ろに下がる。その表情は満足げだった。雫は驚きすぎて失礼極まりなく指を指していることも、大声を出したことも気付いていない。誠大は両親の悪ふざけに巻き込まれたと察知し何度目かの長い長ーい溜息を吐いた。
「ははは、あれは私と礼司だ。すまないね、どうしても誠大が本気で惚れた女性がどんな人か知りたかったんだ。なんと言ってもあの誠大だからね……しかし、君は我々の想像を超えていた」
「あ、……す、すみません。飴なんかを賞金にして……」
ニット帽を被ったアロハシャツの韓国人に扮していた礼司と、黒ずくめの黒縁メガネの日本人を演じていた秋生……人相も言語も口調も何もかもが違う。特にこんなダンディな礼司があんな血の気の多い役を演じ切るだなんて驚いた。あの時は仲裁することだけを考えていた。顔など見ていなかったのかもしれない。それほど自分も必死だったのだ。
「いいんだ。我々三人は、すっかり君の虜になってしまったんだ。雫さん……君の美しく、優しく、清らかな心にね」
「合格よ、ウサギちゃん……ようこそ、東郷家へ。ここが、あなたのいるべき場所よ。どうか、幸せになってね」
三人の優しい微笑みに雫は感極まって瞳を潤ませた。温かい居場所を、家を、家族を得たような気持ちになった。誠大は両親に頭を下げた。
「父さん、母さん……ありがとう」
「お前が幸せなら、父さん達はいいんだ。雫さんならお前を包み込んでくれるだろう。だが……」
秋生が声を落として雫に尋ねる。秋生の眼光は鋭い……雫は秋生の真剣な表情に背筋を伸ばした。秋生は雫にウインクすると満面の笑みを浮かべた。秋生は誠大と違って茶目っ気があるらしい。
「雫さん、本当に良いのかい? 我が息子だが、決して良い男とは言えない。ビジネスの勘だけは冴えているが女心を理解できるとは到底思えない。苦労をするんじゃないか? 真面目というか、頑なというか……今時こんな硬派な男はいないだろう?」
麗子が大きく頷き秋生の肩に触れ賛同する。
「あなたもそう思う? ええ、ウサギちゃんなら更に良い男がいるはずよ? フランスで知り合った筋肉ムキムキの男の子紹介してあげましょうか? 誠大も鍛えているけど……胸筋がある男って頼れるわよ」
「え? ムキムキ? 胸筋かぁー……」
「大きなお世話だ! 雫、お前も筋肉に反応するな!」
誠大が拗ねてそっぽを向いた。雫はそんな誠大が可愛くて吹き出して笑った。来賓館はあたたかい空気で満ち溢れていた。
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